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第二章 たまちゃん
2 4月5日 8:45──
しおりを挟む「まるでベルサイユ宮殿ね……」
そうつぶやくヨシカは、駆け足ながらも周辺の観察は怠らない。
大理石が敷かれたアプローチの両端には、美術館にあるような石像が整然と並んでいた。校舎のとなりには広大なグランドがあり、緑色ゆたかな芝生には白線が引かれ、サッカーコートを描いていた。
白い網のゴールネットが、ゆらゆら風とダンスしている。陰陽館高校は、サッカー部に力を入れているのだろう。
「へー、いいじゃん。あたしサッカー大好き」
そういって感心しながら歩くヨシカは、来客用の玄関先にたどり着いた。ちなみに、生徒たちはもっと西のほうに専用の玄関がある。
「うわぁ、綺麗ぃ~」
ヨシカは、はっとして足がとまった。
清らかに流れる噴水があったのだ。
その池には赤や白の蓮の花が、それはみごとに咲き乱れ、蝶が舞う景色は、まるで絵に描いたように美しい。
とても学校とは思えず、プラトニックになっていく。
まるで美術館に訪れているような、そんな感覚があった。そのとき、ウィーンと機械が駆動する音が響いた。
「ん?」
首を振って見まわすと、ちょうど噴水の裏側から白い物体が現れた。
「え? あれもロボット?」
四角い形をした白い機械だった。
近づいてみると、背丈はヨシカの半分ほど。タイヤがついているようで、滑らかに動きまわり、足元の吸引機能によって落ち葉や芥を集めていた。いわゆる、掃除ロボットなのだろう。
「ピコピコ」
と、掃除ロボットは電子音を響かせている。二つの緑色の丸い光りが、機械の安全性とクリーンさを示していた。背中に、『クリーンロボティクス』と表記されている。
「うわぁ……おしゃれ~」
ヨシカは、校舎を眺めると感嘆の声をもらした。
校舎は先鋭的なモダンデザインであった。おそらくどこぞのオシャレな建築家が設計したのだろう。ガラス張のシンボリックな外観が近未来な印象を受けると同時に、夏場はとても暑そうだな、と予想した。
玄関の扉まで歩く。だが、自動で開かなかった。また、ロボットの門番がいるのかと思い、身構えた、そのとき。
『ようこそ陰陽館高校へ。玉木ヨシカ様、お入りください』
流麗な女性の声だった。
ウィンと開いたガラスの扉を抜けると、近未来的にデザインされた受付カウンターがあった。
うっとりするほど美しい内装は、レクサスやメルセデスなどの高級車を販売する店舗のようなおもむきがあった。床は白亜の大理石が敷かれ、壁面はクリスタルのように透明で、そこに投影されたCGが、ぬるぬると動いている。
『こんにちは、AIのアイです。受付をしますので、さあこちらにお立ちください』
すると、青い光りが大理石の床に投影された。丸い輪を描いている。
そこに入れということだろう。
ヨシカは、一歩ずつ足を踏み入れていく。プールの水のなかに足をつけるような、そんな感覚があった。冷たい透明なブルーに、身が震える。
「これでいいの?」
その瞬間だった。
青白い光線がヨシカの頭のてっぺんに、ピカッと雷のように照射をはじめた。ピピピ、と響く電子音、それと明滅する青白いレーザービームが、ヨシカの全身を包みこむ。
「きゃあっ!」
あわてて首を振って見まわすと、壁面から数台のカメラが飛び出している。突然、何者かによって撮影されて戦慄が走り、ヨシカは見られまいと隠すように、ぎゅっと両腕で自分の身体を抱きしめた。
「んもう、なんなのよぉ……」
『しばらくお待ちください。読み込んでいます』
「はあ? 読み込むって?」
『玉木ヨシカ様のデータです。認証確認および身辺調査いたします』
ひょええ! とヨシカから変な声があがる。
しかし、青白い光線はおかまいなし。ヨシカのおでこ、目、鼻、口、首……さらに、胸、腹、尻、太もも、足のさきへと移動していく。特にショルダーバッグには、かなり念入りに光りが当てられた。中身を検査しているのだろう。
「え! え! なになに?」
肉感のあるヨシカの女っぽい肢体や身体の曲線が、ロボットの測定によってデータ化されているのだろうが、とても嫌な気分だった。人間の男に見られているほうがまだマシだった。得体の知れないバケモノに、じっと視姦でもされているような、そんな感覚があった。
「やだぁ……あたしのデータなんか取ってどうするのよ?」
つい本音が漏れる。
──かってに私のアバターが作られたら嫌だな。
ネット上では、他人になりすまして犯罪を起こす事件があとを絶たない。芸能人やアスリートなどの有名人になりすまし、人気者を偽って女性を呼び出して金品を強奪したり、または犯したりするのだ。
ヨシカは、そういった犯罪を起こす人間が大嫌いだった。
だから探偵をしている。
呪われて悪魔なった人間を退治するために。
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