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第二章 たまちゃん
4 4月5日 8:55──
しおりを挟む校長の神楽は、人差し指を立てた。
「着手金は百万円、犯人を特定できたあかつきには報奨金一千万円。さらに犯人を捕獲し事件を未然に防げば、さらに追加で一千万円、つまり合計で二千百万でいかがだろう?」
ほう、といったヨシカは興味を示した。
「──警察には、このことは?」
「いいや、警察には連絡していない。おおやけにはしたくないので……」
「では、おおやけに謝罪するつもりもないと、そうおっしゃるのですね?」
「あたりまえだ。謝罪なんてするがわけない! 天宮凛は転落事故として決着がついたのだ、それをなぜ今更になって覆そうと……いったい誰がこんな脅迫状を……」
天宮凛の両親は? とヨシカは訊いた。
神楽はあせった様子で、額から流れ落ちる汗を手のこうでぬぐった。
「天宮凛の両親は、すでに亡くなっておる……」
「──! 死因は?」
「ガスヒーターによる一酸化炭素中毒。無理心中をはかったようですな」
「それは穏やかじゃない……」
「うむ。しかし、幸いなことに道連れにされた天宮凛は助かった。どうやら両親は椅子に座っており、彼女だけが床で寝ていたそうで、異変に気がついた彼女は換気した……このように警察に証言したそうです。なぜ彼女は助かったのでしょうか? 謎ですなぁ。警察はそこまで捜査しませんから」
ヨシカは、フッと鼻で笑った。
「COガスは微量に空気より軽いので、上にいる人間から死んでいきます」
「だが、そうすると窓を開けようと立ち上がった瞬間、死んでしまうのでは?」
「ネットワークを利用して換気したのでしょう。例の、Iotです」
「ほう、なるほど、さすが探偵さんだ」
「床に寝そべっていた天宮凛は、スマホを利用して、エアコンを起動させ空気清浄をしたのでしょう」
「ううむ、そうすると、本当に無理心中だったのか怪しいものですなぁ」
たしかに、といったヨシカは、しばらく瞼を閉じてから、ゆっくりと開いた。
「その心中事件は、天宮凛が転落するまえのことですか? それともあとのことですか?」
あとです、と神楽が答えた。
そのとき。
ピコンと電子音が鳴り響き、空調が動き出した。
神楽の体温の上昇を察知したAIが、冷房の調節をしたのだろう。
──本当に気が利いている。
「神楽さん、天宮凛は、今どこに?」
「入院しております。どうやら脳に障害があるようでして……」
「どこの病院ですか?」
月乃城病院です、と神楽は答えた。
冷房が効いて落ちついたのか、銀髪の頭をなであげると滑らかに語りだした。
「天宮凛の両親の兄弟などの親類を洗ってみましたが、みんな金で解決できました。だから、脅迫状を送ってくる悪人なんて、本当に思い当たるふしがないんです。天宮凛、本人は入院中で、手紙を出すことなど不可能だし……ううむ、謎ですなぁ」
なるほど、といってヨシカは腕を組んで、顎に手を当てた。
「それにしても、このタナトスという犯人は、古風なようですね」
「え? どういうことですか?」
「牡丹華さく、とは二十四節気のことで、四月三十日を表しています。よって、タナトスは知性的な人物だと推察できます」
「そうなのですか……さすが探偵さんだ。じゃあ、今日は四月五日なので……げっ! もう一ヶ月もないではないか!」
そうですね、とヨシカはつぶやいた。
ガタガタと神楽校長は、肩を震わせている。ニコチン中毒なのだろうか。しきりに口もとを触っては、煙を吸う仕草をしていた。きっとこの部屋は禁煙で、もしもタバコを吸ったらロボットに注意されるのでは? とヨシカは予想した。
「探偵さん。調査してくれませんか?」
神楽の目線が、ヨシカをとらえていた。
彼女は、しばらく黙考したのち、
「わかりました、依頼をお受け致します」
と答えた。
神楽校長は、ニヤリと笑った。
卓上に置いてあるタブレットを操作してから、シュッと手のひらで払い、ヨシカのほうに滑らせる。
「このタブレットを使ってくれたまえ。陰陽館のことが載っている」
ヨシカはタブレットに目を落とした。
紙のように薄いタブレットだった。まだ世の中に出回っていない最先端のハイテクモバイルである。タブレットに載っている電子文字をタッチしてみると、突然、AIがしゃべりだした。
『私立陰陽館高校は、一般の生活水準であるテクノロジーよりも、はるか数十年先をゆく近未来型のスマートスクールである。つまり、本校では研究や実験の段階である機械たちが活躍しているわけだが、それらを可能にさせたのは、神楽グループの資金力と月乃城病院のバックアップのおかげである』
『現在、日本の教育現場は崩壊寸前で逼迫した状況にある。そのおおまかな問題は教師の質と人材の確保、それに子どもたちが抱えるストレスの緩和であると鑑みる。よってそれらの問題を打開するには、ひとえにAIの導入が鍵だと捉えている』
『古来から、日本人は管理されることに美徳を置いてきた文化がある。天皇や武家の主従関係などは最たるもので、教育現場においても画期的なものになると予想される。そこで陰陽館では、未来に先駆けてロボット・AIを主とした管理体制をになうスマートスクールを開校することにした』
『それにともない行政からの指導をもとに、校長・教頭およびスクールカウンセラーは人間を配置するものとし、担任教師や部活動を監督する教師などはすべてAIを導入する方向でこのプロジェクトは推進している』
『次に、陰陽館の敷地選定においては、月乃城病院との緻密な提携をするとともに…… 』
「むぅ……くそなげぇ……もうスットプ! ストップぅ!」
不機嫌な声をだすヨシカ。
綺麗に整った眉根を寄せ、深いしわをつくる。
AIの声が、すっと消えた。
かたや、祈りを捧げるように両手の指を絡める神楽校長は、ふふ、と微笑を浮かべた。五十代前半のイケオジ然とした、なんとも落ち着いた雰囲気があった。
「アイ、探偵さんにあとの説明をたのむ」
神楽がそういうと、AIは、また語りだした。
『かしこまりました。では、玉木ヨシカ様。入学の手続きをしましょう。こちらにサインをしてください。制服はすでに用意しておりますので、身長体重、スリーサイズは記入しなくても結構です』
「え! 私、JKになるの? っていうか、なんでスリーサイズを知ってるのよ!?」
『特殊なカメラで撮影しました』
「はあっ?」
『身長166センチ、上から85、56、86、体重は……』
「おいっ! いうなっー!」
ヨシカは、大きな瞳をさらに開いて目を丸くした。
よほど可笑しかったのか、神楽校長は目を細めた。
『ヨシカ様は、今日から転校生として現場にいって調査をしてもらいます』
「えええっ!」
ヨシカの驚いた声が、陰陽館高校に高らかに響きわたった。
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