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第二章 たまちゃん
3 4月5日 8:50──
しおりを挟む『玉木ヨシカ様、校長室にご案内します。まず、こちらのエレベーターで二階にあがってくださいませ』
受付AIアイの声と同時に、無機質な硬い扉が、チンと電子音を響かせて開いた。壁面が窓ガラスでできており、外の光が眩しい四角い箱が、そこにはあった。なかに入ると思ったより広く、ゆうに三十人は運べそうな大型エレベーターである。
「すご……」
たかが高校に超高級ホテルさながらの設備が整えられているなんて、いったい全体、この学校はどうなってるのか? といぶかしむヨシカをよそにふたたび、チンという電子音が響いた。
どうやら、二階に着いたようだ。
というのも、この建物は二階しかない。それなのに小さく思わないのは、天井がとてつもなく高いからだ。首を上げると痛いほどで、5メートルはありそうだった。
『しばらく廊下を歩きます。こちらです』
アイの美しい声が響く。
──いったいどこから聞こえるのか?
スピーカーがどこかにあるはずだが、首を振って探しても見つからない。発見できず、ムッとするヨシカは、探すのを諦めて人工知能の声に従う。
──まったく、ロボットのいいなりなんて、性に合わないわ……。
ヨシカは自由を好む性格だ。それゆえに他人にあまり関心はない。
だが、例外はある。
犯罪者と被害者のことになったら、食いついたら離さないハウントドッグと化す。
この世の悪を絶対に許さない、そういう性なのだ。
というのも、ヨシカが小学生のころの話だが……。
母親が強盗に襲われて大怪我をしたことがある。
だからなのだろう。
ヨシカの正義感は凄まじいものがあり、高校生までは刑事になろうとしていた。
しかしながら、できるだけ働きたくないのが本音。ましてや国の犬に成り下がろうなど言語道断。ヨシカは現在、探偵の仕事をしているが、所長は父親なので、まあ、仕方なく手伝ってやっている、というのが今の現状なのである。
ゆくゆくの将来は、自分だけの探偵事務所を設けて、部下を使ってのんびりとスローライフをして過ごしたいなあ、なんて思いながら今、廊下を歩いていたわけだが、最近、男ひでりなこともあり……。
──優秀な部下がいいなあ、できたら背の高いイケメンで、自分のいうことをなんでも聞いてくれる可愛い系の男子とかがいいなあ、えへへ……。
なんて、イケナイ妄想を描いていた。
「いかん、ヨダレが……にしても、お父さんは、なんでも依頼を引き受けるんだから……まったくもう」
ヨシカは、手のこうでヨダレをふいた。
『お疲れ様でした。校長室はこちらでございます。神楽とコンタクトをとりますので、しばらくお待ちくださいませ』
扉をノックしようとしていたヨシカは、すっと腕を下げた。
「なんなのよぉ……さっきから全部ロボットの言いなりじゃないっ!」
ピピっと電子音が鳴った。
扉のとっての部分にある赤色の丸が、ふっと緑色に変わった。どうやら解錠されたようだ。しかし、指先を引っ掛ける把手がない。どうやって開けたものかと思っていると、ウィンと自動で開いた。
──まったく、この施設は親切すぎて困る。
部屋のなかに入ると、ゴージャスな空間が広がっていた。まるでスウィートルームのような調度品が置かれてあった。壁面に掛けられた大きな液晶テレビに、バロック時代に描かれたであろう絵画、型崩れしなさそうな高級なファブリックソファにスツール、それに奥にあるのはオールナット無垢材の机。黒革の椅子にはオールバックに銀髪を整えた男性が座っていた。
“神楽誠、陰陽館高校校長”
彼はヨシカを見るなり、にっこりと笑った。
「陰陽館高校の校長している神楽です」
「サファイア探偵事務所から派遣された玉木ヨシカです」
「ヨシカさんですか……いい名前だ」
「こんちゃ」
「こ、こんちゃ? あ、ああ……こんにちは、ってことか……あはは、すいません、最近の若者言葉についていけなくて……あはは」
「ええんやで……ところで、神楽さん」
「はあ?」
「さっき救急車とすれ違ったのですが……なにかあったのですか?」
いや、と神楽は首を振った。
「たいしたことではない。とある生徒が転んで怪我をしたようだが、すぐにAIが救急車を手配してくれた。あとは病院のほうで適切な処置をしてくれるでしょう」
「AIが? そんなことまで……」
「受付で綺麗なCGを見たかな? 彼女がうちの陰陽館を管理する人工知能アイです」
人工知能アイ、とヨシカは復唱した。
ええ、と神楽は相槌を打つと、
「彼女が管理している我が校に、虐めや不純異性行為などの犯罪率は0%です」
と断言した。朗らかな表情に刻まれた肌のシワが、威厳のある風格を宿している。
「ですが……今回、イレギュラーが起こったのです。よって、探偵さんをお呼びした次第で……」
神楽は、ヨシカの肉感のあるボディラインを値踏みするように、じっと見つめると、秒で相好を崩して微笑んだ。いやはや、おじさんという生き物は、ほぼこんな感じで綺麗な女に甘い、とヨシカは思った。
「さっそくですが、このような手紙が陰陽館に届いたんです。ご覧になってください」
「これは?」
「脅迫状ですかね? たぶん……」
「どれどれ、拝見しましょう」
神楽の目のまえには、一枚の書類があった。その無機質なA4の再生紙を、ヨシカは垂れる黒髪のボブヘアを、すっと指先で右耳にかけると目を落とした。
【 陰陽館高校に復讐を告げる 】
【 】
【 天宮凛が自殺したのはお前たちのせいだ 】
【 牡丹華さくまでに転落事故ではなく 】
【 いじめを苦に自殺したと認め謝罪しろ 】
【 さもなくば、2Aの陽キャを滅する 】
【 】
【 タナトス 】
ヨシカは、カッ! と猫のような大きな瞳を見開いた。
「陽キャを滅する!?」
つづいて、神楽校長の肉声が響いた。
「玉木ヨシカさん、あなたに調査を依頼したい」
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