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第二章 たまちゃん

1 4月5日 8:40──

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「ここが陰陽館高校か……」

 私立探偵・玉木ヨシカは、くびれた腰に手を当てた。
 まっすぐに伸びる並木道。
 そのさきに見えるのは白亜の建造物、陰陽館高校の校舎。
 彼女のボブヘアが、葉桜の舞う風とともに、さらさらとゆれている。
 木漏れ日のあいまにできたひだまりが、ぽかぽかと温もりを感じるとはいえ、ときに強く吹く春の風には、つんざくような冷たさがまだ残っていた。
 
──パンツスタイルのほうがよかったかも……。

 ヨシカは、ぴちっとしたスーツスカートから伸びる生足を、さっさと動かし、コツコツとヒールを鳴らしながら歩いている。肩にかけたショルダーバッグの紐が、キュッと胸のあいだでスラッシュしていた。
 陰陽館高校は、最寄りの駅から徒歩十分。郊外に新しく建設された閑静なニュータウンのなかにあった。衛星マップを検索して上空から俯瞰すると、綺麗な白壁がぐるりと敷地をかこっており、
 
「まるで夢の国ね」

 とヨシカがつぶやくほど、陰陽館高校は下界との境界線をひいていた。なかにいる生徒たちが、現実を見えないようにしているかのように思えた。

 時刻は八時半すぎ。
 朝の新しい空気のなかに生徒の姿は見られず、人影はヨシカしかいない。
 車道では小型のトラックが走っていた。
 その車体に、『クリーンロボティクス』と表記されているを見つけた瞬間、ふとヨシカの頭に浮かんだのは、企業向けに掃除をするロボットがいるという報道番組だった。そのときは特に興味もなかったが、近未来では人間の仕事をロボットが奪うだろうと、どこかの大学教授が警鐘を鳴らしていたのを思いだす。
 
「人間よりもロボットのほうが優秀ってことかなぁ?」

 するとそのとき。
 ピーポー、とけたましいサイレンの音が響いた。え? とヨシカが振り向くと、ものすごいスピードで救急車が駆け抜け、陰陽館高校へと吸い込まれていく。赤く明滅するライトが、なにやら嫌な予感を走らせていた。
 
──事件かな?

 ヨシカは、足を早めた。
 校門らしき漆黒の鉄製スライド式門扉のまえにたどり着く。ついさっき救急車が入ったはずだが、もうすでに門扉はかたく閉ざされていた。さらに近づき、ひんやりと冷たい境界線に手をそえて開けてみる。
 だが、門扉はびくともしない。
 ヨシカは、むっと眉をひそめつつも、どこかにインターホンがあるはずだと思い、さっと首を振った。
 
「えっ? なんかこっち見てるんだけど……」

 視線を感じ、振り返ると白い壁面の門柱にプロジェクションマッピングが投影されていた。さわやかに白い歯を光らせる男性CGが、じっとこちらを見つめている。
 
──イケメンじゃん!

『おはようございます』

 ぬるぬると映像が動いていた。口や手の動作に合わせて、どこからか声が聞こえる。おそらく、どこかにスピーカーがあるはずだ。ヨシカは、キョロキョロと首を振って探したが、見つけることはできなかった。
 
『なにか陰陽館高校にごようですか?』

 イケメンボイスだった。ちょっとだけ心がときめいて、ヨシカの頬が赤くなった。

「こ、これがロボット?」

 彼女の脳裏で蘇るのは、上司であり父親でもある所長の言葉……。
 
『今回の現場はスマートスクールだ! ロボットがいるらしいぞ』

 はあ? と訊き返したが、強面の所長は顎髭に触れると、あはは、と笑った。
 
『じゃあ、とりあえず現場にいって話を聞いてきてくれ。依頼主は神楽という男性だ。年齢は五十代。陰陽館高校の校長をやっているらしい。声質からしてそんなにあせってはいないようだったが、どうやら何者かに脅迫されているといっていたな。まあ、ヨシカが気に入ったら仕事を受けてきていいぞ』
『ふぅん、気がのらないなあ……』
『たしか……神楽グループは学校経営だけじゃなくホテル経営もしている大金持ちだったはずだ。きっと報奨金は百万以上いくだろうな」
『……ほんと? いくー!』

──とはいったものの……。

 ふと、現実に戻ってきたヨシカは、おそるおそる口を開いた。

「あの……校長の神楽さんはいらっしゃいますか?」

 イケメンCGは、にっこりと笑った。

『玉木ヨシカ様、ですね。陰陽館高校へようこそ! 校長、の、神楽は校長室におりますので、玄関口からお入りくださいませ~』

 あ、ありがとう、とヨシカは会釈した。
 ロボットとは初見で、会話も初めての体験だった。
 少し緊張したが、イケメンだったので心が浮かれた。
 というのも、ヨシカは探偵という仕事がら出会いがない。いや、正確にいうと変態しか出会わない。たとえば、浮気男、下着泥棒、盗聴マニア、結婚詐欺師など……。
 よって、たとえロボットでもイケボと会話できて嬉しかったのである。
 しばらくすると、ガチリと施錠が外れる鈍い音が響きわたり、ゴガガガガ、と門扉が開いていった。
 
「へー、自動なんだ~っていうかなんであたしの名前知ってんのよ……こわっ」

 いぶかしむヨシカは、そそくさと門扉を抜けると、静かに閉まっていく。ところが、途中で止まりまた開いていく。
 
──ん? 変だな。
 
 ヨシカは、立ち止まり首を傾けた。
 すると、救急車がこちらに走ってくるではないか。明滅する赤い光りがヨシカの顔をかすめ、風になびくように足早に通りすぎていく。
 
──まさか、もう事件が起きたの?
 
 ヨシカは、不敵な笑みを浮かべた。
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