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 陽キャを滅することにした。
 自殺に失敗したからだ。まさかこの肉体がふわりと浮くなんて予想もしていなかったし、僕の人生には夢もなければ希望もない。あるのは、心に灯る復讐の炎だけ。

 真夜中。幽静なる場所。
 深海のなかに沈むような、青く光る空気清浄機。
 雲のなかに漂うような、白い清潔なシーツ。
 原子のある空間のなかで、僕は思考にふける。

──眠れるはずがないのだ。
 
 いくら深い呼吸をしても、ふわふわな羊を数えても、寝苦しい夜は、泳ぎ疲れたスイマーみたいに、いつまでも覚めない夢のなかを彷徨っているような、そんな感覚があった。

──やっていることといえば、植物と反対のことだ。

 人類は青い惑星の生態系を狂わしている。死ぬまでずっと酸素を吸って、二酸化炭素を吐き出しているなんて、本当にどうかしてる。
 
──眠れるはずがないのだ。
 
 安眠を求めてもいない。
 成長ホルモンを整えるつもりもない。
 それでも夢のなかで睡魔が、うつらうつらと誘惑してくるから、いつのまにやら瞼が閉じていた。
 
『うふふ』

 瞼の裏に焼きついているのは、彼女の笑顔。それに可愛らしくて元気な声で、
 
『もうちょっと、がんばってみよう』

 そう励ましてくれたのに、なぜだろう。
 彼女は、蝶のように舞って、花のように落ちた。
 
『仕方がないよ』
 
 と、彼女の声が頭のなかにめぐるが、夜の帳がおりるとどうしたって怒りに震え、彼女の時間と俺の精神がトレードされて闇に落ちる。
 ぽっかりと空いた心の穴。
 そこからさらにドス黒い闇があふれ、死神タナトスが、ニヤリと微笑みを浮かべては、憎悪に満ちた言葉をかけてくる。
 
『陽キャを許すことはできない、滅せよ!』

 ああ、わかってる。わかってる。
 すでに僕は、陽キャに罠をかけているのだ。
 もう止められない。僕の意思を叶えてくれる導きの神ヘルメスが、その美しい笑顔とともに、彼らに世界の終わりを告げるだろう。
 
 彼らは滅されるその瞬間に、何を願う? 何を祈る?
 
 悔しさに溺れ、青いまま枯れていく彼らを空想すると、苦笑せざるをえない。なぜなら彼らは、のうのうと生きる未成年の陽キャ。
 結局のところ、少年少女は大人たちが創造した法によって守られている。
 もっとも、法というものは被害者を救うものではない。悪人を救済するために整備されているのだ。
 精神の異常がみられ、責任能力がないから無罪。
 心理状態が不安定で、情状酌量の余地があるから減刑。
 とかなんとか御託を並べる黒服たちが、静粛に! といったところで、結局のところ被害者は泣き寝入り。いや、寝られたら、まだいいほうだろう。

──眠れるはずがないのだ。
 
 それならば、どうする? 
 それならば、虚構の社会が創造したルールなど、ぶっ壊してやる!
 よって僕は、陽キャを滅することにした。
 あの忌々しい陰陽館に復讐してやることにしたのだ。
 
 所詮、この世は春の夜の夢のごとし。
 風を食らい、季節が移り変わるように、すべては侵食され灰と化す。
 盛んなる者も必ず滅びる。
 かつて平安時代に隆盛を誇った平家も、七つの海を支配し世界の陸地の四分の一を植民地とした大英帝国も、核で覇権を取ったアメリカも、人権を踏みにじる陽キャたちも、例外ではない。
 
──光と闇のなかで、滅びの道を歩むがいい……。

 朝陽が顔を出し、夜が明ける。
 いつのまに眠っていたのだろうか。自然と目が開き、時間を確認しようと枕もとのスマホに明かりを灯すと、なんともSNSが騒がしい。まどろむ瞳がとらえたのは、『ぬこくんを下僕にする』という文字。救いようのない絶望感とともに、使命感めいた復讐の炎が心のなかで燃えた。
 
──やはり、陽キャはすぐにでも滅しなくては!
 
 第二第三の被害者がでるまえに、食い止めなければならない。
 とはいえ僕は、正義を愛する英雄たちの守護神アテネになるつもりは毛頭ない。あくまでも僕は、死神タナトス。陽キャに“死”をもって償いをさせるための存在。

──だけど、ああ、そろそろ限界だ。
 
 嗚呼、いつものようにあくびがでる。
 燦然さんぜんと輝く陽の光りが、部屋に射しこむ。
 ふたたび、僕の精神と彼女の時間がトレードされる。
 ふわりと起き上がり、こぼれる光りの粒子のなかで、スマホの画面を眺め、指先で弾いた。
 仮想空間に光り輝くブログ。
 電子文字の羅列は、ゴシック体でつづられた自分の過去と犯罪計画の内容。べつに誰かに読ませたいとも思わないし、いかに偉大であるかと驕るつもりもない。万一、何者かが僕のブログを検索ヒットする可能性はあるが、警察に捕まることなど杞憂だろう。

──これは完全犯罪なのだ。
 
 僕が手を下すことは何もない。
 国家の犬に尻尾を噛まれることはありえない。

──ん?

 それゆえにだろうか……。
 僕は生きていた証明をしたいのだ。
 僕という存在意義レーゾンデートルを仮想空間に、しっかりと残しておきたい衝動に駆られたのか。

──いや、少し違うな……。

 もしかしたら、心のどこかで同情を求めているのかもしれない。顔も知らない誰でもいいし、かつて笑いあった仲間でもいいから、僕のことを見つけて欲しい……。

 最後の審判を求めるがごとく、僕の告白を電子の海に漂わせることにする。もしも、いいね、がついたそのときは、自首しよう。

──誰か、僕をみつけて……。

 電波がなびきはじめた。
 液晶画面に映った投稿という文字に、ゆっくりと指先をもっていく。
 優しくタップする。ブログという一輪の花が、仮想空間の世界に咲いた。
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