77 / 84
第一部 春
75 ありがとう、お父さん! 大好き♡
しおりを挟む
黒執事が手綱を引く馬車は走りだした。
わたしと父は、王宮の背景に沈む夕陽の影に吸いこまれていく馬車を眺めていた。屋根のない馬車はどこか滑稽で、しばらく手を振っていたソレイユだったけど、ふいに物憂げな表情を隠すように下を向いた。
「キラキラ王子、ちょっと泣いていたな」父がぼそっと言った。
そう? わたしはとぼけた。
陽が長くなり、南から吹く風が温かい。夏がもうそこまで来ていた。王都の商店街は活気に満ちており、花屋へ夢と希望を買い求める客は、いっこうに途絶えることがない。すると、やはりと言うべきか、母の大きな声が響いてきた。
「マリ~! 手伝って~」
ほらきたな、と肩をすくめる父に、後で話があるから、と言ってわたしは父と別れた。
わたしが店のなかに入ると、メイドさんが泣きながら訴えてきた。「お嬢様ぁ、花束を作ってくださいまし~」
メイドさんは不揃いな花々を掴んであわてている。
あらあら、まるでなっていないアンバランス。
わたしはさっと花々を受け取ると、丁寧に茎の向きを揃え、逆手に持ち構えるとハサミで切って茎の長さをそろえた。「ありがとうございます。お嬢様」
わたしは微笑みで返した。「あなたは本来の仕事である夕飯の支度をしてください」
ぺこりと頭をさげるメイドは、うやうやしく店の奥へとはけていった。
それから、わたしは閉店まで花屋の手伝いをした。
花を売る。
それは幸せのお手伝い。わたしから花を受け取った、お客さんたちは、みなそれぞれ大切な人、かけがえのない人のその花を贈る。そうしたら、愛が生まれるだろう。または、観葉植物であれば、枯れた生活のなかに潤いを与えてくれるだろう。
とはいえ、仕事はやはり疲れるけど、心地いい鼓動のリズムが誇らしい。わたしは社会の役に立っていると実感する。
「ありがとうございました」
最後の御婦人の接客を済ましたわたしは、肩を落とした。やれやれ、と。
「お疲れ、マリ。夕飯まで休んでて、後はやっておくわ」母が快活に言った。算盤を弾いて売り上げを計算している。
はーい、と返事したわたしはレジカウンターにある金庫を開けた。
なかにある小さな小瓶を取り出す。中身の種が緑色に怪しく輝いている。邪悪な色さえ見える。しかし、心なしか、美しいとも思う。それくらい奇妙な色合いを放つ種。レレリーという植物は、いったい、どんな花を咲かせるのだろうか、大きな花びらだろうか、葉っぱはどんな形だろうか、その花弁の香りは……と想像をめぐらしながら、金庫の扉を閉めた。
その足で向かった先は父のところ。常に温度の調節ができる魔法のような部屋だ。湿度もある。高嶺真理絵の記憶から引っ張り出すと、ここは亜熱帯。アマゾンの湿地帯を思わせる。そんな温室に父はいた。わたしは声をかける。
「お父さん、ちょっといいかしら」
ん? 父は葉っぱに水を吹きかけていた。芋科の植物で太い蔓が珍獣のような雰囲気がある。奇怪な姿をした観葉植物だけど、売れば数千万もするから驚きだ。誰に売るのかって、そんなの貴族に決まってる。そして、その金はもともと農民の働いた金だ。シュシュ、と霧吹きをしている父はつぶやいた。
「こいつもそろそろ出荷だな……で、マリエンヌどうした?」
あのね……わたしは父に頼みたいことがある時は必ずこのように言葉をおいてから話す。両手を合わせて首を傾ける愛嬌も忘れずに。
「レレリーって知ってる?」
「ああ、たしか南にある温暖な国の植物だろう。ある民族が催眠術に使用していると言われる不思議な効能があるんだが……マリ、手に入れたのか?」
ええ、とわたしはうなずいた。
「すごいじゃないか! さすが俺の娘だ! どうやって手に入れた?」
「フィレ教授からもらったの。研究に材料らしいわ」
「あいつか……またマリを利用してこの温室に目をつけたな」
「お父さん、そんな言い方しないでよ。わたしがフィレ教授に頼んでたの。不思議な植物の種があったらちょうだいって」
やれやれ、と父はため息をついた。「マリエンヌの学者肌には敵わないな」わたしの手に持っていた小瓶を取った父はつづけた。「よし、俺が花を咲かせてやろう」
「ありがとう、お父さん! 大好き♡」
わたしは父に抱きついてほっぺにキスをした。満更でもなく喜ぶ父は、
「ま、まかせろ……」
と言って身体を硬くさせた。父もやっぱり男ね。照れちゃってかわいい。
そうだ、ついでに欲しかった物も手に入れよう。
「ねえ、お父さん。このシャワーノズルもらってもいい?」
「ん? いいよ。でもどこで使うんだ?」
「ありがとう。花壇の水やりに使うの」
なるほど、とうなずいた父は微笑んだ。「大事に使えよ」
うん、とわたしはにっこり笑顔で返事をした。いつまでも大切にするよ。だって、父と母の思い出の場所である、伝説の花壇を手入れするんだから。
わたしと父は、王宮の背景に沈む夕陽の影に吸いこまれていく馬車を眺めていた。屋根のない馬車はどこか滑稽で、しばらく手を振っていたソレイユだったけど、ふいに物憂げな表情を隠すように下を向いた。
「キラキラ王子、ちょっと泣いていたな」父がぼそっと言った。
そう? わたしはとぼけた。
陽が長くなり、南から吹く風が温かい。夏がもうそこまで来ていた。王都の商店街は活気に満ちており、花屋へ夢と希望を買い求める客は、いっこうに途絶えることがない。すると、やはりと言うべきか、母の大きな声が響いてきた。
「マリ~! 手伝って~」
ほらきたな、と肩をすくめる父に、後で話があるから、と言ってわたしは父と別れた。
わたしが店のなかに入ると、メイドさんが泣きながら訴えてきた。「お嬢様ぁ、花束を作ってくださいまし~」
メイドさんは不揃いな花々を掴んであわてている。
あらあら、まるでなっていないアンバランス。
わたしはさっと花々を受け取ると、丁寧に茎の向きを揃え、逆手に持ち構えるとハサミで切って茎の長さをそろえた。「ありがとうございます。お嬢様」
わたしは微笑みで返した。「あなたは本来の仕事である夕飯の支度をしてください」
ぺこりと頭をさげるメイドは、うやうやしく店の奥へとはけていった。
それから、わたしは閉店まで花屋の手伝いをした。
花を売る。
それは幸せのお手伝い。わたしから花を受け取った、お客さんたちは、みなそれぞれ大切な人、かけがえのない人のその花を贈る。そうしたら、愛が生まれるだろう。または、観葉植物であれば、枯れた生活のなかに潤いを与えてくれるだろう。
とはいえ、仕事はやはり疲れるけど、心地いい鼓動のリズムが誇らしい。わたしは社会の役に立っていると実感する。
「ありがとうございました」
最後の御婦人の接客を済ましたわたしは、肩を落とした。やれやれ、と。
「お疲れ、マリ。夕飯まで休んでて、後はやっておくわ」母が快活に言った。算盤を弾いて売り上げを計算している。
はーい、と返事したわたしはレジカウンターにある金庫を開けた。
なかにある小さな小瓶を取り出す。中身の種が緑色に怪しく輝いている。邪悪な色さえ見える。しかし、心なしか、美しいとも思う。それくらい奇妙な色合いを放つ種。レレリーという植物は、いったい、どんな花を咲かせるのだろうか、大きな花びらだろうか、葉っぱはどんな形だろうか、その花弁の香りは……と想像をめぐらしながら、金庫の扉を閉めた。
その足で向かった先は父のところ。常に温度の調節ができる魔法のような部屋だ。湿度もある。高嶺真理絵の記憶から引っ張り出すと、ここは亜熱帯。アマゾンの湿地帯を思わせる。そんな温室に父はいた。わたしは声をかける。
「お父さん、ちょっといいかしら」
ん? 父は葉っぱに水を吹きかけていた。芋科の植物で太い蔓が珍獣のような雰囲気がある。奇怪な姿をした観葉植物だけど、売れば数千万もするから驚きだ。誰に売るのかって、そんなの貴族に決まってる。そして、その金はもともと農民の働いた金だ。シュシュ、と霧吹きをしている父はつぶやいた。
「こいつもそろそろ出荷だな……で、マリエンヌどうした?」
あのね……わたしは父に頼みたいことがある時は必ずこのように言葉をおいてから話す。両手を合わせて首を傾ける愛嬌も忘れずに。
「レレリーって知ってる?」
「ああ、たしか南にある温暖な国の植物だろう。ある民族が催眠術に使用していると言われる不思議な効能があるんだが……マリ、手に入れたのか?」
ええ、とわたしはうなずいた。
「すごいじゃないか! さすが俺の娘だ! どうやって手に入れた?」
「フィレ教授からもらったの。研究に材料らしいわ」
「あいつか……またマリを利用してこの温室に目をつけたな」
「お父さん、そんな言い方しないでよ。わたしがフィレ教授に頼んでたの。不思議な植物の種があったらちょうだいって」
やれやれ、と父はため息をついた。「マリエンヌの学者肌には敵わないな」わたしの手に持っていた小瓶を取った父はつづけた。「よし、俺が花を咲かせてやろう」
「ありがとう、お父さん! 大好き♡」
わたしは父に抱きついてほっぺにキスをした。満更でもなく喜ぶ父は、
「ま、まかせろ……」
と言って身体を硬くさせた。父もやっぱり男ね。照れちゃってかわいい。
そうだ、ついでに欲しかった物も手に入れよう。
「ねえ、お父さん。このシャワーノズルもらってもいい?」
「ん? いいよ。でもどこで使うんだ?」
「ありがとう。花壇の水やりに使うの」
なるほど、とうなずいた父は微笑んだ。「大事に使えよ」
うん、とわたしはにっこり笑顔で返事をした。いつまでも大切にするよ。だって、父と母の思い出の場所である、伝説の花壇を手入れするんだから。
0
お気に入りに追加
298
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢は反省しない!
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。
性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄された悪役令嬢は王子様に溺愛される
白雪みなと
恋愛
「彼女ができたから婚約破棄させてくれ」正式な結婚まであと二年というある日、婚約破棄から告げられたのは婚約破棄だった。だけど、なぜか数時間後に王子から溺愛されて!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる