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第一部 春
71 オセアン家に訪問
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「ちょっとソレイユ……触らないで」
「そんなこと言ったって、揺れるから仕方ないだろ」
「ああっんもう、さっきからお尻に何か当たってるんだってば」
「それは私の手だ」
「きゃああああ! バンザイしてなさいっ」
「ゆ、揺れるから、無理だぁぁ」
ベニーがわたしとソレイユのやりとりを見て笑う。「きゃはは、揺られて楽しいぞぉぉ!」
「あたしたちが重いから安定しないみたいだよ、馬が大変そう」ルナが眉をひそめて言った。
ひひん、と馬が鳴くと、メルちゃんはびっくり驚いた。
パカラ、パカラ、とわたしたちを乗せた馬車はフルール王国の郊外に向けて走っていた。ぎゅう、ぎゅう、に詰まったわたしたちの席は対面式だった。遊園地の観覧車と同じようなもの。わたしとソレイユが隣りに座り、向かいにべニーとルナがメルちゃんを挟んでいた。
「まもなく着きますゆえ、ご辛抱を」手綱をひく黒執事さんがわたしたちに向かって言った。大きな声だったので、風に乗って聞こてくる。馬車の窓は半分ほど開いており、心地よい風と新緑の香りが入ってきた。車窓を眺めれば、辺りは郊外の景色となり、建物の数より木々や草花のほうが多くなってくる。やがて、馬車が止まった。
そこは、小さな一階建ての家が点々と集合したエリアだった。
わたしたちは馬車から降りて空気を吸いこむ。王都の中心地とはまるで違う、どこか懐かしい、土の香りと木々の瑞々しさがあった。どうやら、ここがリオンさんの家がある地区なのだろう。お世辞にも裕福なエリアとは言えない。近所の子どもたちが、元気よく舗装されてない大地を裸足で走り回っている。鬼ごっこをしていた。ベニーは目を輝かせて見つめている。遊びたくなったのだろう。
「ここです」黒執事が手のひらで示した。黒いグローブをはめている。
ソレイユが家の扉をノックした。「ごめんください。王宮のものです」
しばらくすると、はーい、という元気のいい若い女性の声が響いた。
ん?
ここリオン・オセアンの家だよな? と訝しむソレイユは黒執事の顔をのぞいた。黒執事は肩をすくめた。しばらくすると、扉が開いた。家のなかからでてきたのは、笑顔の可愛い女性と小さな男の子。二人はソレイユを見るなり叫んだ。
「「キラキラ王子だぁぁぁぁ!」」
ソレイユは有名人なので、まあ、こういう反応になるわね。男の子は身体をひねると、家のなかに向かってまた叫んだ。「パパー! キラキラがきたー!」
パパ?
女子たち四人は首を傾けた。ソレイユは自分に指さしてつぶやく。「キラキラ?」
黒執事はジャケットの内側から手帳と取り出して確認した。「ここはリオン・オセアンの家で間違いないです」
すると、廊下の奥に背の高い男性が立っていた。彼は驚いたように灰色の瞳が開いた。薄っすらともみあげから顎まで無精髭が生えていた。ひゅう、ワイルドでかっこいい。
歩いてきたのは、リオンさんだった。
料理をしていたのだろうか。白いシャツのうえに黒いエプロンをかけていた。空気を吸いこむと、部屋の奥からトマトソースの酸味の効いた香りが漂っている。
お昼はパスタかな?
彼の顔には警戒の色がかすかに浮かんでいた。わたしたちが突然くるなんて予想できるはずもないからだ。すると、足もとで男の子が抱っこをせがんでいた。さっと抱っこしてあげるリオンさんの姿は、なんとも優しいイクメンって感じ。リオンさんに子どもがいるなんて、ちょっとショックだけど、好きな人が結婚していたなんて、そんなドラマもあるのよね。
大人の恋愛だ。
乙女ゲームあるある、攻略対象者に連れの子どもがいるやつ。これにはさすがに、ルナ、メルちゃん、そしてベニーもびっくり仰天、目を丸くしていた。リオンさんは、ひょいと男の子を抱きなおすと口を開いた。
「どうしたみんな? ここは食堂じゃないんだが」皮肉がこもった声だった。
「料理長のリオンさんですね」ソレイユが言った。
はい、と答えるリオンさんはつづけた。「何かようですか?」
「本題に入る前に、御両親の供養をさせてもらってもいいですか?」ソレイユは花束に視線を移した。男の子が楽しげに笑う。「わあ、いい香り」
すると、驚愕していたベニーが、おずおずとリオンさんに訊いた。
「リオンさんって結婚していたの?」
ああ、と答えたリオンさんは男の子をおろした。「こいつは息子だ」
男の子は両手を腰に当てると、「ぼくは息子だぁ、ごしゃい」と威張って手のひらを、パーに広げた。五歳と言いたいのだろう。裸足でも平気なようで、そのへんを走り回っている。ベニーがわたしのスカートを引っ張って小声で抗議してきた。
「おい、どういうことだ! ルナルナよりも強敵がいるぞ! 嫁になんかに勝てるわけがないじゃないかぁぁ、くそぉぉぉ、既婚者に手を出したら捕まっちゃうよぉぉ」
「あ……ちょっと待ってね、ベニー、そのことなんだけど……」
わたしが説明をしようとしたとき、リオンさんはベニーに向かってつぶやいた。
「こいつは妹だ」
ニコッと微笑みを作る女性は会釈した。「いつも兄がお世話になってます」
ご丁寧にどうも、ベニーは、いえいえ、お世話になっているのはこっちだぞ、と脇を絞って両手を振った。内心では、なんだ、妹かよ、びっくりしたぞ! と叫んでいることだろう。
「家にいろ」
と妹につぶやいたリオンさんは、颯爽と歩きだしていく。どこか息子や妹を見られたことが、どこか恥ずかしいような気配さえ感じる。
ソレイユは黙ってそのあとを追った。
リオンさんは、チラッとルナのことを見つめている。やはり、一番意識しているのは、ルナなのだろう。悔しいが、それが乙女ゲームの世界。所詮、わたしたちモブはヒロインには勝てない。そして、妻にも勝てない。
「うわぁぁぁん、もうベニーの恋はおわた、完全におわたぁぁぁ!」
「ベニー先輩、諦めたらそこで試合終了ですよ」メルちゃんはつぶやく。
「そうよ、ベニーあれを見て」ルナスタシアは墓地を指さして説明した。
「オセアン家の墓がいくつかあるんだけど、そのなかに比較的若い女性の墓があるのよ。刻まれている年齢は二十歳、ひょっとして、リオンさんの……亡き妻?」
わたしたちは目を凝らして墓地を見つめた。
いやいや、墓に刻まれた文字なんて見えるわけがない。野生育ちのルナにしかできない芸当だった。視力が良すぎるのよ、ルナは。
「ベニー! 走って見て来なさい」わたしは目を細めて言った。
おっけー! そう言ったベニーは、風のように突っ走っていった。
ふと、横を見ると、メルちゃんがねちっこい視線でわたしのことを見つめてくる。この子、ちょっと怖い。
「マリせんぱぁい……何か隠してますねえ」メルちゃんが探りを入れてくる。
「え? どうして?」
「視線が鋭くなりました。何かに警戒している証拠です」
ううっと唸ったわたしは思いをぶつけた。
「隠してるっていうか、どうやってみんなに説明しようか迷ってる」
震えるわたしを見つめていたメルちゃんは、それでは仕方ないですね……とつぶやいた。やがて、不敵な笑みを浮かべると、ルナに向かってうなずいて示した。
「ルナ先輩! くすぐり攻撃で吐かせちゃいましょう」
「まかせてっ」
え? ちょっと待って! とわたしは叫んだけど、それは無駄な抵抗だった。そのとたん、ルナの姿が一瞬で見えなくなった。「き、消えた!」
「うしろよ……」
速い!
耳もとにルナのささやく声が響く。わたしは感じてしまい、ぞくぞくっと身をよじらせた。きゃあああ!
こちょ、こちょ、こちょ、こちょ……。
「ヒャ、ヒャ……」
こちょ、こちょ、こちょ、こちょ……。
「ヒャハハハ、あっ、やめ、あんっ、やめてっ、ヒャハハハ」
ルナの指先が、わたしの身体じゅうを舐め回すようにまとわりつく。いやっ、ほんとやめてほしい、脇をくすぐられると、ああっん、やばい! あと、おっぱい揉まれるのも、感じちゃうからやめてぇぇぇぇ!
「きゃあっ、あはっ、あははは! やめてぇぇぇぇ!」
「隠してることしゃべる? マリ?」
「しゃべる! しゃべるからやめてぇぇぇ! ヒャハハハ」
「ほんと?」
ルナの手が止まった。
ふう、わたしは一息ついてから言った。
「ほんとよ、だからくすぐるのはやめて、はあ、はあ……」
じゃあ、話して、と腕を組んで顎で促すルナの姿は、どっちかと言うとわたしより悪役令状っぽかった。立場逆転してないかしら? これ?
「簡単に言うとね……ふう」
わたしは息を整えてから、また口を開いた。
「この世界は乙女ゲームなの」
ルナスタシアとメルちゃんの頭上に稲妻が走ったような、そんな幻覚が見えた。
「その話、もう少し詳しく聞きたいです、先日、花の妖精フェイが言っていたことにも繋がりますから」
「え? フェイ! あんたメルちゃんになんて言ったの?」
わたしは胸ポケットからフェイをつまみだした。
羽をばたつかせたフェイは後頭部をかきながら答えた。
「この世界は僕が創造した世界だよって言ったよ。でも、メルキュール・ビスケットは眠かったみたいで興味を示さなかった。たまに、実験としてやってるんだ。この世界はゲームなんだよって知らせること」
「悪趣味ねフェイ……あなた、そんなことしてるの?」わたしは呆れた。
でも、と言ってからメルちゃんは語った。
「おかげで覚醒しました。いや、決心がついたと言ったほうが、説明は簡単かもしれません」
「どうしたの? メルちゃん」わたしは訊いた。
すると、メルちゃんはいきなりわたしに抱きついてきた。そして、上目使いでささやくように言葉を紡ぐ。
「好きです……マリ先輩……ゲームの世界なら終わりがあるはず、だから私は終わりを迎えるまえ
に思いだけは伝えておきます」
トゥンク! 心臓が飛び跳ねた。女の子から告白されるなんて……しかも、メルちゃん? あなた何を考えているのぉぉぉ?
それなら……と言ったルナスタシアが、ふう、と細く長く息を吐いた。
「マリがこのゲームの世界のヒロインなの?」
「いいえ、それは違うわ」
わたしはすぐにかぶりを振った。「それは……」
「誰ですか? ヒロインは?」わたしに抱きついたままメルちゃんが訊いた。
ルナを指さしたわたしは、胸いっぱいに空気を吸いこんでから断言した。
「ルナスタシア・リュミエール、あなたがヒロインよ!」
その瞬間、強烈な風が吹いた。ルナスタシアの金髪が揺れ、雲の切れ間から太陽の光りが射して、ヴァイオレットの瞳が美しく輝いた。まるで、王族の証を象徴するように。
「あ、あたしがヒロイン?」
まだあどけない顔を残した女の子は、風に揺れながらぽつんと立っていた。
「そんなこと言ったって、揺れるから仕方ないだろ」
「ああっんもう、さっきからお尻に何か当たってるんだってば」
「それは私の手だ」
「きゃああああ! バンザイしてなさいっ」
「ゆ、揺れるから、無理だぁぁ」
ベニーがわたしとソレイユのやりとりを見て笑う。「きゃはは、揺られて楽しいぞぉぉ!」
「あたしたちが重いから安定しないみたいだよ、馬が大変そう」ルナが眉をひそめて言った。
ひひん、と馬が鳴くと、メルちゃんはびっくり驚いた。
パカラ、パカラ、とわたしたちを乗せた馬車はフルール王国の郊外に向けて走っていた。ぎゅう、ぎゅう、に詰まったわたしたちの席は対面式だった。遊園地の観覧車と同じようなもの。わたしとソレイユが隣りに座り、向かいにべニーとルナがメルちゃんを挟んでいた。
「まもなく着きますゆえ、ご辛抱を」手綱をひく黒執事さんがわたしたちに向かって言った。大きな声だったので、風に乗って聞こてくる。馬車の窓は半分ほど開いており、心地よい風と新緑の香りが入ってきた。車窓を眺めれば、辺りは郊外の景色となり、建物の数より木々や草花のほうが多くなってくる。やがて、馬車が止まった。
そこは、小さな一階建ての家が点々と集合したエリアだった。
わたしたちは馬車から降りて空気を吸いこむ。王都の中心地とはまるで違う、どこか懐かしい、土の香りと木々の瑞々しさがあった。どうやら、ここがリオンさんの家がある地区なのだろう。お世辞にも裕福なエリアとは言えない。近所の子どもたちが、元気よく舗装されてない大地を裸足で走り回っている。鬼ごっこをしていた。ベニーは目を輝かせて見つめている。遊びたくなったのだろう。
「ここです」黒執事が手のひらで示した。黒いグローブをはめている。
ソレイユが家の扉をノックした。「ごめんください。王宮のものです」
しばらくすると、はーい、という元気のいい若い女性の声が響いた。
ん?
ここリオン・オセアンの家だよな? と訝しむソレイユは黒執事の顔をのぞいた。黒執事は肩をすくめた。しばらくすると、扉が開いた。家のなかからでてきたのは、笑顔の可愛い女性と小さな男の子。二人はソレイユを見るなり叫んだ。
「「キラキラ王子だぁぁぁぁ!」」
ソレイユは有名人なので、まあ、こういう反応になるわね。男の子は身体をひねると、家のなかに向かってまた叫んだ。「パパー! キラキラがきたー!」
パパ?
女子たち四人は首を傾けた。ソレイユは自分に指さしてつぶやく。「キラキラ?」
黒執事はジャケットの内側から手帳と取り出して確認した。「ここはリオン・オセアンの家で間違いないです」
すると、廊下の奥に背の高い男性が立っていた。彼は驚いたように灰色の瞳が開いた。薄っすらともみあげから顎まで無精髭が生えていた。ひゅう、ワイルドでかっこいい。
歩いてきたのは、リオンさんだった。
料理をしていたのだろうか。白いシャツのうえに黒いエプロンをかけていた。空気を吸いこむと、部屋の奥からトマトソースの酸味の効いた香りが漂っている。
お昼はパスタかな?
彼の顔には警戒の色がかすかに浮かんでいた。わたしたちが突然くるなんて予想できるはずもないからだ。すると、足もとで男の子が抱っこをせがんでいた。さっと抱っこしてあげるリオンさんの姿は、なんとも優しいイクメンって感じ。リオンさんに子どもがいるなんて、ちょっとショックだけど、好きな人が結婚していたなんて、そんなドラマもあるのよね。
大人の恋愛だ。
乙女ゲームあるある、攻略対象者に連れの子どもがいるやつ。これにはさすがに、ルナ、メルちゃん、そしてベニーもびっくり仰天、目を丸くしていた。リオンさんは、ひょいと男の子を抱きなおすと口を開いた。
「どうしたみんな? ここは食堂じゃないんだが」皮肉がこもった声だった。
「料理長のリオンさんですね」ソレイユが言った。
はい、と答えるリオンさんはつづけた。「何かようですか?」
「本題に入る前に、御両親の供養をさせてもらってもいいですか?」ソレイユは花束に視線を移した。男の子が楽しげに笑う。「わあ、いい香り」
すると、驚愕していたベニーが、おずおずとリオンさんに訊いた。
「リオンさんって結婚していたの?」
ああ、と答えたリオンさんは男の子をおろした。「こいつは息子だ」
男の子は両手を腰に当てると、「ぼくは息子だぁ、ごしゃい」と威張って手のひらを、パーに広げた。五歳と言いたいのだろう。裸足でも平気なようで、そのへんを走り回っている。ベニーがわたしのスカートを引っ張って小声で抗議してきた。
「おい、どういうことだ! ルナルナよりも強敵がいるぞ! 嫁になんかに勝てるわけがないじゃないかぁぁ、くそぉぉぉ、既婚者に手を出したら捕まっちゃうよぉぉ」
「あ……ちょっと待ってね、ベニー、そのことなんだけど……」
わたしが説明をしようとしたとき、リオンさんはベニーに向かってつぶやいた。
「こいつは妹だ」
ニコッと微笑みを作る女性は会釈した。「いつも兄がお世話になってます」
ご丁寧にどうも、ベニーは、いえいえ、お世話になっているのはこっちだぞ、と脇を絞って両手を振った。内心では、なんだ、妹かよ、びっくりしたぞ! と叫んでいることだろう。
「家にいろ」
と妹につぶやいたリオンさんは、颯爽と歩きだしていく。どこか息子や妹を見られたことが、どこか恥ずかしいような気配さえ感じる。
ソレイユは黙ってそのあとを追った。
リオンさんは、チラッとルナのことを見つめている。やはり、一番意識しているのは、ルナなのだろう。悔しいが、それが乙女ゲームの世界。所詮、わたしたちモブはヒロインには勝てない。そして、妻にも勝てない。
「うわぁぁぁん、もうベニーの恋はおわた、完全におわたぁぁぁ!」
「ベニー先輩、諦めたらそこで試合終了ですよ」メルちゃんはつぶやく。
「そうよ、ベニーあれを見て」ルナスタシアは墓地を指さして説明した。
「オセアン家の墓がいくつかあるんだけど、そのなかに比較的若い女性の墓があるのよ。刻まれている年齢は二十歳、ひょっとして、リオンさんの……亡き妻?」
わたしたちは目を凝らして墓地を見つめた。
いやいや、墓に刻まれた文字なんて見えるわけがない。野生育ちのルナにしかできない芸当だった。視力が良すぎるのよ、ルナは。
「ベニー! 走って見て来なさい」わたしは目を細めて言った。
おっけー! そう言ったベニーは、風のように突っ走っていった。
ふと、横を見ると、メルちゃんがねちっこい視線でわたしのことを見つめてくる。この子、ちょっと怖い。
「マリせんぱぁい……何か隠してますねえ」メルちゃんが探りを入れてくる。
「え? どうして?」
「視線が鋭くなりました。何かに警戒している証拠です」
ううっと唸ったわたしは思いをぶつけた。
「隠してるっていうか、どうやってみんなに説明しようか迷ってる」
震えるわたしを見つめていたメルちゃんは、それでは仕方ないですね……とつぶやいた。やがて、不敵な笑みを浮かべると、ルナに向かってうなずいて示した。
「ルナ先輩! くすぐり攻撃で吐かせちゃいましょう」
「まかせてっ」
え? ちょっと待って! とわたしは叫んだけど、それは無駄な抵抗だった。そのとたん、ルナの姿が一瞬で見えなくなった。「き、消えた!」
「うしろよ……」
速い!
耳もとにルナのささやく声が響く。わたしは感じてしまい、ぞくぞくっと身をよじらせた。きゃあああ!
こちょ、こちょ、こちょ、こちょ……。
「ヒャ、ヒャ……」
こちょ、こちょ、こちょ、こちょ……。
「ヒャハハハ、あっ、やめ、あんっ、やめてっ、ヒャハハハ」
ルナの指先が、わたしの身体じゅうを舐め回すようにまとわりつく。いやっ、ほんとやめてほしい、脇をくすぐられると、ああっん、やばい! あと、おっぱい揉まれるのも、感じちゃうからやめてぇぇぇぇ!
「きゃあっ、あはっ、あははは! やめてぇぇぇぇ!」
「隠してることしゃべる? マリ?」
「しゃべる! しゃべるからやめてぇぇぇ! ヒャハハハ」
「ほんと?」
ルナの手が止まった。
ふう、わたしは一息ついてから言った。
「ほんとよ、だからくすぐるのはやめて、はあ、はあ……」
じゃあ、話して、と腕を組んで顎で促すルナの姿は、どっちかと言うとわたしより悪役令状っぽかった。立場逆転してないかしら? これ?
「簡単に言うとね……ふう」
わたしは息を整えてから、また口を開いた。
「この世界は乙女ゲームなの」
ルナスタシアとメルちゃんの頭上に稲妻が走ったような、そんな幻覚が見えた。
「その話、もう少し詳しく聞きたいです、先日、花の妖精フェイが言っていたことにも繋がりますから」
「え? フェイ! あんたメルちゃんになんて言ったの?」
わたしは胸ポケットからフェイをつまみだした。
羽をばたつかせたフェイは後頭部をかきながら答えた。
「この世界は僕が創造した世界だよって言ったよ。でも、メルキュール・ビスケットは眠かったみたいで興味を示さなかった。たまに、実験としてやってるんだ。この世界はゲームなんだよって知らせること」
「悪趣味ねフェイ……あなた、そんなことしてるの?」わたしは呆れた。
でも、と言ってからメルちゃんは語った。
「おかげで覚醒しました。いや、決心がついたと言ったほうが、説明は簡単かもしれません」
「どうしたの? メルちゃん」わたしは訊いた。
すると、メルちゃんはいきなりわたしに抱きついてきた。そして、上目使いでささやくように言葉を紡ぐ。
「好きです……マリ先輩……ゲームの世界なら終わりがあるはず、だから私は終わりを迎えるまえ
に思いだけは伝えておきます」
トゥンク! 心臓が飛び跳ねた。女の子から告白されるなんて……しかも、メルちゃん? あなた何を考えているのぉぉぉ?
それなら……と言ったルナスタシアが、ふう、と細く長く息を吐いた。
「マリがこのゲームの世界のヒロインなの?」
「いいえ、それは違うわ」
わたしはすぐにかぶりを振った。「それは……」
「誰ですか? ヒロインは?」わたしに抱きついたままメルちゃんが訊いた。
ルナを指さしたわたしは、胸いっぱいに空気を吸いこんでから断言した。
「ルナスタシア・リュミエール、あなたがヒロインよ!」
その瞬間、強烈な風が吹いた。ルナスタシアの金髪が揺れ、雲の切れ間から太陽の光りが射して、ヴァイオレットの瞳が美しく輝いた。まるで、王族の証を象徴するように。
「あ、あたしがヒロイン?」
まだあどけない顔を残した女の子は、風に揺れながらぽつんと立っていた。
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