高嶺の花屋さんは悪役令嬢になっても逆ハーレムの溺愛をうけてます

花野りら

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第一部 春

66 花屋さん ②

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 香る花が咲く店のなかには、いくぶん場違いな巨体の男が立っていた。
 
 クルーカットに顎までつながった髭が、ぱっとみ熊に見える。
 半袖のシャツを着ており、腕には泥がついているこの男はマリエンヌの父、サテュウ・フローレンス、その人だった。
 父は、農園主で野菜や小麦の栽培もしていて、貴族のなかでも割と裕福な家柄。温厚な性格で、家族とはラブラブ。こんなふうに。
 
「おお! マリエンヌ、帰って来てたのかぁぁぁ!」

 そう叫んだ瞬間、父は猛ダッシュでわたしに駆け寄ってきて肉薄すると、
 
 むぎゅ。
 
 わたしを思いきり抱きしめた。おかげで、わたしのおっぱいが父の胸板に押しつぶされて、ああん、ちょっと痛い。でも、久しぶりにハグできて嬉しい気持ちのほうが勝っていた。
 
「お父さん、ただいま」
「よっしゃー! マリエンヌが帰って来たならもう店じまいだ! 夕飯にしよう、なっジュテール……ん? ジュテール! ジュテール! いないのかあっ?」

 店の奥にあるトイレの扉が開き、ぎしっと軋む床の音とともに、母の甲高い声があがる。
 
「んもう、大きな声を出さなくても聞こえてるわよ」

 そう言いながら母は、バタン、バタン、と店の窓を閉めはじめた。「でも先にお風呂がいいわ、あなた泥と汗でべたべたよ」

 おお、そうか、と父がうなずきながら店の外にでると札を『クローズ』にひっくり返して店のなかに戻ってきた。「よし、店じまいだ」
 
「いやいや、まだ客がいるんだけどぉぉぉ」わたしは老婆を指さして叫んだ。

 老婆は震えた声で言った。「こ、これをください……」

 さっきOLさんたちが買った同じもの。ポトスを指さしていた。人が買ったものを欲しくなるのは、なぜだろう。わたしは積極的に老婆を接客して会計。ポトスを梱包して買い物袋に入れて老婆の手もとに渡し、とびきりの笑顔を作った。看板娘って感じで。

「ありがとうございました~」

 よい買い物ができたわ、と言った老婆は、ゆっくりと店からでていった。父と母は、ニコニコ笑ってるだけ。老婆を店の外まで見送ってから、戻ってきたわたしは父と母を叱った。
 
「んもう、まだお客さんいるのに、なにしてるのよっ! 二人ともっ」ぷんぷん、腰に手を当てる。

 だって……と父が反論する。
 
「マリエンヌが帰って来て嬉しくなったんだもん、なっジュテール?」
「ええ、サテュウ」
「よし、先に風呂にしよう」
「わかったわ」

 きゃ、きゃ、しながら二人は店の奥につながっている住居スペースに歩いていった。
 
 あ、この展開、もしかして……。
 
 わたしの予感は的中した。
 


 ちゃぽん……。 


 
 わたしは家族三人で湯船に浸かっていた。うちは、まあ、貴族商人なかでもトップクラスに金持ちなので風呂もでかい豪邸に住んでいる。わたしは頭にタオルを巻いていた。黒髪を濡らさないように、ぐるっと。

「ふう、気持ちいいなあ、マリエンヌ」
「え……ええ、そうね、お父さん」
 
 ああん、緊張する。湯加減はちょうどいいのに、火照って、顔が赤くなっちゃうぅぅ。
 
 というのも、わたしはマリエンヌの皮をかぶった日本の女子高生、高嶺真理絵、十六歳。いくらマリエンヌの肉親である父親とはいえ、十六歳の女の子とおっさんが、いきなり風呂なんか入らないってばぁぁぁぁ! 恥ずかしい、ひたすら恥ずかしい……かぁぁぁ。
 
「ねえ、マリ、あなたなんで帰って来たの?」
「え?」
「なにか学園で、嫌なことでもあった?」
「なんでわかるの? お母さん」
「マリのことならなんでもわかるわよ」
「お母さんってすごい」

 にっこり笑う母を見て思う。っていうか、わたしはマリじゃないけどねっ、うふふ。

「なんだあ、なにがあったんだあ、マリエンヌ?」

 父がそう訊いてくるので、適当に答えておいた
 
「いや、進路をどうしようかなって思って……ほら、わたしもう三年生でしょ」

 バシャン、と手のひらで集めた湯で顔を洗うと、父は訊いた。
 
「なりたい職業はあるのか? 花屋以外に?」
「うーん、学校の先生とか」
「ふーん、いいかもな……マリエンヌは俺と違って賢いし……ジュテールに似たのかもな……」

 そう言った父は半泣きで、ガックリと肩を落とした。「でる」
 
 父は風呂からあがると、湯煙に隠れていった。すると、母が言う。
 
「あ~あ、フラれちゃったね」

 どういうこと? わたしは訊き返す。
 
「お父さん、マリエンヌに花屋さんを継いでもらいたいのよ」
「そっか……」
「でも、あなたの将来は自分で決めなさい、じゃあ、お母さんもでるわね」

 ざばっと母は風呂からあがった。水も滴るいい女。さすがマリエンヌの母親だけあって、ナイスバディだった。ひゅう、おっぱいでか。年齢は三十四歳、まだまだ現役なのだろう。知らないけど。
 
「さて、洗うか……」

 わたしは湯船からあがってシャワーを流す。白い泡で髪、首、肩、腕、いろいろな身体の部分を洗い流す。優しく、優しく、汚れやすいところを洗い流す。
 
 ひゅう、風呂からあがってさっぱり、すっきり。
 
 母が用意してくれた服は花柄だった。パジャマみたいなやつ。わたしは、るんるん、とご機嫌に家のなかを歩き、店に戻ってフェイを回収した。飛び回るフェイは花に話しかけていた。元気? とか、僕は失敗ばかりさ、あはは、なんて肩をすくめている。
 
「花と会話できるの?」

 まあね、とフェイは片目をつむって返事をする。かっこつけているつもりかしら。まあ、そんなことはどうでもいいわ。
 
 むぎゅ。
 
 さっとフェイを捕まえる。もう慣れたものだ。ぐえ、と唸るフェイを握ったまま、わたしは自分の部屋に入った。ガチャ、すぐに鍵を閉める。部屋のなかは整然とされ、机、ベッド、化粧台、すべての家具が寮に入ったときのまま変わっていない。わたしは手のひらを広げ、フェイを解き放つ。
 
「見せて欲しいものがあるんだけど」

 フェイは羽を広げて、ブーンとわたしの胸に飛んできて、乗った。ほんとおっぱいが好きね。

「なにが見たいの? ってか鍵なんか閉めて、真理絵、急にどうした?」

 たま……わたしは小さな声で言った。
 ん? フェイは首を傾ける

「たま……たまを出してっ」
「ええええ、たまって……ええええ!」

 わたしは虚空に手で丸を作るジェスチャーをした。「玉よ」
 
「ああ、その玉ね、びっくりした。僕も男の子だからさ……」
「……ちょっと出してよ」
「ええ、ここで?」
「いいから、出して」
「なにか見たいの?」

 うん、と大仰にうなずいたわたしは口もとに手をそえて内緒をアピール。「高嶺真理絵のいまの状況を見せて」
 
 おっけー、と快活に答えたフェイは両手で花が咲く様子を表現すると、虚空に青白い玉が浮かばせた。
 
 キラキラ、と光る玉は魔法のようだ。うわあ、きれい。
 
 部屋のなかは、まるで、幻想的な光りのマジックショー。こんなところ、学園の女子寮で誰かに見られたら大騒ぎだろう。よって、一人きりのプライベート空間でまずやりたいことは、これだったわけ。
 
 ん? 勘違いしてないわよね?
 
 エッチなことじゃありません。したこともないし、やりかたも知らない。
 
「見て、真理絵はいまこんな感じさ」

 どれどれ、と玉のなかをのぞきこむと、いたいた。保健室の白いベッドで寝かされているスリーピングビューティー、高嶺真理絵が、そのつぶらな瞳を閉じていた。まつげが長い。
 
 美しい寝顔だった。
 
 そんな彼女を見つめている少年の姿があった。わたしが確認したいことは、まさにこのことだったのだ。
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