高嶺の花屋さんは悪役令嬢になっても逆ハーレムの溺愛をうけてます

花野りら

文字の大きさ
上 下
65 / 84
第一部 春

63 国王には死んでもらう

しおりを挟む
「よし、やっと帰れるんっ」
「真理恵、楽しそうだね」

 妖精フェイが、ブーンと羽を伸ばして訊いてくる。
 うふふ、まあね、と返した私は花壇に足を運んでいた。
 
 フィレ教授に会うためだ。
 
 花壇につくと、まず花の甘い香りにうっとりする。夏にふさわしく植えられた花、アジサイの紫、クチナシの白い花、植えられたばかりの元気なひまわりの黄色。それらの鮮やかな花たちは、私を歓迎しているかのように風に揺れていた。葉音のざわめき、鳥の鳴き声の協奏曲。そして、フィレ教授の声が聞こえる。
 
「なんだ、来たのか?」
「はい、ちょっとフィレ教授にお願いがあって」

 わたしは手を合わせておねだり。身体をちょっとだけ傾ける。
 
「なんだい?」
「休日は実家に帰ろうと思うのですが、水まきを庭師の人に頼んでおいていただけないかと」
「ああ、それならお安い御用だ」

 わたしは頭をさげて、ありがとうございます、と微笑んだ。
 マリちゃん……とつぶやいたフィレ教授は話をつづける。

「例の薬草のことだが……」
「レレリーのことですか?」
「ああ、学園長もどうやら興味があるらしくてな」

 へえ、そうなんですね、私は興味ないふうに相槌を打つ。フィレ教授は麦わら帽子をとった。ワイルドな黒髪が流れ、シェパードの毛並みを思わせる。うーん、なでてみたいなぁ。
 
「うまく育ててくれないか? 花屋さんにある温室を使って」
「温室を……となれば、父の許可がいりますね」
「ああ、だからマリちゃん、君から頼めないかな」
「いいですよ、わたしもレレリーという薬草の効能に興味がありますし」

 フィレ教授は満面の笑みを浮かべた。ああ、くしゃっとした顔がたまらなく、かわいい。すると、フィレ教授はわたしの手を握ってきた。え? 
 
「マリちゃん、ありがとう」

 と言って感謝の言葉のおまけつき。きゃああ、いきなり、ぎゅっと握られちゃうと、頭がぽわぽわするから、やめてぇぇ!
 
「じゃあ、明日、種を実家に持っていくよ」
「あ、あ、わわ、わかりました、わかりましたから、手を離してくださいぃぃ」
「ん、どした?」
「なぜかわかりませんけど、身体が熱くなっちゃいます」
「おっと、すまん」

 フィレ教授が離れた。そのときだった。背後から刺さるような殺気を感じる。振り返ると、殺気を放っていた人物は爽やかに笑っていた。
 
「やっぱりここだったか、マリ・フローレンス」

 笑顔のまま、ソレイユは、すっと歩いてフィレ教授に肉薄。何を言うかと思ったら、手を差しだして握手を求めた。なぜ?

「フィレ教授、マリとの握手はいかがでしたか?」
「ん? ソレイユくんどうした?」
「いやあ、羨ましいと思って……」

 首を傾けるフィレ教授は、ゆっくりと手を伸ばしてソレイユと握手した。すぐに離れた手と手からは、赤黒いオーラが放ち、険悪なムードがただよう。

 これは、ソレイユは嫉妬しているのでは? 

 よし、悪役令嬢モードになって、さらに追い討ちをかけてみよう。
 
「フィレ教授ぅ、見てください! ひまわりの成長はどうですか?」
「うん、いいね。太陽の光りを浴びやすいように等間隔に植えてあるのは、マリちゃんの工夫?」
「ええ、日当たりを計測して植えました」
「賢い」
「恐れいります。ひまわりの花言葉は憧れ、教授の研究に憧れている。そんなわたしの気持ちがこめられています」
「あはは、大人をからかうな、マリちゃん」

 ぐぎぎ、歯を食いしばる音が聞こえた。ソレイユを見ると、笑っていはいるけど、口もとが引きつっていた。嫉妬心に狂っている様子がうかがえる。よし、このまま一気に嫌われるような言葉を放てば、わたしへの興味は薄れるだろう。

「フィレ教授ってかっこいいし、憧れてましたぁ、うふん♡」

 わたしは精一杯のぶりっ子アピールをした。どうかな? ダメかな? 効果は……。
 
「マリちゃん……俺のことがかっこいいのか? マジ?」
「ええ、わたしって大人の男の人が好きみたいです」
「それは嬉しいな、じゃあ、明日はおしゃれしていくよ」
「うふふ、お待ちしてます……では」
「うん、気をつけて帰れよ」

 はい、わたしは笑顔で手を振ると、歩きだした。ソレイユのことは完全に無視。まるで、空気のように扱う。ひどい女でしょ? わたし。
 
 うふふ、これでわたしは、ソレイユから嫌われることができたわ。よしよし。
 
 それでも、なぜだろう……涙がでてしまうのは?
 
 こんなにも寂しい気持ちになるなんて……なぜ?
 
 泣きながら歩くわたしは、やがて校門のまえに立ち尽くし、ふと見上げた。
 
 シャリオ・フルール国王の石造を、だ。
 
 強面のいかつい顔をしている、美化された王様。
 
 若いころは隣国に戦争をふっかけては、悪戯に兵力を削ぎ落とす暴君だった。人の命を単なる数字としか見ない、冷酷なその腐った性根が、現在の都民の不満につながっている。それと、贅沢三昧なのも理由のひとつ。と、公式ファンブックに載っていた。
 
 それでも、皮肉なことに次期国王のソレイユは、みんなから愛されるキラキラ王子。何だか憎めないキャラ。いつも笑っているその笑顔に、都民も貴族も聖職者も、みんなメロメロ。
 
 ああ、それでもわたしは、ソレイユのことを傷つけてしまったのね。
 
 こうするしかなかった……。
 
 乙女ゲームの世界が崩壊してはならないし、前世に帰れなくなっては困る。
 
 そのために一番効率がいいのは、ソレイユとルナが愛し合うこと。だからわたしは、ソレイユに嫌われ、ただ、去りゆくのみ、さよなら、パル学。さよなら、ソレイユ……。
 
 わたしはスカートをなびかせ歩き、校門を出ていく。
 すると、タタタッ、タタタッ、誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。
 まさか……この乙女ゲームっぽい演出は、もしや?
 
「待ってくれ、マリ!」

 振り向いたわたしは驚愕した。なんと、ソレイユが息を切らして追いかけてきた。
 
 なんで?
 
 あなたに対して興味がないのはわかったはず。それなのに、なんのようなのよぉぉ! 来ないでぇぇ!
 
「マリ、聞いてくれ!」
「……」
「私のことが嫌いでも構わない。だが……」

 わたしは髪をかきあげると、なに? と答えた。冷たく氷のような視線を向けて。

 ソレイユは泣きそう、いや、涙をこぼして泣いていた。

 いつも笑顔が絶えないソレイユを、わたしは泣かせてしまった。爽やかで、みんなに平等で、悪いことをするやつを許さない正義感があって、ちょっとマゾっぽくて変態なところもあるけれど、どこか憎めない。そんなキラキラ王子を、わたしは泣かせてしまった。ソレイユは、嗚咽を漏らしながら訊いてきた。
 
「頼みたいことがある」
「……」

 わたしは黙って目を細めた。
 
「今から私の父にフルール王国の将来について話にいく」
「そう……がんばって」
「お願いだ! マリ!」
「?」
「一緒に来てくれっ!」
「はっ……」

 わたしは思わず、はい、と答えてしまいそうになった。
 
 それでも、我慢した。
 
 一歩だけ引いて、黙考。頭をフル回転し、悪役令嬢っぽくソレイユから嫌われ、さらに、ルナとソレイユがラブラブになるシナリオに導くのであればどうしたらいいか……それを考える。
 
 うん、やはり、ここで甘やかしてはダメ。
 
 とことん嫌われてフェードアウトするなら……よし、本来なら国務大臣と団長が仕組む罠だけど、そこへわたしも一枚噛むことにしよう。それなら、ソレイユから確実に嫌われることができる、だろう。
 
「マリぃぃ、お願いだぁ」
「困ったわね……では、条件があるけど、聞いてくれる?」
「なんだ? なんでも言ってくれ! マリのためならなんでもする」

 ソレイユの顔は花が咲いたように、ぱっと明るくなった。笑顔も取り戻しつつある。そうね、あなたは笑顔のほうがよく似合う、泣いてる顔は似合わないし、正直いって見たくない。わたしは、ふう、とため息を吐いてから口を開いた。
 
「王様には……」

 言葉を切ったわたしの顔を、真剣な眼差しで見つめるソレイユ。ああ、もし、わたしがマリエンヌじゃなくてルナだったら、絶対にあなたのことを攻略しているわ。ソレイユにキスされて、頭がおかしくなってるわね、わたし。
 
「父をどうするんだ?」

 ソレイユは問う。ふいに、わたしは石像を見上げた。
 
 シャリオ・フルールのレプリカは荘厳な眼差しで太陽の光りを浴びている。それでも、もうこんなものは必要ない。無くさなくては、このフルール王国に未来はない。わたしは石像を指さしながら答えた。
 
「死んでもらうわ」

 うろたえるソレイユは、父親のレプリカを見上げる。目からは涙がこぼれ落ちていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。 性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

婚約破棄された悪役令嬢は王子様に溺愛される

白雪みなと
恋愛
「彼女ができたから婚約破棄させてくれ」正式な結婚まであと二年というある日、婚約破棄から告げられたのは婚約破棄だった。だけど、なぜか数時間後に王子から溺愛されて!?

❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~

四つ葉菫
恋愛
橘花蓮は、乙女ゲーム『煌めきのレイマリート学園物語』の悪役令嬢カレン・ドロノアに憑依してしまった。カレン・ドロノアは他のライバル令嬢を操って、ヒロインを貶める悪役中の悪役!    「婚約者のイリアスから殺されないように頑張ってるだけなのに、なんでみんな、次々と告白してくるのよ!?」   これはそんな頭を抱えるカレンの学園物語。   おまけに他のライバル令嬢から命を狙われる始末ときた。 ヒロインはどこいった!?  私、無事、学園を卒業できるの?!    恋愛と命の危険にハラハラドキドキするカレンをお楽しみください。   乙女ゲームの世界がもとなので、恋愛が軸になってます。ストーリー性より恋愛重視です! バトル一部あります。ついでに魔法も最後にちょっと出てきます。 裏の副題は「当て馬(♂)にも愛を!!」です。 2023年2月11日バレンタイン特別企画番外編アップしました。   2024年3月21日番外編アップしました。              *************** この小説はハーレム系です。 ゲームの世界に入り込んだように楽しく読んでもらえたら幸いです。 お好きな攻略対象者を見つけてください(^^)        *****************

処理中です...