上 下
29 / 84
第一部 春

27 メルキュール・ビスコットのお花摘み

しおりを挟む
 あ、これは困りましたね。
 寝るまえにおしっこに行っておくべきでした。失態です。

 暗闇ってなぜこんなに怖いのですか? 
 
 誰か教えてください。

 月の明かりが射しこむ部屋は、かろうじて見えていますけど、まっくらな廊下まで足を踏み出す勇気が、いまの私にはありません。暗闇に潜む、得体の知れないなにかが、私を待っているような。そんな疑心暗鬼が頭のなかをよぎります。
 
 あら、幽霊さん、そこにいたの? こんばんは。
 
 私の名前はメルキュール・ビスコットです。
 みんなは私のことをメルとかメルちゃんって呼んでくれます。非常にありがたいことです。私は生まれつき右足が悪くて、走ったりできないんです。ベニー先輩みたいに踊ることなんてもってのほか。だから憧れているのかもしれませんね。クスクス。
 
 それでも、私生活にはまったく問題はありません。走れないだけで、ちゃんと歩けます。心配は無用ですが、暗闇のなかを歩くのだけは、話が別です。こ、こわい……。
 
 幽霊とか信じますか?
 
 ベニー先輩に訊くと、
 
「なにそれ美味しいのか?」
 
 という回答を頂き、時間を無駄にしました。
 
 マリ先輩に尋ねると、
 
「幽霊とは人間の知能が高いがゆえに起こる幻覚でしかない。もっとも幽霊を私の目のまえに連れてきたら認めるけど、どうも文献などの事例はどれも信ぴょう性にかける。よって、幽霊を信じることは、私にはできないわ」

 という回答を頂きました。私は自分より頭脳明晰なマリ先輩をお慕いしてます。運動はベニー先輩に憧れていますが、知能の高さが群を抜くマリ先輩は、私にとって憧れ以上の存在です。つまり、げきスコです。
 
 マリ先輩は花が大好きで、植物学者のような人物。いつも科学的かつ論理的な物言いです。しかも、スタイル抜群でボンキュボン、黒髪ビューティーなマリ先輩のことを、みんな高嶺の花だと裏で呼んでいます。でも。マリ先輩はこのことを知りません。恋に関してはポンコツなんです。ここだけの話ですよ。マリ先輩はいつも冷酷なくせに、笑うとかわいいところもあって良きなんです。クスクス。
 
 それだけに毎日が楽しいです。
 笑ってしまうことが日常であふれてます、クスクス。
 男子たちが、マリ先輩に喋りかけたいけどできなくてもじもじしている姿など、見ているこっちが恥ずかしい気持ちになり、男子の生態系が観察できて非常に面白いです。
 
 先日など、花壇のまえで、マリ先輩の水やりシーンを見たくて出待ちしている男子たちが居ましたけど、マリ先輩ったら誤ってホースを持たずに蛇口を全開にしてしまうものだから、ホースが暴れて水が勢いよく噴きだしちゃったんです。近くにいた男子たちはもうびしょ濡れ。ドジったマリ先輩は、小さく舌ベラをだしました。か、か、かわいいんですけどぉぉぉぉ……マジで、げきスコです。
 
 それでも、びしょ濡れになった男子たちは平気な顔をしていました。マリ先輩がぺこりと頭を下げて謝罪したからです。それだけで、彼らは嬉しいみたいですね。男子って非常に単純な生き物です。ちょっとバカかも。

 そのなかでも、マリ先輩のことを特に御執心なのはパルテール学園の3P。

 キラキラ王子こと、ソレイユ・フルール。
 俺様騎士こと、ロック・コンステラ。
 かわいい弟系男子こと、シエル・デトワール。

 この3Pはもう中等部のころから話題の人物たちで、マリ先輩とは幼なじみなのだとか。まあ、そりゃあ、マリ先輩みたいな綺麗な美少女が幼なじみなんて、気が狂います。

 マリ先輩を見ていると女の私でも頭がおかしくなるのですから、男子の心境なんて嬉しみがヤバイでしょう。はい、幼なじみ、羨ましいです。メルは全面的に認めます。最高かよぉぉぉ!

 女子生徒たちのあいだでは、彼らのことを3Pと呼んでます。ちょっとイケナイ言葉のような含みがありますが、パルテール学園の頭文字、パのPらしいです。バカっぽいですよね。クスクス。

 女子生徒たちは彼らがあつまっていると、3Pだ3Pだ、と言って顔を赤くしてニヤニヤと笑っています。そんな彼女たちは、脳汁分泌させてイカれちゃってると、言わざるを得ません。
 
 そうそう、今日は私も久しぶりに3Pを見ることができました。彼らは中庭にある王族しか入れないカフェテリアで午後のお茶会を開いていました。シエルくんの歓迎会でもしていたっぽいです。
 
 女子生徒たちの噂によると、シエルくんは宗教学校に行くのではないかと予想されていましたが、なぜかパルテール学園に入学してきました。きっとフーマ教皇に叱られるでしょうね。シエルくんがロープで縛られている光景が目に浮かびます。クスクス。
 
 それにしても、私から見ますと、今日のマリ先輩は少しおかしいです。
 
 3Pがまたそろったからでしょうか?

 ベッドに入ったあと、ずっとペンライトを灯しています。何か執筆しているようですね。恒例の日記だとは思いますが、いつもよりも長いです。なにかあったのでしょうか? 気になります。
 
 そうだ、素晴らしいことを思いつきました。
 マリ先輩をお花摘みに誘ってみましょう。
 私はゆっくりと起き上がってベッドから出ます。上のベッドではベニー先輩が、「むにゃ、むにゃ、リオンしゃんの料理うまぁぁぁもう入んない、だぞぉ」なんて寝言を漏らしてます。シュークリームでも口に詰めてあげたいですね。クスクス。
 
 向かいの二段ベットの上では、ルナ先輩が静かに寝ているようです。今日は転校初日だったこともあり、気が張っていたのですね、すぐに寝てしまいました。ルナ先輩、今日はありがとうございました。私がまだシュークリームを食べていないことをみんなに知らせてくれたのです。本当なら自分で言うべきですよね。でも、私はどうも人前だとあがってしまって思うように発言ができません。
 
 情けない限りです。

 得に男子とはまったく喋れません。リオンさんなんて大人の男性なんかもっての他です。びびってしまって、もう私はシュークリームをあきらめてました。
 
 しかーし! 救世主があらわれたのです。
 そう、ルナ先輩です。洞察力が鋭くて感服しました。
 
 さて、そろそろおしっこが漏れそうです。
 私は内股でもじもじ移動して、マリ先輩のベットフレームをコンコンと叩きます。すると、カーテンが少しだけ開くと、
 
「どうしたの? メルちゃん?」
 
 と、ささやくような言葉とともにマリ先輩の顔が見えました。月明かりに照らされて、き、きれい……。

「あ、あの……マリせんぱぁい、お花摘みにいきませんか?」
「ん? いいわよ」

 マリ先輩は二段ベットの下から抜けでると、むくっと立ち上がりました。

 うわぁ、おっきい。

 私の背の高さは一五〇センチしかないから、マリ先輩と並ぶと二〇センチくらい差がある。ああ、マリ先輩が恋人だったらいいのになあ。そんな願望を抱きながら私はマリ先輩の手を繋ぎます。

 ナイショですよ。

 夜トイレに行くときはみんなが見ていないから、こんなことしちゃいます。マリ先輩、秘密にしましょうね。
 
 マリ先輩は暗闇を歩くことがまったく怖くないようです。す、すごい……。真っ直ぐトイレまで向かうと、個室までついて来てくれました。女子寮の建物はまだ電気設備が整ってなくて、照明がないのです。マリ先輩は持っていたペンライトで私のことをずっと照らしてくれていました。とても神秘的な夜のお花摘みとなりました。ありがとうございます、マリ先輩。
 
 トイレから帰るとき、私は疑問に思っていたことを投げかけました。
 
「マリ先輩、今夜の日記は長いですね、何か良いことでもあったのですか?」
「ええ、あったわ」
「素敵ですね。私もシュークリーム食べれて最高でした」
「ルナに感謝することね。あの転校生、只者じゃないわ」
「たしか学園長の紹介だと、彼女はヴォワの村の出身だと言っていましたね」
「ええ、そうね……メルちゃん、ヴォワについて知ってることがあるの?」

 私はこくりとうなずいた。
 脳裏に浮かぶのは王立図書館で過去の文献を読み漁る私の姿。私は運動ができないので、文章力で将来の生計を立てようと思っています。そのためには、人類の叡智を思いださなければなりません。人間は生まれた瞬間に智慧を忘れたという発想です。

 思いだすためには、本を読み、それらを人に伝える。それをひたすら繰り返す。その一環として、近隣の国の情勢を把握しておくことも大事なことです。私は過去のデータを記憶から引っ張りだしてマリ先輩に伝えます。

「ヴォワの村は現在は独立した村ですが、かつてはプルタニア王国の支配下に統治されてました。しかし、十七年まえに勃発したクーデターにより封建制度は崩壊したと文献では載っていましたが……ヴォワの村にあんな美少女がいたなんて奇跡ですね」

 すると、マリ先輩は急に足を止めました。
 窓の外に浮かぶ月夜を眺めながら、つぶやきます。
 
「メルちゃん、この話はナイショね」
「え?」

 マリ先輩は腕をのばすと、指先を私の唇にあてました。きゃ、なに? 身体が震えてきます。マリ先輩……なんてことするのですか? 秘密なことはわかりますが、イタズラしないでください。身体がどうしたって反応しちゃいますから、ああん、ダメです。

 月の光りに照らされたマリ先輩の横顔が流れていきます。また歩きだして、部屋に戻るようです。
 
「さあ、もう寝ましょう」
「はい」

 明日から新学期。
 私は二年生、マリ先輩は三年生。つまり、マリ先輩は冬には卒業します。私たちが仲良く一緒に過ごせるのは、泣いても笑っても、あと一年もない。
 
 出会いは別れの始まりです。

 マリ先輩、ベニー先輩、そしてルナ先輩、私はかけがえのない友達ができました。ありがとうございます。部屋に戻った私は、みんなの寝ているベッドに向かって感謝の意を述べます。そして……。
 
 おやすみなさい、先輩たち。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

転生悪役令嬢の前途多難な没落計画

一花八華
恋愛
斬首、幽閉、没落endの悪役令嬢に転生しましたわ。 私、ヴィクトリア・アクヤック。金髪ドリルの碧眼美少女ですの。 攻略対象とヒロインには、関わりませんわ。恋愛でも逆ハーでもお好きになさって? 私は、執事攻略に勤しみますわ!! っといいつつもなんだかんだでガッツリ攻略対象とヒロインに囲まれ、持ち前の暴走と妄想と、斜め上を行き過ぎるネジ曲がった思考回路で突き進む猪突猛進型ドリル系主人公の(読者様からの)突っ込み待ち(ラブ)コメディです。 ※全話に挿絵が入る予定です。作者絵が苦手な方は、ご注意ください。ファンアートいただけると、泣いて喜びます。掲載させて下さい。お願いします。

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下真菜日
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

悪役令嬢なのに、完落ち攻略対象者から追いかけられる乙女ゲーム……っていうか、罰ゲーム!

待鳥園子
恋愛
とある乙女ゲームの悪役令嬢に生まれ変わったレイラは、前世で幼馴染だったヒロインクロエと協力して、攻略条件が難し過ぎる騎士団長エンドを迎えることに成功した。 最難易度な隠しヒーローの攻略条件には、主要ヒーロー三人の好感度MAX状態であることも含まれていた。 そして、クリアした後でサポートキャラを使って、三人のヒーローの好感度を自分から悪役令嬢レイラに移したことを明かしたヒロインクロエ。 え。待ってよ! 乙女ゲームが終わったら好感度MAXの攻略対象者三人に私が追いかけられるなんて、そんなの全然聞いてないんだけどー!? 前世からちゃっかりした幼馴染に貧乏くじ引かされ続けている悪役令嬢が、好感度関係なく恋に落ちた系王子様と幸せになるはずの、逆ハーレムだけど逆ハーレムじゃないラブコメ。 ※全十一話。一万五千字程度の短編です。

処理中です...