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第一部 春

7 この乙女ゲームおかしい

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 ソレイユは、ほっと胸をなで下ろしていた。
 力の抜けたアンニュイな仕草で、柔らかい髪の毛をかきわけながら、じっとわたしのことを見つめている。軽くめまいを感じたわたしは、ソレイユのほうに視線を向けた。ソレイユは、さっとわたしの目を逸らして花のほうを見る。そんなことを何度も、何度も、繰り返していた。

 え? なに? もう話は終わったはずだ。

 ソレイユが何を考えているかわからない。

 なぜまだここにいるのだろうか? 
 
 すると、遠くから黒執事の鋭い視線を感じた。
 その理由はわかる。
 ソレイユは学生でありながら王太子ということもあり、公務などがあるわけで、忙しい身分。黒執事はソレイユのスケジュールをいつも気にしていて、腕時計をチラチラ見てはそわそわしていた。なんだか、ソレイユに振り回されているようでかわいそうになる。わたしはたまらずソレイユに声をかけた。

「あの……ソレイユ、まだ何か? 黒執事が見てるわよ」
「ん? 久しぶりにマリと話したい……少しくらい、いいだろ?」

 わたしは小さくかぶりを振った。

「ダメよ、黒執事さんが待ってるわよ」
 
 ソレイユは眉根をよせた。

「少しくらいいいじゃないか。今日のマリはなんか変だなあ……お腹でも痛いの?」
「いいえ……平気です」
「じゃあ、私と話してくれないか?」
「ごめんなさい」
 
 わたしはぺこりと頭を下げた。
 ソレイユはわたしの顔をじっと見つめながら、

「おかしいな」

 と言って首を傾けている。
 いやいや、おかしいのはあなたほうよ、ソレイユ・フルール。
 メインヒロインそっちのけでわたしに話しかけるなんて理解不能。
 本来ならルナスタシアと話すべきだろう。

 ふと、ルナスタシアは何をしているかと見ると、花壇を観賞していた。
 基本的に放置されても話に入ってこないようだ。
 こちらから話しかけてあげないと話せない。
 そんなプログラムが組まれているのだろうか。
 それとも、搭載されている高性能のAIがシンギャラリティを超えて、自分の意思で動いているのか? いやはやまったく、この乙女ゲームの世界がどういうシステムで動いているのか……わからない。
  
 それでも……この世界は美しい。

 この乙女ゲームの世界はよくできている。花の甘い香りは嗅ぐこともできるし、手のひらを太陽に透かせてみれば、熱さも感じる。おまけにお腹も空いてくるっていう完全なるリアル。

 生きていることを実感する!

 はあ、夕飯は何を食べれるのだろうか……じゅるり、いやん、ヨダレが……。ちょっと楽しみになっているわたしは微笑んでしまった。すると、ソレイユが反応を示す。

 え、なに?

 わたしが笑っただけでこっちを見るなんて、ソレイユ。
 あなたはヒロインのルナのことだけ考えていればいいのに、なぜモブのわたしにたいしてそこまでの興味を抱くの? 

 わけがわからない……。

 こんなの公式ファンブックに載ってはいなかった。
 裏設定なのかしら……まったく、謎に満ちているわね、この乙女ゲーム。
 
「ねえ、何を笑っているの? マリ」
「いえ、夕飯はなにかな? と思いまして……」
「なんだ、お腹がすいていたんだね。あ、そうだ。私の部屋にチョコブラウニーがあるんだけど食べにこない?」
「ええっ?」

 おかしい。
 モブのわたしを誘うなんてありえない。そんなのシナリオにはなかった。
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