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第一部 春

6 ソレイユ、そんな目でわたしを見つめないで

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「こんにちは、マリエンヌ」
「えっ? ああっ、こんにちは……」

 わたしは蛇口をひねって閉めていたつもりが、慌てちゃって反対に開けていた。
 
 きゃああ、やばい!
 
 水が勢いよく放出されてホースが暴れ、近くにいた男子生徒たちに水がかかる。

 うわあ、ごめんなさい。

 わたしったら何を焦ってるの、マリ。しっかりしてってば。
 冷静になって、深呼吸しよう、ふぅ……。
 よし、まずは暴れているホースをなんとかしなくちゃ。
 わたしは、キュキュッと蛇口を閉めてからホースを巻いて片付ける。すると、またソレイユがわたしに話かけてくる。え? まだ何かあるの?
 
「マリ、今日も綺麗だね。いつも花の手入れをしてくれてありがとう」
 
 きゅん、とわたしの心臓が飛び跳ねた。

 でも……あれ? ちょっと待って。

 
 公式ファンブックによると、マリエンヌ・フローレンスとソレイユ・フルールの二人は、幼なじみっていう設定なのは知っていたけれど、こんなにガッツリ話しかけられるとは想定外だった。

 どうしよう……。

 このあとソレイユとなんて会話をしたらいいのか全然わからない。
 わたしにはセリフの選択コマンドは表示されないし、困った。
 アドリブでなんとか返事するしかないようだ。うーん、とりあえず適当に答えておこう。好感度が下がったって、別にかまわない。どうせ、わたしはモブだから。

「いえ、わたしは花屋の娘ですからプログラムにしたがっているだけです」

 ソレイユは不思議そうな顔をして、

「プログラム?」

 とつぶやきながら、じっとわたしの顔を見つめている。きゃああ、そんなびっくりした目でわたしを見つめないで。きょとん、としたソレイユの顔なんてはじめて見た。いつも笑っているソレイユのびっくりした顔は、すごくレアなシーンだ。
 
 けど、あれ?
 
 変なこと言ったのかな、わたし。

 あ! やば、いや、言っちゃってた! 

 しまった、プログラムなんて言葉、ソレイユにわかるわけがない。おそらく、オーパーツのような時代にそぐわない単語だろう。やばっ!
 
「何を言ってるの? マリ? 君の実家が花屋さんなことは知っているよ。私たちは幼なじみじゃないか」
「……ああ、そうね」
「ん? どうしたのマリ? なんだか、顔色が良くないね。そういえば、始業式のとき叫んで出ていったよね? 心配していたんだ……大丈夫かい?」
「だ……大丈夫」
「ホントかい? マリ、君は頑張りすぎるところがあるから……」
「……いえ」
「どこか痛いところはないかい?」
「……いえ」

 え? ちょっと待って、なにこれ?

 イケメンからこんなに優しくされたことない。うわぁ、めっちゃ良い気持ち。知らなかった……わたしは彼からもっと心配されたい期待に唇を噛みしめてしまった。
 
 嬉しい。

 わたしも思春期の女の子みたいになれるんだ。
 
 これは大発見。
 
 しばらくわたしは、放心状態がつづく。
 
「ねえ、マリ! マリ!」

 はっと我に返ったわたしは、ソレイユに肩をぽんぽん叩かれていた。え? どんだけ意識を飛ばしているのマリ! 

 しっかりきゃダメでしょ! めっ!

 わたしは首を横にぶんっと振って「なに?」と返事をする。
 
「マリ、紹介するよ。こちらはルナスタシア・リュミエール。知っているとは思うけど、今日からパルテール学園に転入した生徒なんだ。あ、ルナ、こちらはマリエンヌ・フローレンス。私の幼なじみで花壇の手入れをしてくれる三年生なんだけど……あ、私たちは同級生だね。あはは、マリ、ちょうどよかった、ルナスタシアを女子寮に案内してくれないか? 男の私にはそこまで案内できないからね」
「ええ、わかったわ」
「よろしくお願いするよ、マリ」
「うん」

 わたしはルナスタシアと目を合わせた。
 ルナスタシアはにっこりと笑って、

「よろしくお願いします」

 と言った。純粋という言葉がよく似合う笑顔だった。背景のキラキラとしたエフェクトがまぶしい。無垢な輝きを放つヴァイオレットの瞳が美しいのは、異国の血が入っているからだそうだ。なんとも神秘的な双眸でわたしのことを見つめている。
 
 ルナスタシアの設定は普通の女子高生。
 そのように公式ファンブックに載っているけど、そんなことはない。
 端整な顔にほどよい胸の膨らみ。
 一生太りそうにないウエストとヒップ。
 金髪にバイオレットの瞳なんて王族意外に考えられないだろう
 なんでみんな気づかないのか、逆に不思議だ。

 一方、わたしの容姿はと言うと、黒髪ロングで瞳も黒い。
 まあ、簡単に言うとアジアンビューティーって感じだ。
 身長も高いほう。
 モブのなかではセクシー担当のお姉さんキャラとして存在している。
 したがって、おっぱいも大きいから嬉しい気持ちであふれる。
 
 やったね、えへへ。

 前世の高嶺真理絵のときはこんなにふかふかしていなかった……。
 まあ、そんな情報はどうでもいいわね。
 
 とにかく、わたしとルナはこれから一年間、寮で一緒に住む。
 所謂、ルームメイト。
 つまり、友達と言ってしまえば、もっと説明は簡単かも。
 そんなわたしたちは握手を交わした。
 花咲くまえの蕾を愛でるような、そんな視線をソレイユから感じとれるのだった。
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