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第一部 春

3 無自覚ヒロイン、ルナスタシア・リュミエール

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 わたしは花が好きだ。
 甘い香り、風に揺れるあざやかな色彩。
 いつだったか、わたしが小学一年生のころ、母が入院したことがあった。病院にお見舞いに行くとき、父の手にはいつも花を持っていた。

「なんで花を持っていくの?」

 わたしがそう訊くと、

「ママは俺を見るより花を見たほうが笑ってくれるからさ」

 なんて言って父はかっこつけていた。
 いま思えば、すてきな父だと思う。
 母が退院するときもそうだ。
 父は大きな花束を持っていた。
 母は赤ちゃんを抱っこしていたから、花束は持てないわ、と笑っていた。その笑顔がなんとも言えないほど慈愛に満ちていて、父と母は心から愛し合っているのだなあ、と子ども心に思った。
 
「じゃあ、わたしが持つね」

 そう言ったわたしは、胸を張って花束を抱えていた。

 思えば、花が好きになったのはこのころからね……。

 じわじわと高嶺真理絵の記憶を取り戻しつつあるわたしは、パルテール学園庭内にある花壇に水まきをしていた。全開にした蛇口からホースをのばし、親指で先端をつぶして花に水をやる。
 花壇の近くにあった倉庫を探したけど、シャワーノズルはなかった。おそらく、開発者のプログラムに抜けがあったのだろう。細かいことは気にしないのがゲームの鉄則かもしれないけど……。
 
「せっかく綺麗な伝説の花壇なのに、んもう、ちゃんとディテールまでプログラミングしなさいよね! おかげで水やりが大変じゃない」

 わたしは文句を言っているけど、この花壇が好きだ。
 パル学をやりたいと思ったのも、このタイトル画面の花壇が綺麗だったこともあるし、花好きにはこの甘い香りはたまらない。一面に咲く花畑がキラキラして、背景には白亜のパルテール学園校舎が、まるでシンデレラ城みたいに建っているんだから、どうしたって女子ならテンションあがってしまう。
 
 そんなタイトル画面のなかに、はじめから、つづきから、とある。もちろん、つづきからを選択。ポチッとまるボタンを押すと、物語がはじまる。

 こんなふうに……。

 タタタ、タタタ、とパルテール学園の校庭に軽やかなふたりの足音が響く。この物語の主人公であるソレイユとルナスタシアが仲良く歩いている。二人の背景にはキラキラと光るエフェクトが発動ちゅう。す、すごい。明らかにモブとはオーラが違いすぎて、目立ちまくっている。うわぁ、まぶしい。

 もちろん、二人のことは全校生徒から注目のまと。
 ルナの転校初日は、パルテール学園をソレイユから案内してもらう。たしかそんなシナリオだった。どうやら話はちゃくちゃくと進んでいるようだ。

 先生から、

「ルナスタシアくんに学園の案内をしてやってくれ」

 と頼まれたソレイユは、快く承諾するのだった。
 王太子でもある生徒会長がそんなことする? 
 なんて疑問を抱く。でも、ここは乙女ゲーの世界だからなんの問題もない。
 
 一般的な学園の女子生徒なら、王太子ソレイユと一緒に歩くなんて光栄で飛び跳ねて喜んでしまう。例えるなら、頬を熱くして顔を隠しちゃうレベル。ところが、ルナスタシアは持ち前の天然ヒロインキャラの力を思う存分に発揮していた。

 隣で歩くソレイユが近くにいてもまったく平気な感じ。
 二人は校舎から出て体育館へ向かう。ソレイユは学園内にある施設を丁寧に説明している。そんな彼の横顔を見つめるルナスタシアは尋ねた。
 
「ところで、あなたの名前なんだっけ?」
「ソレイユ・フルールです」
「ソレイユね、わたしはルナスタシア・リュミエール。ルナでいいよ」
「あ……はい」
「それにしても綺麗な校舎ね。これって大理石?」
「はい、国の文化遺産にも指定されています」
「へ~、すご~い」

 ルナスタシアはフルール王国の次期国王にたいしてタメ口で話す。うーん、なんという無自覚ヒロインっぷり。すご……ルナスタシア。現実世界なら鬼女に狙われているかもしれない。

 でも、ここは乙女ゲーの世界。これからも都合が良い展開がつづいていく。
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