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  机の上にあったスマホがブルっと震えた。
  
  トルン♪  とメールの着信音が鳴る。
  
  俺は「誰かなあ」とつぶやきながら画面を見てみると、送信者はフクさんだった。
  
  先日、フクさんとばったり邂逅した時にLINEを交換したのだ。
  
『おーす!  今日ひまか?』

  俺は秒で返信する。既読スルーなんてできるわけなかった。めっちゃフクさんと遊びたい気分だったからだ。
  
『ひまっす!  かまちょですw』

『おーし!  プールいくか?』

『よきです!』

『じゃあ、今から迎えにいくぜ!』

  メールのやりとりからしばらくすると、ドドドっとエンジンの駆動する地鳴りのような音が響いてきた。
  
  俺は家を飛び出してフクさんを出迎える。
  
  外は灼熱の世界が広がっていた。夏のうだるような暑さが、まるでサウナのように体にまとわりついてきた。
  
  フクさんは俺の家前で漆黒のバイクにまたがっていた。
  
  そして、ヘルメットを取ると、目を丸くして家の門柱をながめている。

「相変わらず、おまえんちはすげえな……」

「あはは、ありがとうございます」

  石材が積まれた要塞のような壁、対照的(シンメトリー)な門構え、車を入れる大きなガレージ、まあ、たしかに控えめに言ってもこんな家はなかなかないレベルだ。
  
「あ、よかったら今度うちで映画鑑賞しませんか?」

「おお!  いいのか?」

「はい!  いい感じのでかいテレビがあるので迫力ありますよ」

「おう、じゃあ、また遊びにいくわ」

「はい!」

  俺は満面の笑みでフクさんを招(まね)いた。友達と一緒に映画を鑑賞するのも楽しいからなあ。
  
「よし!  今日はプールいくぞ!  ほれっ」

  とフクさんはポイッと持っていたヘルメットを俺に投げた。
  
  俺はヘルメットを落とさないように、おっとっと、となりながらキャッチする。
  
  フクさんはもう一個のヘルメットを背負っていたバックから取り出した。
  
  その時、バックの中から水着がチラッと見えた。俺はしまったと思った。
  
「あ、すいません……俺、水着持ってませんでした……」

  フクさんは申し訳なさそうにしている俺を見てニヤリと笑った。
  
「ああ、そうか……まあ、心配するな、俺にまかせとけ」

  そう言ってから後ろに乗れとあごで促す。
  
  俺はとりあえずヘルメットをかぶり、フクさんのバイクの後ろにまたがった。
  
  漆黒のボディが夏の太陽に照らされて、滑らかに輝いていた。
  
  うなりをあげるエンジンの音が、高鳴る心臓の鼓動をかき消す。
  
  体はもうバイクとフクさんと俺とで一体化していた。
  
  フクさんの運転は、それはもう爽快というほかに言い表すことができなかった。
  
  切るように流れる街並みが、加速するスピードでぐんぐん目に飛び込んでくる。
  
  見慣れた街の風景が、もうどこかへと吹っ飛んでいった。
  
  フクさんのバイクには「Kawasaki」「ninja」と書かれていた。
  
  まさにその通りだと思った。
  
  漆黒の忍者は車の間を縫うように走り、絶妙な間合いを取って信号で止まらないようにしている。
  
  その動きはまるで川の水面に落ちた葉が流れるようだった。
  
  そして、途中でどこかの店の前で止まった。
  
  店の中に入ってみると、南国の雰囲気のある内装で、サーフィンボードがところ狭しと置かれていた。
  
「ちーす!」

  とフクさんが店内に入るなり挨拶をすると、その店の主人であろう、濃い髭に真っ黒に焼けたおじさんが、ヌッと顔をだした。
  
「おお!  フク!」

「おっちゃん!  ちょっと水着みせてくれ~」

「ああ、水着ならそこにあるぜ」

  おじさんが指差したところには色鮮やかな水着がハンガーラックにかけてあった。
  
  フクさんは適当に水着を取って俺の下半身にあててくる。
  
「これか?  いや……これか?  あ!  これだ!」

「……あ、ちょ、あっ……」

  俺はちょいちょい股間に水着があたるので変な気分になった。
  
「サカは俺と同じくらいの身長だよな?」

「あ、はい……178です」

「ほう、俺は182だから、このサイズで大丈夫だ」

「試着するか?」

「は、はい……」

  俺は水着を受け取って試着室に入った。
  
  ぬぎぬぎ……。
  
  フクさんがカーテンのすぐそばにいるから、突然開けやしないか心配になった。
  
  水着は青と白いストライプが入ったものだった。
  
  俺は着替えるとカーテンから顔だけだした。
  
「あ、ちょうどいいっす」

「どれ?」

  フクさんがカーテンをバッと開けた。
  
「おお!  いいじゃねえか!  さわやか美少年のおまえにぴったりだぜ!」

「あ、あはは」

「おい、おじさん、これ買っていくわ」

  おじさんは「あいよー」と言ってレジをかたかた打ちはじめた。
  
「え?  いいんすか?」

「ああ、サカのおすすめしてくれた映画、あれ最高だったからよ~これはお礼だ」

「ありがとうございます」

  俺はペコリと頭を下げた。嬉しかった。フクさんもきっとあの映画を見て泣いたんだと思うと、目の奥が熱くなってきた。
  
  店のおじさんはフクさんに何やらご執心のようで、ボードの調子はどうだ、最近の海の波はどうだ、などど世間話を投げかける。
  
  フクさんはおじさんの言葉に適当に相槌を打ちながら、店内を物色している。
  
「ねえ、このオイルどう?」

  フクさんに手に持っていたボトルには『マッサージオイル』と英語で書かれてあった。
  
「ああ、それヤバイよ、そいつでマッサージされたら女はイチコロさ……」

「へぇ……」

  フクさんは秒でそのボトルをレジに持っていった。
  
  そして、レジの前に置いてあったコンドームをチラッと一瞥すると迷うことなくそいつも一緒に買った。
  
  俺はフクさんがなんでそんなものを買うのか理解できなかった。
  
  なぜ、プールに行くのにマッサージオイルとコンドームがいるのだろう。
  
  童貞の俺にはまだまだ知らない世界があるのだなあ。
  
  店を出ると、俺はバイクに跨り、フクさんの腰に手を回した。
  
  移動中、なぜかわからないが、ちょっとドキドキした。
  
  フクさんの背中にぎゅっと抱きついてみると、うわあ、フクさんの筋肉ってすげえなあ、と感心させられた。
  
  バイクに慣れてきて、スピードには興奮しなくなってきた分だけ、余計なことに気が持っていかれていた。
  
  そんなこんなで、あっという間にプールに着いた。隣の市のホテルに併設された半屋内用プールだった。流れるプールやちょっとしたウォータースライダーもあった。
  
  チケット売り場はファミリー、カップル、若い子のグループで、まあまあの盛況を見せていた。
  
  その流れで、ふと、販売機コーナーを見ると、何やら見覚えのある坊主頭がうろうろしていた。
  
  フクさんは慣れた様子で手を振って、坊主頭を呼ぶのだった。
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