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   第三章  勇者パーティの没落

 26  誓約書

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「ラクトくん、助けに来てくれてありがとう」

 ちょこんと正座をするわたしは、ラクトくんを見上げた。
 彼は後頭部をかくと、照れ笑いを浮かべる。

「ノエルさん、とりあえず、その鎖をなんとかしますね……」
「あ……はい」

 わたしの身体は鎖で緊縛され、胸が強調されている。
 
( やだ…… )

 官能的な姿を、あろうことか、ラクトくんに見られてしまった。かぁぁぁぁ、と顔が赤くなったわたしは、さっと下を向く。
 かたや、ゆっくりと片膝をついたラクトくんは腕を伸ばして、わたしを縛っている鎖に触れた。心なしか、わたしの豊満な胸に指先が触れないように配慮してくれているように見え、わたしはなんだか、逆に意識してしまってお腹の底がうずき始めた。すると……。

「この鎖、硬いな……土魔法で創造されている。うーん、強引に引っ張って解くこともできるけど……ノエルさんが怪我をしてしまう可能性がある、となれば……」

 立ち上がり、アステールの古代言語で詠唱するラクトくん。
 指先には青い魔法陣が浮きあがっている。

「動かないでください。アルカヘストで溶かしますから」

 アルカヘスト、とわたしは訊き返した。
 また片膝をついたラクトくんは指先を鎖に触れ、肉薄してくる。
 
( ち、近い…… )

 その瞬間、じゅっと鎖は溶けていく。
 
「アルカヘストは上級攻撃水魔法のひとつ、あらゆる物質を溶かすことができる魔法の液体です」
「……す、すごい」
「動いちゃダメですよ」
「……はい」
「もし触れたら火傷じゃすまない、ノエルさんの綺麗な肌に傷がついてしまう」

 綺麗じゃないです……と言ってわたしは否定した。
 
「僕には綺麗に見えますけど……さあ、鎖は解けましたよ。ノエルさんは自由です」

 パキン、と音を立ててわたしを緊縛していた鎖は解けた。
 と同時に、心のなかのわだかまりも一緒に……。
 ラクトくんはわたしを見つめている。
 
( やだ…… )

 パーティにいたときは全然好きじゃなかったのに、ドキドキが止まらまい。ああ、どうしよう、わたし……。
 やおら、立ち上がったラクトくんは、近くで横たわるアフロ様に気づいた。

「え? アフロ!?」

 と、ささやき見下ろしながら顔をのぞきこむと、気絶していることがわかり、肩をすくめた。

「ああ、勇者なのに、緊縛されるとは情けない……」

 どうやら、鎖を解いてあげるつもりは、ないらしい。
 やがて、ラクトくんは、わたしの顔を見つめて口を開いた。
 
「ノエルさん。手紙、読みました」
「あ……ありがとう」
「僕は間違っていました」
「え?」
「いじめられたのは、僕に原因があったんです」
「ラクトくん、決してそんなことは……悪いのはわたしたちです」

 ラクトくんは、小さく首を振った。
 
「いいえ、それは違います。みんなは僕のダメなところを教えてくれていたんです。その教え方は、乱暴で非道だったとは思いますが、結局のところ、僕が努力することを怠っていたことがすべての原因だったんです」
「……ラクトくん」
「ノエルさん、今の僕を見てください。いじめようと思いますか?」

 わたしは大きく首を振った。
 いじめるわけがない。まったくその逆のことをしてあげたいほど、抱きしめたい。

「もっと早く気づくべきでした。みんなの期待を裏切っていました。ノエルさん、ごめんなさい」
「わたしたちのほうこそ、ごめんなさい……ラクトくん」

 ほっと胸をなでおろしたラクトくんはつづけた。
 
「じゃあ、仲直りということで、いいですか?」
 
 ぐすん、とすすり泣いたわたしは、
 
「はい」

 と答えた。自然と笑みがこぼれた。
 ラクトくんも微笑みで返してくれる。
 思えば、お互いが微笑み合うことなど、初めてのことだ。
 わたしは嬉しくなってしまい、「うふふ」とさらに笑う。
 すると、砦のなかを飛んでいたミルクちゃんが、しゅたっと着地した。
 
「ラクトっ! くるのが遅~い!」

 ん? と顔を向けるラクトくん。
 
「あ、ミルクちゃん、久しぶり」
「お久ぶり、なのです。ってそんな挨拶は無用なのです。バカラクトっ! 早くこないからアーニャさんが大変なことに……あれを見るのですっ」
「え? うそ……」

 首を振ったラクトくんは、アーニャさんを見つけて驚愕した。
 
「アーニャさん……なんで裸なの?」

 ラクトくんは手で目を隠しながら、アーニャさんのもとに近寄ると、片膝をついた。
 
「ラ、ラクトか、来てくれて……ありがとう」
「あ、アーニャさん……そんなに見てませんからね」
「ん?」
 
 アーニャさんは下を向いて自分の下着姿を確認した。
 慌ててラクトくんは、両手を顔の前で振る。
 
「あああ、見てないです! ごめんなさい」
「いいんだ、ラクトになら見られても大丈夫だ……」
「いやいや、嘘ですよそんなの、いつも着替えをのぞくなって怒ってましたよ?」
「本当は違うんだ……着替えを見てもよかったんだぞ……」
「あはは、騙されませんよ、僕は」
「何を言う、むしろ見てよ、私の裸を、ラクト……」
「いやいや、とりあえずこれを……」
 
 ラクトくんは、近くに落ちていた白いマントを拾い、ふわりとアーニャさんにかけてあげた。すると、アーニャさんは泣きだしてしまった。ラクトくんの優しさに触れて、抑えていた感情がまたあふれてしまったのだろうか。それとも……。

 すぐに、わたしとミルクちゃんは、アーニャさんの装備品を拾い集めてから駆け寄った。
 
「ありがとう」

 と、アーニャさんは言って、装備品に着替え始める。
 ミルクちゃんはラクトくんに訊いた。

「手紙、届いてましたか?」
「うん、火の神殿の屋根を突き破って届いたよ」
「にっひひ、さすがミルクの射撃コントロールは抜群なのです」
「あはは、でも、今度から手紙を出すのなら、異次元空間を使った魔法のほうがいいよ。器物破損の心配がないし」
「はあ? ラクト、そんなことができるんですか?」

 まあね、と言ったラクトくんはつづけた。
 
「賢者だからね。すべての魔法が使用可能さ」
「すっご~い! 今度、ミルクに見せてください」
「いいよ」
「わ~い」

 ミルクちゃんが尻尾を踊らせて喜びに舞っていると、横たわるガイル様から、

「……あの」

 と、声が漏れた。
 ラクトくんは駆け寄ると片膝をつき、

「なぜ、女の子がこんなところに……」

 と言って首を傾げた。
 すぐに詠唱し、指先に青色の魔法陣が現れ、例のアルカヘストを創造する。

「いま、鎖を解いてあげるね」

 と言ったラクトくんは、ガイル様の身体に優しく触れて、緊縛を解いていく。
 
「っあ……ありがとう……」
「どういたしまして、さ、戦場に女の子がいては危険だ。家におかえり」
「は、はい……」

 ガイル様は顔を赤く染めると、ゆっくりと立ち上がり、その場から離れていく。そして、もう一度振り向いて、ラクトくんに、ぺこりと頭をさげてから、また歩きだして砦から出ていった。

( 可憐な少女になってる…… )

 すると、横からリクシスが声をかけてきた。
 
「さて、ノエルさんが手紙を書いてくれたので、良いことを思いつきました……」

 そう言ってから、パチンと指先を弾く。
 虚空に浮かんだ黒い魔法陣から、紙と筆を取りだす。
 すっとサーラにそれを見せつける。
 書面には古代のアステール文字が、ずらずらと載っていた。
 
「ほら、ここにサインしてください。サーラ王子」
「え? なにそれ?」
「もう人間を襲いません、襲ったら死をもって償います。そのような内容の誓約書です」

 げっ、とサーラは言った。
 そのとたん、リクシスは竜槍を、ブンと振り払う。
 その斬撃が、サーラの顔をギリギリで通りすぎ、黒髪を何本か切り落とした。
 
「わわっ、わかりましたぁぁ」
「では、サインを……」

 サーラは慌てて筆を持ちあげ、スラスラと走らせる。
 リクシスはサインを確認すると、誓約書を胸甲のなかにしまう。大切な物ほど現実世界にとどめるべきなのだろう。
 
「この誓約書をフバイの皇帝に献上し、西の砦奪還のクエストは終息とします」
「……チッ」

 はあ? とリクシスは訊き返すと、竜槍をサーラの首に当てた。
 
「反省してますか? なんなら、この誓約書の写しを魔王のところに持っていきましょうか?」
「あわわわっ! 待ってください、それだけは勘弁してください。女神様」
「んもう、また人間の女たちで遊ぼうとして」
「すいません」
「千年前にあれほどお灸をすえましたよね? まったく男というものは……」
「申し訳ありません。二度としません」

 サーラは土下座した。額をガンガン地面に擦りつけて。

( 火の女神ってこわ……  )
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