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   第三章  勇者パーティの没落

 16  ノエルの失恋

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「おめでとうございます。ラクトくん、ついにレベル99になりましたね」

 そう称えるリクシスを見上げるラクトくんは、にっこりと笑みを浮かべながら、
 
「よしっ!」

 と言って拳を握り、ガッツポーズをした。
 うふふ、とリクシスは微笑むとラクトくんへ肉薄し、ぴたっと拳を作っている彼の腕に絡みついていく。その様子を黙って見ているミルクちゃんとアーニャさん、そして、アフロ様はリクシスに声をかけた。

「火の女神……もしかして、おまえがラクトを賢者に?」
 
 髪をかきあげるリクシスは、妖艶に唇を舐めると答えた。

「そうですが、なにか?」
「……なぜ、ラクトに加護を与えるんだ? 勇者でもなんでもないラクトに?」

 ラクトくんは、と言ったリクシスは、ぎゅっとラクトくんの腕に絡みついてからつづけた。

「火事から幼女を救ったのです。私は感動しました」
「そ、そんな勇気がラクトにあったのか……すごいじゃないか」
「ラクトくんはやればできる子なんです。でも、切羽詰まらないと何もしません」
「ほう……」
「たしかに、ラクトくんは脆弱でした。それでも、心の優しい少年で正義感も強いです。教育さえ間違えなければ、絶対に成長すると、私は確信していました」
「それは、いったいどんな教育なんだ?」
「うーん、まあ、まずはラクトくんのレベルアップからですね。会ったときはレベル8だったんですよ。おそらく、今までの戦闘では後方にいすぎたんでしょう。よって経験値が獲得できない」
「ああ、ラクトはずっと後にいた。だから、自分で魔物を倒したことは一度もない」
「やっぱり……。だから、私は無理やりラクトくんをひとりで戦場に放置しましたよ」
「え? そんな無茶な……死んだらどうするんだ……」
「まあ、そうなったら仕方ないです。人はいずれ死にますし……私は火の女神、生命を焼き尽くすこともしていますから」

 す、すごいな、とアフロ様は感嘆の声を漏らす。
 リクシスに腕を組まれているラクトくんは、自分のことについて語られ、苦い笑いを浮かべていた。弱かった昔の自分のことを自嘲するかのように。それでも、リクシスは成長したラクトくんのことが誇らしいのか、アフロ様との話をつづけた。

「あと、ラクトくんったら、すぐに魔力が枯渇するので、戦闘のたびにいっぱい魔力を与えました。装備品なんかも新調してあげたりと、ふぅ、いろいろ大変でした……」
「……そ、そんなの甘やかしているだけじゃないかっ!」
「いいんですよ、ラクトくんは褒めると伸びるタイプで、しかも、飴を与えると努力しますから……もっとも、その飴は、わ た し ですが、うふふ」
「はあ?」

 ぽかんとした顔のアフロ様。
 ミルクちゃんもアーニャさんも唖然としている。

(え? 二人ってもう男と女の蜜月な関係なの?)
 
 嘘、嘘……。
 ラクトくん、その人は女神様なんだよ?
 こんな綺麗な女神様が、人間のラクトくんと一緒になれるのかな?

 そう疑っていたとき、リクシスは、ぱちんと指を鳴らした。
 ブゥン、とステータスがオープンされる。虚空に浮かぶアステールの古代文字。これは、ギルド館で受付嬢がよくやっている人物を評価測定する魔法だ。やはり女神というからには、どんな魔法でも扱えるのだろう。アフロ様は、少しは古代文字が読めるらしく、ラクトのステータスを見たとたん、目を丸くした。その様子が面白かったのか、リクシスは、ふふと鼻で笑ってから、甘えるようにラクトくんへ話しかける。

「ラクトくん、ここを見てください」
「どれ? リクシスさん」
「ここだってばぁ、んもう……ついにMPが1060になってますよ」
「おお、これならバハムートも召喚できますね」
「はい! あ、でも……神殿のなかにだしちゃダメですよ」
「え? どうして?」
「バハムートは召喚できる竜のなかでもっとも大きくて、硬いですから……神殿が壊れちゃうかも……」
「そうなんですね。じゃあ、やるなら外でやりましょう」
「はい。青空の下でやると気持ちいですよ」
「おお、それは楽しみ。じゃあ、リクシスさんも一緒にやりましょう」
「はい」

 ……。
 
(な……ッ!? イチャイチャしてる?)
 
 わたしは衝撃を受けてまともに立っていられず、膝から崩れ落ちた。横にいたミルクちゃんが、すぐに膝をついて、わたしの肩をなでながら、心配して声をかけてくれる。
 
「だ、大丈夫ですか? ノエルちゃん」
「……え、ええ、なんだかめまいが……くらくらと」
「ちょっ! しっかりしてよ、ノエルっ」
 
 アーニャさんのよく通る声が響き、わたしはやっとの思いで立ちあがることができた。しかし、そんなわたしのことなどまるで眼中にないのだろう。ラクトくんはリクシスと仲良く腕を組んでいる。そして、楽しそうに会話をしていた。

「リクシスさん……なんだか急に女っぽくなりましたね」
「はい……修行してるラクトくんってカッコイイだもん。わたしだって一応、女ですから惚れちゃいます」
「あはは、それでも、修行をがんばれたのはリクシスさんのおかげかな……レベル99になれたのも、です」
「いえいえ、レベル99になれたのはラクトくんの実力ですよ~うふふ」

 レベル99、と復唱するラクトくんは、真剣な眼差しでリクシスを見つめている。やっぱり、この二人は蜜月の関係があるような、そんな気がする。リクシスは上目使いにラクトくんへ肉薄すると、やおら口を開いた。
 
「ラクトくん……レベル99になりましたね。それでは、私たちが付き合えるかどうか、“お試し”してみませんか?」
「あ……いいんですか?」
 
 こくり、とうなずいたリクシスは、唇を噛むと顔を赤く染め、さらにぎゅっとラクトくんの腕に絡みつき、
 
「はい、私の部屋へ行きましょう~♡」
 
 と言って、二人は腕を絡ませながら神殿の奥のほうへと歩いていく。
 
(あ、そういうことか……)

 へなへな、とわたしはまた腰が砕けて座りこんでしまった。こみあげる悲しみと、自分への情けなさが混じり合い胸を押しつぶし、嗚咽となって吐きだされる。ううう……。とても、感情が抑えられない。
 
「あぁぁあぁぁ!」
 
 神殿じゅうに、わたしの泣き叫ぶ声が響きわたる。
 
(失恋したのだ。わたしは……)
 
 ミルクちゃん、アーニャさん、そしてアフロ様は、ただ呆然と立ち尽くしたまま動けずにいた。そんな三人が見つめていたのは、祭壇に祀られた永遠の輝きを宿すクリスタル。それは赤く染まり、力強い魔力を神殿のみならず、このアステールの大地そのものに与えている。そのような伝説さえも、今のわたしにとっては、ラクトくんのことを諦める材料になっていた。
 
「キュルル~」

 クリスタルスライムのクリちゃんが、くるくると舞い踊る。心なしかわたしたちに、別れの挨拶をしてくれているのかもしれない。

(さあ、そろそろいこう……)
 
 わたしたち勇者パーティには、母国を守るクエストが待っているのだから。バカみたいな、わたしの恋心なんか捨てて、さあいこう、フルール王国へ……。
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