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第二章 火の女神リクシスの加護
5 幼女を助けるそして女神様と会う
しおりを挟む「雨か?」
ゴゴゴゴゴ、嵐のごとく雨脚が走る。
すっと炎が消えていく。
煙の色が黒から白に変わる。溶けるようにそっと。
もう熱くない。
ずぶ濡れになった僕は、ゆっくりと歩きだした。
まるこげになった柱をさけながら、玄関をでる。
外は……。
嘘みたいにまぶしい青空が広がっていた。
晴れているのに、雨が降っている!
思わず、目を疑った。
ガヤガヤと騒然とする都民たちのなかを僕は歩いた。
人形のような幼女を抱きしめながら。
誰も僕に近寄ろうとしない。
黒い煤をかぶった僕のことを、誰もが驚いた目で見つめている。
死んだな、と思われていたのだろう。当然のように、幼女も。
ふと仰げば、上空からは相変わらず大粒の雨が降り注いでいた。
蒼穹のなかに雨が降っている。嘘みたいに。
白い雲が泳ぎ、虹がかかる。
不思議なこともあるもんだ。おかげで助かったが。
するとそこへ、ぞろぞろと騎士団と魔法使いの軍が到着した。
「遅い」
と、民たちからやじられている。
そんな騎士たちは、口々におかしな点をあげていた。
「なんだったんだあの嵐は?」
「だれか水魔法を使ったか?」
首を振る魔法使いたちは、狐につままれたように口を開く。
「あれだけ大量の水を発生できるのは賢者ぐらいですよ」
「だな……アイスストームとトルネイドの重ね技だと思われる」
「ありえないほどの魔力だ……いったい誰が?」
「それな……」
最後尾にいる髭を生やす一番偉そうな騎士が、
「犠牲者は?」
と、母親に訊いてきた。
おそらく、彼が騎士団長だろう。
僕はゆっくりと近寄った。幼女を抱いた手は震えているが、筋肉が固まっていて逆に動かない。真っ黒になった僕の存在に気づいた騎士団長が驚いた目で見つめ、
「その子は?」
「うちの子です」
母親が駆けだしていた。
僕から幼女を奪い取るような形で抱きあげた。
言葉のでない僕は、ただ立ち尽くすのみ。
すると……。
「ううう……」
幼女は瞬きをした。
すぐに母親が声をかける。
「あ、生きてるっ! マリ! マリっ!」
マリ、という名前だったのか。
可愛いな。
どうやら、幼女は気を失っただけだったようだ。よかった……。
僕は、ほっと胸をなでおろした。
すると、騎士団長が僕を見て、ビシッと敬礼。
それに倣って、他の騎士たち魔法使いたちが敬礼。
民の拍手は絶えることがなさそうだ。
僕は後頭部をかく。こういうのには慣れていない。
母親が深く頭をさげた。
「ありがとうございます……」
いえ、と僕はぺこりと頭をさげ、ゆらゆらと歩きだした。
微動だにしない敬礼。
鳴り止まない拍手。それに、湧きあがる歓声。
僕は苦笑いを浮かべながら、歩きだした。
元気がでない。体力、精神力、そして魔力を極限までに消耗していた。歩くのがやっと、というような状態……もう、倒れそう。ふらふらで、向かった先は河原だった。
道具袋に入れていた薬草はすべて焼け焦げた。
すぐに身体の火傷を回復してやらないといけない。
あいにく、僕の魔力は枯渇している。薬草に頼るしか方法はない。僕はふらふらと気を失いそうになるなか、膝を曲げ、はいつくばる。むしり、むしり、薬草を採取して、ねりつぶし、火傷した足に塗った。触れた瞬間、染みて、痛みが走った。だが、すぐに薬草が利いてくる。
よし……なんとか、傷は癒えそうだ。
やれやれ、と思い腰を下ろす。
いや、腰が砕けたと言ったほうが正解かも。
ふと、手を見ると真っ黒だ。
はいつくばり、流れる川の水で手を洗う。そよそよと、冷たい感覚とともに、身も心も洗っていると、水面に人の影が映っていることに気づいた。
ん、誰だ?
と思って振り返ると、ひとりの女が立っているではないか。その女の姿を見た瞬間、ドキッと心臓が飛び跳ねた。
ふつうの人間じゃなかったからだ。
宙に浮いている。ふわふわと舞うように。赤銅色の瞳をこちらに向け、サラサラとした金髪が風に揺れている。
「女神様……」
かな? と思いながら、僕は彼女を観察する。兜、胸甲、円盾、手には槍を装備しているが、軽装なので白い肌が露出している。僕に見られて、ちょっと恥ずかしかったのか、純白のマントをひるがえし、女らしい曲線を隠した。そんな彼女は、うふふっと笑うと口を開く。
「ありがとうございます」
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