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第3章 レッドフェイスを止めろ!

22. 私は最後の一秒まであきらめない

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「……ヒナ! 何で、魔法を消した!?」
「だって、消さなかったら燃えて死んじゃうよ!」
「それでいいだろうが!」
「よくないよ! 動きを止めて、捕まえられたらそれで十分でしょ!」
 フレビスの直撃を受けたレッドフェイスは、床に倒れたまま起き上がれない様子だ。後は拘束すれば問題ないはず。
「……そうだな。悪い。ヒナは、それでいい」
 どうやらカヤトくんも分かってくれたみたい。そう思ったんだけど……。
「手を汚すのは、オレがやる!」
 カヤトくんの右手に、鋭いツララが握られている!
 それを見た瞬間、昨日の放射型魔法の授業でカヤトくんが放った『この氷も握ればナイフ代わりになる』という言葉が私の頭の中で蘇った! カヤトくんはあれで、レッドフェイスを刺すつもりなんだ!
「させない(のです)(でござる)!!」
 私、チトセちゃん、ウィガルくんの三人は同時に魔法を使った! フレビスがカヤトくんの手をかすめてツララを溶かし、ストジェがカヤトくんをその場に転ばせ、グラウォルがレッドフェイスとカヤトくんの間に仕切りを作る!
「な、何で邪魔すんだよ!?」
 尻もちをついたカヤトくんが、体を起こしながら私たちをにらみつけてきた。
「当たり前でしょ!」
「たとえ悪人相手であっても、抵抗できない相手を殺すのは犯罪になってしまうのです!」
「それがどうした! オレはこのために生きてきたんだ! こいつにトドメを刺せるなら、オレはもうどうなったって……」
 ああ。やっぱり、カヤトくんはレッドフェイスを追い詰めること――トドメを刺すことが終着点だと思っていたんだ。
「……私は、そんなの絶対に許さない!」
 ――私はカヤトくんの元に走り寄り、肩を掴んだ! 目を真っ直ぐに見て伝えるんだ! 私の今の気持ちを!
「何でお前がそんなこと……!」
「私は、これからもカヤトくんと一緒に魔法の勉強をしたい! 私が立派な正義の魔法使いになるところを見てほしい!」
「んな勝手な……!」
「勝手なのは分かってる! でも、私はカヤトくんと……シルティアのみんなと一緒に正義の魔法使いになりたいの! だから、ここで全てを終わりになんかさせない!」
 目からぱたぱたと熱いものが落ちる。きっと、今の私はとてもひどい顔をしているだろう。でも、構わない。どんなに見苦しくてもいい。カヤトくんの終着点を変えるキッカケになるのなら。
「……オレはとことん、正義バカに縁があるな」
 大きなため息をついた後、カヤトくんは震える声でぽつりと呟いた。……きっと、妹ちゃんのことを思い出したんだ。
「カヤトどのは大切な仲間でござるよ。たった数日、共に過ごしただけでそう思うのでござる。だから、これから先も共にMCCアカデミーで過ごしたい。そしてもっともっと仲良くなりたいでござるよ」
 ウィガルくんはカヤトくんの元に歩み寄り、背中を優しくぽんと叩いた。これから先、長い時間を過ごしていけば二人はかけがえのない親友になる。何となく、そんな予感がした。
「チトセも、カヤトさんのことをもっともっと知りたいのです。もちろん、ヒナコさんやウィガルさんのことも」
 チトセちゃんが、とても優しい声でそう語りかける。
 ――カヤトくんはしばらくの間、ガラス張りの天井を無言で見上げた。その後、ゆっくりと口を開く。
「……くそっ。そんなこと言われたら……お前らともっと一緒に居たくなっちまうだろうが」
 そう言って、カヤトくんは優しく微笑んだ。
「じゃあ……」
「ああ。レッドフェイスは憎いが、殺さない。こんな野郎に、お前らと一緒に過ごす未来を奪われてたまるかよ」
 私たちは頷き、ゆっくりと立ち上がった。そして、床に倒れたレッドフェイスに視線を向ける。
「……レッドフェイス。あなたの負けだよ。もう、あなたは何も奪えない」
 目元を拭いながら、私はレッドフェイスに声をかける。……すると、レッドフェイスは横になったまま、大声で笑い始めた!
「何がおかしいでござる!」
「ああ、ごめんごめん。まさか、こんな青臭い青春劇を見せつけられるとは思わなくてね。……そんな警戒しなくてもいいよ。おじさんはもう動けない。完全に負けたよ」
「……間もなく、先生方も駆けつけてくると思うのです。その後は、魔法犯罪者を取りしまる収容所に送られることになるのですよ」
「うーん、それは困るなあ。おじさん、青臭い君たちのことを気に入っちゃったよ。だからさ……」
 レッドフェイスが、ゆっくりと首を動かした。
 ――彼が視線を向けた先に、さっき彼自身が書いた大きな魔法陣がある。まさか……!
「あの世でも一緒に遊ぼうよ」
 魔法陣が赤い光を放ち始めた! レッドフェイスが、設置型魔法の起爆スイッチを入れたんだ!
「本当に心中するつもりなのです!?」
「あははははははは! そうする可能性もあるって言ったはずだよ! 間もなくみんなまとめて木っ端みじんであの世行きさ! 残念だったね!」
「てめえ……!!」
 きっと、逃げるのは間に合わない。このまま何もしなければ、レッドフェイスの言う通り私たちは木っ端みじんだ。だけど……
「カヤトくん! 大規模な設置型魔法は発動までに時間がかかる! ……そうだよね?」
 まだ、助かる道は残っている!
「ヒナ。まさか、お前……!」
「そのまさかだよ! この魔法陣、無力化するから手伝って!」
 火属性の魔法使いは、火の設置型魔法を無力化できる! 抑制式をちゃんと書き込むことができれば、だけど。
「……ああ! こんなところで、終わってたまるか!」
 私は床に落ちていたチョークを拾い上げ、カヤトくんと一緒に赤い光を放つ魔法陣の元へ走った!
「ムダムダ。入学したばかりの一年生に、設置型魔法の無力化なんて高度なことができるはずがないよ」
「いいや! できるでござる!」
「チトセたちが力を合わせれば、限界を超えられるはずなのです!」
 そうだ! 一人でできないことも、シルティアのみんなで力を合わせればできる! 絶対に!
「ウィガルとチトセはオレが指定した起爆式を消していってくれ! ヒナは抑制式を書き込むんだ! オレがサポートをするから!」
 私たちは、カヤトくんの言葉に大きく頷いた!
「……ウィガル! その模様は消さないように注意しろ! 下手に消すと即発動する! ヒナは今チトセが起爆式を消した辺りに、オレが言う抑制式を描きこめ!」
「了解(でござる)(なのです)!!」
 やっぱり、カヤトくんはすごいなあ! たった一日勉強しただけなのに、どうすればこの設置型魔法を無力化できるか分かるみたい!
 ――私は、カヤトくんの指示を信じて抑制式を書き込んでいった! チトセちゃんとウィガルくんが不必要な起爆式を消してくれるから、私は書き込むのだけに集中できる!
「無駄なあがきだねえ。あと一分もすれば爆発するのに」
 魔法陣が放つ赤の光が徐々に濃くなっていく! 爆発まで、もうそんなに時間はなさそうだ! それでも……
「私は最後の一秒まであきらめない!!」
 書く! 抑制式をひたすら書く! 絶対に、私たちは生き残ると信じて!
「……あとはその模様を円で囲めば終わりだ!」
「間に合ええええっ!!」
 私は叫びながら、カヤトくんが指し示した模様の周りに大きな円を描いた! 円を描き終わるのとほぼ同時に、魔法陣がひと際強い光を放つ! 
 できることを全力でやりきった私は、祈りながら目を閉じた! 

 ……辺りが、しんと静まり返る。

「……爆発しない、だと?」
 沈黙を破ったのは、レッドフェイスの困惑した声だった。
「……やったので、ござるか?」
「ええ。無力化成功なのです」
「やったー!!」
 ギリギリだけど、レッドフェイスの魔法を無力化できた! 私たちの完全勝利だ!
「そんな……そんな、バカな」
「ざまあみやがれ。完全に、お前の負けだ」
「くそっ……」
 レッドフェイスは、とても悔しそうだ。もう打つ手はないみたい。もう、レッドフェイスによる犠牲者は出ないんだ。そう思うと、私の視界がぼやけてきた。これはさっきみたいな悲しみの涙じゃない。うれし涙だ。

 ……パパ。私、頑張ったよ。仲間と一緒に、限界を超えたよ。


§

 レッドフェイスが仕掛けた設置型魔法を無力化してから程なくして、先生たちとレンさんが時計台に駆けつけてきた。事情を説明すると、トガラム先生は「よく頑張ったなッ!」と叫びながら涙目で私たちを抱きしめてきて、ユナ先生は「記念撮影しなきゃ!」と言ってスマホでパシャパシャ写真を撮ってきたっけ。レンさんは「後輩に活躍の場を奪われちゃったなあ」とやや悔しそうに言った後、笑顔で私たちを褒めてくれた。
 
「……これで、終わったんだな」
 拘束され、連行されていくレッドフェイスを眺めながらカヤトくんはそう言った。そんなカヤトくんに、私はこう言葉を返す。
「ううん、始まりだよ。シルティアとして、大活躍する日々のね」
「……そうだな」
 カヤトくんが青い空を見上げる。そして、
「これからは、お前みたいな正義の味方を目指してみるよ。仲間と一緒に」
 空に向かって、そう小さく呟いたのが聞こえた。その瞬間、一瞬だけ日差しが強くなった気がする。……何となくだけど、これはカヤトくんの妹ちゃんが返事をした証。そう、思った。
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