エージェント・イン・ザ・メタバース

神所いぶき

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4.ダーリンとハニー

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「見て見てレーゲンくん! 立派なお城だよ! 外国に来たみたい!」
「ああ。そうだな」
 私の言葉に、レーゲンくんが仏頂面でそう答える。
「ちょっとレーゲンくん! もっと楽しそうな顔をしてよ! 私たち、恋人同士なんだからさ!」
 正確には、恋人のふりをしている者同士だけどね。
 今、私たちはメタバースの〈メードストンエリア〉の外れにある、大きな城から少し離れた場所に居る。
 このエリアは、とにかく西洋風の見た目をしている場所だ。そして、大きなお城があちこちに存在する。
 クーロンエリアは買い物ができるお店が多いけど、このメードストンエリアは買い物ができる場所は少ない。お城で、何らかの催しがある時に来る人が多いエリアだ。
「あー。似合ってるな。そのカエンタケみたいな色のドレス」
「恋人感を出すために褒めたつもりなんだろうけど褒め方が下手! カエンタケって有名な毒キノコだよね!? 毒キノコみたいな色のドレスって言われて私が喜ぶと思う!?」
 確かに今の私は赤くてヒラヒラのドレスを着ている。結構かわいくて気に入っているんだけど、まさか毒キノコみたいな色って言われるとは思わなかったよ……。
「仕方ねえだろ。今まで恋人なんて居なかったんだから、それっぽい振る舞いなんて知らねーよ」
 レーゲンくんが大きなため息を吐く。
 普段、レーゲンくんはメタバースの中では青いパーカーを着ていることが多いんだけど、今はタキシード姿だ。こんな格好のレーゲンくんはとってもレア。
「レーゲンくんってかっこいいから恋人くらい居るのかと思ってたよ」
「興味ねえ。誰かと付き合って時間を消費するよりも、物作りして時間を消費した方が良い」
「なるほどねー。レーゲンくんらしいかも」
「逆にフラムはどうなんだよ。誰かと付き合ってんのか?」
「一年前まで内気なコミュ障でメタバースの射撃ゲームに没頭していた私に恋人が居たと思う?」
 思わず私が早口でそう言ってしまうと、
「なんか悪かった……」
 レーゲンくんが気まずそうに私から目をそらした。なんか、いたたまれない。
「あっ、こっちこそ変な空気にしてごめんね……」
 お互い恋愛経験ゼロ! なのに恋人のフリをして任務をしろとクロナ先生に命令されてしまった! エージェントってやっぱり大変なお仕事だね!
「……とりあえず、軽く任務のおさらいをしておくか。今度の任務は、一時間後にあの城の中で行われるイベントに参加すること。そんで、隙を見て城の中を探ることだったな」
「そうだね。あの城は普段からとにかく警備が厳重だから、正攻法だとまず忍び込めない。だからイベントの参加者を装って内部に潜入して、隙をみて城を探るって話だね」
 私たちは周囲を警戒しながら、ヒソヒソ声でクロナ先生から受けた任務のおさらいをした。
「にしても、変なイベントだよな。恋人同士じゃねえと参加できねえなんて」
「恋愛系メタライバーとして有名な〈恋空チヒロ〉と〈恋空ダイチ〉が主催のイベントみたいだからね」
 恋人同士で歌を歌ったり、ゲームをしたり、メタバース内で旅行したりなどの活動をしている恋愛系メタライバー。それが恋空チヒロと恋空ダイチだ。
 恋空チヒロの方はとても派手な金髪が特徴的な高校二年生で、恋空ダイチの方はキラキラと輝く銀髪が特徴的な高校二年生だ。つまり、同い年の恋人同士でメタライバーとして活動しているわけだね。
「メタバース内で行方不明になった人間をあの城の近くで目撃したって話が多発しているなんて、妙な話だよな」
「うん。そもそも、ピカリちゃん以外にも行方不明者が多発しているなんて思わなかったよ」
「一部のエージェントにしか知らされていない情報みてえだからな」
 ピカリちゃんのように、ここ半年でメタバースから戻ってこない人間が何人か居る。そして、その行方不明になった人間をあの城の近くで見たという情報が寄せられている。だから、あの城を調査してほしい。
 それが、クロナ先生から発令された任務の内容だ。
「行方不明になった人があの城の中に居ると良いんだけどね」
「行方不明者を発見できなくても、手掛かりくらいは見つけてえな」
「そうだね」
 もしかしたら、ピカリちゃんが行方不明になった事件と今回の任務は関係しているかもしれない。もしそうだったら、きっと運命ってやつだね!
「今回は、さっきの任務みたいに悪い人が居たり、高いところから飛び降りたりするハメにならないといいなあ」
「荒事はフラムに任せるぞ。俺はサポート専門だからな」
「うう、ずるい」
「適材適所ってやつだ」
 レーゲンくんは自前のアイテムで窮地を切り抜けるためのサポートをするのが得意なんだよね。さっきの任務でパラシュートを用意していたみたいに。
 私が今、用意しているのは右太ももにベルトで固定した銃だけ。ドレスで隠れて見えないようになっている。
「そういえば、今からやるイベントって会場に入る前に持ち物検査をされないの?」
「探知機で検査をされるだろうな」
「やばいじゃん! 銃を持ち込んだら一発でアウトだよ!」
「大丈夫だ。今から持ち込む道具は、探知機に反応しないように俺が特殊コーティングをしたからな。もちろん、フラムの銃も加工済みだ」
「い、いつの間に……」
 さすが物作りや改造が得意なレーゲンくん。手際が鮮やかすぎて怖い。

 §

 一時間後。私たちは黒くて立派な大きな門の前に立っていた。今、数組の恋人たちが門の前に並んでいる状態だ。
 私たちの前に居た恋人たちが門の中に入っていった直後、
「では次の方たちどうぞにゃん」
 二足歩行する三毛猫が、私とレーゲンくんに話しかけてきた。それを見た瞬間に、賢い猫ちゃんが活躍する長靴をはいた猫という童話のタイトルが私の頭の中に浮かんだ。
 目の前の三毛猫さんは長靴じゃなくて立派な革靴をはいているけどね。ついでに、黒いスーツも着ていておしゃれだ。しかも身長は、百五十八センチの私と同じくらいだからかなり大きい。
「……危険物の反応はなし。はい、オーケーですにゃ」
 三毛猫さんは、銃に似た形の探知機を私たちに向けた後そう言った。
 ほっ。どうやら銃の持ち込みはバレなかったみたい。レーゲンくんの改造はすごいなあ。
「あの、このお城で働いているんですか?」
 門に入る前に、私は三毛猫さんにそう尋ねてみた。すると三毛猫さんはにゃふふと笑いながら、首を横に振った。
「ワガハイはイベント中だけの一時的なやとわれ警備員にゃ」
「そうなんですね。じゃあ、悪い人が居たら倒してくれるんですか?」
「それは……」
「こら、仕事の邪魔をするんじゃない。行くぞ」
 三毛猫さんが私の質問に答える前に、レーゲンくんが私の手を引いて早足で歩き始めたものだからあっという間もなく城の中まで連れ込まれてしまった。
「ちょっと。急にどうしたの?」
 そう質問すると、レーゲンくんが私の耳元でこう呟く。
「それはこっちのセリフだ。下手に警備員と話してボロが出たらまずいだろうが」
「だって気になったんだもん。それに、情報収集も大事でしょ?」
「さっきの質問に意味はないだろ。〈メタロイド〉の原則を知らねえのか?」
「何それ」
 私がそう言うと、レーゲンくんが呆れたようにため息を吐く。その後、小声でこう説明してくれた。
 メタバースの中にのみ存在する、高度な人口知能――AIが搭載された獣人やロボット型の電子生命体をメタロイドと言う。
 メタロイドは、人間の味方であるようにプログラムされている。そのプログラムの中に人間に危害を加えてはいけないというものが含まれていて、それをメタロイドの原則というらしい。
 メタバースのあちこちにメタロイドが居るからちょこちょこお話をしたことがあるけど、その原則は知らなかったなあ。
「つまり、さっきのメタロイドは悪人が居ても倒すことはできない。人間に危害を加えるという判定になりかねないからな。だから、監視カメラと通報装置のような役割を担っている可能性が高い」
「へー。もし人間に危害を加えたらどうなるの?」
「そのメタロイドは消去される。そうプログラムされているんだ」
 物騒! ウソでしょ。メタロイドの原則やばすぎない?
「……何にせよ油断はするな。なるべく、城内ではメタロイドの視界に入らない方がいい。怪しい動きをすれば即刻通報される恐れがあるからな」
 そう言って、レーゲンくんは私から手を離した。なので私は慌ててその手を掴んだ。するとレーゲンくんが少し焦ったような表情を浮かべる。
「こらっ。何してんだ」
「怪しい動きをしない方が良いんでしょ? 恋人同士だったら、手を繋いでいる方が自然に見えそうじゃない?」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんだよ。さ、行こうか。ダーリン」
「ダーリン!?」
「ほら、怪しい動きはしないのダーリン」
 思わずといった様子で大声を出したレーゲンくんを、私は注意した。ついでにこう付け加える。城の中では私のことをハニーと呼ぶように、と。
 その言葉を聞いたレーゲンくんはめっちゃ顔をしかめたけど、任務のためだと言うと了承してくれた。了承したと言っても、渋々って感じの様子だけどね。
「……とにかく、会場に向かうぞ。ハ、ハニー」
 恥ずかしいのか、言いよどむレーゲンくんがおかしくて思わず私は笑ってしまった。
「もう。そんなに緊張しなくても大丈夫だよダーリン。今日は楽しもうね」
 こんなこと思ったらいけないけど、この状況はかなり面白いなあ。
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