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第1章 誕生日と入学式と行方不明事件
7.事件はまだ始まったばかり
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§
「おい。マジで来るのかよ」
「もちろんです! 友達の誕生日はしっかりとお祝いしないと!」
夕日に照らされた道を、オレと二宮は自転車で走った。
オレの自転車の荷台にはシバ、二宮の自転車の荷台にはタリスが乗っている。
……本当は二人乗りはダメなんだけどな。歩いて帰って日が沈むよりは良いはずだ。それに、乗ってるのはフラスピだし違反にはならない。うん、そう思おう。
それより、問題は二宮だ。オレの家に行って誕生日のお祝いをするとか言い出しやがった。
多分、断ってもついてくる。そう思ったオレは仕方なく道案内をしながら家に向かった。
「あっ。スーパーがありますね。ちょっと寄っていいですか?」
もうすぐ家に着くというところで、二宮がそう聞いてきた。このスーパーは普段からオレや母さんが買い物をしている場所だ。
「別に良いけど、何を買うんだ?」
「内緒です」
なんだそりゃ。まあ、別にそこまで興味があるわけじゃないから別に良いけど。
「はあ。オレは外で待ってるからさっさと済ませろよ」
「はい! あ、ちゃんと待っててくださいよ! 私を置いて勝手に帰ったら許しませんからね!」
「なるほど。その手があったか」
「カズキさん? 溶けたいんですか?」
「悪かった。だからさっさと行ってこい」
二宮とタリスは、スーパーに入っていった。
残されたオレとシバは、近くにあったベンチに座る。そして、薄暗くなってきた空を眺めながら、二宮が戻ってくるのを待った。
……ただ待つだけってのも暇だな。ちょっと、シバと話をしてみるか。丁度聞きたいことがあったし。
「……そういえば、シバは何でオレを助けてくれたんだ?」
「唐突じゃのう」
「気になってたけど、聞く暇がなかったからな」
「ふむ……」
きっと、シバが助けてくれなかったら今、オレはこの場にいない。でも、赤の他人であるオレをシバが助けてくれた理由はずっと気になっていた。
「恩は返す。ただ、それだけじゃよ」
「恩?」
「ずっと前から、公園の奥のシバザクラの手入れをしてくれていたじゃろ。だから、前々からその恩を返したいと思ってたのじゃ」
「別に、そんな大したことはしてないのに」
「大したことじゃよ。カズキが丁寧に手入れをしてくれたから、ワシは立派なフラスピになれたんじゃ」
そう言って、シバはバシバシとオレの肩を叩いてきた。痛い。
「だから、今度はワシが手助けをする番じゃ。ワシが必ず、カズキを立派な人間にしてくれようぞ!」
「お、おう。よく分からないけど頼む」
「うむ! 泥船に乗ったつもりで任せておくのじゃ!」
泥船だと沈むのでは? 大船の間違いじゃないか? そう思ったけど、やる気満々のシバに水を差すのは悪いので、オレはこくりと頷くだけにした。
「……おや?」
少し離れた場所から、突然、聞き覚えのある声がした。
声がした方向には、学ランをきっちりと着た同級生――ミツバが立っていた。
「泥船がどうとか騒がしい声がすると思ったら、キミか」
「騒がしくて悪かったな」
「別に悪くはないよ。でも、ひとり言にしては声が大きすぎないかい?」
「ひとり言……? あっ」
そうだ。共鳴者以外にはシバの姿や声は認識できないんだった。つまり、オレがシバと話しているところを共鳴者以外の人が見たら、ひとり言を呟いているようにしか見えないんだろう。そう考えると、恥ずかしいな! 完全に不審者だぞオレ!
……よし、急いで話をそらそう。
「そ、そんなことよりこんな所で何してるんだよ」
「何って……。買い物に来たに決まってるじゃないか。そんなことも察せないのかキミは」
腹立つなこいつ! 確かに、スーパーに来たなら買い物をする以外の選択肢はないけどさ!
「ああ。そういえば、ホームルームが始まる前に君が学校を飛び出したせいで先生が困っていたぞ。初日から先生に迷惑をかけるなんて、最低だな」
「ぐっ……」
カッとなって教室を飛び出したのは完全にオレが悪いから何も言い返せない。明日、先生に謝らないと。
「でも、あの時のキミの反応を見て分かった。キミは、二年前から何も変わっていない。本当の自分から必死で目をそらして生きている」
「……何が言いたいんだ」
「キミと僕は違うってことさ。僕は、絶対にキミみたいにならない。自分の生き方を貫いて見せる」
そう言った後、ミツバはオレに背を向け、この場から去っていった。
本当の自分から必死で目をそらして生きている、か。ミツバからは、そんな風に見えるのか、オレ。
「何じゃあいつは? 仲が悪そうに見えたが……」
「……数年前までは、仲が良かったんだけどな。でも、ケンカしたのがキッカケでこうなってしまったんだ」
「ケンカじゃと? 一体、何が原因じゃ?」
シバが尻尾をぱたぱたと振りながらそう尋ねてきた。
正直、あまり話したくはない。けど、オレを信頼して力を貸してくれたヤツに隠し事をするのはイヤだな。
「お待たせしましたー! さっそうと買い物を済ませてきましたよー!」
どうするべきかオレが悩んでいると、突然、買い物袋を抱えた二宮が走り寄ってきた。空気を読まないヤツだなあと思いつつ、ケンカの原因をシバに話さずに済みそうで正直助かったという気持ちが強い。
「怖い顔、してる。何か、あった?」
タリスが、心配そうにそう尋ねてきた。
「大丈夫だよ。さあ、買い物が済んだなら帰るぞ」
「はーい! どんなお家か楽しみですねえ、タリスちゃん」
「うん、楽しみ」
「言っておくけど、どこにでもあるフツーの家だから何も期待するなよ」
何か言いたそうな様子のシバを自転車の荷台に乗せ、オレは自転車にまたがった。
……さあ、後は帰るだけだ。
§
「きゃー! カズくんが可愛い女の子を連れて帰ってきた! 不愛想なあたしの息子にも春が!!」
「来てないから。こいつはただの同級生」
家に入ると、母さんが出迎えてくれた。そして、オレの隣に立つ二宮を見た瞬間に騒ぎ始めた。
「初めまして! カズキくんのお友達になった二宮 ニナです! 今日は、カズキくんの誕生日と聞いたのでお祝いに来ました!」
「あら? 二宮 ニナちゃんって、ひょっとして『ツーステップ』のニナちゃん!?」
「ツーステップ? 何だそれ」
オレがそう言うと、母さんは信じられないものを見たといった表情でオレを見てきた。
オレ、そんなにおかしな質問をしたか?
「花守市の大人気ご当地姉妹アイドルユニットのツーステップを知らないの!? まさか、あたしの息子がこんなに世間知らずだったなんて……」
「へえ。本当にアイドルだったんだな。二宮」
「まさか疑ってたんですか!?」
「ああ。正直、ただの自称アイドルだと思ってた」
「酷い! 酷すぎます!」
二宮がぽかぽかとオレの頭を叩いてきた。これでも加減してるんだろうけど、地味に痛い。
「さあさあ! 上がって、ニナちゃん! 丁度夕飯を作りすぎたから食べていって!」
「ありがとうございます! お邪魔します!」
こうして、オレと母さん、そして二宮は一緒に夕飯を食べることになった。ちなみに、シバはオレの膝の上、タリスは二宮の隣にこっそりと座っている。
「……ぶえっくしょい!」
「あらやだ。風邪かしら? 大丈夫?」
「大丈夫。風邪じゃないから」
シバのもふもふした尻尾が鼻をくすぐったのがくしゃみの原因だ。なので、オレが小声で「尻尾をぱたぱたするのはやめろ」と伝えると、「勝手に動いてしまうのじゃよー」とシバは答えた。勝手に動くなら、仕方ないか。……オレの膝ではなく、隣の空いている席に座れば問題解決しそうなんだけどな。でも、オレの膝から降りようとする気配がない。うん、諦めよう。
「そうだ! 良かったら、これをどうぞ!」
そう言って、二宮は食卓の上にどんと何かを置いた。ハム、タマゴ、ツナが挟まったパン……いわゆる、サンドイッチの盛り合わせだ。さっき、スーパーで買ったのはこれだったのか。
「わあ! これ、カズくんのために用意してくれたの!? ニナちゃん、ありがとう! ほら、カズくんもお礼!」
「ああ。ありがとな。普通に嬉しい」
サンドイッチは好きだ。特にツナサンドは美味いと思う。
「喜んでもらえて何よりです! さあ、食べましょう! 私もうお腹ぺこぺこです!」
「そうね。あたしが作った料理も沢山食べてね。ニナちゃん」
「はい!」
なんか、二宮と母さんがすっかり打ち解けてるなあ。どっちも積極的な性格だから、相性が良いのかも。
「それじゃ、いただきましょうか」
「はい! いただきます!」
「いただきます」
食前の挨拶をした後、オレは食卓の上をしばらく眺めた。
からあげ、ハンバーグ、ポテトサラダ、鮭の刺身……。オレの好物ばかり並んでいる。けど、オレが真っ先に手を伸ばしたのはツナサンド。二宮が買ってくれたサンドイッチだ。
せっかく、オレのために買ってくれたんだ。真っ先に食べないとな。
「うん。美味い」
「良かったです!」
「うむ、美味いのう」
「って、食べてないだろお前」
美味いと言ってうんうんと頷くシバに、オレは小声でツッコミを入れる。すると、シバは耳をぴこぴこと動かしながらこう答えた。
「知らんのか? フラスピは共鳴した相手と五感を共有することができるのじゃ。つまり、お主が美味い物を食べたらワシも美味いという訳じゃ」
「な、なるほど……?」
オレが美味いものを食べたら、シバにも美味いって感覚が伝わる。それって、多分良いことだよな。
……よし、シバのためにもじゃんじゃん食べよう。
――大変な一日だったけど、悪いことばかりでもなかったな。色んな出会いがあったし、こうして美味い物を食べられたし。
§
「すみませんね! ケーキまでごちそうになっちゃって」
「気にするな。って、オレは何もしてないけど」
もうすぐ夜の八時になるという頃。帰るのが遅くなりすぎたら大変だということで、二宮とタリスは帰る支度を終えてオレの家を出た。オレとシバも、見送りのために外に出る。
見上げると、星が瞬いていた。月も明るいし、安全に帰宅できるはずだ。
「そうだ。聞いて良いことなのか分からないんですけど、気になったので聞きます。カズキさんは、お母さんと二人で暮らしているんですか?」
「……ああ。父さんは、いなくなったからな」
「いなくなった?」
あまり話したくないことだけど、二宮なら良いだろう。そう思ったオレは一つ息を吸って、二宮の疑問に答えた。
「ああ。オレの父さんはレスキュー隊員だった。けど、二年前に水難救助の仕事中に行方知れずになった」
「あの、ごめんなさい。私……」
「気にするな。オレももう気にしてないし」
ああ、我ながらウソくさい言葉だな。本当は、ずっと父さんのことを気にしている。
オレの父さんはレスキュー隊員として数多くの人を助けてきた。そんな父さんをオレは尊敬していた。けど、父さんはもう居ない。だからオレは、父さんみたいに、誰かを助けることができるかっこいい男にならなければいけないんだ。
かっこいい男になって、母さんを助けたい。かっこいい人間になれと口癖のように言っていた父さんの願いを叶えたい。だから、可愛いものを好きなんて思ったらいけない。かっこいいものだけを好きでなければいけないんだ。
「気にしてないなんて、ウソですね。大切な人が居なくなったら、気になるに決まってます」
「カズキはウソつきじゃのう」
「うん。ウソ、ついてる」
二宮もシバもタリスも、オレのウソをすぐに見破ってショックだ。そんなに、オレは分かりやすいのだろうか。
「……ねえ、カズキさん。危険なことに巻き込んで申し訳ないと思ってます。ですが、協力してくれませんか? 私の大切な人を助け出すために」
「二宮の、大切な人?」
「ええ。今、行方不明になっている花守中学校の三年生のことです」
行方不明になっている花守中学校の三年生は、二宮と関わりがあったのか? 友達か何かだろうか。
「行方不明になっている花守中学校の三年生は、園芸部の部長です」
「園芸部の部長!? それって……」
「はい。ラビリンス攻略に慣れた、共鳴者です。なのに、行方不明になっている。おそらく、バグスピが関わる事件に巻き込まれているんでしょうね」
なんてこった。そんな人が、行方不明になっているのか。まさか、共鳴者まで行方不明になっているなんて。
「部長の名前は、『二宮 ヒフミ』。一緒にアイドル活動もしている、私の姉です」
「えっ……?」
――この時のオレは、まだ知らなかった。謎多き神隠し事件は、まだ始まったばかりだということを。
「おい。マジで来るのかよ」
「もちろんです! 友達の誕生日はしっかりとお祝いしないと!」
夕日に照らされた道を、オレと二宮は自転車で走った。
オレの自転車の荷台にはシバ、二宮の自転車の荷台にはタリスが乗っている。
……本当は二人乗りはダメなんだけどな。歩いて帰って日が沈むよりは良いはずだ。それに、乗ってるのはフラスピだし違反にはならない。うん、そう思おう。
それより、問題は二宮だ。オレの家に行って誕生日のお祝いをするとか言い出しやがった。
多分、断ってもついてくる。そう思ったオレは仕方なく道案内をしながら家に向かった。
「あっ。スーパーがありますね。ちょっと寄っていいですか?」
もうすぐ家に着くというところで、二宮がそう聞いてきた。このスーパーは普段からオレや母さんが買い物をしている場所だ。
「別に良いけど、何を買うんだ?」
「内緒です」
なんだそりゃ。まあ、別にそこまで興味があるわけじゃないから別に良いけど。
「はあ。オレは外で待ってるからさっさと済ませろよ」
「はい! あ、ちゃんと待っててくださいよ! 私を置いて勝手に帰ったら許しませんからね!」
「なるほど。その手があったか」
「カズキさん? 溶けたいんですか?」
「悪かった。だからさっさと行ってこい」
二宮とタリスは、スーパーに入っていった。
残されたオレとシバは、近くにあったベンチに座る。そして、薄暗くなってきた空を眺めながら、二宮が戻ってくるのを待った。
……ただ待つだけってのも暇だな。ちょっと、シバと話をしてみるか。丁度聞きたいことがあったし。
「……そういえば、シバは何でオレを助けてくれたんだ?」
「唐突じゃのう」
「気になってたけど、聞く暇がなかったからな」
「ふむ……」
きっと、シバが助けてくれなかったら今、オレはこの場にいない。でも、赤の他人であるオレをシバが助けてくれた理由はずっと気になっていた。
「恩は返す。ただ、それだけじゃよ」
「恩?」
「ずっと前から、公園の奥のシバザクラの手入れをしてくれていたじゃろ。だから、前々からその恩を返したいと思ってたのじゃ」
「別に、そんな大したことはしてないのに」
「大したことじゃよ。カズキが丁寧に手入れをしてくれたから、ワシは立派なフラスピになれたんじゃ」
そう言って、シバはバシバシとオレの肩を叩いてきた。痛い。
「だから、今度はワシが手助けをする番じゃ。ワシが必ず、カズキを立派な人間にしてくれようぞ!」
「お、おう。よく分からないけど頼む」
「うむ! 泥船に乗ったつもりで任せておくのじゃ!」
泥船だと沈むのでは? 大船の間違いじゃないか? そう思ったけど、やる気満々のシバに水を差すのは悪いので、オレはこくりと頷くだけにした。
「……おや?」
少し離れた場所から、突然、聞き覚えのある声がした。
声がした方向には、学ランをきっちりと着た同級生――ミツバが立っていた。
「泥船がどうとか騒がしい声がすると思ったら、キミか」
「騒がしくて悪かったな」
「別に悪くはないよ。でも、ひとり言にしては声が大きすぎないかい?」
「ひとり言……? あっ」
そうだ。共鳴者以外にはシバの姿や声は認識できないんだった。つまり、オレがシバと話しているところを共鳴者以外の人が見たら、ひとり言を呟いているようにしか見えないんだろう。そう考えると、恥ずかしいな! 完全に不審者だぞオレ!
……よし、急いで話をそらそう。
「そ、そんなことよりこんな所で何してるんだよ」
「何って……。買い物に来たに決まってるじゃないか。そんなことも察せないのかキミは」
腹立つなこいつ! 確かに、スーパーに来たなら買い物をする以外の選択肢はないけどさ!
「ああ。そういえば、ホームルームが始まる前に君が学校を飛び出したせいで先生が困っていたぞ。初日から先生に迷惑をかけるなんて、最低だな」
「ぐっ……」
カッとなって教室を飛び出したのは完全にオレが悪いから何も言い返せない。明日、先生に謝らないと。
「でも、あの時のキミの反応を見て分かった。キミは、二年前から何も変わっていない。本当の自分から必死で目をそらして生きている」
「……何が言いたいんだ」
「キミと僕は違うってことさ。僕は、絶対にキミみたいにならない。自分の生き方を貫いて見せる」
そう言った後、ミツバはオレに背を向け、この場から去っていった。
本当の自分から必死で目をそらして生きている、か。ミツバからは、そんな風に見えるのか、オレ。
「何じゃあいつは? 仲が悪そうに見えたが……」
「……数年前までは、仲が良かったんだけどな。でも、ケンカしたのがキッカケでこうなってしまったんだ」
「ケンカじゃと? 一体、何が原因じゃ?」
シバが尻尾をぱたぱたと振りながらそう尋ねてきた。
正直、あまり話したくはない。けど、オレを信頼して力を貸してくれたヤツに隠し事をするのはイヤだな。
「お待たせしましたー! さっそうと買い物を済ませてきましたよー!」
どうするべきかオレが悩んでいると、突然、買い物袋を抱えた二宮が走り寄ってきた。空気を読まないヤツだなあと思いつつ、ケンカの原因をシバに話さずに済みそうで正直助かったという気持ちが強い。
「怖い顔、してる。何か、あった?」
タリスが、心配そうにそう尋ねてきた。
「大丈夫だよ。さあ、買い物が済んだなら帰るぞ」
「はーい! どんなお家か楽しみですねえ、タリスちゃん」
「うん、楽しみ」
「言っておくけど、どこにでもあるフツーの家だから何も期待するなよ」
何か言いたそうな様子のシバを自転車の荷台に乗せ、オレは自転車にまたがった。
……さあ、後は帰るだけだ。
§
「きゃー! カズくんが可愛い女の子を連れて帰ってきた! 不愛想なあたしの息子にも春が!!」
「来てないから。こいつはただの同級生」
家に入ると、母さんが出迎えてくれた。そして、オレの隣に立つ二宮を見た瞬間に騒ぎ始めた。
「初めまして! カズキくんのお友達になった二宮 ニナです! 今日は、カズキくんの誕生日と聞いたのでお祝いに来ました!」
「あら? 二宮 ニナちゃんって、ひょっとして『ツーステップ』のニナちゃん!?」
「ツーステップ? 何だそれ」
オレがそう言うと、母さんは信じられないものを見たといった表情でオレを見てきた。
オレ、そんなにおかしな質問をしたか?
「花守市の大人気ご当地姉妹アイドルユニットのツーステップを知らないの!? まさか、あたしの息子がこんなに世間知らずだったなんて……」
「へえ。本当にアイドルだったんだな。二宮」
「まさか疑ってたんですか!?」
「ああ。正直、ただの自称アイドルだと思ってた」
「酷い! 酷すぎます!」
二宮がぽかぽかとオレの頭を叩いてきた。これでも加減してるんだろうけど、地味に痛い。
「さあさあ! 上がって、ニナちゃん! 丁度夕飯を作りすぎたから食べていって!」
「ありがとうございます! お邪魔します!」
こうして、オレと母さん、そして二宮は一緒に夕飯を食べることになった。ちなみに、シバはオレの膝の上、タリスは二宮の隣にこっそりと座っている。
「……ぶえっくしょい!」
「あらやだ。風邪かしら? 大丈夫?」
「大丈夫。風邪じゃないから」
シバのもふもふした尻尾が鼻をくすぐったのがくしゃみの原因だ。なので、オレが小声で「尻尾をぱたぱたするのはやめろ」と伝えると、「勝手に動いてしまうのじゃよー」とシバは答えた。勝手に動くなら、仕方ないか。……オレの膝ではなく、隣の空いている席に座れば問題解決しそうなんだけどな。でも、オレの膝から降りようとする気配がない。うん、諦めよう。
「そうだ! 良かったら、これをどうぞ!」
そう言って、二宮は食卓の上にどんと何かを置いた。ハム、タマゴ、ツナが挟まったパン……いわゆる、サンドイッチの盛り合わせだ。さっき、スーパーで買ったのはこれだったのか。
「わあ! これ、カズくんのために用意してくれたの!? ニナちゃん、ありがとう! ほら、カズくんもお礼!」
「ああ。ありがとな。普通に嬉しい」
サンドイッチは好きだ。特にツナサンドは美味いと思う。
「喜んでもらえて何よりです! さあ、食べましょう! 私もうお腹ぺこぺこです!」
「そうね。あたしが作った料理も沢山食べてね。ニナちゃん」
「はい!」
なんか、二宮と母さんがすっかり打ち解けてるなあ。どっちも積極的な性格だから、相性が良いのかも。
「それじゃ、いただきましょうか」
「はい! いただきます!」
「いただきます」
食前の挨拶をした後、オレは食卓の上をしばらく眺めた。
からあげ、ハンバーグ、ポテトサラダ、鮭の刺身……。オレの好物ばかり並んでいる。けど、オレが真っ先に手を伸ばしたのはツナサンド。二宮が買ってくれたサンドイッチだ。
せっかく、オレのために買ってくれたんだ。真っ先に食べないとな。
「うん。美味い」
「良かったです!」
「うむ、美味いのう」
「って、食べてないだろお前」
美味いと言ってうんうんと頷くシバに、オレは小声でツッコミを入れる。すると、シバは耳をぴこぴこと動かしながらこう答えた。
「知らんのか? フラスピは共鳴した相手と五感を共有することができるのじゃ。つまり、お主が美味い物を食べたらワシも美味いという訳じゃ」
「な、なるほど……?」
オレが美味いものを食べたら、シバにも美味いって感覚が伝わる。それって、多分良いことだよな。
……よし、シバのためにもじゃんじゃん食べよう。
――大変な一日だったけど、悪いことばかりでもなかったな。色んな出会いがあったし、こうして美味い物を食べられたし。
§
「すみませんね! ケーキまでごちそうになっちゃって」
「気にするな。って、オレは何もしてないけど」
もうすぐ夜の八時になるという頃。帰るのが遅くなりすぎたら大変だということで、二宮とタリスは帰る支度を終えてオレの家を出た。オレとシバも、見送りのために外に出る。
見上げると、星が瞬いていた。月も明るいし、安全に帰宅できるはずだ。
「そうだ。聞いて良いことなのか分からないんですけど、気になったので聞きます。カズキさんは、お母さんと二人で暮らしているんですか?」
「……ああ。父さんは、いなくなったからな」
「いなくなった?」
あまり話したくないことだけど、二宮なら良いだろう。そう思ったオレは一つ息を吸って、二宮の疑問に答えた。
「ああ。オレの父さんはレスキュー隊員だった。けど、二年前に水難救助の仕事中に行方知れずになった」
「あの、ごめんなさい。私……」
「気にするな。オレももう気にしてないし」
ああ、我ながらウソくさい言葉だな。本当は、ずっと父さんのことを気にしている。
オレの父さんはレスキュー隊員として数多くの人を助けてきた。そんな父さんをオレは尊敬していた。けど、父さんはもう居ない。だからオレは、父さんみたいに、誰かを助けることができるかっこいい男にならなければいけないんだ。
かっこいい男になって、母さんを助けたい。かっこいい人間になれと口癖のように言っていた父さんの願いを叶えたい。だから、可愛いものを好きなんて思ったらいけない。かっこいいものだけを好きでなければいけないんだ。
「気にしてないなんて、ウソですね。大切な人が居なくなったら、気になるに決まってます」
「カズキはウソつきじゃのう」
「うん。ウソ、ついてる」
二宮もシバもタリスも、オレのウソをすぐに見破ってショックだ。そんなに、オレは分かりやすいのだろうか。
「……ねえ、カズキさん。危険なことに巻き込んで申し訳ないと思ってます。ですが、協力してくれませんか? 私の大切な人を助け出すために」
「二宮の、大切な人?」
「ええ。今、行方不明になっている花守中学校の三年生のことです」
行方不明になっている花守中学校の三年生は、二宮と関わりがあったのか? 友達か何かだろうか。
「行方不明になっている花守中学校の三年生は、園芸部の部長です」
「園芸部の部長!? それって……」
「はい。ラビリンス攻略に慣れた、共鳴者です。なのに、行方不明になっている。おそらく、バグスピが関わる事件に巻き込まれているんでしょうね」
なんてこった。そんな人が、行方不明になっているのか。まさか、共鳴者まで行方不明になっているなんて。
「部長の名前は、『二宮 ヒフミ』。一緒にアイドル活動もしている、私の姉です」
「えっ……?」
――この時のオレは、まだ知らなかった。謎多き神隠し事件は、まだ始まったばかりだということを。
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