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第1部 風の担い手

第1話 オレンジ色の在り得ない"馬"

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「よぅ、おっはよう! はやっちっ! ………何ぃ? 今日も湿気しけた顔してるねぇ……」

「………朝からテンションたけぇ~、この顔は生まれつきだ」

 夏休みが終わり今日から毛だるい二学期が幕を開ける。この朝っぱらから僕の背中を容赦なくバチーンッと叩いて、ウザってぇ挨拶あいさつをしてくるのは『逢沢あいざわ 弘美ひろみ』だ。

 僕のことを勝手にマブダチだと思い込み、普段からこうして絡んでくる同級生の女子である。

 ───大体、このクソ暑苦しい残暑の最中さなか、一体何処からいて出てくんだよ………。

 そう思う僕の名は『風祭かざまつり 疾斗はやと

 戦国武将にかぶれた僕の親父がはやきなること風のごとし………何て気分を押し付けた名前だ。

 けれど実在する高二の風祭 疾斗にそんなブーストスキルが存在する訳もなく、それ処か『素早さ 1』『攻撃力 1』。運動性能は、からっきしである。

「今日も寝ぼけた目ぇしてるねぇ………どうせまた深夜まで小説書いていたんでしょ?」

「………違う、までだ」

 まあ確かに湿気た顔には違いないだろう。だけど深夜じゃない………完徹かんてつし、家を出る直前までキーボードを叩いていた。

 僕の否定を聞いた逢沢が、あからさまに呆れた顔で「やれやれ………何がそんな楽しんだか……」と明後日の方を向く。

 ───放っといてくれ、僕にはコレしかないんだから。僕の書くものを楽しみにしてくれてるあの子さえ居てくれたら。

 この寝癖だらけのボサボサ頭も、ダセぇ黒縁眼鏡も、女子の逢沢より低身長ですら関係ない。だってあの子は、僕の作品本質見てくれる読んでくれるのだから………。

 まあ確かに眠い………。しかも今日は始業式だけで帰れると思えば、踏み出す足にもやる気がまるで出ない。

 何故此奴逢沢は、こんな僕の歩に合わせて付いてくるのか理解に苦しむ。テニス部でスポーツ万能、期末試験も上から数えて直ぐに見つかる万能タイプだ。

 性格も明るく友達も多い。しかも同性から告られる程、比の打ち処がない女子だというのに………。

 何でこんな高性能ハイスペックな人間が、レベル1何処にでも・村人みたいな居る平凡な僕の相棒バディのように付きまとうのか………。

 ───正直言って、周りからの目が常に痛い………。

 駐輪場の前を横切るいつものルート。停めてあるそのほとんどが自転車だが、家が遠い生徒だけ原付バイクでの通学を許されている。

 だからチラホラバイクも見かける。大抵はスクーター、そっちにまるで興味がないので全て同じ物にしか映らない。

 だけど今日は、だいぶ違った。他のスクーターとはまるで異なるけたたましい排気音が背中から迫り、あっという間に僕等を追い抜く。

 バイクのヘルメットに収まりきらない長い黒髪が、僕の嗅覚を変にくすぐる。

なあにアレ………。危ないしうるさいなあ………」

 逢沢の言うことは至極もっともだ。危険、煩い、それに排気臭すらスクーターとはまるで異なる。

 SNSのフォロワーでバイク好きがいて「あのオイルは良い匂いがする……」などとうそぶく馬鹿がいるのだが、こればかりはいいねを押せない共感出来ない

 そして降車すると自転車同士の隙間へ捻じ込むようにバイクを押し入れる。

「それにアレ本当に原付ぃ? 通学は駄目でしょう?」

 これも非難を声に載せた逢沢の指摘が正しい。原付………原動機付による通学は承認している。

 だけど他の自転車やスクーターの脇に陣取ったオレンジが色濃いあの二輪車は、自転車とは住む世界が違うに思えた。

 ………でも……だからこそなのか、バイクはおろか乗り物に興味を持ち得ない僕の心臓ハートをグッと鷲掴わしづかみするものを感じた。

 これまでの僕に取って、バイクなんて物は、どうも世界に馴染なじめていない異端児不良という存在であった筈なのに………。

 するとその得体が知れないモノから降りた生徒が、黒いヘルメットを被ったままヅカツカと此方へ迫ってくるではないか。

 女生徒のブレザーという可愛げに艶消しの黒マッドブラックのメットと、バイク用と思しきグローブのミスマッチがやけに胸を上下させる。

「……K◇Mケーティーエム125DU◇Eデューク』………」

「はぁっ!?」

 その女子が僕と逢沢に向かって詰め寄り、メットの黒いバイザー越しに謎の言葉を叩きつける。

 まるで要領を得ない僕達。声が出せない僕の代わりに逢沢が張り合ってみせる。

「聴こえなかったァッ!? このバイクは排気量125cc、要はなのっ! 何も違反はしてない……ま、素人に言っても仕方ないかぁ」

 彼女はそのという名前らしいバイクのケツナンバーを強く指差しながら強調した。

 呆気に取られる僕等を後目しりめにヘルメットを無造作に片手で脱ぐと、長くしなやかな黒髪が風を通し、フワリと流麗な動きを見せる。

 加えてバイザーで隠れていた真実が寝ぼけた僕を強烈な印象で目覚めさせた。

Wind…風のGeister精霊

 自分の口から勝手に飛び出た言葉失態に思わず口をふさぐ。印象的な彼女の大きなあおき瞳………。

 僕の書いているファンタジー小説の登場人物、コレの二つ名別称が頭の中の全てを瞬時に占拠せんきょした。
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