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第3章 傭兵と二人のハイエルフ
第23話 アルベェリア
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ヴァイロが慌てて家の扉を開くと、既にミリアは地上に降り立ち歩み始めている処であった。
「み、ミリアっ! 待ってくれっ!」
頭上から大声で呼び止める。聞こえている筈なのに決して止まろうとはしないミリア。それどころか急に走り始めた。
(やっぱり聞こえているじゃないかっ、それにしても俺は彼女に何て声をかければ良いんだ?)
とにかく自分も手早く縄梯子を降りようとする。けれどリンネに言われた上での行動だ。これが一体どんな意味を持つのかまるで判っていない。
「ミリアっ!」
「は、離してくださいませっ!」
足元に大きな石が転がっている場所で足止めを食っているうちにヴァイロに追いつかれてしまう。
ミリアは左手首を鷲掴みにされながら、必死に抵抗を試みる。
「い、一体どうしたって言うんだ!?」
「大方リンネに言われて来たのでしょうっ! そんな情けは惨めになるだけなのにっ!」
「み、ミリア?」
「首筋にそんなはしたない跡すらつけてっ! 私の気も知らないでぇ!」
腕力ではなく、ミリアのこの言葉に驚いたヴァイロは、思わずその手を離してしまう。急に拘束がなくなったのでミリアは地面に転げそうになった。
「あ、危ないっ!」
ヴァイロはミリアが倒れそうな場所に自らを滑り込ませて、何とか受け止める事が出来た。
ミリアは抱かれたままの姿勢で暫く黙っていたが、肩を揺らして泣き始める。
「ど、どうして……。そんなに貴方は優しいのですかっ! こ、これじゃあ好きになっても仕方がないと思いませんかぁぁ!!」
「み、ミリア……お前……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
驚くヴァイロの胸を幾度も叩きながら彼女は強かに涙する。此処まで取り乱す彼女を見た事がない。
最早ヴァイロはされるがまま、かける言葉もさする両手も持ち得なかった。
「わ、私……ずっとずっと貴方をお慕い申しておりました。愛して……いました。そ、それなのにいつもリンネばかり……二人が一線を越えた時の私の惨めさ、貴方に判りますかっ!」
「…………っ!?」
そう言って胸に涙を擦りつけるミリア。ようやくヴァイロは、ミリアの秘めた想いに気がついた。
しかしリンネがこれを御膳立てした理由までは正直良く判らない。ミリアはそのまま暫く泣き続けた。
そして虫刺されの跡に容赦なく爪を立てられる。
(尖った石だらけで全身が物凄く痛い。だがこれは罰だ。甘んじて受けるしかないな……)
一体どれ程の時が経っただろう。せいぜい1時間くらいなのだろうが、まるで一晩を共に明かしたかの様に長い。
未だに身体は預けたままでミリアが再び口を開く。
「ヴァイ………」
「んっ? 何だ?」
珍しくミリアの言葉がぶっきら棒に思えたが、恐らくこれが彼女の本来なのだろう。
「これから貴方の背中は必ず私が守る、だから……もうリンネは巻き込まないで欲しいの」
「………それは出来ない相談だ」
「どうして? これで一番大事な女性を死なせずに済むというのに?」
「聞いてくれ………俺はあくまでお前達、皆を守りたいんだ」
「随分と強欲なんだ」
ライバルだと思っているリンネの命だけは守りたいというミリアの矛盾。
一方で皆の命を守りたいと言いながら、戦いには巻き込もうとするヴァイロの矛盾。
ミリアの気持ちは恐らく愛する男の悲しむ姿を見たくないからだと想像出来るが、ヴァイロの理由が要領を得ない。
「実のところノヴァンを成長させる術は、大体見当がついているんだ」
「それはどういう……」
「ノヴァンは俺の影から誕生した存在だと言って差し支えない。だがアイツに意志を与えた人間……それは誰だ?」
そのヴァイロの言葉にミリアはハッとする。
「その顔、大体察したらしいな。そうリンネだ。リンネが成長する事でノヴァンも成長する。しかも厄介なことにその成長は、戦いの中でしか得られないんだ……」
ヴァイロが苦虫を嚙み潰したような顔で話す。勘の良いミリアは、これだけで大体察した。
リンネを戦いから外す訳にいかない。さらにその身を守ってやる為には、他の三人の力も借りなければという喰い違いがあるという事に。
自らが預けている身体が震えているのが良く判る。きっと様々な理不尽に対し、上手く立ち回れない自分に腹を立てているのだろう。
(こんな甘ったれた男だからこそ、私は好きになってしまった……)
ヴァイロは気がつくと唇を奪われていた。ただ重ねられただけ、それ以上のない口づけ。
しかしミリアの体温、脈拍、息遣いが充分に伝わってきた。ミリアは惜しむ様にゆっくりと唇を離していく。
「み、ミリア……お、俺は……」
「言わないでっ! 判っているから、貴方は二人の女を抱けるほど器用な男じゃないってことくらい……」
ミリアはそう言いながら人差し指でヴァイロの口を押える。ちょうど一回り歳の離れた女に彼は逆らえない。
(ハァ……何でこんなに息が詰まるの? でも私が言わなきゃ……)
ミリアが上半身を起こし、真っ直ぐにヴァイロの視線と重ねる。正直この距離は、とても羞恥を感じてならない。
顔も真っ赤だろうし、さっきまで泣き腫らした目も同様だろう。だけど今なら伝えられる。
何の根拠もないが、こんな時は自分の意志さえ貫ければいい。
「あ、あのねヴァイ。私は勿論、アギドやアズも貴方と同じよ」
「え………」
「判らない? 自分の命をかけてでも今の皆を、誰一人して欠けさせたくないと心底思っている。リンネだってそう、だから貴方が罪の意識の様なものを背負う理由は存在しない」
「し、しかしっ、お、俺はっ!」
今度はヴァイロの方が瞳を濡らすターンだ。まだ幼いミリアの表情。それにアギド、アズール、リンネに結局託さなければならない運命。
「大人も子供も相手を守りたいという気持ちに変わりはないのよ。私は……『ミリア・アルベェリア』は命を賭して皆の背中を守りますわ」
「み、ミリア……その名は……」
まるで子供を諭す様な穏やかなる表情。そして一方的にヴァイロと同じアルベェリアの姓を名乗るミリア。
「一夫多妻が駄目だなんて聞いた事ございませんわ。それにこの名は私の中だけでひっそりと語らせてくださいませ我が愛しの御主人様」
ミリアは少し意地の悪い顔でそう告げると、ようやくしっかり身体を起こしてヴァイロを解放してやった。
「み、ミリアっ! 待ってくれっ!」
頭上から大声で呼び止める。聞こえている筈なのに決して止まろうとはしないミリア。それどころか急に走り始めた。
(やっぱり聞こえているじゃないかっ、それにしても俺は彼女に何て声をかければ良いんだ?)
とにかく自分も手早く縄梯子を降りようとする。けれどリンネに言われた上での行動だ。これが一体どんな意味を持つのかまるで判っていない。
「ミリアっ!」
「は、離してくださいませっ!」
足元に大きな石が転がっている場所で足止めを食っているうちにヴァイロに追いつかれてしまう。
ミリアは左手首を鷲掴みにされながら、必死に抵抗を試みる。
「い、一体どうしたって言うんだ!?」
「大方リンネに言われて来たのでしょうっ! そんな情けは惨めになるだけなのにっ!」
「み、ミリア?」
「首筋にそんなはしたない跡すらつけてっ! 私の気も知らないでぇ!」
腕力ではなく、ミリアのこの言葉に驚いたヴァイロは、思わずその手を離してしまう。急に拘束がなくなったのでミリアは地面に転げそうになった。
「あ、危ないっ!」
ヴァイロはミリアが倒れそうな場所に自らを滑り込ませて、何とか受け止める事が出来た。
ミリアは抱かれたままの姿勢で暫く黙っていたが、肩を揺らして泣き始める。
「ど、どうして……。そんなに貴方は優しいのですかっ! こ、これじゃあ好きになっても仕方がないと思いませんかぁぁ!!」
「み、ミリア……お前……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
驚くヴァイロの胸を幾度も叩きながら彼女は強かに涙する。此処まで取り乱す彼女を見た事がない。
最早ヴァイロはされるがまま、かける言葉もさする両手も持ち得なかった。
「わ、私……ずっとずっと貴方をお慕い申しておりました。愛して……いました。そ、それなのにいつもリンネばかり……二人が一線を越えた時の私の惨めさ、貴方に判りますかっ!」
「…………っ!?」
そう言って胸に涙を擦りつけるミリア。ようやくヴァイロは、ミリアの秘めた想いに気がついた。
しかしリンネがこれを御膳立てした理由までは正直良く判らない。ミリアはそのまま暫く泣き続けた。
そして虫刺されの跡に容赦なく爪を立てられる。
(尖った石だらけで全身が物凄く痛い。だがこれは罰だ。甘んじて受けるしかないな……)
一体どれ程の時が経っただろう。せいぜい1時間くらいなのだろうが、まるで一晩を共に明かしたかの様に長い。
未だに身体は預けたままでミリアが再び口を開く。
「ヴァイ………」
「んっ? 何だ?」
珍しくミリアの言葉がぶっきら棒に思えたが、恐らくこれが彼女の本来なのだろう。
「これから貴方の背中は必ず私が守る、だから……もうリンネは巻き込まないで欲しいの」
「………それは出来ない相談だ」
「どうして? これで一番大事な女性を死なせずに済むというのに?」
「聞いてくれ………俺はあくまでお前達、皆を守りたいんだ」
「随分と強欲なんだ」
ライバルだと思っているリンネの命だけは守りたいというミリアの矛盾。
一方で皆の命を守りたいと言いながら、戦いには巻き込もうとするヴァイロの矛盾。
ミリアの気持ちは恐らく愛する男の悲しむ姿を見たくないからだと想像出来るが、ヴァイロの理由が要領を得ない。
「実のところノヴァンを成長させる術は、大体見当がついているんだ」
「それはどういう……」
「ノヴァンは俺の影から誕生した存在だと言って差し支えない。だがアイツに意志を与えた人間……それは誰だ?」
そのヴァイロの言葉にミリアはハッとする。
「その顔、大体察したらしいな。そうリンネだ。リンネが成長する事でノヴァンも成長する。しかも厄介なことにその成長は、戦いの中でしか得られないんだ……」
ヴァイロが苦虫を嚙み潰したような顔で話す。勘の良いミリアは、これだけで大体察した。
リンネを戦いから外す訳にいかない。さらにその身を守ってやる為には、他の三人の力も借りなければという喰い違いがあるという事に。
自らが預けている身体が震えているのが良く判る。きっと様々な理不尽に対し、上手く立ち回れない自分に腹を立てているのだろう。
(こんな甘ったれた男だからこそ、私は好きになってしまった……)
ヴァイロは気がつくと唇を奪われていた。ただ重ねられただけ、それ以上のない口づけ。
しかしミリアの体温、脈拍、息遣いが充分に伝わってきた。ミリアは惜しむ様にゆっくりと唇を離していく。
「み、ミリア……お、俺は……」
「言わないでっ! 判っているから、貴方は二人の女を抱けるほど器用な男じゃないってことくらい……」
ミリアはそう言いながら人差し指でヴァイロの口を押える。ちょうど一回り歳の離れた女に彼は逆らえない。
(ハァ……何でこんなに息が詰まるの? でも私が言わなきゃ……)
ミリアが上半身を起こし、真っ直ぐにヴァイロの視線と重ねる。正直この距離は、とても羞恥を感じてならない。
顔も真っ赤だろうし、さっきまで泣き腫らした目も同様だろう。だけど今なら伝えられる。
何の根拠もないが、こんな時は自分の意志さえ貫ければいい。
「あ、あのねヴァイ。私は勿論、アギドやアズも貴方と同じよ」
「え………」
「判らない? 自分の命をかけてでも今の皆を、誰一人して欠けさせたくないと心底思っている。リンネだってそう、だから貴方が罪の意識の様なものを背負う理由は存在しない」
「し、しかしっ、お、俺はっ!」
今度はヴァイロの方が瞳を濡らすターンだ。まだ幼いミリアの表情。それにアギド、アズール、リンネに結局託さなければならない運命。
「大人も子供も相手を守りたいという気持ちに変わりはないのよ。私は……『ミリア・アルベェリア』は命を賭して皆の背中を守りますわ」
「み、ミリア……その名は……」
まるで子供を諭す様な穏やかなる表情。そして一方的にヴァイロと同じアルベェリアの姓を名乗るミリア。
「一夫多妻が駄目だなんて聞いた事ございませんわ。それにこの名は私の中だけでひっそりと語らせてくださいませ我が愛しの御主人様」
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