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第3章 傭兵と二人のハイエルフ
第20話 緑の瞳とオレンジの瞳
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シアンの後方にある3階建ての民家。向かいの家の影と繋がっているので、このまま下がっては影から逃れる術がない。
(もっとこの騎士の能力を引き出してから……といきたい処だが、潮時だな)
「───ニイナッ!」
これまで実に冷静な声しか出さなかったシアンが突如己の声を励まし命ずる。
「光の精霊達、混ざって弾けろっ!」
既に逃げたと思われていたニイナが後方の民家の屋根の上から跳び出して叫ぶ。
シアンの頭上に光の玉が数多く集まると、言われるがまま弾けて散る。
「うっ!? め、目がぁぁ! あの連れはエルフなの!?」
シアン側に発生した光のせいで伸びていた筈のレイシャの影が、自らの後方に伸びる。
「ハァァァァァッ!!」
「くっ!」
乾坤一擲といえるシアンの突きが繰り出される。
腕を突き出すのではなく、両手で槍を握り身体ごと鉾先を叩き込む感じだ。
レイシャは防御の為に左手の剣を引き寄せたが、刃でなく握った左手でそれをまともに受けてしまった。鮮血が飛び散る。
「風の精霊達、あの者に自由の翼をっ!」
間髪入れずにニイナは次の精霊術を行使する。風の精霊によって空を飛ぶための術だ。
シアンの身体があっという間に空を舞う。
「ハァッ!」
「ど、どこを狙って?」
駄目押しとばかりに此方も屋根に潜んでいたレイチが4本のナイフを投げ込む。しかしレイシャの方ではなかったので、ミスをしたかに思われた。
カシャンッという音と共にシアンが先程地面に落したナイフに当たり、それが引き金となって弾かれた地面側のナイフの方がレイシャに向かって飛ぶではないか。まるでビリヤードの球だ。
「な、何ぃ!?」
レイシャの両肩に深々と突き刺さったナイフ。この負傷では流石に剣を振るうことは出来なくなった。
ただ真っ直ぐに飛んでくるだけなら対処の仕方もあったのだが、まさか落としたナイフの使い道があろうとは…………。手練れのレイシャにとっても奇想天外なる攻撃。
「修道騎士レイシャとやら。その名、この胸にしかと刻ませて貰おう」
「グッ……逃げるかおのれっ! せめてこっちにもその名を聞かせろぉぉ!」
空を飛びながら相手に取って屈辱にあたる笑みを残そうとするシアンとその一行。レイシャに言われて少し態度を改めた。
「そうだな、お前のその強さに免じて名乗らせて頂こう。我が名はシアン、これより黒い竜の側へ与し、先陣を切って跳び込んでくる者だ」
「シアンだな、決して忘れないっ! 次会う時は、なますに斬り刻んでくれるっ!」
シアンはあえて素性を明かす方に切り替える。今日の争いの種が今後は常に襲ってくることを強調づけた。
傷口を押さえながらレイシャは、自らの奢りを呪う。すぐに仲間を呼べばこんな醜態を晒すことはなかったであろう。
「な、なんとエディウス様にご報告すれば……」
一瞬だんまりを決め込もうかと頭をよぎる。しかし相手は崇拝する神だ。神罰が下る様な行いを、実際にするほどレイシャは愚かではない。
とにかく歯軋りする思いで飛んで逃げる連中を見送った。
◇
再びカノン、ヴァイロとリンネの家。二人はベッドの上で一息ついている。
「全く……これから人が来るって言ったのに……」
「な、何っ! 私が悪いっていうの!? あんなことされたら……そ、その気になっても仕方ないじゃない……」
リンネは腕枕の中、顔を合わせようとしないヴァイロに対し、真横を向いて文句を言う。
まあ確かに彼女の言う事も間違いではないし、これに真っ向から言い返すのは大人のやる事じゃないとヴァイロは感じる。
「そ、そうだな……し、しかしお前がこういうのをもっと求めているとは知らなかったな」
この一言は完全に余計だ。悪いと思うのなら黙って耳を傾けるべきなのだ。これではフォロー処か煽りに等しい。
「ちょ……ちょっとっ! 随分な言い草じゃないかっ!」
完全にリンネを怒らせてしまった。いよいよ大人のやる事じゃないのだが、恋愛には全く子供同然のヴァイロなのだ。
リンネが後先考えずに首筋に喰らいつく様な口づけをする。
「よ、よせっ……落ち着けっ! 悪かったっ!」
「フンッ……」
少し力任せに引き剝がしたが後の祭り。ただシャツを着ただけでは隠せない赤い跡がくっきり残ってしまった。
「と、とにかく日が暮れたら約束の時間だ。良い加減機嫌を直して準備してくれないか?」
「…………」
ヴァイロは狼狽え声で頼み込む。返事はせずにベッドから立ち上がると、衣服をサッサと身につけるリンネ。
そしてすぐに出て行ってしまった。恐らく沐浴をして身なりを整えるつもりであろう。
その様子にヴァイロは取り合えずホッと胸を撫でおろす。そしてまるで吸血鬼にでも噛まれたかの様に痛々しい顔で首元を擦った。
「フゥ……。やれやれ、やっぱり俺は神様の器じゃないな。それにしてもあの夢の内容は知らなくても、俺の心配の種は同じだと思っていたんだけどな」
心の内をそのまま声にするヴァイロ。確かにリンネは彼の子供達の中で一番の年長者であり、周囲からも一目置かれている存在ではある。
なれど他の子供達とヴァイロに対する個人的な愛情───どちらが優先上位になるかといえば……そんなこと彼女はおろか他の子供達ですら充分に判っている感情である。
子供達の未来を案ずる神としての彼の感情。それを今のリンネに求める───こればかりは無茶が過ぎるというものだ。
ギシギシ……縄梯子を登ってくる音がする。リンネにしてはちょっと早過ぎると思い、彼は慌てて乱れた衣服を整える。
「───申し訳ございませんわ。約束の時間より随分早く………」
そう言いながら上がってのは何とミリアであった。彼女は瞬時に、ちょっと異様な雰囲気と首筋の焼印に気づいてしまった。
「あ……よ、ようミリア。いや、全然問題ない」
「あ、あの……その首のアザみたいなものは、どうなさったのでございますか?」
ヴァイロは未だに彼女の気持ちを知らない。ミリアの質問に驚きつつも平静を装う。
「あ……こ、これか? 近頃暑いから虫にでも刺されたらしい。よせばいいのに引っ搔いてこのザマさ」
「そ、そうでございますか……」
(嘘が下手過ぎる……!)
ヴァイロにしてみれば自分に対して恋愛感情もそうだが、ミリアという子供が判る事ではないと思い込んでいる。当のミリアにしてみれば不快極まりない。
けれども最早何も問い詰める気にさえなれないのだ。
そこへリンネが帰ってくれば当然、所謂修羅場と化すのだ。
「あっ……」
「ど、どうもお邪魔しておりますわ……」
リンネと目が合い、さらに気まずい雰囲気になるミリア。一応会釈だけすると後はテーブルの椅子に腰掛けだんまりを決め込んだ。
リンネも押し黙ったまま緑の髪をよく拭いて櫛を幾度も通した。そこまでやることはないと思える程の念の入れ様。
此方もどうやってこの急場を凌ぐか、他にやる事が思いつかなかった。
(もっとこの騎士の能力を引き出してから……といきたい処だが、潮時だな)
「───ニイナッ!」
これまで実に冷静な声しか出さなかったシアンが突如己の声を励まし命ずる。
「光の精霊達、混ざって弾けろっ!」
既に逃げたと思われていたニイナが後方の民家の屋根の上から跳び出して叫ぶ。
シアンの頭上に光の玉が数多く集まると、言われるがまま弾けて散る。
「うっ!? め、目がぁぁ! あの連れはエルフなの!?」
シアン側に発生した光のせいで伸びていた筈のレイシャの影が、自らの後方に伸びる。
「ハァァァァァッ!!」
「くっ!」
乾坤一擲といえるシアンの突きが繰り出される。
腕を突き出すのではなく、両手で槍を握り身体ごと鉾先を叩き込む感じだ。
レイシャは防御の為に左手の剣を引き寄せたが、刃でなく握った左手でそれをまともに受けてしまった。鮮血が飛び散る。
「風の精霊達、あの者に自由の翼をっ!」
間髪入れずにニイナは次の精霊術を行使する。風の精霊によって空を飛ぶための術だ。
シアンの身体があっという間に空を舞う。
「ハァッ!」
「ど、どこを狙って?」
駄目押しとばかりに此方も屋根に潜んでいたレイチが4本のナイフを投げ込む。しかしレイシャの方ではなかったので、ミスをしたかに思われた。
カシャンッという音と共にシアンが先程地面に落したナイフに当たり、それが引き金となって弾かれた地面側のナイフの方がレイシャに向かって飛ぶではないか。まるでビリヤードの球だ。
「な、何ぃ!?」
レイシャの両肩に深々と突き刺さったナイフ。この負傷では流石に剣を振るうことは出来なくなった。
ただ真っ直ぐに飛んでくるだけなら対処の仕方もあったのだが、まさか落としたナイフの使い道があろうとは…………。手練れのレイシャにとっても奇想天外なる攻撃。
「修道騎士レイシャとやら。その名、この胸にしかと刻ませて貰おう」
「グッ……逃げるかおのれっ! せめてこっちにもその名を聞かせろぉぉ!」
空を飛びながら相手に取って屈辱にあたる笑みを残そうとするシアンとその一行。レイシャに言われて少し態度を改めた。
「そうだな、お前のその強さに免じて名乗らせて頂こう。我が名はシアン、これより黒い竜の側へ与し、先陣を切って跳び込んでくる者だ」
「シアンだな、決して忘れないっ! 次会う時は、なますに斬り刻んでくれるっ!」
シアンはあえて素性を明かす方に切り替える。今日の争いの種が今後は常に襲ってくることを強調づけた。
傷口を押さえながらレイシャは、自らの奢りを呪う。すぐに仲間を呼べばこんな醜態を晒すことはなかったであろう。
「な、なんとエディウス様にご報告すれば……」
一瞬だんまりを決め込もうかと頭をよぎる。しかし相手は崇拝する神だ。神罰が下る様な行いを、実際にするほどレイシャは愚かではない。
とにかく歯軋りする思いで飛んで逃げる連中を見送った。
◇
再びカノン、ヴァイロとリンネの家。二人はベッドの上で一息ついている。
「全く……これから人が来るって言ったのに……」
「な、何っ! 私が悪いっていうの!? あんなことされたら……そ、その気になっても仕方ないじゃない……」
リンネは腕枕の中、顔を合わせようとしないヴァイロに対し、真横を向いて文句を言う。
まあ確かに彼女の言う事も間違いではないし、これに真っ向から言い返すのは大人のやる事じゃないとヴァイロは感じる。
「そ、そうだな……し、しかしお前がこういうのをもっと求めているとは知らなかったな」
この一言は完全に余計だ。悪いと思うのなら黙って耳を傾けるべきなのだ。これではフォロー処か煽りに等しい。
「ちょ……ちょっとっ! 随分な言い草じゃないかっ!」
完全にリンネを怒らせてしまった。いよいよ大人のやる事じゃないのだが、恋愛には全く子供同然のヴァイロなのだ。
リンネが後先考えずに首筋に喰らいつく様な口づけをする。
「よ、よせっ……落ち着けっ! 悪かったっ!」
「フンッ……」
少し力任せに引き剝がしたが後の祭り。ただシャツを着ただけでは隠せない赤い跡がくっきり残ってしまった。
「と、とにかく日が暮れたら約束の時間だ。良い加減機嫌を直して準備してくれないか?」
「…………」
ヴァイロは狼狽え声で頼み込む。返事はせずにベッドから立ち上がると、衣服をサッサと身につけるリンネ。
そしてすぐに出て行ってしまった。恐らく沐浴をして身なりを整えるつもりであろう。
その様子にヴァイロは取り合えずホッと胸を撫でおろす。そしてまるで吸血鬼にでも噛まれたかの様に痛々しい顔で首元を擦った。
「フゥ……。やれやれ、やっぱり俺は神様の器じゃないな。それにしてもあの夢の内容は知らなくても、俺の心配の種は同じだと思っていたんだけどな」
心の内をそのまま声にするヴァイロ。確かにリンネは彼の子供達の中で一番の年長者であり、周囲からも一目置かれている存在ではある。
なれど他の子供達とヴァイロに対する個人的な愛情───どちらが優先上位になるかといえば……そんなこと彼女はおろか他の子供達ですら充分に判っている感情である。
子供達の未来を案ずる神としての彼の感情。それを今のリンネに求める───こればかりは無茶が過ぎるというものだ。
ギシギシ……縄梯子を登ってくる音がする。リンネにしてはちょっと早過ぎると思い、彼は慌てて乱れた衣服を整える。
「───申し訳ございませんわ。約束の時間より随分早く………」
そう言いながら上がってのは何とミリアであった。彼女は瞬時に、ちょっと異様な雰囲気と首筋の焼印に気づいてしまった。
「あ……よ、ようミリア。いや、全然問題ない」
「あ、あの……その首のアザみたいなものは、どうなさったのでございますか?」
ヴァイロは未だに彼女の気持ちを知らない。ミリアの質問に驚きつつも平静を装う。
「あ……こ、これか? 近頃暑いから虫にでも刺されたらしい。よせばいいのに引っ搔いてこのザマさ」
「そ、そうでございますか……」
(嘘が下手過ぎる……!)
ヴァイロにしてみれば自分に対して恋愛感情もそうだが、ミリアという子供が判る事ではないと思い込んでいる。当のミリアにしてみれば不快極まりない。
けれども最早何も問い詰める気にさえなれないのだ。
そこへリンネが帰ってくれば当然、所謂修羅場と化すのだ。
「あっ……」
「ど、どうもお邪魔しておりますわ……」
リンネと目が合い、さらに気まずい雰囲気になるミリア。一応会釈だけすると後はテーブルの椅子に腰掛けだんまりを決め込んだ。
リンネも押し黙ったまま緑の髪をよく拭いて櫛を幾度も通した。そこまでやることはないと思える程の念の入れ様。
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