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第3章 傭兵と二人のハイエルフ
第19話 レイシャの刃
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一方、こちらはヴァイロとリンネのツリーハウス。明らかに苛立った顔でヴァイロが親指を噛んでいる。
「ヴァイ、こっちおいで」
見兼ねたリンネが、ベッドの上にしゃがみ込んで誘いをかける。自分の膝を叩いている。
無言でリンネの元へ向かうが、その顔に笑顔はない。しかし言われた通り膝の上に頭を載せた。
「最近さ、新しい音を覚えたんだ。自分で聞く分には良いと思うんだけど、やっぱりアンタで試さなきゃ」
いつもの様に愛しい人の耳に、両手をそっとあてがう。
「こ、これは……何やら液体が左右を流れている?」
「どぅ? 何でもアイスグローブっていうらしいよ。もっとも物を見た訳じゃないんだけどね」
「ああ……いいな。これは実に癒される」
ようやくヴァイロの緊張が解れた事を、膝にかかる重みが増えて知るリンネ。彼女の優しい笑顔は変わらない。
「に、してもお前は不思議な奴だ。ドラゴンの声、そしてこのアイスなんとか? 何故聞いた事がない音すら表現出来る?」
「うーん……それは分からない。私も最初は知ってる音だけを出せるものだと思ってた。あ……でも頭で判ってなくても身体が知ってるのかも」
「ん? ちょっと何を言ってるのか判らないが……」
「遺伝子ってあるじゃない? 詳しくは知らないけど。ひょっとしたら私の血に、昔の自分の記憶が流れているのかも知れないね」
そう言ってからリンネは微笑む。彼女にとって音が出せる理由なんかどうでもいい。
ヴァイロが自分にしか出来ない術で子供の様に癒されている。
そこに理屈は必要ないのだ。
「こ、この間の襲撃以来ずっとそうだけど……今日は特に機嫌が悪そう。一体どうしたのかと思って……」
リンネは勇気を振り絞ってようやく聞きたかったことを語る。心配そうな目と赤らんだ顔が入り混じっている。
横を向くのをやめて見上げたヴァイロは、心配をかけているというのに、この女の顔が愛おしくてたまらないと思った。
急に頭を起こすと相手の胸の中にそれを埋める。
「ちょ、ちょっと何してんのっ?」
「す、すまん……つい……」
「何? もっと甘えたくなった? 仕方がないなあ……」
そう言う割にリンネは、さらに幸せを感じている。ドラゴン絡みの騒動があって以来、求められる事がなかったし、悪いと思って自分からも求めなかった。
優しく幾度も彼の頭を撫でてやる。後は相手の出方を待とうと、頭では判断しているが左胸の鼓動は、幾ら音使いの彼女でも制御出来ない。
「お、俺、引き返せない処までお前達を巻き込んでしまった……。こんな事になるのなら魔法なんか教えるんじゃなかった」
「ヴァイ……」
少し涙声で訴えるヴァイロ。リンネはお前達という言葉に、残念な想いに駆られた自分を嫌悪した。求めているものではなかったからだ。
「今夜、ディオルまで進軍したエディウス軍に送った偵察が報告をくれる事になっている」
「嗚呼、そっか。だから今日は、特に落ち着きがないのか」
「落ち着きがなかった? 俺が?」
「そうっ、見てらんなかった」
リンネの気持ちはお構いなしに、話を続けるヴァイロ。イライラの原因は判ったが、話が進むにつれてもどかしさを感じてしまう。
いっそのこと落ち着かないその気持ちを、自らに素のままぶつけて欲しいと切望している。
(夕刻までは、まだ時間がある……)
「り、リンネ!?」
リンネは胸に抱えたものを、そのままの体勢でシーツの上に押し付けた。
◇
一方シアンとレイシャは睨み合いを続けている。レイシャ的には、下手に先手を打つと相手の間合いだけ届いて一方的に叩かれる。
思い切って詰めるにしてもナイフの初手の動きがある以上、此方が届く前に殺られる可能性が高い。
ではシアンは余裕かと言えば、決してそんな楽観は出来ない。
あの黒い刃の力を明かしたレイシャの言葉が、ハッタリだとは到底思えない。
よって双方出方を待つしか手段がない訳であった。
この状況はシアンが偵察任務を諦めて逃走でもしなければ膠着状態が続くかに思われた。
時刻は午後5時。そろそろ太陽が西に傾くのが顕著になる頃合いだ。
レイシャが突如右手の剣を振り下ろす仕草をみせる。足を動かしていないので届く訳がない。
(むっ!?)
不審を感じたシアンが右腕の肘を曲げて、自分の頭より高い位置に上げると、甲高い音と共に刃を弾く音がした。
彼女の両腕は、上側だけ強固な金属で被ってある。さながら盾の代わりといった所だ。
「へへへッ……何故届いた? そういう顔をしているよ。そう、未だそちらの間合いの筈よね」
レイシャは不意打ちを防がれた事よりも、ようやくシアンが顔色を変えただけで充分に喜んでいる様だ。
さらに逆手の左の剣を真横に振るう。
「なっ!?」
このまま受けては、自分の大腿部辺りの斬られる事をシアンは理解し、やむなく手持ちの槍で対処する。間髪入れずに右の方も襲われる。
これはもう下がって間合いを開くしか手がなかった。
「フフッ……実にいい顔になったな。そうそう、貴様のそういう顔が見たかったよ」
「そ、そうか……これがその黒い刃の力の正体という訳だな」
流石に少し狼狽えた表情のシアン。実に満足気なレイシャだが、相手の能力を早くも察知したという指摘を冷静を入れるのは忘れない。
シアンが少し後ろに下がった事で当然、何れの間合いでもない状況の筈であった。
レイシャが笑ったままの顔で、さらに両手の剣でラッシュを始める。その全てがシアンの懐に何故か届く。
しかしシアンとて既に対処方法は理解している。
冷静沈着に武器で受け流すか、後退しながら善処してゆく。
「つまりはその黒い剣、影が届く所が攻撃範囲という事だ」
「……」
レイシャはノーコメントで攻撃の手は緩めない。これに馬鹿正直で応える程、愚直ではなかった。
尚、これ位の二刀に遅れを取るとシアンは思っていない。回避行動に専念していればどうということもない。
ただ背後の状況が気がかりであった。
「要は日が傾く程に伸びる刃。もっとも本来の刃と影で届いてる分が、同じ破壊力かは分からない」
「ソラソラソラソラッ!」
「では完全に陽が落ちた時、あるいは周囲が完全に影で覆われた時だとどうなるか。まさかただの黒い刃になる訳ではない筈だ」
「……お喋りが多すんぎのよっ!」
やはりレイシャは応じないが、影で伸びる分では足りない距離を補うため、少しづつこちら側に間を詰めている。
影の中に入るとどう作用するのか。影の間合いを失うのか、もしくは何処から襲ってくるかも判別不能な針の巣地獄と化すのか。
応えはなくとも相手の行動がそれを示していた。
「ヴァイ、こっちおいで」
見兼ねたリンネが、ベッドの上にしゃがみ込んで誘いをかける。自分の膝を叩いている。
無言でリンネの元へ向かうが、その顔に笑顔はない。しかし言われた通り膝の上に頭を載せた。
「最近さ、新しい音を覚えたんだ。自分で聞く分には良いと思うんだけど、やっぱりアンタで試さなきゃ」
いつもの様に愛しい人の耳に、両手をそっとあてがう。
「こ、これは……何やら液体が左右を流れている?」
「どぅ? 何でもアイスグローブっていうらしいよ。もっとも物を見た訳じゃないんだけどね」
「ああ……いいな。これは実に癒される」
ようやくヴァイロの緊張が解れた事を、膝にかかる重みが増えて知るリンネ。彼女の優しい笑顔は変わらない。
「に、してもお前は不思議な奴だ。ドラゴンの声、そしてこのアイスなんとか? 何故聞いた事がない音すら表現出来る?」
「うーん……それは分からない。私も最初は知ってる音だけを出せるものだと思ってた。あ……でも頭で判ってなくても身体が知ってるのかも」
「ん? ちょっと何を言ってるのか判らないが……」
「遺伝子ってあるじゃない? 詳しくは知らないけど。ひょっとしたら私の血に、昔の自分の記憶が流れているのかも知れないね」
そう言ってからリンネは微笑む。彼女にとって音が出せる理由なんかどうでもいい。
ヴァイロが自分にしか出来ない術で子供の様に癒されている。
そこに理屈は必要ないのだ。
「こ、この間の襲撃以来ずっとそうだけど……今日は特に機嫌が悪そう。一体どうしたのかと思って……」
リンネは勇気を振り絞ってようやく聞きたかったことを語る。心配そうな目と赤らんだ顔が入り混じっている。
横を向くのをやめて見上げたヴァイロは、心配をかけているというのに、この女の顔が愛おしくてたまらないと思った。
急に頭を起こすと相手の胸の中にそれを埋める。
「ちょ、ちょっと何してんのっ?」
「す、すまん……つい……」
「何? もっと甘えたくなった? 仕方がないなあ……」
そう言う割にリンネは、さらに幸せを感じている。ドラゴン絡みの騒動があって以来、求められる事がなかったし、悪いと思って自分からも求めなかった。
優しく幾度も彼の頭を撫でてやる。後は相手の出方を待とうと、頭では判断しているが左胸の鼓動は、幾ら音使いの彼女でも制御出来ない。
「お、俺、引き返せない処までお前達を巻き込んでしまった……。こんな事になるのなら魔法なんか教えるんじゃなかった」
「ヴァイ……」
少し涙声で訴えるヴァイロ。リンネはお前達という言葉に、残念な想いに駆られた自分を嫌悪した。求めているものではなかったからだ。
「今夜、ディオルまで進軍したエディウス軍に送った偵察が報告をくれる事になっている」
「嗚呼、そっか。だから今日は、特に落ち着きがないのか」
「落ち着きがなかった? 俺が?」
「そうっ、見てらんなかった」
リンネの気持ちはお構いなしに、話を続けるヴァイロ。イライラの原因は判ったが、話が進むにつれてもどかしさを感じてしまう。
いっそのこと落ち着かないその気持ちを、自らに素のままぶつけて欲しいと切望している。
(夕刻までは、まだ時間がある……)
「り、リンネ!?」
リンネは胸に抱えたものを、そのままの体勢でシーツの上に押し付けた。
◇
一方シアンとレイシャは睨み合いを続けている。レイシャ的には、下手に先手を打つと相手の間合いだけ届いて一方的に叩かれる。
思い切って詰めるにしてもナイフの初手の動きがある以上、此方が届く前に殺られる可能性が高い。
ではシアンは余裕かと言えば、決してそんな楽観は出来ない。
あの黒い刃の力を明かしたレイシャの言葉が、ハッタリだとは到底思えない。
よって双方出方を待つしか手段がない訳であった。
この状況はシアンが偵察任務を諦めて逃走でもしなければ膠着状態が続くかに思われた。
時刻は午後5時。そろそろ太陽が西に傾くのが顕著になる頃合いだ。
レイシャが突如右手の剣を振り下ろす仕草をみせる。足を動かしていないので届く訳がない。
(むっ!?)
不審を感じたシアンが右腕の肘を曲げて、自分の頭より高い位置に上げると、甲高い音と共に刃を弾く音がした。
彼女の両腕は、上側だけ強固な金属で被ってある。さながら盾の代わりといった所だ。
「へへへッ……何故届いた? そういう顔をしているよ。そう、未だそちらの間合いの筈よね」
レイシャは不意打ちを防がれた事よりも、ようやくシアンが顔色を変えただけで充分に喜んでいる様だ。
さらに逆手の左の剣を真横に振るう。
「なっ!?」
このまま受けては、自分の大腿部辺りの斬られる事をシアンは理解し、やむなく手持ちの槍で対処する。間髪入れずに右の方も襲われる。
これはもう下がって間合いを開くしか手がなかった。
「フフッ……実にいい顔になったな。そうそう、貴様のそういう顔が見たかったよ」
「そ、そうか……これがその黒い刃の力の正体という訳だな」
流石に少し狼狽えた表情のシアン。実に満足気なレイシャだが、相手の能力を早くも察知したという指摘を冷静を入れるのは忘れない。
シアンが少し後ろに下がった事で当然、何れの間合いでもない状況の筈であった。
レイシャが笑ったままの顔で、さらに両手の剣でラッシュを始める。その全てがシアンの懐に何故か届く。
しかしシアンとて既に対処方法は理解している。
冷静沈着に武器で受け流すか、後退しながら善処してゆく。
「つまりはその黒い剣、影が届く所が攻撃範囲という事だ」
「……」
レイシャはノーコメントで攻撃の手は緩めない。これに馬鹿正直で応える程、愚直ではなかった。
尚、これ位の二刀に遅れを取るとシアンは思っていない。回避行動に専念していればどうということもない。
ただ背後の状況が気がかりであった。
「要は日が傾く程に伸びる刃。もっとも本来の刃と影で届いてる分が、同じ破壊力かは分からない」
「ソラソラソラソラッ!」
「では完全に陽が落ちた時、あるいは周囲が完全に影で覆われた時だとどうなるか。まさかただの黒い刃になる訳ではない筈だ」
「……お喋りが多すんぎのよっ!」
やはりレイシャは応じないが、影で伸びる分では足りない距離を補うため、少しづつこちら側に間を詰めている。
影の中に入るとどう作用するのか。影の間合いを失うのか、もしくは何処から襲ってくるかも判別不能な針の巣地獄と化すのか。
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