神竜戦争 儚き愛の狭間に…心優しき暗黒神の青年と愛する少女達の物語

🗡🐺狼駄(ろうだ)

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第3章 傭兵と二人のハイエルフ

第19話 レイシャの刃

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 一方、こちらはヴァイロとリンネのツリーハウス。明らかに苛立いらだった顔でヴァイロが親指をんでいる。

「ヴァイ、こっちおいで」

 見兼みかねたリンネが、ベッドの上にしゃがみ込んで誘いをかける。自分のひざを叩いている。

 無言でリンネの元へ向かうが、その顔に笑顔はない。しかし言われた通り膝の上に頭を載せた。

「最近さ、新しい音を覚えたんだ。自分で聞く分には良いと思うんだけど、やっぱりアンタで試さなきゃ」

 いつもの様にいとしい人の耳に、両手をそっとあてがう。

「こ、これは……何やら液体が左右を流れている?」

「どぅ? 何でもアイスグローブっていうらしいよ。もっとも物を見た訳じゃないんだけどね」

「ああ……いいな。これは実にいやされる」

 ようやくヴァイロの緊張きんちょうほぐれた事を、膝にかかる重みが増えて知るリンネ。彼女の優しい笑顔は変わらない。

「に、してもお前は不思議な奴だ。ドラゴンの声、そしてこのアイスなんとか? 何故聞いた事がない音すら表現出来る?」

「うーん……それは分からない。私も最初は知ってる音だけを出せるものだと思ってた。あ……でも頭で判ってなくても身体が知ってるのかも」

「ん? ちょっと何を言ってるのか判らないが……」
遺伝子いでんしってあるじゃない? くわしくは知らないけど。ひょっとしたら私の血に、昔の自分の記憶が流れているのかも知れないね」

 そう言ってからリンネは微笑ほほえむ。彼女にとって音が出せる理由なんかどうでもいい。
 ヴァイロが自分にしか出来ないすべで子供の様にいやされている。

 そこに理屈りくつは必要ないのだ。

「こ、この間の襲撃しゅうげき以来ずっとそうだけど……今日は特に機嫌きげんが悪そう。一体どうしたのかと思って……」

 リンネは勇気を振りしぼってようやく聞きたかったことを語る。心配そうな目とあからんだ顔がじっている。

 横を向くのをやめて見上げたヴァイロは、心配をかけているというのに、この女の顔が愛おしくてたまらないと思った。

 急に頭を起こすと相手の胸の中にそれを埋める。

「ちょ、ちょっと何してんのっ?」

「す、すまん……つい……」

なあに? もっと甘えたくなった? 仕方しかたがないなあ……」

 そう言う割にリンネは、さらに幸せを感じている。ドラゴンがらみの騒動そうどうがあって以来、求められる事がなかったし、悪いと思って自分からも求めなかった。

 優しく幾度いくども彼の頭をでてやる。後は相手の出方を待とうと、頭では判断しているが左胸の鼓動こどうは、いくら音使いの彼女でも制御出来ない。

「お、俺、引き返せない処までお前達を巻き込んでしまった……。こんな事になるのなら魔法なんか教えるんじゃなかった」
「ヴァイ……」

 少し涙声でうったえるヴァイロ。リンネはお前達という言葉に、残念な想いにられた自分を嫌悪けんおした。求めているものではなかったからだ。

「今夜、ディオルまで進軍したエディウス軍に送った偵察ていさつが報告をくれる事になっている」

「嗚呼、そっか。だから今日は、特に落ち着きがないのか」
「落ち着きがなかった? 俺が?」

「そうっ、見てらんなかった」

 リンネの気持ちはおかまいなしに、話を続けるヴァイロ。イライラの原因は判ったが、話が進むにつれてもどかしさを感じてしまう。

 いっそのこと落ち着かないその気持ちを、自らにのままぶつけて欲しいと切望している。

夕刻ゆうこくまでは、まだ時間がある……)
「り、リンネ!?」

 リンネは胸にかかえたものを、そのままの体勢でシーツの上に押し付けた。

 ◇

 一方シアンとレイシャはにらみ合いを続けている。レイシャ的には、下手へたに先手を打つと相手の間合いだけ届いて一方的に叩かれる。

 思い切って詰めるにしてもナイフの初手の動きがある以上、此方が届く前にられる可能性が高い。

 ではシアンは余裕かと言えば、決してそんな楽観らっかんは出来ない。
 あの黒い刃の力を明かしたレイシャの言葉が、ハッタリだとは到底とうてい思えない。

 よって双方そうほう出方を待つしか手段がない訳であった。
 この状況はシアンが偵察任務ていさつにんむを諦めて逃走でもしなければ膠着こうちゃく状態が続くかに思われた。

 時刻は午後5時。そろそろ太陽が西にかたむくのが顕著けんちょになる頃合ころあいだ。

 レイシャが突如とつじょ右手の剣を振り下ろす仕草しぐさをみせる。足を動かしていないので届く訳がない。

(むっ!?)

 不審ふしんを感じたシアンが右腕のひじを曲げて、自分の頭より高い位置に上げると、甲高い音と共に刃をはじく音がした。

 彼女の両腕は、上側だけ強固きょうこな金属でおおってある。さながら盾の代わりといった所だ。

「へへへッ……何故届いた? そういう顔をしているよ。そう、未だそちらの間合いの筈よね」

 レイシャは不意打ちを防がれた事よりも、ようやくシアンが顔色を変えただけで充分に喜んでいる様だ。
 さらに逆手の左の剣を真横に振るう。

「なっ!?」

 このまま受けては、自分の大腿部だいたいぶ辺りの斬られる事をシアンは理解し、やむなく手持ちの槍で対処する。間髪かんぱつ入れずに右の方もおそわれる。

 これはもう下がって間合まあいを開くしか手がなかった。

「フフッ……実にいい顔になったな。そうそう、貴様のそういう顔が見たかったよ」
「そ、そうか……これがその黒い刃の力の正体という訳だな」

 流石に少し狼狽うろたえた表情のシアン。実に満足気なレイシャだが、相手の能力を早くも察知さっちしたという指摘してきを冷静を入れるのは忘れない。

 シアンが少し後ろに下がった事で当然、いずれの間合いでもない状況の筈であった。

 レイシャが笑ったままの顔で、さらに両手の剣でラッシュを始める。その全てがシアンのふところに何故か届く。

 しかしシアンとて既に対処方法は理解している。
 冷静沈着れいせいちんちゃくに武器で受け流すか、後退しながら善処ぜんしょしてゆく。

「つまりはその黒い剣、影が届く所が攻撃範囲という事だ」
「……」

 レイシャはノーコメントで攻撃の手はゆるめない。これに馬鹿正直で応える程、愚直ぐちょくではなかった。

 尚、これ位の二刀に遅れを取るとシアンは思っていない。回避行動に専念せんねんしていればどうということもない。

 ただ背後の状況が気がかりであった。

「要は日が傾く程にびる刃。もっとも本来の刃と影で届いてる分が、同じ破壊力かは分からない」
「ソラソラソラソラッ!」

「では完全に陽が落ちた時、あるいは周囲が完全に影でおおわれた時だとどうなるか。まさかただの黒い刃になる訳ではない筈だ」
「……お喋りが多すんぎのよっ!」

 やはりレイシャは応じないが、影で伸びる分では足りない距離を補うため、少しづつこちら側に間を詰めている。

 影の中に入るとどう作用するのか。影の間合いを失うのか、もしくは何処から襲ってくるかも判別不能な針の巣地獄と化すのか。

 応えはなくとも相手の行動がそれを示していた。
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