神竜戦争 儚き愛の狭間に…心優しき暗黒神の青年と愛する少女達の物語

🗡🐺狼駄(ろうだ)

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第3章 傭兵と二人のハイエルフ

第17話 避けては通れない道

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 目の前で上背うわぜいのある魅力みりょくあふれた男が、急に頭を下げてきた。シアンはバツが悪いと感じあわてる。

 刮目かつもくしながら、両手を振りつつ後ずさりする。少々顔に赤みもさしていた。

「ま、待ってくれ。お前程の男が、そうも易々やすやすと頭を下げるものじゃない。言いふらす? そんな事をするなんて思ってなどいない」

「俺の頭なんて雲の様に軽いものさ、いくらでも好きなだけ下げてやる」
「い、いや……話を進めよう。とにかく先ずは、席に戻ってくれ」

 声が上擦うわずり本当に困り果てたといったていのシアン。
 少しカウンターの奥にもぐると、余程の常連じょうれんにしか出さない、とっておきの珈琲豆コーヒーまめを少しだけ引っ張り出す。

「これはおごりだ、飲んでく……ださい。いきなり美術品の話をされて、つい慌ててしまったよ」

 新たにれなおした珈琲と、手作りのクッキーを差し出しつつびる。本当にいさましい声の割に、気のいた女性の行いだ。

「此方こそ色々驚かせてすまない。ノヴァンを創造そうぞうする際に、金を出してくれた貴族きぞくの中で、かなり意地いじの悪いやつがいてさ。そいつから大事にしてる絵をぬすまれたと聞いた」

「………」

「要は犯人探しを依頼いらいされた。報酬ほうしゅうをはずむと言われてな。悪いと知りつつもアギドに調査をさせたんだ」

 シアンは少し昔の記憶きおく辿たどる。随分ずいぶんと落ち着き払った、いかにも能力が高そうな少年を一度だけ紹介されたことを思い出した。

「成程……あのかみの青い男子だな。確かに彼ならお前以上、隠密おんみつけていそうだ」

 最早もはやその少年に出し抜かれたことは、むしろ致し方なしと納得なっとくせざるを得ないシアンである。

 ところでこの場にはいないアギドだが、ヴァイロの今日の来訪理由をまるで知らない態度をよそおっているのだから、いよいよ少年とは言ってられない狡猾こうかつさである。

「しかしだ……何故そもそも私をうたがった?」

「これは流石に失笑しっしょうだな。お前達のぬすみの手際てぎわあざやか過ぎる。それにお前個人は、普段からあやしい殺気さっきを隠せていないぞ。一応忠告ちゅうこくしておく」

 こう言われてはシアンも立つ瀬たつせがない。つい今しがた、秘めたナイフを暴かれたばかりだ。

「これは手痛い。しかし私のそんな一面を暴いたのはお前だけだ。他の客には大変気立ての良い、ただの女で通っていると思いたいものだ」

 カウンターの上で手を組み、あごせて微笑むシアン。
 本当にしつこいが、この仕草しぐさだけでは、大変あいらしいの美女の態度である。

 ヴァイロは遠慮えんりょなく珈琲を頂くと、溜息ためいきをついた。

(この男はこんな困った顔をするのか……知らなかったな)

 普段ふだんは割と出たとこ勝負で、細かい事を気にしない男だと感じていた。4年程の付き合いがある彼女だが、少々意外いがいな一面だった。

 気の毒ではあるが珍しいものが見られた様な、ちょっと得した気分になれた。

「本当にすまない……実は正直な処、少しあせっているんだ」

「いい加減本題に入ってくれるかな?」

 ヴァイロは顔を上げないまま、小さくうなずいた。

「───夢を見た、それもひどい夢だ……」
「夢?」

 そこからはあの例の夢である。夢を見たという話だけならアギドにも話したが、内容は一切語っていない。
 自分の大切な子供達が、白い竜と女神に消されてゆくあの奈落ならく

 シアンはただの夢と馬鹿にすることなく、おだやかな顔で幾度いくど相槌あいづちを打ちながら、真剣に耳をかたむけた。

 そしてしばらく考えてから慎重しんちょうに口を開く。

「つまりはこういう事だな。故郷カノンでこれまで通り迎え撃っていては、いつか悪夢が現実になる。そこでいっその事、これからはって出ると……」

「そう……そうだ。ただ向こうは、恐らく女神にじゅんずる手練てだれが数多くいるのだろう。それはもう喜んで命すらささげるやからが。だから全く以って不本意だが、此方も戦力を増やす必要がある……」

「しかしそうは言っても、これまでの様に育てる様な時間はない。そこで傭兵ようへいシアンの元をおとずれたと……」

 もうヴァイロは下を向いていない。此方の目を真っ直ぐに見つめる無垢むくな瞳。
 だからこそシアンにとっては、まるで刺された様に痛い。

 とにかく退く事なく賢明けんめいな答えを探す。

「カノン、いや……大事な連中を守りたい。それは理解出来る。だがそれだけで此方から討って出るというのは、余りにも正義がなくはないか?」

 負けじと強い視線で、正論を落ち着いて語るシアン。自られた珈琲をすする。
 実は全く落ち着いてなどいないのだが、そこは少しだけ年長者の引出しで、リカバーをはかる。

「ならば正義の話をしよう。昨日白昼堂々はくちゅうどうどうとエディウスは軍をひきいて、ラファンの首都ディオルを神の名において制圧せいあつしたっ!」

 一気にヴァイロの口調が荒々しくなる。立ち上がってこそいないが、今にもシアンに食ってかかる勢いだ。

「な、何て事を……」
「奴は宣言したそうだ。『エディウスの名においてこのアドノスを統一し、平穏へいおんをもたらす』となっ、もうさいは投げられたんだよ……」

 驚くシアンを見てヴァイロは口調を出来るだけ平静に引き戻そうと試みる。
 交渉こうしょうは押し通す処と、冷静のバランスを欠いてはならない事を彼は理解している。

「最早、カノンだけの問題ではなくなったのだ。それに………」
「ん?」

 ヴァイロの顔に少し黒い影が浮かぶ。

「傭兵に限らず、戦をすれば経済けいざいが色々と動く。戦争をしたがっている貴族達。彼等はこの正義にじゅんずる戦いに参画さんかくした者に、潤沢じゅんたく報奨金ほうしょうきんを払うと約束した」

「お、おろかだそれは……お前、性根しょうねから暗黒神にちるつもりか」

「俺だって望んじゃいないっ! だがカノンの連中は皆、疲弊ひへいしきっている。もしこの戦いの勝者がアドノスの実権をにぎれるのだとしたら……カノンの救世主きゅうせいしゅになれるのなら俺は喜んで神を演じる」

 ヴァイロの言葉にシアンは目頭めがしらを押さえ思わず天をあおぐ。神という絶対的な力と、金というけて通れない力。そこに竜まで加わった。

 恐らくこの男自体、自らが踊らされてる自覚はあるのだろう。だけども転がる巨大な岩の様に、この流れを止めるすべは最早なさそうだ。

 彼女は確かに元傭兵であった。これまでにも理不尽りふじんな戦いに幾度いくども関わっている。
 しかもどこの加勢かせいをしても、彼女は大変有能であった。

 ただの一兵卒いっぺいそつでなく、小隊の指揮を任せられる程、評価されていた。

 けれど今の幸せを得るために、これまでの全てを……名前すら捨てた。夫こそ失ったが間にさずかった3歳の男子がいる。

(今度は幸せの方を捨てねばならないのか……いや、必ず戻ってみせる)

 2階で同居人である二人と遊んでいる息子に想いをせる。戦場へ戻る以上、実家のあるエドルへあずけなければならないであろう。

(せめて最初の襲撃しゅうげきさいに相談してくれたなら、秘密裏ひみつりに動いて何とか……いや、これはおごりだな……)

 シアンは諦めの大きな溜息を吐くと、顔つきが別人の様に変わった。

「今夜限りで喫茶『ノイン』はしばらく休業だ。だが私はあくまで傭兵。戦場は仕事場であって命を散らすつもりはない」

 声色が変わった訳ではない。さりとて喫茶店の店主とは、まるで別人の声に聞こえた。これが傭兵シアンの矜持きょうじである。
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