15 / 27
第2章 ノヴァン
第13話 賢士ルオラ
しおりを挟む
上空から様子を見ていたヴァイロから焦りの混じった声がかかる。
「大丈夫かっ、ミリアは!」
それに大してアギドとアズールが拳を上げて返答に変える。
ミリアがとても申し訳なさそうな顔をする。
その様子にヴァイロは胸を撫で下ろすと、白い連中を怒りに満ちた表情で睨む。
まるで磔にした罪人を杭で、その場に打ち付けるが如く鋭い視線だ。
「に、してもルオラ。如何にお前が普段から心之鎖が解けている特異体質とはいえ、いきなりあの様なか弱き存在の魂を握り潰そうとするとは」
エディウスはそんな視線を意に返さず、ルオラに話しかける。
「あら戦之女神ともあろうお方が、可愛い女の子にまさかの情け? やだ、妬けちゃう。ほら…あの子可愛いから、それほど心の罪を背負ってないかと思ったの」
「な、何と適当な……。い、いやそれ以前に馬鹿なことを言うなっ!」
ルオラも同様に気に止めずに、エディウスへ軽口を叩く。ムキになってエディウスは、さらに返した。
魂之束縛とは本来、術者の心之鎖を解き、その心の鎖を相手に巻き付ける『拘束之鎖』を使った上で、相手の魂を縛り上げる術だ。
なれど心之鎖を解く必要がないルオラは、そもそも拘束之鎖が不要。すなわち投げる鎖を持ち得ない。
彼女の魂之束縛とは、術をかけられた者の罪の重さによって魂を縛る鎖が形成される。
要は罪深き者ほど、きつく縛りあげるという事だ。
ルオラは美しい大人の女だが、シレッと虫でも潰すかの様な気軽さで、ミリアを殺そうとした事が窺い知れる。
「お前達、今日相手をしたいのはこの俺と『ノヴァン』の筈だっ!」
「……?」
「の、ノヴァン?」
どうやら呼ばれたらしい黒き竜と、騎乗済のリンネの顔に疑問符が浮かぶ。
「ああ、今決めた。お前の名前はノヴァンだ」
「おっ、おぅ……」
そのまま怒りに任せて突っ走れば格好がつきそうなものだが、いきなり命名なんぞするものだから、何やら妙にしまらない。
リンネはヴァイロの天然ぶりを良く把握してるので、竜が戸惑いながら返すやり取りに思わず吹き出した。
「なんだ? 貴様は乗らないのか?」
「俺は自分の力で跳べるから不要だ。それよりも乗せている俺の姫を頼む」
「フンッ……」
ヴァイロはいつの間やら重力開放を唱えて空を飛びながら紅色の蜃気楼を握っている。
この大剣、一体何処から持ってきたのやらと思えたが、冷静に考えてみれば紅色の蜃気楼という位だから、実は見えなかっただけで初めから手にしていたのかも知れない。
「ラァァァァァァッ!!」
突然リンネが全く解せない大声を出す。しかもこの声、味方の耳には全く届いていない。しかしエディウスとルオラは耳を塞いで、酷く辛そうな顔をしている。
「こ、これは高周波!?」
「しかもこれだけの声なのに相手を選んで浴びせるというの!?」
耳は塞いだが既に手遅れ。エディウスは酷い吐き気を覚え、ルオラは頭痛とめまいを感じていた。
「こ、この小娘めっ! デエオ・ラーマ、戦之女神よ、我が言の葉を捧ぐ! 斬り裂けっ! 『言之刃』!」
ルオラは苦しみながらも、以前エディウスも使った言葉の刃の術をリンネに向ける。旋風と刃に変わる木の葉が舞う。
リンネは他の面子と異なり、ごくありふれた白いワンピースを着ているだけだ。防御力など皆無だと思われた。
「『音の波』」
リンネがそう告げると彼女の上から、水の雫が落ちた様な音がした。そして周囲の空気が波紋上に広がりを見せる。
言之刃の木の葉は、この波紋の前に無力であった。全て波に流され届く事はなかった。
「クッ! やってくれるっ!」
(ほぅ……)
ルオラは明らかに不愉快な顔をしたが、エディウスの方は、口を押さえて吐き気と戦いつつも、リンネの特殊能力の方が余程気になったらしい。
そしてさらに二人を受難が襲う。目前にはノヴァン、背後からはレッド・ミラージュを振りかざしてヴァイロが来る。挟撃の形だ。
ノヴァンはドラゴンらしく、炎の息を吐く。赤い蜃気楼の方は、持ち主ごと赤い霧の中に霧散する。
「る、ルオラっ!」
「デエオ・ラーマ、戦之女神よ、我が言之刃の風を心に吹き荒れる嵐に変えよっ! 『心之嵐』!」
リンネの周囲にあった旋風が勢いを増し、嵐に変化する。リンネを襲撃するためではない。ノヴァンの炎の息の前に嵐を巻き起こし、炎を散らす。
エディウスはノヴァンの炎を見て、瞬時にこれは自分の竜、シグノのブレスでは防げない事を悟り、ルオラに対処を託したのだ。
さらにルオラ自身、先程リンネを襲った言之刃《フォグラマ》とは実の処、この様な状況を想定した布石であった。
心之嵐は、言之刃の起こす旋風を元に強力な嵐を発生させる術。
リンネを襲った方がむしろついでという訳である。
(この息、全く本気ではないな……)
シグノの炎に比べればこれでも充分に地獄の業火と言えるのだが、相手の竜がまるで本気を出していないことをエディウスは把握した。
「ギャアアアアアッ!」
これはノヴァンの雄叫びではない。リンネの方だ。またも尋常ならざる叫び声で、相手の聴覚の撹乱を狙う。
(フッ…またこの間に他の者が詠唱をするのであろう?)
「暗黒神に使えし竜共よ、その爪を我が剣に宿せ『アティジルド』!」
赤い霧の中から詠唱の声がする。しかし実際の所、エディウスとルオラには聴こえてはいない。
「舐めるのも大概にするんだなっ! 剣捌きで我が遅れを取るものかっ!」
「クッソ、まさか剣と魔法の同時攻撃を。しかも狙いは後ろの女にしたってのに!」
「最後の出処さえ反応出来れば、どうという事もないわっ!」
ヴァイロの魔法アティジルドは、剣の太刀筋を巨大な真空の刃の様に変化させて打ち出す術。
彼の場合、赤い霧をその刃に変化させ飛ばすと同時に、その背後に隠れて実体化させたレッド・ミラージュも叩き込むという二段構え。
しかも本命であるエディウスを襲ったら、向こうがたまたま剣や盾をかざしてきたら、防がれてしまうので、あえて取り巻きのルオラを標的にした。
なれどエディウスは自らの背後という、一番守りづらい場所だというのに音速で反応して、ルオラの目前で斬り結んでみせたのだ。
「デエオ・ラーマ、戦之女神の名において、自らの心に潜む不安の痛みに苦しむがいいっ! 『心之激痛』!」
「ウッ! ウグッ!?」
未だ相手を舐めていたルオラの表情が、怒りで目も口も吊り上がる。ヴァイロが心臓の辺りを押さえて苦しみ始める。
「おのれ……よくもこの私を守らせるために、愛するエディーを動かしたな……。貴様、楽には殺さんぞ。自らの心の不安にジワジワと苦しんでから逝くのだな」
口調すら完全に変わり、まるで男の様な怒りを告げるルオラであった。
「大丈夫かっ、ミリアは!」
それに大してアギドとアズールが拳を上げて返答に変える。
ミリアがとても申し訳なさそうな顔をする。
その様子にヴァイロは胸を撫で下ろすと、白い連中を怒りに満ちた表情で睨む。
まるで磔にした罪人を杭で、その場に打ち付けるが如く鋭い視線だ。
「に、してもルオラ。如何にお前が普段から心之鎖が解けている特異体質とはいえ、いきなりあの様なか弱き存在の魂を握り潰そうとするとは」
エディウスはそんな視線を意に返さず、ルオラに話しかける。
「あら戦之女神ともあろうお方が、可愛い女の子にまさかの情け? やだ、妬けちゃう。ほら…あの子可愛いから、それほど心の罪を背負ってないかと思ったの」
「な、何と適当な……。い、いやそれ以前に馬鹿なことを言うなっ!」
ルオラも同様に気に止めずに、エディウスへ軽口を叩く。ムキになってエディウスは、さらに返した。
魂之束縛とは本来、術者の心之鎖を解き、その心の鎖を相手に巻き付ける『拘束之鎖』を使った上で、相手の魂を縛り上げる術だ。
なれど心之鎖を解く必要がないルオラは、そもそも拘束之鎖が不要。すなわち投げる鎖を持ち得ない。
彼女の魂之束縛とは、術をかけられた者の罪の重さによって魂を縛る鎖が形成される。
要は罪深き者ほど、きつく縛りあげるという事だ。
ルオラは美しい大人の女だが、シレッと虫でも潰すかの様な気軽さで、ミリアを殺そうとした事が窺い知れる。
「お前達、今日相手をしたいのはこの俺と『ノヴァン』の筈だっ!」
「……?」
「の、ノヴァン?」
どうやら呼ばれたらしい黒き竜と、騎乗済のリンネの顔に疑問符が浮かぶ。
「ああ、今決めた。お前の名前はノヴァンだ」
「おっ、おぅ……」
そのまま怒りに任せて突っ走れば格好がつきそうなものだが、いきなり命名なんぞするものだから、何やら妙にしまらない。
リンネはヴァイロの天然ぶりを良く把握してるので、竜が戸惑いながら返すやり取りに思わず吹き出した。
「なんだ? 貴様は乗らないのか?」
「俺は自分の力で跳べるから不要だ。それよりも乗せている俺の姫を頼む」
「フンッ……」
ヴァイロはいつの間やら重力開放を唱えて空を飛びながら紅色の蜃気楼を握っている。
この大剣、一体何処から持ってきたのやらと思えたが、冷静に考えてみれば紅色の蜃気楼という位だから、実は見えなかっただけで初めから手にしていたのかも知れない。
「ラァァァァァァッ!!」
突然リンネが全く解せない大声を出す。しかもこの声、味方の耳には全く届いていない。しかしエディウスとルオラは耳を塞いで、酷く辛そうな顔をしている。
「こ、これは高周波!?」
「しかもこれだけの声なのに相手を選んで浴びせるというの!?」
耳は塞いだが既に手遅れ。エディウスは酷い吐き気を覚え、ルオラは頭痛とめまいを感じていた。
「こ、この小娘めっ! デエオ・ラーマ、戦之女神よ、我が言の葉を捧ぐ! 斬り裂けっ! 『言之刃』!」
ルオラは苦しみながらも、以前エディウスも使った言葉の刃の術をリンネに向ける。旋風と刃に変わる木の葉が舞う。
リンネは他の面子と異なり、ごくありふれた白いワンピースを着ているだけだ。防御力など皆無だと思われた。
「『音の波』」
リンネがそう告げると彼女の上から、水の雫が落ちた様な音がした。そして周囲の空気が波紋上に広がりを見せる。
言之刃の木の葉は、この波紋の前に無力であった。全て波に流され届く事はなかった。
「クッ! やってくれるっ!」
(ほぅ……)
ルオラは明らかに不愉快な顔をしたが、エディウスの方は、口を押さえて吐き気と戦いつつも、リンネの特殊能力の方が余程気になったらしい。
そしてさらに二人を受難が襲う。目前にはノヴァン、背後からはレッド・ミラージュを振りかざしてヴァイロが来る。挟撃の形だ。
ノヴァンはドラゴンらしく、炎の息を吐く。赤い蜃気楼の方は、持ち主ごと赤い霧の中に霧散する。
「る、ルオラっ!」
「デエオ・ラーマ、戦之女神よ、我が言之刃の風を心に吹き荒れる嵐に変えよっ! 『心之嵐』!」
リンネの周囲にあった旋風が勢いを増し、嵐に変化する。リンネを襲撃するためではない。ノヴァンの炎の息の前に嵐を巻き起こし、炎を散らす。
エディウスはノヴァンの炎を見て、瞬時にこれは自分の竜、シグノのブレスでは防げない事を悟り、ルオラに対処を託したのだ。
さらにルオラ自身、先程リンネを襲った言之刃《フォグラマ》とは実の処、この様な状況を想定した布石であった。
心之嵐は、言之刃の起こす旋風を元に強力な嵐を発生させる術。
リンネを襲った方がむしろついでという訳である。
(この息、全く本気ではないな……)
シグノの炎に比べればこれでも充分に地獄の業火と言えるのだが、相手の竜がまるで本気を出していないことをエディウスは把握した。
「ギャアアアアアッ!」
これはノヴァンの雄叫びではない。リンネの方だ。またも尋常ならざる叫び声で、相手の聴覚の撹乱を狙う。
(フッ…またこの間に他の者が詠唱をするのであろう?)
「暗黒神に使えし竜共よ、その爪を我が剣に宿せ『アティジルド』!」
赤い霧の中から詠唱の声がする。しかし実際の所、エディウスとルオラには聴こえてはいない。
「舐めるのも大概にするんだなっ! 剣捌きで我が遅れを取るものかっ!」
「クッソ、まさか剣と魔法の同時攻撃を。しかも狙いは後ろの女にしたってのに!」
「最後の出処さえ反応出来れば、どうという事もないわっ!」
ヴァイロの魔法アティジルドは、剣の太刀筋を巨大な真空の刃の様に変化させて打ち出す術。
彼の場合、赤い霧をその刃に変化させ飛ばすと同時に、その背後に隠れて実体化させたレッド・ミラージュも叩き込むという二段構え。
しかも本命であるエディウスを襲ったら、向こうがたまたま剣や盾をかざしてきたら、防がれてしまうので、あえて取り巻きのルオラを標的にした。
なれどエディウスは自らの背後という、一番守りづらい場所だというのに音速で反応して、ルオラの目前で斬り結んでみせたのだ。
「デエオ・ラーマ、戦之女神の名において、自らの心に潜む不安の痛みに苦しむがいいっ! 『心之激痛』!」
「ウッ! ウグッ!?」
未だ相手を舐めていたルオラの表情が、怒りで目も口も吊り上がる。ヴァイロが心臓の辺りを押さえて苦しみ始める。
「おのれ……よくもこの私を守らせるために、愛するエディーを動かしたな……。貴様、楽には殺さんぞ。自らの心の不安にジワジワと苦しんでから逝くのだな」
口調すら完全に変わり、まるで男の様な怒りを告げるルオラであった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
シチュボ(女性向け)
身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。
アドリブ、改変、なんでもOKです。
他人を害することだけはお止め下さい。
使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。
Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる