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第1章 悪夢
第8話 知らない互い
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朝日が昇る。昨晩の小競り合い、神と呼ばれる人間のやる事なぞ構わず、日常は流れ続ける。
「ヴァイ、昨夜の奴。お前何か知ってるのか?」
「アギド、眠れなかったのか?」
「嗚呼……あんなモノと対峙したんだ。寝てなどいられるものか」
窓際で朝日を眺める師匠に声をかけるアギドの顔は、まだ夜明けを迎えていない様に暗い。
彼は他の弟子達と違って戦いを経験している。ギルドに行って賞金のかかったモンスターを確認し、倒してくる事を生業としているのだ。
ただ人間を相手にしたのは初めてであった訳だが、それにしたって昨夜は勝手が違い過ぎた。
「いや…大して知らない。ただ、夢で同じ様なのを見ただけだ」
「夢、予知夢という奴か」
「そんな偉そうなもんじゃないよ」
ヴァイロは目を決して合わせる事なく応える。さらに夢の結果をはぐらかした。
「何にせよだ、あの様な者がいる以上、我等…いや、少なくとも俺にはアンタの知ってる力、全てを渡して欲しいものだ」
「………っ!」
聡明なアギドには判っていた。ヴァイロが暗黒神としての力を自分達に全て引き継いでいない事を。
ヴァイロにしてみれば、これ以上自らの術を授けて弟子達を危険に晒したくはない。
なれど昨夜の戦闘でそうも言ってられないと認めざるを得ないと感じた。
「でなければお前の愛する者を失うぞ」
アギドの指す先にはベッドで眠るリンネと、ベッドの縁を背もたれ代わりにしているアズールの姿があった。
そして壁の外、帰ってしまったミリアも勿論指している。
ただ自己犠牲と責任感が人一倍強い彼は、自分もヴァイロが守りたい愛する者の勘定に入っている事を判っていない。
「判っている……だが、少し考えさせてくれ」
「そうか……ま、不器用な俺は、ヴァイのやる事を信じるだけだ」
頭を痛そうに抱えてしまった師に対して、まだ15の少年は穏やかな顔つきになった。
(そう……アギドの言う通りだ。しかしあの夢の再現に近づくだけではないのか?)
これ以上弟子達を強くする事。それは即ち戦場に担ぎ出すという事に他ならない。
(それに俺は未だにあの竜を呼び出す術が判らない。あの紙にあった記述……あれ位の錬成術なら俺も考えていた)
ヴァイロとて竜を用意しようと思い立って直ぐに、同じ様な錬成術を頭の中で描いていた。
しかしそれでは所詮、竜に似た何かしか出来ないと認識している。ヴァイロにとってはあのシグノというドラゴンですら、求めている絶対的存在ではない。
(俺はアレを超えるモノを生み出さねば話にならんっ!)
これがヴァイロの考える第一条件なのだ。だが満たす為の仕様が構築出来ずにいる。
「奴が言ってた見えざる力……アテはあるのか?」
「いや、あまりにも適当過ぎる。見えない力なんてそこら中にあるからな」
アギドはヴァイロが竜に拘っている事を悟った上で確認を投げる。ただ解答が想像を下回る陳腐なものだった事に正直驚く。
見えざる力……確かにそれはどうとでも取れる言葉だが、昨夜の戦闘においてその力を発揮したのは間違いなくリンネだ。
いる筈のない竜の息に、雷鳴を再現した彼女が一番しっくりくる。
もっともそれが竜の錬成にどう繋がるのかは定かでない。
(判った上での解答なのか? リンネを巻き込みたくないとか……)
「ちょっと外を歩いてくる。もしかしたら昨夜の痕跡とか見つかるかも知れない」
アギドはあえてそれ以上言及せずに、ツリーハウスを後にした。昨夜どうこうというのは有り合わせの言葉に過ぎない。
自分がいるとやりたい事も出来なくなっているんじゃないかと思ったからだ。
しかし実の処、本当に今のヴァイロには、見えざる力のアテがなかった。ただ偶然にもリンネの寝顔を覗き込みに近寄る。
昨晩、先にあった出来事がどうしても頭をよぎって離れない。
(暗黒神? 戦之女神? 実にくだらない。俺にとっては最早此奴だけが唯一の女神だ……。どんな代償を払おうとも守りたい)
「うっ、うぅ……」
そう思った矢先、彼の女神はゆっくりと目を開いた。此方をじっくりと見ているヴァイロと視線が交差し、次第にピントが合い始める。
「………っ? お、おはよっ……」
「ああ、おはよう。少しは眠れた様だな」
起きた途端、ヴァイロが真剣な眼差しで此方を見ていた事に気付いたものだから、少し慌てつつ取り合えず挨拶というベタな手段で誤魔化した。
そして昨夜自分を捧げた甘くも恥ずかしい思い出と、その後の熾烈なやり取りを思い出す。
「ご、ごめん……」
「………何故謝る?」
「昨日の戦いで分かった。やっぱり暗黒神は皆の力なんだって……。独り占めしていいものじゃなかった」
そう言うとリンネは身体ごと横によじって、視線を外した。
「おぃ、それはショックだなあ……」
「だ、だってぇ……」
「今だって、”此奴は俺の女神”だって思っていた所さ。俺だって女を求めるただの男に過ぎない。それに一夜限りで満足出来る程、出来た人間でもないぞ」
愛する女神の背中にヴァイロは容赦なく言葉を浴びせる。眉が少しだけ上がっている。
「……ホントっ?」
「嘘が言えるほど器用じゃないって知ってるだろうが」
(嘘……嘘というか隠している事ならある。あの夢だ。しかしあれは例外…いや、必ずただの悪夢にしてみせるさ)
背を向けたリンネを弄りつつ、ヴァイロはそんな事も思っていた。
「ごめん……違う、あ、ありがと……痛っ!」
リンネはそう呟くと身体を起こそうとしたが、何処かに痛みが走ったらしく少し顔を歪ませた。
「まだ夜が明けたばかりだ。目を閉じるだけでも良いからもう暫く休みな」
リンネの事をそう促すと、薄手の毛布をそっとかけてやる。これまでもヴァイロという男は、子供っぽい割に底なしの優しさがあった。
なれど今はその優しさだけでリンネの胸が一杯になる。休めと言われているのに動悸が高鳴ってしまう。
今の自分を包んでいるのは、ただの毛布だというのに、ヴァイロを肌で感じてしまう気さえした。
◇
「何だお前、まだ帰ってなかったのか?」
外に出たアギドは森の影に潜んでいたミリアを見つけた。まるで捨てられた子犬の様に地べたにしゃがみ込んでいる。
「そんな所で寝たら…き、綺麗な肌が虫に刺されるぞ」
「綺麗な肌ですか……貴方はそんな世辞も使えるのですね」
「お、お世辞ではないっ……」
何故か互いの声が上擦っている理由に、互いが理解出来ないでいた。
「とっ、とにかく今はあそこにだけは行きたくなかったのです。そ、そういう貴方は何故出てきたのですか?」
「に、似た様なものだ。今だけはあの場所でぐっすり寝ているアズの神経が欲しい処だ」
「ウフフッ……珍しいですね。貴方と気が合うなんて」
「ハハッ……確かにな。……ど、どうだ? たまには一緒に朝の散歩でも」
ミリアとアギドは互いの気分を知って笑い合う。そしてアギドは一度自分の手をバンダナで拭いてから、ミリアに向かって差し出した。
「……それも良いかも知れませんね。しっかりエスコートして下さいませ」
ミリアは微笑みながらその手を取る。次にアギドは彼女の背にもう片方の手を添えて起こすのを手伝った。
その意外な程の優しさに、彼女は少し救われた思いがした。
「ヴァイ、昨夜の奴。お前何か知ってるのか?」
「アギド、眠れなかったのか?」
「嗚呼……あんなモノと対峙したんだ。寝てなどいられるものか」
窓際で朝日を眺める師匠に声をかけるアギドの顔は、まだ夜明けを迎えていない様に暗い。
彼は他の弟子達と違って戦いを経験している。ギルドに行って賞金のかかったモンスターを確認し、倒してくる事を生業としているのだ。
ただ人間を相手にしたのは初めてであった訳だが、それにしたって昨夜は勝手が違い過ぎた。
「いや…大して知らない。ただ、夢で同じ様なのを見ただけだ」
「夢、予知夢という奴か」
「そんな偉そうなもんじゃないよ」
ヴァイロは目を決して合わせる事なく応える。さらに夢の結果をはぐらかした。
「何にせよだ、あの様な者がいる以上、我等…いや、少なくとも俺にはアンタの知ってる力、全てを渡して欲しいものだ」
「………っ!」
聡明なアギドには判っていた。ヴァイロが暗黒神としての力を自分達に全て引き継いでいない事を。
ヴァイロにしてみれば、これ以上自らの術を授けて弟子達を危険に晒したくはない。
なれど昨夜の戦闘でそうも言ってられないと認めざるを得ないと感じた。
「でなければお前の愛する者を失うぞ」
アギドの指す先にはベッドで眠るリンネと、ベッドの縁を背もたれ代わりにしているアズールの姿があった。
そして壁の外、帰ってしまったミリアも勿論指している。
ただ自己犠牲と責任感が人一倍強い彼は、自分もヴァイロが守りたい愛する者の勘定に入っている事を判っていない。
「判っている……だが、少し考えさせてくれ」
「そうか……ま、不器用な俺は、ヴァイのやる事を信じるだけだ」
頭を痛そうに抱えてしまった師に対して、まだ15の少年は穏やかな顔つきになった。
(そう……アギドの言う通りだ。しかしあの夢の再現に近づくだけではないのか?)
これ以上弟子達を強くする事。それは即ち戦場に担ぎ出すという事に他ならない。
(それに俺は未だにあの竜を呼び出す術が判らない。あの紙にあった記述……あれ位の錬成術なら俺も考えていた)
ヴァイロとて竜を用意しようと思い立って直ぐに、同じ様な錬成術を頭の中で描いていた。
しかしそれでは所詮、竜に似た何かしか出来ないと認識している。ヴァイロにとってはあのシグノというドラゴンですら、求めている絶対的存在ではない。
(俺はアレを超えるモノを生み出さねば話にならんっ!)
これがヴァイロの考える第一条件なのだ。だが満たす為の仕様が構築出来ずにいる。
「奴が言ってた見えざる力……アテはあるのか?」
「いや、あまりにも適当過ぎる。見えない力なんてそこら中にあるからな」
アギドはヴァイロが竜に拘っている事を悟った上で確認を投げる。ただ解答が想像を下回る陳腐なものだった事に正直驚く。
見えざる力……確かにそれはどうとでも取れる言葉だが、昨夜の戦闘においてその力を発揮したのは間違いなくリンネだ。
いる筈のない竜の息に、雷鳴を再現した彼女が一番しっくりくる。
もっともそれが竜の錬成にどう繋がるのかは定かでない。
(判った上での解答なのか? リンネを巻き込みたくないとか……)
「ちょっと外を歩いてくる。もしかしたら昨夜の痕跡とか見つかるかも知れない」
アギドはあえてそれ以上言及せずに、ツリーハウスを後にした。昨夜どうこうというのは有り合わせの言葉に過ぎない。
自分がいるとやりたい事も出来なくなっているんじゃないかと思ったからだ。
しかし実の処、本当に今のヴァイロには、見えざる力のアテがなかった。ただ偶然にもリンネの寝顔を覗き込みに近寄る。
昨晩、先にあった出来事がどうしても頭をよぎって離れない。
(暗黒神? 戦之女神? 実にくだらない。俺にとっては最早此奴だけが唯一の女神だ……。どんな代償を払おうとも守りたい)
「うっ、うぅ……」
そう思った矢先、彼の女神はゆっくりと目を開いた。此方をじっくりと見ているヴァイロと視線が交差し、次第にピントが合い始める。
「………っ? お、おはよっ……」
「ああ、おはよう。少しは眠れた様だな」
起きた途端、ヴァイロが真剣な眼差しで此方を見ていた事に気付いたものだから、少し慌てつつ取り合えず挨拶というベタな手段で誤魔化した。
そして昨夜自分を捧げた甘くも恥ずかしい思い出と、その後の熾烈なやり取りを思い出す。
「ご、ごめん……」
「………何故謝る?」
「昨日の戦いで分かった。やっぱり暗黒神は皆の力なんだって……。独り占めしていいものじゃなかった」
そう言うとリンネは身体ごと横によじって、視線を外した。
「おぃ、それはショックだなあ……」
「だ、だってぇ……」
「今だって、”此奴は俺の女神”だって思っていた所さ。俺だって女を求めるただの男に過ぎない。それに一夜限りで満足出来る程、出来た人間でもないぞ」
愛する女神の背中にヴァイロは容赦なく言葉を浴びせる。眉が少しだけ上がっている。
「……ホントっ?」
「嘘が言えるほど器用じゃないって知ってるだろうが」
(嘘……嘘というか隠している事ならある。あの夢だ。しかしあれは例外…いや、必ずただの悪夢にしてみせるさ)
背を向けたリンネを弄りつつ、ヴァイロはそんな事も思っていた。
「ごめん……違う、あ、ありがと……痛っ!」
リンネはそう呟くと身体を起こそうとしたが、何処かに痛みが走ったらしく少し顔を歪ませた。
「まだ夜が明けたばかりだ。目を閉じるだけでも良いからもう暫く休みな」
リンネの事をそう促すと、薄手の毛布をそっとかけてやる。これまでもヴァイロという男は、子供っぽい割に底なしの優しさがあった。
なれど今はその優しさだけでリンネの胸が一杯になる。休めと言われているのに動悸が高鳴ってしまう。
今の自分を包んでいるのは、ただの毛布だというのに、ヴァイロを肌で感じてしまう気さえした。
◇
「何だお前、まだ帰ってなかったのか?」
外に出たアギドは森の影に潜んでいたミリアを見つけた。まるで捨てられた子犬の様に地べたにしゃがみ込んでいる。
「そんな所で寝たら…き、綺麗な肌が虫に刺されるぞ」
「綺麗な肌ですか……貴方はそんな世辞も使えるのですね」
「お、お世辞ではないっ……」
何故か互いの声が上擦っている理由に、互いが理解出来ないでいた。
「とっ、とにかく今はあそこにだけは行きたくなかったのです。そ、そういう貴方は何故出てきたのですか?」
「に、似た様なものだ。今だけはあの場所でぐっすり寝ているアズの神経が欲しい処だ」
「ウフフッ……珍しいですね。貴方と気が合うなんて」
「ハハッ……確かにな。……ど、どうだ? たまには一緒に朝の散歩でも」
ミリアとアギドは互いの気分を知って笑い合う。そしてアギドは一度自分の手をバンダナで拭いてから、ミリアに向かって差し出した。
「……それも良いかも知れませんね。しっかりエスコートして下さいませ」
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