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第1章 悪夢
第3話 男を受容れる器
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陽の暮れる少し前。いわゆる黄昏時という時間帯にリンネが水浴びから戻ってきた。
ヴァイロは家中の古文書やらを引っ張り出し、ブツブツ何かを言っている。
読み終わったのかどうかも定かでない、開きっぱなしの本が、床の至る所に散らばっていた。
「た……ただいま……」
「…………」
「た・だ・い・まっ!」
「ああ、おかえり」
小声で帰宅を告げたリンネであったが、ヴァイロの返答がないので声を張って言い直すと、頓着せずに如何にも取り合えずな返事が返ってきた。
「全く……まだ竜の事を調べてるの?」
「そ、とにかく森の女神で竜に関わる伝承を探してんだけどさ。これというのが見つからん……」
ベッドに寝転がりながら調べ物とは、とても身が入っている様子ではないのだが、彼はこれが通常運転。
リンネはその姿に最早呆れる事すら諦め、彼の代わりに本を勝手に片付けてゆく。
ちなみに森の女神とは、ヴァイロが暗黒神としての魔法を構築するに辺り、参考にした神の事だ。
「俺は皆を……いや、そりゃあ言い過ぎだ。せめてお前達だけでも絶対に守れる圧倒的な力が欲しいんだ」
「ふーん……でもさ、貴方が本気で魔力を振るえば、カノンですら守れるんじゃなくて?」
仰向けで読んでいた本を顔の上に載せ、頭の後ろで手を組んで枕にするヴァイロ。どうやらその本にもお目当ての記事はなかったらしい。
「それじゃあ駄目だ……」
「どうして?」
「確かに皆を守りたい。けれど戦いたくはないんだ」
「………何よそれ? 意味が分からないわ」
リンネには彼の言いたい事がまるで理解出来ない。それに彼女にしてみれば、そんな事より気づいて欲しい現実がある。
「戦ったら皆が傷つくだろ。俺は……俺自身は何なら恐怖の対象ですら構わない……」
「ハァ……成程ね。要は暗黒神ヴァイロ様と黒いドラゴンの組合せがいれば、戦いを挑む相手すらいなくなるという訳ですか」
リンネの喋り方があからさまにおかしい。女言葉に敬語、実に彼女らしくない。さらに本人的には普段より艶のある声を出しているつもりなのだ。
なんであのミリアみたいなことを自分はしているのだろう。丁寧に、そして如何にも女性らしく喋るのは、普段のあの子だ。正直息が詰まりそうだと感じる。
しかしそれに気づいて欲しい当人は、全く違う事に頭を囚われている。昨夜見た悪夢。
暗黒神と黒いドラゴン、その完全無欠が揃っていたのに戦いは起こり、一番守りたかった連中が虫ケラの様に蹂躙されていた。
予知夢が見られる程、自分が万能だとは思っていない。なれどあんなものを見せられては流石に何かせずにはいられない。
そして弟子のアズールが描いてきた黒い竜。にわかに信じ難いピースを持ってきたと感じた。
傍目には玩具を貰った男の子の様なはしゃぎよう……裏腹にはそんな考えもあったのだ。
そんなヴァイロの上に突然、リンネは覆いかぶさると、頭の上の本を払いのけた。
細いヴァイロの目が大きく開かれる。両腕を伸ばして彼のマウントを取っているリンネはタオル一枚。その最後の砦すらはだけた全身が飛び込んできたのだ。
顔を真っ赤にしているリンネ。けれどその目には、後に引く気がない決意に満ちている。これが彼女が気づいて欲しい現実なのだ。
「な、何のつもりだ!?」
「み、見ればいくら鈍感な貴方でも分かるでしょうっ! さ、誘っているのよ……好きなのよっ、貴方がっ!」
流石に恥ずかしいリンネ。しかしこの何かが変わりそうな黄昏時と、やがて入れ替わる満月の夜をモノにしてみせるという気概は、決して変わらない。
突っ張っていた腕の力をゆっくり抜いて、その肌を密着させる。耳の辺りから聞こえる自分の脈打つ音は、勿論作りものなんかじゃない。
「わ、私……もう此処に来て4年になるのよ。こんなのわざわざ見せなくても充分に大人だって知ってる筈よ」
「し、しかし……」
「言わないでっ! 俺は25って言うんでしょ? そ、そんなの関係ないの……そ、それに……」
「………?」
リンネの緑の眼から、水がヴァイロの胸へ流れ落ちる。さながら木の葉に降り注ぐ雨が、地面へと沁み込むのが必然であるかの様に。
ヴァイロという黒い大地は、森の精霊のしなやかな身体を受け止めながら、次の言葉を待った。
「それに私、ミリアには……あの子には絶対に負けたくないのよ……」
遂に本音を明かしたリンネ。こんなやり方は卑怯だ。自身そう思いながらも、せずにはいられなかった。
3つも歳下のミリアに女としての自分は負けている……彼女の焦りの正体がそこに存在した。
あとはひたすらにただ涙する。雨がたとえ降らなくても、私はこの大地を潤してみせると告げているかの様に。
ヴァイロはようやくリンネの頭を撫でながら、この現実を受け入れた。
(確かに大きくなったな……4年前は本当に子供で、妹が出来たというより、まるで娘を貰った心地だった。だが…ガキは俺の方だったらしい)
「分かった、俺も男だ。女に恥をかかせる様な事はしない。ましてや同棲しているお前には」
「ヴァイ……」
始めて同居ではなく同棲という言葉を彼は口にした。その重みの違い、互いの理解が一致する瞬間。
「でも良いのか、こんな俺を本当に許容出来るのか?」
「それは貴方も同じ……」
「違うな。女は男を受容れる言わば器。酷だが常に強いられる存在だ。差別とか言われようがこれだけは譲れない。こんな男だから経験はあっても、一人に恋慕《れんぼ》するのはお前が初めてだ」
リンネの涙を拭いながら、この4年間で一番の真剣な眼差しを向ける。これからは女の子としては見れない。自分の愛する大人の女性像を正直に白状した。
そして次は口元を緩めるとさらに注文をつける。
「あとその口調は元に戻してくれないか。そちらの方が俺の好みだ」
「わ、判った……」
リンネは少しだけ仏頂面になったが、涙は止まった。後は彼氏の成すがまま、互いの上下を反転させると、そのリードに全てを託した。
彼は普段の優しさと比べると意外な程に荒々しく彼女を求め、幾度となくそれをぶつけた。まさに器に足るかを試しているかの様に。
初めてのリンネにこれは少々酷であったが、歓喜が小さな彼女を支えてくれた。
器として大いに彼の希望に応えてみせたのだ。彼女にとって、そこは幸せに満ち溢れていた。
ヴァイロは家中の古文書やらを引っ張り出し、ブツブツ何かを言っている。
読み終わったのかどうかも定かでない、開きっぱなしの本が、床の至る所に散らばっていた。
「た……ただいま……」
「…………」
「た・だ・い・まっ!」
「ああ、おかえり」
小声で帰宅を告げたリンネであったが、ヴァイロの返答がないので声を張って言い直すと、頓着せずに如何にも取り合えずな返事が返ってきた。
「全く……まだ竜の事を調べてるの?」
「そ、とにかく森の女神で竜に関わる伝承を探してんだけどさ。これというのが見つからん……」
ベッドに寝転がりながら調べ物とは、とても身が入っている様子ではないのだが、彼はこれが通常運転。
リンネはその姿に最早呆れる事すら諦め、彼の代わりに本を勝手に片付けてゆく。
ちなみに森の女神とは、ヴァイロが暗黒神としての魔法を構築するに辺り、参考にした神の事だ。
「俺は皆を……いや、そりゃあ言い過ぎだ。せめてお前達だけでも絶対に守れる圧倒的な力が欲しいんだ」
「ふーん……でもさ、貴方が本気で魔力を振るえば、カノンですら守れるんじゃなくて?」
仰向けで読んでいた本を顔の上に載せ、頭の後ろで手を組んで枕にするヴァイロ。どうやらその本にもお目当ての記事はなかったらしい。
「それじゃあ駄目だ……」
「どうして?」
「確かに皆を守りたい。けれど戦いたくはないんだ」
「………何よそれ? 意味が分からないわ」
リンネには彼の言いたい事がまるで理解出来ない。それに彼女にしてみれば、そんな事より気づいて欲しい現実がある。
「戦ったら皆が傷つくだろ。俺は……俺自身は何なら恐怖の対象ですら構わない……」
「ハァ……成程ね。要は暗黒神ヴァイロ様と黒いドラゴンの組合せがいれば、戦いを挑む相手すらいなくなるという訳ですか」
リンネの喋り方があからさまにおかしい。女言葉に敬語、実に彼女らしくない。さらに本人的には普段より艶のある声を出しているつもりなのだ。
なんであのミリアみたいなことを自分はしているのだろう。丁寧に、そして如何にも女性らしく喋るのは、普段のあの子だ。正直息が詰まりそうだと感じる。
しかしそれに気づいて欲しい当人は、全く違う事に頭を囚われている。昨夜見た悪夢。
暗黒神と黒いドラゴン、その完全無欠が揃っていたのに戦いは起こり、一番守りたかった連中が虫ケラの様に蹂躙されていた。
予知夢が見られる程、自分が万能だとは思っていない。なれどあんなものを見せられては流石に何かせずにはいられない。
そして弟子のアズールが描いてきた黒い竜。にわかに信じ難いピースを持ってきたと感じた。
傍目には玩具を貰った男の子の様なはしゃぎよう……裏腹にはそんな考えもあったのだ。
そんなヴァイロの上に突然、リンネは覆いかぶさると、頭の上の本を払いのけた。
細いヴァイロの目が大きく開かれる。両腕を伸ばして彼のマウントを取っているリンネはタオル一枚。その最後の砦すらはだけた全身が飛び込んできたのだ。
顔を真っ赤にしているリンネ。けれどその目には、後に引く気がない決意に満ちている。これが彼女が気づいて欲しい現実なのだ。
「な、何のつもりだ!?」
「み、見ればいくら鈍感な貴方でも分かるでしょうっ! さ、誘っているのよ……好きなのよっ、貴方がっ!」
流石に恥ずかしいリンネ。しかしこの何かが変わりそうな黄昏時と、やがて入れ替わる満月の夜をモノにしてみせるという気概は、決して変わらない。
突っ張っていた腕の力をゆっくり抜いて、その肌を密着させる。耳の辺りから聞こえる自分の脈打つ音は、勿論作りものなんかじゃない。
「わ、私……もう此処に来て4年になるのよ。こんなのわざわざ見せなくても充分に大人だって知ってる筈よ」
「し、しかし……」
「言わないでっ! 俺は25って言うんでしょ? そ、そんなの関係ないの……そ、それに……」
「………?」
リンネの緑の眼から、水がヴァイロの胸へ流れ落ちる。さながら木の葉に降り注ぐ雨が、地面へと沁み込むのが必然であるかの様に。
ヴァイロという黒い大地は、森の精霊のしなやかな身体を受け止めながら、次の言葉を待った。
「それに私、ミリアには……あの子には絶対に負けたくないのよ……」
遂に本音を明かしたリンネ。こんなやり方は卑怯だ。自身そう思いながらも、せずにはいられなかった。
3つも歳下のミリアに女としての自分は負けている……彼女の焦りの正体がそこに存在した。
あとはひたすらにただ涙する。雨がたとえ降らなくても、私はこの大地を潤してみせると告げているかの様に。
ヴァイロはようやくリンネの頭を撫でながら、この現実を受け入れた。
(確かに大きくなったな……4年前は本当に子供で、妹が出来たというより、まるで娘を貰った心地だった。だが…ガキは俺の方だったらしい)
「分かった、俺も男だ。女に恥をかかせる様な事はしない。ましてや同棲しているお前には」
「ヴァイ……」
始めて同居ではなく同棲という言葉を彼は口にした。その重みの違い、互いの理解が一致する瞬間。
「でも良いのか、こんな俺を本当に許容出来るのか?」
「それは貴方も同じ……」
「違うな。女は男を受容れる言わば器。酷だが常に強いられる存在だ。差別とか言われようがこれだけは譲れない。こんな男だから経験はあっても、一人に恋慕《れんぼ》するのはお前が初めてだ」
リンネの涙を拭いながら、この4年間で一番の真剣な眼差しを向ける。これからは女の子としては見れない。自分の愛する大人の女性像を正直に白状した。
そして次は口元を緩めるとさらに注文をつける。
「あとその口調は元に戻してくれないか。そちらの方が俺の好みだ」
「わ、判った……」
リンネは少しだけ仏頂面になったが、涙は止まった。後は彼氏の成すがまま、互いの上下を反転させると、そのリードに全てを託した。
彼は普段の優しさと比べると意外な程に荒々しく彼女を求め、幾度となくそれをぶつけた。まさに器に足るかを試しているかの様に。
初めてのリンネにこれは少々酷であったが、歓喜が小さな彼女を支えてくれた。
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