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第五章
処刑台
しおりを挟むキシューの言う通り、変な客はまだまだというほど途絶えなかった。
女性のようにいちゃもんつく人から石や汚れた布を投げてくる人までいる。そういう場合、基本店員たちが目ざとく標的を見つけて投げ返している。
ただ、物を投げるような人たちは貴族が多く訪れる時間帯には現れない。どうやら貴族に当たるのが怖いらしい。
「なあ、これいつまで続くんだ?」
さすがに数日も続くとカナトが辟易してくる。
「そうですねぇ」
閉店作業を終えたレリィがホウキを持ってカウンターに来た。
「もういっそうのこと殺しましょうか?」
まるで、こぼした水は雑巾で拭きましょうか?と軽く言う。
カナトが目をすがめた。
「ダメに決まっているだろ」
「そうですか……」
「落ち込むなよ。あれ?そういえばあいつは?」
「アイリのことですか?それなれ買い物でいませんよ」
「買い物!?出かけていいのかよ!」
「さあ?」
「さ、さあ?」
特に気にしないレリィの反応に思わずオウム返しをする。
「いや、ダメだろ!探してくる!」
「それこそダメですよ」
行こうとしたカナトにレリィがカウンター越しにホウキの柄を突き出す。
「店長は顔バレしていますし、身を守るほどの知恵……じゃなくて、技術がないので」
「お前今はっきりと知恵って言っただろ」
「とにかく!ダメなものはダメ!いくら店長だからって許しませんからね!」
「じゃあアイリ1人で大丈夫なのか?また石を投げられたら……」
「それならば私が探してきます」
「いいのか!」
「もちろんですよ!任せてください」
レリィがふと窓の外を見た。カナトもつられて見そうになるが、アイリからあんな話を聞いたせいで見れなかった。
まさか店の窓から魔女狩りに使用される処刑台が見えるなんて思わなかったのである。
「今日の空はずいぶんと暗いですねぇ。夜は雨が降りそうです。それじゃあ、準備してきます」
「え?あ、ああ、よろしく!」
レリィが去っていくと、カナトも空の状態が気になり、視線をなるべく下げないように店の窓を見た。
だが、下げないようしていた視線はふと何かをとらえた気がした。
ハッとしたカナトが恐るおそるとその方向を見る。
アイリが言っていた処刑台の周りに人が集まっているのが見える。
「な、なんだ……あれって」
処刑台の上に誰かが支柱にくくりつけられていた。
その見知った姿にカナトが驚きを隠せなかった。それは買い物に出かけたはずのアイリである。
カナトは店を飛び出してまっすぐ処刑台に向かった。
なぜアイリがあの場所にいるのかわからない。
処刑台の周りには老若男女が集まって、口々にアイリへの罵倒があった。石を投げる者も、ネズミの死体を投げるも者もいる。
しかも、すでに殴られたあとなのか、治りかけの顔にまたも新しいアザが増えている。
「アイリ!」
カナトの呼びかけに力無く項垂れていたアイリがぴくりと反応した。
カナトは人混みをかき分けながら処刑台に登った。
「大丈夫か!アイリ!」
「て、てんちょ……」
「血だらけじゃねぇか!なんでこんなことに……!」
「買い物に、出かけたけど……前の雇い主に変装見破られて」
カナトの脳裏にアイリを殴ろうとした男の姿が横切る。
あいつか!
「待ってろ、すぐに縄を解くからな」
「危険、ですよ……」
「お前のほうがもっと危険だ!」
懸命に助けようとするカナトの肩に何かがドスッと当たった。その痛みに思わずぐっと歯を噛み締める。
「あいつだ!魔女を助けようとしたあの菓子店の店長だ!」
「あの野郎……!」
怒りに振り返ると、あの日アイリを殴ろうとした男が群衆に混じって、カナトを指さしながら叫んでいた。
「アイリはずっとあいつの店に隠れていた!あいつは魔女の仲間だ!!」
「デタラメ言うな!アイリは魔女じゃない!目を覚ませ!」
だが興奮している民衆はカナトまで敵視し始め、石やら何やらを投げ始めた。
「お前ら……!!」
カナトは怒ろうとしたが、何を言って怒りを伝えればいいかわからず、ただ罵倒の雨と投げられる物からアイリを守った。
硬い何かが頭にあたり、だらりと首に熱い液体が流れる。
クソッ!
なんとかアイリを縛っている縄をほどこうとするが、足にも体にも、体の後ろでくくられた手首にも縄があるため、なかなか思うようにできない。
しかも体のあちこちに物が当たるせいで手ブレが起きて、結び目がさらに複雑になる。
その時、拳大の石がゴッとカナトの背中に当たった。その衝撃に額が支柱にぶつかり、視線が少しかすれてきた。
ダメだ!しっかりしろ!
だが、打ちところが悪かったのか、目の前はどんどんかすれていく。
どうすればいいんだよ!
この状況でカナトは泣き出しそうになった。
キシューが忠告した通りに店員の誰かを連れてきたほうがよかったと後悔するが、例え誰かを連れてきたとしても逆に危険な目に遭わせるのかもしれない。
暗殺者といえど、さすがにこんな群衆を相手だとなすすべもないのだろう。
早く、早く縄を解かないと!
血のぬるみと体の痛みに何かの記憶を呼び起こされそうになり、早鐘を打つ心臓でカナトはただ酷く焦った。
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