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第五章
機会
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最近書き漏れ、字間違いが少し酷く、反省しております。
申し訳ありませんm(_ _)m
なるべくなくせるよう努力いたします。読みにくくなり、本当に申し訳ありません。
—————————————————————
アレストが店に来たことで、カナトは店の奥にある部屋に閉じこもった。
布団を頭から被り、カーテンも閉め切った部屋で震えている。
どうやって見つけたんだ?なんで何もせずに帰ったんだ?殺さないのか?
思い直してくれた?
だがあの時、アレストは確かにもっと早く殺しておけばよかったと言った。しかもあの顔は悔し顔だ。
簡単にあきらめるとは思えない。
脳裏にクローリー親子とシドのことが浮かんできて、朝から何も食べてない胃が急に吐き気をもよおした。
カナトは何も吐き出せないお腹をおさえて空えずきをした。
ドアの外でレリィとキシューがそれぞれ手にケーキの乗った皿を持って立っていた。
「これは朝に置いていたものだ」
キシューが皿を見せて言う。
レリィが持っている皿に乗ったケーキは出来立てである。
「一口も食べないなんて……」
「昨晩から何も食べてないし、部屋に閉じこもって出てこない。どうする?」
「これじゃあ怒られてしまう」
「ドアをこじ開けて……」
「それはダメ。開けた後は?無理やりケーキを突っ込むの?」
キシューが肩をすくめながら小さく舌を出した。
「じゃあどうする?」
「とりあえず今日も様子見をしましょう」
レリィはそう言うとドアに向かってよく通る声で話しかけた。
「店長!新作のケーキ持ってきましたよ!」
しかし、待っても返答はない。
「ここに置いておきますね!」
レリィは皿をドアを開けた際に当たらない場所に置くとキシューとともに離れた。
部屋の中でカナトが布団の隙間からちらりとドアを見る。
よく考えたらレリィはおかしい。原石展に行くことはレリィが言い出したし、よりによってあの場所にアレストがいるし、昨日はアレストが近づくとすぐに離れていくし。
だがレリィがアレスト側の人間だっていう証拠はそれだけじゃ弱い気がした。しかし、カナトはなぜかレリィがアレスト側の人間だと確信が持てる。
カナトには感じたことを言葉にするほどの語彙力はない。しかし、アレストと接するうちに、アレストの周りにどういう人間が集まるのか、その雰囲気をある程度感じ取ることができた。それはほぼ慣れというものである。
アレストが現れてから離れていくレリィの行動がずっと心に引っかかっていた。
そう考えれば、レリィを店員として採用したデオンも怪しい。言わないでくれると言ったが、あの人もアレスト側の人間である。
「誰を信用したらいいんだよ……」
胃がズキズキと痛み、額から冷や汗が流れ落ちる。
カナトは部屋にこもったまま3日が過ぎた、
自分の使い所がないとしても、そろそろ店長として店に顔を出したほうがいいと考えたカナトは、ふらふらの体でカウンターに出た。
「その……無断で休んでて悪い……」
他の人たちの顔が見られず、カナトは口を引き結んで立っていた。お腹に置いた手に力が入り、腹痛で顔が真っ青になっている。
「これはこれは店長殿!」
「体調がすぐれないとお聞きしましたが、もう大丈夫ですか?……なんと!まだ顔が真っ青じゃないですか!」
「なんてことだ!この店はどうなっている!店長殿を休ませないか!」
店員たちとは違う声にカナトが顔を上げた。
普段来ないであろう層の貴族の男たちが店内でひしめき合っていた。
今日は何かのイベントか……?
「店長!大丈夫ですか?座ってください」
カナトの顔色に気づいたレリィが椅子を持ってカウンターに来た。
「レリィ……」
「どうしました?」
「な、なんでもない……」
カナトはパッと視線をそらした。
すると、カウンターの前にわらわらと貴族の男たちが押し寄せてくる。
「店長殿、まだご気分がよろしくないのですか?」
「やはりあの男のせいで!」
「あれから店長殿が体調を崩してしまったからな!」
カナトはわけがわからず、呆然としような表情で勝手に怒る貴族たちを見た。
見かねてレリィがそっと耳打ちをする。
「宰相様が来られたので、店長との仲が良いと噂が広まったせいです」
「通りで……」
自分に対して敬語を使う時点で何かあるのではと思っていた。
カナトは貴族たちの対応をする気がなかった。そんな余裕がないからである。しかし、貴族たちが勝手にしゃべり出したことでいやでもその会話の内容が耳に入ってくる。
「あの男は身の程をわきまえず、店長殿を貶めようとした。罰して然るべきだ」
「宰相殿のご判断は当然のもの」
「私でもあの男は許せない。この店のお菓子は娘から度々おいしいと聞かされるほど気に入っておりましてね」
「私の妻も……」
「俺の妹は……」
「わたくめは直接……」
その後の貴族たちはカナトへのアピールに必死であった。
しかしカナトはあまり回らない頭で、あの男、について考えた。
まさか……。
「お、おい」
弱々しい声だが、騒いでいた貴族たちがぴたりと黙った。
「あの男って誰だ?」
「私が答えましょう。先日、宰相様がご来店された日に、身の程知らずにこの店のケーキを味が薄いと評したあの男ですよ」
「嘘だろ……そいつ、何かされたのか?」
「ええ、店を没収され、そのうえロンドール領から追い出されました」
「なっ……!」
ズキズキと痛みの増したお腹を押さえ、冷や汗ダラダラでなんとか言葉を一文字しぼり出した。
「や………」
「やりましたよね!」
「やり過ぎだ……」
「え?」
「アレストか?……アレストがやったのか?」
そもそもあの男の言ったことは間違っていない。菓子類への評価だけに関して言えば多少言葉にトゲは含まれているが、決してデタラメを言ったわけじゃない。
「そいつは…あそこまでされるなんて、やり過ぎだ」
痛みの増したお腹にカナトはますます顔色を悪くする。
「店長、あの男のことなんて放っておけばいいのですよ。私たちの商売敵なんですよ?宰相様が良きようにしてくださいます」
レリィの優しくもさとすような声音に貴族たちが同意を示すようにうなずいた。
「ダメだ……これじゃあ、何も変わらない……俺のせいで、俺のせいで……っ」
「でも店長襲わせた本人ですよ?」
何を言ったのかよく聞き取れず、聞き返そうとカナトがよろよろと立ち上がった。しかし、立ち上がった次の瞬間、バタンと倒れた。
「店長!!」
レリィの焦った声が聞こえたが、カナトは耐えきれずに意識を手放した。
ふたたび目を覚ました時、カナトは自分の部屋で寝ていた。
お店の奥にある部屋である。
誰かが額にそっと手を置いてきた。ひんやりとした感触にびくっと体が反応した。
「ううっ」
「大丈夫か?」
聞き覚えのある声に、カナトがハッと目を覚ました。
視界に入って来たのは短い金髪に白い貴族服をまとったアレストである。
カナトのぼやけていた思考が急に鮮明になり、慌てて起き上がった。
腹痛に顔をしかめながらなんとか距離を取ろうとする。
「ア、アレスト………?」
ベッドに腰かけたまま、アレストはさっきまでカナトの額を触っていた手を見つめた。
「カナト……」
「な、なんで……」
カナトの顔が恐怖に歪んだ。
「カナト、おいで」
アレストが手を伸ばそうとするとカナトはまたも距離を取ろうとした。しかし、吐き気にうっと口を押さえる。
「驚かす気はなかったんだ」
「やっぱり……」
「ん?」
「やっぱりレリィはお前側の人間なのか?」
「………」
「やっぱりそうだよな……おかしいんだよ。この部屋に他人は入らせないのに、お前は容易に通すし、なんだかレリィの行動がお前と引き合わされている気がするし」
「レリィだけじゃない」
「は?」
「きみの店にいる店員はすべて僕のものだ」
カナトは我に返っていないように目をしばたたかせた。
「レリィもキシューも、他の店員全部だ」
「……俺のこと、監視していたのか?」
「ああ」
「………」
カナトはなんとも言えない感情が込み上げてくるのを感じた。ぽろぽろと涙を流してシーツを握りしめ、なんとかもれそうな嗚咽を我慢した。
「……カナト」
「来るな!!」
アレストが近づいて来ようとするのを感じて、カナトはにらみながら片足を地面につけた。
「なんでだよ……せっかくお前のことも、ユシルたちのことも忘れようとしたのに……なんで……最初から余計なことなんかしなければよかった。全部俺のせいで……なんならもっと最悪なほうに行くし、俺だってこんな結末望んだわけじゃないのに……なんでっ」
「きみのせいじゃない」
「嘘つけ!!全部俺のせいなんだよ!そもそも最初から物語のことを言えばこんなことにならなかったかもしれないのに!俺が……俺が自分でなんとかできると勘違いしたのが悪いんだよ!結果としてお前の闇堕ちも阻止できないし、変な属性つけさせるし、イグナスは死ぬし!」
イグナスが死ぬ、ということについてアレストは少し理解できなかった。
しかし、このままカナトの情緒を放っておけば何かしでかす気がしてならない。
現にカナトが窓から逃げようとしていた。
「頼むからもう忘れたいんだよ!」
「僕をここまでにさせて、逃げるつもりか?」
カナトがぴくっと固まった。
「……はあ、すまない。今のは言い過ぎた。きみの言う通り、もし最初から僕にここは物語の世界だと言えば何か変わったかもしれない。けど、僕は悪役になり、殺されると言われても信じないと思う。それに、僕の闇堕ちを阻止できないと言うけど、それこそユシルを殺さないとできないことだよ。もしくは最初からユシルが屋敷に戻ることを阻止しないと」
「………俺」
「きみは何も悪くない。物語の中で僕が悪人なら、きっと根底では善人になりきれない。いずれはこの負の感情を誰かに向けることになる」
「………じゃあ、俺はどうすればよかったんだ?」
「そうだな。僕のそばにずっといてくれるなら」
カナトはそもそも自分の行動が原因でアレストの闇堕ちが酷くなったように感じる。そして裏切りで自分が殺されかけそうになることも。
「やっぱり、全部俺が悪いじゃねぇか。俺さえいなければ……」
「カナト、きみさえ戻って来てくれるなら、ユシルへの恨みも復讐も何もかも手放そう」
「どういう……ことだ?」
カナトはこの状況をどこか不現実に思えた。
「きみを失ってから欲しかったものはこんなものじゃないと気づいた。昔のほうがよかったと言っただろ?思ったんだ。きみがずっとそばにいてくれるなら昔に戻れる気がする」
「……昔」
「ああ、そうだ。昔だよ。また友達みたい暮らそう。きみさえ望むならどんな姿になってもいい」
「恨みも、復讐も捨てれるのか?」
「捨てれる。もともと欲しかったのはきみだけだ。デオンたちのことなら心配しなくていい。あの人たちのことはうまくやり過ごす。だから、帰ってきてくれないか?」
カナトは迷った。しかし、すぐに正気に戻り、頭を振った。
「もう騙されないぞ!」
「………」
「どうせまた殺そうとするだろ!だって、だってお前は」
裏切り者を生かすほど生やさしい人じゃない。事実として、裏切った自分を本気で殺そうとしたのだ。
「わかった。……機会をくれないか?」
「……?」
「きみが望むような“未来”にするから、僕にやり直す機会を与えて欲しい。お願いだ、カナト」
「………わかった」
アレストの顔に歓喜の表情が浮かぶ。
カナトはうつむきながら目を泳がせた。
「でも今は帰ってくれないか?ひ、1人にして欲しい」
「……わかった。それじゃ、また明日」
カナトはアレストが去っていくのを見届けると、慌ててシーツを引き裂いて上に持ち物をつめ始めた。
冗談じゃない!アレストがあんなに簡単に恨みと復讐を手放すはずがない!どこか、見つからない遠い場所に逃げないと!じゃないと殺されてしまう!
だがどこへ逃げたら見つからないのか、カナトにはわからなかった。またいつそばにアレスト側の人間が現れるのか、それを見分ける確実な方法さえない。
そしてアレストが言っていた「逃げるのか?」という言葉は思いの外心に突き刺さった。
「もう、どうすればいいのかわからない……」
申し訳ありませんm(_ _)m
なるべくなくせるよう努力いたします。読みにくくなり、本当に申し訳ありません。
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アレストが店に来たことで、カナトは店の奥にある部屋に閉じこもった。
布団を頭から被り、カーテンも閉め切った部屋で震えている。
どうやって見つけたんだ?なんで何もせずに帰ったんだ?殺さないのか?
思い直してくれた?
だがあの時、アレストは確かにもっと早く殺しておけばよかったと言った。しかもあの顔は悔し顔だ。
簡単にあきらめるとは思えない。
脳裏にクローリー親子とシドのことが浮かんできて、朝から何も食べてない胃が急に吐き気をもよおした。
カナトは何も吐き出せないお腹をおさえて空えずきをした。
ドアの外でレリィとキシューがそれぞれ手にケーキの乗った皿を持って立っていた。
「これは朝に置いていたものだ」
キシューが皿を見せて言う。
レリィが持っている皿に乗ったケーキは出来立てである。
「一口も食べないなんて……」
「昨晩から何も食べてないし、部屋に閉じこもって出てこない。どうする?」
「これじゃあ怒られてしまう」
「ドアをこじ開けて……」
「それはダメ。開けた後は?無理やりケーキを突っ込むの?」
キシューが肩をすくめながら小さく舌を出した。
「じゃあどうする?」
「とりあえず今日も様子見をしましょう」
レリィはそう言うとドアに向かってよく通る声で話しかけた。
「店長!新作のケーキ持ってきましたよ!」
しかし、待っても返答はない。
「ここに置いておきますね!」
レリィは皿をドアを開けた際に当たらない場所に置くとキシューとともに離れた。
部屋の中でカナトが布団の隙間からちらりとドアを見る。
よく考えたらレリィはおかしい。原石展に行くことはレリィが言い出したし、よりによってあの場所にアレストがいるし、昨日はアレストが近づくとすぐに離れていくし。
だがレリィがアレスト側の人間だっていう証拠はそれだけじゃ弱い気がした。しかし、カナトはなぜかレリィがアレスト側の人間だと確信が持てる。
カナトには感じたことを言葉にするほどの語彙力はない。しかし、アレストと接するうちに、アレストの周りにどういう人間が集まるのか、その雰囲気をある程度感じ取ることができた。それはほぼ慣れというものである。
アレストが現れてから離れていくレリィの行動がずっと心に引っかかっていた。
そう考えれば、レリィを店員として採用したデオンも怪しい。言わないでくれると言ったが、あの人もアレスト側の人間である。
「誰を信用したらいいんだよ……」
胃がズキズキと痛み、額から冷や汗が流れ落ちる。
カナトは部屋にこもったまま3日が過ぎた、
自分の使い所がないとしても、そろそろ店長として店に顔を出したほうがいいと考えたカナトは、ふらふらの体でカウンターに出た。
「その……無断で休んでて悪い……」
他の人たちの顔が見られず、カナトは口を引き結んで立っていた。お腹に置いた手に力が入り、腹痛で顔が真っ青になっている。
「これはこれは店長殿!」
「体調がすぐれないとお聞きしましたが、もう大丈夫ですか?……なんと!まだ顔が真っ青じゃないですか!」
「なんてことだ!この店はどうなっている!店長殿を休ませないか!」
店員たちとは違う声にカナトが顔を上げた。
普段来ないであろう層の貴族の男たちが店内でひしめき合っていた。
今日は何かのイベントか……?
「店長!大丈夫ですか?座ってください」
カナトの顔色に気づいたレリィが椅子を持ってカウンターに来た。
「レリィ……」
「どうしました?」
「な、なんでもない……」
カナトはパッと視線をそらした。
すると、カウンターの前にわらわらと貴族の男たちが押し寄せてくる。
「店長殿、まだご気分がよろしくないのですか?」
「やはりあの男のせいで!」
「あれから店長殿が体調を崩してしまったからな!」
カナトはわけがわからず、呆然としような表情で勝手に怒る貴族たちを見た。
見かねてレリィがそっと耳打ちをする。
「宰相様が来られたので、店長との仲が良いと噂が広まったせいです」
「通りで……」
自分に対して敬語を使う時点で何かあるのではと思っていた。
カナトは貴族たちの対応をする気がなかった。そんな余裕がないからである。しかし、貴族たちが勝手にしゃべり出したことでいやでもその会話の内容が耳に入ってくる。
「あの男は身の程をわきまえず、店長殿を貶めようとした。罰して然るべきだ」
「宰相殿のご判断は当然のもの」
「私でもあの男は許せない。この店のお菓子は娘から度々おいしいと聞かされるほど気に入っておりましてね」
「私の妻も……」
「俺の妹は……」
「わたくめは直接……」
その後の貴族たちはカナトへのアピールに必死であった。
しかしカナトはあまり回らない頭で、あの男、について考えた。
まさか……。
「お、おい」
弱々しい声だが、騒いでいた貴族たちがぴたりと黙った。
「あの男って誰だ?」
「私が答えましょう。先日、宰相様がご来店された日に、身の程知らずにこの店のケーキを味が薄いと評したあの男ですよ」
「嘘だろ……そいつ、何かされたのか?」
「ええ、店を没収され、そのうえロンドール領から追い出されました」
「なっ……!」
ズキズキと痛みの増したお腹を押さえ、冷や汗ダラダラでなんとか言葉を一文字しぼり出した。
「や………」
「やりましたよね!」
「やり過ぎだ……」
「え?」
「アレストか?……アレストがやったのか?」
そもそもあの男の言ったことは間違っていない。菓子類への評価だけに関して言えば多少言葉にトゲは含まれているが、決してデタラメを言ったわけじゃない。
「そいつは…あそこまでされるなんて、やり過ぎだ」
痛みの増したお腹にカナトはますます顔色を悪くする。
「店長、あの男のことなんて放っておけばいいのですよ。私たちの商売敵なんですよ?宰相様が良きようにしてくださいます」
レリィの優しくもさとすような声音に貴族たちが同意を示すようにうなずいた。
「ダメだ……これじゃあ、何も変わらない……俺のせいで、俺のせいで……っ」
「でも店長襲わせた本人ですよ?」
何を言ったのかよく聞き取れず、聞き返そうとカナトがよろよろと立ち上がった。しかし、立ち上がった次の瞬間、バタンと倒れた。
「店長!!」
レリィの焦った声が聞こえたが、カナトは耐えきれずに意識を手放した。
ふたたび目を覚ました時、カナトは自分の部屋で寝ていた。
お店の奥にある部屋である。
誰かが額にそっと手を置いてきた。ひんやりとした感触にびくっと体が反応した。
「ううっ」
「大丈夫か?」
聞き覚えのある声に、カナトがハッと目を覚ました。
視界に入って来たのは短い金髪に白い貴族服をまとったアレストである。
カナトのぼやけていた思考が急に鮮明になり、慌てて起き上がった。
腹痛に顔をしかめながらなんとか距離を取ろうとする。
「ア、アレスト………?」
ベッドに腰かけたまま、アレストはさっきまでカナトの額を触っていた手を見つめた。
「カナト……」
「な、なんで……」
カナトの顔が恐怖に歪んだ。
「カナト、おいで」
アレストが手を伸ばそうとするとカナトはまたも距離を取ろうとした。しかし、吐き気にうっと口を押さえる。
「驚かす気はなかったんだ」
「やっぱり……」
「ん?」
「やっぱりレリィはお前側の人間なのか?」
「………」
「やっぱりそうだよな……おかしいんだよ。この部屋に他人は入らせないのに、お前は容易に通すし、なんだかレリィの行動がお前と引き合わされている気がするし」
「レリィだけじゃない」
「は?」
「きみの店にいる店員はすべて僕のものだ」
カナトは我に返っていないように目をしばたたかせた。
「レリィもキシューも、他の店員全部だ」
「……俺のこと、監視していたのか?」
「ああ」
「………」
カナトはなんとも言えない感情が込み上げてくるのを感じた。ぽろぽろと涙を流してシーツを握りしめ、なんとかもれそうな嗚咽を我慢した。
「……カナト」
「来るな!!」
アレストが近づいて来ようとするのを感じて、カナトはにらみながら片足を地面につけた。
「なんでだよ……せっかくお前のことも、ユシルたちのことも忘れようとしたのに……なんで……最初から余計なことなんかしなければよかった。全部俺のせいで……なんならもっと最悪なほうに行くし、俺だってこんな結末望んだわけじゃないのに……なんでっ」
「きみのせいじゃない」
「嘘つけ!!全部俺のせいなんだよ!そもそも最初から物語のことを言えばこんなことにならなかったかもしれないのに!俺が……俺が自分でなんとかできると勘違いしたのが悪いんだよ!結果としてお前の闇堕ちも阻止できないし、変な属性つけさせるし、イグナスは死ぬし!」
イグナスが死ぬ、ということについてアレストは少し理解できなかった。
しかし、このままカナトの情緒を放っておけば何かしでかす気がしてならない。
現にカナトが窓から逃げようとしていた。
「頼むからもう忘れたいんだよ!」
「僕をここまでにさせて、逃げるつもりか?」
カナトがぴくっと固まった。
「……はあ、すまない。今のは言い過ぎた。きみの言う通り、もし最初から僕にここは物語の世界だと言えば何か変わったかもしれない。けど、僕は悪役になり、殺されると言われても信じないと思う。それに、僕の闇堕ちを阻止できないと言うけど、それこそユシルを殺さないとできないことだよ。もしくは最初からユシルが屋敷に戻ることを阻止しないと」
「………俺」
「きみは何も悪くない。物語の中で僕が悪人なら、きっと根底では善人になりきれない。いずれはこの負の感情を誰かに向けることになる」
「………じゃあ、俺はどうすればよかったんだ?」
「そうだな。僕のそばにずっといてくれるなら」
カナトはそもそも自分の行動が原因でアレストの闇堕ちが酷くなったように感じる。そして裏切りで自分が殺されかけそうになることも。
「やっぱり、全部俺が悪いじゃねぇか。俺さえいなければ……」
「カナト、きみさえ戻って来てくれるなら、ユシルへの恨みも復讐も何もかも手放そう」
「どういう……ことだ?」
カナトはこの状況をどこか不現実に思えた。
「きみを失ってから欲しかったものはこんなものじゃないと気づいた。昔のほうがよかったと言っただろ?思ったんだ。きみがずっとそばにいてくれるなら昔に戻れる気がする」
「……昔」
「ああ、そうだ。昔だよ。また友達みたい暮らそう。きみさえ望むならどんな姿になってもいい」
「恨みも、復讐も捨てれるのか?」
「捨てれる。もともと欲しかったのはきみだけだ。デオンたちのことなら心配しなくていい。あの人たちのことはうまくやり過ごす。だから、帰ってきてくれないか?」
カナトは迷った。しかし、すぐに正気に戻り、頭を振った。
「もう騙されないぞ!」
「………」
「どうせまた殺そうとするだろ!だって、だってお前は」
裏切り者を生かすほど生やさしい人じゃない。事実として、裏切った自分を本気で殺そうとしたのだ。
「わかった。……機会をくれないか?」
「……?」
「きみが望むような“未来”にするから、僕にやり直す機会を与えて欲しい。お願いだ、カナト」
「………わかった」
アレストの顔に歓喜の表情が浮かぶ。
カナトはうつむきながら目を泳がせた。
「でも今は帰ってくれないか?ひ、1人にして欲しい」
「……わかった。それじゃ、また明日」
カナトはアレストが去っていくのを見届けると、慌ててシーツを引き裂いて上に持ち物をつめ始めた。
冗談じゃない!アレストがあんなに簡単に恨みと復讐を手放すはずがない!どこか、見つからない遠い場所に逃げないと!じゃないと殺されてしまう!
だがどこへ逃げたら見つからないのか、カナトにはわからなかった。またいつそばにアレスト側の人間が現れるのか、それを見分ける確実な方法さえない。
そしてアレストが言っていた「逃げるのか?」という言葉は思いの外心に突き刺さった。
「もう、どうすればいいのかわからない……」
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