192 / 241
第五章
許して欲しいか?
しおりを挟む朝食以降、カナトはアレストと顔を合わせることはなかった。
まるで対比するようにカナトがやつれていく。
ほとんどスープのみの昼食をゆっくり食べていると、ふと両脚のことを思い出した。
「両脚があるということは……未来の通りに進んでない、ということだよな……」
ならばイグナスが死ぬこともないかもしれない。もっとも、今回のことが確実に両脚を失う事件であればの話である。
カナトは少し滅入ってしまった心がまた立ち直ってきた気がした。
ここ最近アレストのことで他のことを考える余裕がなかったが、今頃ユシルがどうなったのか改めて気になってしまった。
スープを飲み干し、おやつかわりの名前も知らないフルーツをフォークの先で刺した。それを口に入れながら考える。
どうせアレストに嫌われたんだ。もういっそう大胆に行動するか。
とはいえ、今までの行動がどれほと慎重だったというわけでもない。それでもカナトは今の気持ちを紛らわすように決心した。
もう一度、地下に行くか。
でもその前に別れの意味も込めてアレストに会わ……いや、違う。別れは違う。例えるなら…そう!あいさつ!そうだ!あいさつしておこう!
自分でも訳のわからないことを言っている自覚はある。だが、少しでも立て続けに何かを考えないと耐えられる気がしない。
アレストに嫌われたという事実が、あの反応が……ずっと頭の中で繰り返し再生され、いつまで経っても消えない。
今のアレストは自分を忘れたわけでもなく、魔法でどうされたというわけでもない。完全に自分の意思で自分を拒絶している。
もう信じないと言われたことが思いの外カナトの心に直撃していた。
きっと自分はもう裏切り者の立ち位置だろう。そう考えると頭を抱えて叫びそうになる。
実際にカナトは頭を抱えた。
「ダメだ……何を考えても結局最後は同じことを考えてしまう」
何かしなければ……そう考え、カナトはベッドから降りて腕立て伏せを始めた。
だが、古い傷が皮膚を引っ張り、毎回体のあちこちから感じる違和感にすぐにあきらめた。
絨毯の上で項垂れ、服の上からそっと胸を押さえる。
「こんな体だから、そもそも最初から好きじゃなかったのかもしれない」
むしろ今まで気にしない言葉はすべて嘘なんじゃないか、そう考えるようになった。だがすぐに頭を振る。
我慢していた涙がポロポロと落ちて絨毯に染みを作った。
アレストはこんなことで嘘をつかないはずである。こんな体ですら好きだと言ってくれる人だったのに、今は食事で近くの席に座ることすら許されなくなった。
後悔とも取れる感情がますます涙をとめどなくあふれさせた。
しばらくして、疲れたカナトはそのまま絨毯で眠った。
しかし、夜が来て、真夜中の時間帯に目が覚めた時、なぜかベッドにいた。
「あれ……?」
目をこすりながら見渡すと、ベッド脇に誰かいる気がした。びっくりして見ると、ほんの少し暗闇に慣れてきた目で、それが見知った人影に見えた。
なんとそこにいたのはムソクでも使用人でもなく、アレストである。
固まったカナトは、驚いた際に持ち上げた布団をするりと離したことにも気づかず、持ち上げた姿勢のまま固まっていた。
「……ア、アレスト?」
アレストは答えずに、椅子に座ったままじっとカナトを見つめている。
見つめられる視線に緊張感が吊り上げられて
、カナトがごくっとのどを動かした。
やがてアレストがぽつりと言った。
「脚はどうだ」
「え?あ、あし?全然大丈夫!」
布団をめくってバシバシと太ももをたたいた。大丈夫だと証明するためでもあり、気まずさを誤魔化すためでもある。
アレストはじっと見つめた後、ゆっくりと身を起こした。
ベッドにひざを置き、カナトの脚をつかんで自分のほうへ向けた。
ん、ん?
「あの水はきれいな水じゃない」
「え?」
「きみが落ちたあの部屋は水責めをするための部屋だ。相手のことを考えてわざわざ熱した水を冷まして使うほどお人好しじゃない。どんな細菌を持っているのかわからないだろ?それなのにきみはこんな冬も近い季節にあんな水に落ちるだけじゃなく、飲んでしまった。死にたいのか?」
「ご、ごめん……」
「薬も監禁もいやなのはわかった。だがらと言ってどうして1人で進もうとしたんだ」
言いながらアレストはカナトの脚をもみしだくようにした。
「ごめんなさい……。その、い、今は何をしているんだ?」
「血流をよくしている」
「血流?」
「きみが昏睡していたあいだ、低体温になって死にかけていたんだ。脚も血流が悪く切断しなければいけなかった」
アレストは真面目な顔でそれらしい嘘を並べた。
カナトが死にかけたのは本当だが、脚に関してはまだそこまで重症になってない。
だがカナトは「やっぱり……」と震える声でつぶやいた。
「じゃ、じゃあ俺の脚はもう大丈夫なのか?」
「ああ、きみの脚をずっとマッサージしていたらだいぶよくなってきた」
「そうなのか?ありがとう……」
「ああ」
しばらく無音が続いたが、マッサージされて完全に身を任せていたカナトは、不意に太ももの内側を押されたことにパッと起きた。
闇に慣れた目でアレストを見つめる。やはりその顔に笑顔はない。
「どうした?」
「いや、その、そこまでしなくていい」
恥ずかしながら言うとアレストから小さな笑いがもれた。
「前に食事をした時、脚が震えていた気がしたから今日は時間を見つけて来たが、余計なお世話だったな」
「え……?あ、いや待って!」
カナトが慌てて離れて行こうとするアレストを呼び止めた。
赤面したまま両脚で相手の腰に絡みついているのに気づき、慌てて離した。
「その、嫌とかじゃなくて……」
なんて言えばいいのかわからず、自分のことを嫌いになったのかと聞くこともできない。
「俺……」
深く息を吸ってからカナトが姿勢を正してアレストの腕をつかんだ。
「俺、俺って……まだ恋人なのか?」
聞いてからすぐに後悔した。もし望んでいない答えが出た時、カナトは立ち直れる気がしない。
「逆に、きみは僕のことを恋人だと思っているのか?」
「当たり前だろ!」
「……そうか。恋人はお互い裏切らないことが絶対だと思うが、きみは?」
「俺もそう思うけど、でも今までして来たことは別に裏切りたいからじゃなくて!」
「なら、どうして辺境伯にフェンデルやデオンのことを言った?」
「あ………」
確かに言ったことがある。
カナトは体が小刻みに震え出した。
「ちが……それは……」
「カナト、許して欲しいか?」
「え………?」
「僕に許して欲しいか?」
カナトは許してもらえるならと、何度も力強くうなずいた。
暗いなか、アレストの顔に歪んだ笑みが浮かんだ。
「だったら、今その命が欲しい」
「いのち……」
カナトの顔が冷たい手のひらに包まれた。
「きみの命が欲しい」
0
お気に入りに追加
569
あなたにおすすめの小説
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)
ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに
ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子
天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。
可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている
天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。
水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。
イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする
好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた
自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い
そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語
目が覚めたらαのアイドルだった
アシタカ
BL
高校教師だった。
三十路も半ば、彼女はいなかったが平凡で良い人生を送っていた。
ある真夏の日、倒れてから俺の人生は平凡なんかじゃなくなった__
オメガバースの世界?!
俺がアイドル?!
しかもメンバーからめちゃくちゃ構われるんだけど、
俺ら全員αだよな?!
「大好きだよ♡」
「お前のコーディネートは、俺が一生してやるよ。」
「ずっと俺が守ってあげるよ。リーダーだもん。」
____
(※以下の内容は本編に関係あったりなかったり)
____
ドラマCD化もされた今話題のBL漫画!
『トップアイドル目指してます!』
主人公の成宮麟太郎(β)が所属するグループ"SCREAM(スクリーム)"。
そんな俺らの(社長が勝手に決めた)ライバルは、"2人組"のトップアイドルユニット"Opera(オペラ)"。
持ち前のポジティブで乗り切る麟太郎の前に、そんなトップアイドルの1人がレギュラーを務める番組に出させてもらい……?
「面白いね。本当にトップアイドルになれると思ってるの?」
憧れのトップアイドルからの厳しい言葉と現実……
だけどたまに優しくて?
「そんなに危なっかしくて…怪我でもしたらどうする。全く、ほっとけないな…」
先輩、その笑顔を俺に見せていいんですか?!
____
『続!トップアイドル目指してます!』
憧れの人との仲が深まり、最近仕事も増えてきた!
言葉にはしてないけど、俺たち恋人ってことなのかな?
なんて幸せ真っ只中!暗雲が立ち込める?!
「何で何で何で???何でお前らは笑ってられるの?あいつのこと忘れて?過去の話にして終わりってか?ふざけんじゃねぇぞ!!!こんなβなんかとつるんでるから!!」
誰?!え?先輩のグループの元メンバー?
いやいやいや変わり過ぎでしょ!!
ーーーーーーーーーー
亀更新中、頑張ります。
悪役令息、主人公に媚びを売る
枝豆
BL
前世の記憶からこの世界が小説の中だと知るウィリアム
しかも自分はこの世界の主人公をいじめて最終的に殺される悪役令息だった。前世の記憶が戻った時には既に手遅れ
このままでは殺されてしまう!こうしてウィリアムが閃いた策は主人公にひたすら媚びを売ることだった
n番煎じです。小説を書くのは初めてな故暖かな目で読んで貰えると嬉しいです
主人公がゲスい
最初の方は攻めはわんころ
主人公最近あんま媚び売ってません。
主人公のゲスさは健在です。
不定期更新
感想があると喜びます
誤字脱字とはおともだち
ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる