転生と未来の悪役

那原涼

文字の大きさ
上 下
179 / 241
第五章

矢面に立つ1

しおりを挟む










シドが死んだかもしれない。

そう思うとカナトは何ものどを通らなくなった。

ユシルが先ほどから懸命に果物を小分けにしてくれている。ナイフを置いて、お皿に分けた果物を押し出した。

「ほら、少しだけ食べないと。意識体が食べ物を食べると本体の栄養にもなるから」

「………」

カナトはちらっとお皿を見た。すぐにため息をついて頭を垂らしたが、しばらくするとトボトボとお皿の前に来て、リンゴにむしゃりとかぶりついた。

「……うまい」

「よかった」

思えば昔、アレストの誕生日にテキトーにもぎ取ったリンゴをあげていた。その種を大事に保存している話だったが、今も保存しているのだろうか。

リンゴを見つめながらカナトはそんなことを考えた。

俺が魔女として人々の前に出ればアレストも魔女狩りをやめるって言われたけど、やめなかったらどうするんだよ。

そうなってしまったらカナトは自分が一生立ち直れない気がする。それこそ悲しみで元いた世界に帰ってしまいたいくらいである。

「なあ、ユシル」

「何?」

「前に俺が帰りたいなら帰れるって言ってたけど、どうやって帰るんだ?」

ユシルが少し驚いたような表情をした。

「あ、いや!帰りたいじゃない!ただ気になってな」

「……そうだね。まずはカツラギが集めていた樹液がまだあるからそれを使えるけど、呪文に関してはカナトが自分で唱えないといけない。呪文書を貸してあげる。読み方も教えるから、カナトが自分1人でも帰れるように手伝うよ」

「ありがとう、ユシル」

「そんな泣きそうな顔しないで。それにイグナスは……」

そこまで言うとユシルは言葉を切った。イグナスは何か自分に黙っている気がする。だがいくら聞いても教えてくれない。

「イグナスに何か言われても、カナトがやりたくないならやらなくていいんだよ」

「え……?ああ、うん」

カナトはイグナスから何があってもユシルの代わりに矢面に立つことを教えるなと言われている。

だから曖昧にうなずくことでごまかした。















カナトがその知らせを聞いたのは突然だった。ユシルから呪文の唱え方を習っていると、突然入ってきたクモにイグナスの前へと連れて行かれた。

「レーシ・クローリーとリアム・クローリーは知っているか」

いきなりそんなことを聞かれてカナトが目をパチクリとさせた。

「あ、ああ……クローリー親子のことか?」

「その2人がついさっき、正午に処刑された」

「…………………………なん、だって?」

一瞬頭の中が真っ白になり、体が不安定に揺れた。

「処刑、された?…誰が?」

「レーシ・クローリーとリアム・クローリーだ。罪名はアレストへの傷害行為と魔女信仰となっている」

一般人が貴族を殺そうとすることは死罪に値する。だが、当事者の貴族本人が許すとなれば罪の不問にすることは不可能ではない。ただし、見せしめとして取り調べののち、民衆の前に引っ張り出される。

アレストが刺されたことは少し騒がれていた。隠そうにも無理がある。

そうと知らず、カナトはあまりの衝撃に言葉が出てこなかった。

「おそらく都合がよかったからもともとの罪に魔女信仰の罪状を追加したのだろう」

カナトを気にせずイグナスは続けた。

「よくあることだ。あの親子と仲がよかったのだろう。残念だと思うが、

「………アレストが……あの2人を」

「どうする」

「どう、する?わ、わからない……なんでこんな……シドに続いてまた俺のせいで」

「シドが死んだとは限らない」

「でも俺見たんだよ!!長い針がシドののどを刺したのを!血だってたくさん出たんだよ!」

カナトの反応にイグナスは笑顔を作った。

「そうだな。その場面を見たんだったな。じゃあなおさら止めないといけない」

「俺もそうしたい……でも、どうすれば」

「前回言ったことを覚えているか?それを実行する日が近い。心の準備をしておけ」

「………わかった」

その時、イグナスの目がスッとドアの方へ向けられた。

「ユシルか?」

カナトが驚いて振り向いた。ドアと壁以外に何も見えない。イグナスの視線を追ってもハムスターの姿は見えなかった。

「ユシルがいるのか?」

「ああ、確実にいる」

「どこに?」

「ユシルは身を隠せるからな。周りからは透明にしか見えない」

なのになんでいるってわかるんだよ。

カナトはツッコミたいのを我慢した。

「カナト、お前は先に戻っていろ。少しユシルと話し合う。クモ、入ってこい」

「はい。失礼します」

ドアを開けてクモが入ってきた。イグナスはカナトをつかむとクモにぴゅんと投げた。

「部屋へ連れて帰れ」

「承知いたしました」

クモが退室し、部屋の中にイグナスと姿の見えないユシルだけになると、イグナスは幾分表情を和らげた。

「そんなに気になるのか」

しばらくして、ドアのそばの壁が一瞬ふくらんだように見え、小さなハムスターが姿を現した。その顔はどこか固く、口はきつく引き結ばれている。

「あまり魔力を使うな。溜めておいたほうがいい」

「カナトといったい何をするつもりなの?私には言えないこと?」

「お前は知らなくていい」

イグナスは近づいていき、カナトの時と違ってユシルをそっと両手のひらですくいあげた。

「全部お前を守るためだ。わかってくれ」

「カナトは傷つくの?」

「……ああ、たぶんな」

「………」

「アレストはやりすぎた。各地で私人による魔女狩りが行われている。このまま放っておけばどうなるか、お前ならわかるだろ」

「わかっている。でも……」

「その優しさは好きだ。できればこの先も保っていてほしい。そのためにやりたくないことも、汚いことも全て俺がやろう。お前は何も知らなくていい」

「それは卑怯すぎる。全部あなたに責任を負わせて私1人が楽をするなんて、卑怯すぎる」

「卑怯ではない。できることを、できる人がやるだけだ。ここ数日カナトに帰る方法を教えているようだな」

「うん。カナトが気になっているみたいだから」

「未来は真っ黒と言ってなかったか?カナトが帰った時に大変なことになると心配していたはずだ」

ユシルは少し不安げな表情になった。

「そうなんだけど、黒いもやが少し薄くなってきたんだ。おかしなことに、時々濃くなって、薄くなって、すごく不安定で……まるで、カナトの行いに繋がっているように感じる」

「あいつ自身がそもそも不思議な存在だ。通常あり得ないこともあいつの身に起こると不思議に感じなくなる」

「確かに少しそう思うかも」

ユシルは小さく苦笑いをした。そしてすぐに真剣な顔になった。

「イグナス、これだけは約束して。なるべくでいいから、兄さんも、カナトも傷つかない未来にしてほしい」

「難しいが、お前がそう願うなら」

前提として、そうすることでこの先もユシルの身に危険が及ばないことが条件である。

イグナスはアレストの姿を思い出した。平和解決ができるような相手とは思えない。だが、こちらには現在カナトという手札がある。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

美形でヤンデレなケモミミ男に求婚されて困ってる話

月夜の晩に
BL
ペットショップで買ったキツネが大人になったら美形ヤンデレケモミミ男になってしまい・・?

周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)

ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子 天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。 可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている 天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。 水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。 イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする 好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた 自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語

目が覚めたらαのアイドルだった

アシタカ
BL
高校教師だった。 三十路も半ば、彼女はいなかったが平凡で良い人生を送っていた。 ある真夏の日、倒れてから俺の人生は平凡なんかじゃなくなった__ オメガバースの世界?! 俺がアイドル?! しかもメンバーからめちゃくちゃ構われるんだけど、 俺ら全員αだよな?! 「大好きだよ♡」 「お前のコーディネートは、俺が一生してやるよ。」 「ずっと俺が守ってあげるよ。リーダーだもん。」 ____ (※以下の内容は本編に関係あったりなかったり) ____ ドラマCD化もされた今話題のBL漫画! 『トップアイドル目指してます!』 主人公の成宮麟太郎(β)が所属するグループ"SCREAM(スクリーム)"。 そんな俺らの(社長が勝手に決めた)ライバルは、"2人組"のトップアイドルユニット"Opera(オペラ)"。 持ち前のポジティブで乗り切る麟太郎の前に、そんなトップアイドルの1人がレギュラーを務める番組に出させてもらい……? 「面白いね。本当にトップアイドルになれると思ってるの?」 憧れのトップアイドルからの厳しい言葉と現実…… だけどたまに優しくて? 「そんなに危なっかしくて…怪我でもしたらどうする。全く、ほっとけないな…」 先輩、その笑顔を俺に見せていいんですか?! ____ 『続!トップアイドル目指してます!』 憧れの人との仲が深まり、最近仕事も増えてきた! 言葉にはしてないけど、俺たち恋人ってことなのかな? なんて幸せ真っ只中!暗雲が立ち込める?! 「何で何で何で???何でお前らは笑ってられるの?あいつのこと忘れて?過去の話にして終わりってか?ふざけんじゃねぇぞ!!!こんなβなんかとつるんでるから!!」 誰?!え?先輩のグループの元メンバー? いやいやいや変わり過ぎでしょ!! ーーーーーーーーーー 亀更新中、頑張ります。

悪役令息、主人公に媚びを売る

枝豆
BL
前世の記憶からこの世界が小説の中だと知るウィリアム しかも自分はこの世界の主人公をいじめて最終的に殺される悪役令息だった。前世の記憶が戻った時には既に手遅れ このままでは殺されてしまう!こうしてウィリアムが閃いた策は主人公にひたすら媚びを売ることだった n番煎じです。小説を書くのは初めてな故暖かな目で読んで貰えると嬉しいです 主人公がゲスい 最初の方は攻めはわんころ 主人公最近あんま媚び売ってません。 主人公のゲスさは健在です。 不定期更新 感想があると喜びます 誤字脱字とはおともだち

ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました

ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。 「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」 ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m ・洸sideも投稿させて頂く予定です

勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話

バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん< 山野 石郎 >改め【 イシ 】 世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中・・俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない< 覗く >という能力だけ。 これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。 無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。 不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!

処理中です...