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第五章
矢面に立つ1
しおりを挟むシドが死んだかもしれない。
そう思うとカナトは何ものどを通らなくなった。
ユシルが先ほどから懸命に果物を小分けにしてくれている。ナイフを置いて、お皿に分けた果物を押し出した。
「ほら、少しだけ食べないと。意識体が食べ物を食べると本体の栄養にもなるから」
「………」
カナトはちらっとお皿を見た。すぐにため息をついて頭を垂らしたが、しばらくするとトボトボとお皿の前に来て、リンゴにむしゃりとかぶりついた。
「……うまい」
「よかった」
思えば昔、アレストの誕生日にテキトーにもぎ取ったリンゴをあげていた。その種を大事に保存している話だったが、今も保存しているのだろうか。
リンゴを見つめながらカナトはそんなことを考えた。
俺が魔女として人々の前に出ればアレストも魔女狩りをやめるって言われたけど、やめなかったらどうするんだよ。
そうなってしまったらカナトは自分が一生立ち直れない気がする。それこそ悲しみで元いた世界に帰ってしまいたいくらいである。
「なあ、ユシル」
「何?」
「前に俺が帰りたいなら帰れるって言ってたけど、どうやって帰るんだ?」
ユシルが少し驚いたような表情をした。
「あ、いや!帰りたいじゃない!ただ気になってな」
「……そうだね。まずはカツラギが集めていた樹液がまだあるからそれを使えるけど、呪文に関してはカナトが自分で唱えないといけない。呪文書を貸してあげる。読み方も教えるから、カナトが自分1人でも帰れるように手伝うよ」
「ありがとう、ユシル」
「そんな泣きそうな顔しないで。それにイグナスは……」
そこまで言うとユシルは言葉を切った。イグナスは何か自分に黙っている気がする。だがいくら聞いても教えてくれない。
「イグナスに何か言われても、カナトがやりたくないならやらなくていいんだよ」
「え……?ああ、うん」
カナトはイグナスから何があってもユシルの代わりに矢面に立つことを教えるなと言われている。
だから曖昧にうなずくことでごまかした。
カナトがその知らせを聞いたのは突然だった。ユシルから呪文の唱え方を習っていると、突然入ってきたクモにイグナスの前へと連れて行かれた。
「レーシ・クローリーとリアム・クローリーは知っているか」
いきなりそんなことを聞かれてカナトが目をパチクリとさせた。
「あ、ああ……クローリー親子のことか?」
「その2人がついさっき、正午に処刑された」
「…………………………なん、だって?」
一瞬頭の中が真っ白になり、体が不安定に揺れた。
「処刑、された?…誰が?」
「レーシ・クローリーとリアム・クローリーだ。罪名はアレストへの傷害行為と魔女信仰となっている」
一般人が貴族を殺そうとすることは死罪に値する。だが、当事者の貴族本人が許すとなれば罪の不問にすることは不可能ではない。ただし、見せしめとして取り調べののち、民衆の前に引っ張り出される。
アレストが刺されたことは少し騒がれていた。隠そうにも無理がある。
そうと知らず、カナトはあまりの衝撃に言葉が出てこなかった。
「おそらく都合がよかったからもともとの罪に魔女信仰の罪状を追加したのだろう」
カナトを気にせずイグナスは続けた。
「よくあることだ。あの親子と仲がよかったのだろう。残念だと思うが、俺もついさっき知ったばかりだ」
「………アレストが……あの2人を」
「どうする」
「どう、する?わ、わからない……なんでこんな……シドに続いてまた俺のせいで」
「シドが死んだとは限らない」
「でも俺見たんだよ!!長い針がシドののどを刺したのを!血だってたくさん出たんだよ!」
カナトの反応にイグナスは笑顔を作った。
「そうだな。その場面を見たんだったな。じゃあなおさら止めないといけない」
「俺もそうしたい……でも、どうすれば」
「前回言ったことを覚えているか?それを実行する日が近い。心の準備をしておけ」
「………わかった」
その時、イグナスの目がスッとドアの方へ向けられた。
「ユシルか?」
カナトが驚いて振り向いた。ドアと壁以外に何も見えない。イグナスの視線を追ってもハムスターの姿は見えなかった。
「ユシルがいるのか?」
「ああ、確実にいる」
「どこに?」
「ユシルは身を隠せるからな。周りからは透明にしか見えない」
なのになんでいるってわかるんだよ。
カナトはツッコミたいのを我慢した。
「カナト、お前は先に戻っていろ。少しユシルと話し合う。クモ、入ってこい」
「はい。失礼します」
ドアを開けてクモが入ってきた。イグナスはカナトをつかむとクモにぴゅんと投げた。
「部屋へ連れて帰れ」
「承知いたしました」
クモが退室し、部屋の中にイグナスと姿の見えないユシルだけになると、イグナスは幾分表情を和らげた。
「そんなに気になるのか」
しばらくして、ドアのそばの壁が一瞬ふくらんだように見え、小さなハムスターが姿を現した。その顔はどこか固く、口はきつく引き結ばれている。
「あまり魔力を使うな。溜めておいたほうがいい」
「カナトといったい何をするつもりなの?私には言えないこと?」
「お前は知らなくていい」
イグナスは近づいていき、カナトの時と違ってユシルをそっと両手のひらですくいあげた。
「全部お前を守るためだ。わかってくれ」
「カナトは傷つくの?」
「……ああ、たぶんな」
「………」
「アレストはやりすぎた。各地で私人による魔女狩りが行われている。このまま放っておけばどうなるか、お前ならわかるだろ」
「わかっている。でも……」
「その優しさは好きだ。できればこの先も保っていてほしい。そのためにやりたくないことも、汚いことも全て俺がやろう。お前は何も知らなくていい」
「それは卑怯すぎる。全部あなたに責任を負わせて私1人が楽をするなんて、卑怯すぎる」
「卑怯ではない。できることを、できる人がやるだけだ。ここ数日カナトに帰る方法を教えているようだな」
「うん。カナトが気になっているみたいだから」
「未来は真っ黒と言ってなかったか?カナトが帰った時に大変なことになると心配していたはずだ」
ユシルは少し不安げな表情になった。
「そうなんだけど、黒いもやが少し薄くなってきたんだ。おかしなことに、時々濃くなって、薄くなって、すごく不安定で……まるで、カナトの行いに繋がっているように感じる」
「あいつ自身がそもそも不思議な存在だ。通常あり得ないこともあいつの身に起こると不思議に感じなくなる」
「確かに少しそう思うかも」
ユシルは小さく苦笑いをした。そしてすぐに真剣な顔になった。
「イグナス、これだけは約束して。なるべくでいいから、兄さんも、カナトも傷つかない未来にしてほしい」
「難しいが、お前がそう願うなら」
前提として、そうすることでこの先もユシルの身に危険が及ばないことが条件である。
イグナスはアレストの姿を思い出した。平和解決ができるような相手とは思えない。だが、こちらには現在カナトという手札がある。
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