転生と未来の悪役

那原涼

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第四章

抜け殻

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『コドク』の乗っ取り宣言から2週間。シドたちは餌やり以外ほぼ帰ってこなかった。それどころか、餌のパンクズを充分にまくだけてそのまま3日空けてから帰ってきた。

ドアを開けるなりシドは檻の前にくる。カナトとユシルが元気がない以外、なんともないのを確認すると「よかった。死んでない」とつぶやいた。

よかった死んでないじゃねぇんだよ!!

カナトは怒りのこもった視線を向けながらぺっとパンクズを檻から蹴り落とす。

ユシルは魔法でなんとか開けられないかを試したが、部屋の中に鍵がわりになるようなものは何一つなく、そのうえシドが水を用意し忘れたせいで2匹とも脱水症状になりかけた。

なんとかユシルの治癒魔法でしのげたが、死にかけた恨みが消えるわけじゃない。

「水を忘れてる」

シドの後ろから顔を出したムカデが檻の中を見て気づいた。

ハッとしてシドは急いで水を用意した。カナトとユシルはお皿の中の水をガブガブ飲み終えると、一口水を口にふくんだカナトはシドの前に来るとぷっと水を吹き出した。

「……どういう感情表現だ?」

カナトはふんっと檻の奥に行って無視した。

「鳥。こっち来い」

カナトは差し出された指を見て一瞥するだけで、ごろんとその場に寝転んだ。

「嫌われたのか?水忘れたからか?」

「最初から嫌われているはずだ」

そう言葉を背後から刺したムカデは「それより」と続けた。

「あと一歩だ。今後は接する人に気をつけたほうがいい」

「言われなくてもお前が監視しているだろ。そんなことより、鳥はどうやったら触れる?」

「………頭でもたたいてみろ」

「知らないなら黙れ、野蛮人」

シドはムカデにかまわず檻の中に手を差し入れてカナトを触ろうとした。しかし、足に何か当たったと感じたカナトが視線を向けると、無遠慮な指が足をくすぐっていた。

触んじゃねぇ!!

バッと起きて小さいくちばしがシドの指をつついた。

「じゃれ始めたな」

どこかだよ!怒ってんだよ!

「なあ、少しだけ出してもいいだろ」

きょとんとカナトが目をしばたたかせた。

「ぴぃぴぃ!」

「ほら、鳥もじゃれたがっている」

ムカデはその感情のこもってない目を飛び跳ねているカナトに向け、そしてシドをにらんだ。

「ダメだ」

「お前この鳥のお腹の毛に触ったことあるのか?」

「ない」

「気持ちいいぞ」

「知りたくもない。どうせなら隣のハムスターだ。あっちは静かでいい」

「こうしよう。お前がハムスターをなで、俺は鳥をなでる」

「取り出す前提で話すな。ダメだ」

「お前を『コドク』の会長に押し上げるのに俺の協力は不可欠だ。その俺が頼んでいるだろ」

「会長の座にお前の席もある。忘れるな」

どういうことだ?

カナトは『コドク』のことはよく知らないが、2人は『コドク』を乗っ取ろうとしているのはわかっている。しかし、その組織が抱えている暗殺者は少なくない。2人だけでどうやって会長の座に登るつもりだ、と疑わずにいられない。

もし2人とも会長になるのなら仲間割れしないか?どう見ても2人の仲は良いと程遠い。むしろ対立しているように見える。

「俺には俺の自由がある」

「怒らせるな、ハエ」

ハエと呼ばれてシドが眉をしかめた。

「俺をその名前で呼ぶなと言っただろ」

それに不可解そうに眉を寄せたのはムカデである。

「なぜだ。ハエの生存戦で生き残ったならその名前の何が受け入れられない」

「気に入らないと言っただろ!!……いたんだ、もう1人が」

シドは頭痛するように額を押さえてテーブルに手をついた。苦しげな顔に戸惑いが混ざり、瞳が不確かに揺れる。

「もう1人が……いたはずなんだ、…ーーっ!」

シドは頭の痛みに耐えられずその場にひざをついた。

ムカデはそんな姿にただ冷たい目を向けた。シドはなぜか自分が参加した生存戦にいないはずのもう1人の生存者がいると言う。だがその人物の顔も名前も知らない。

ムカデも調べたが、ハエの名を冠した生存戦にはシド1人しか生き残りはいない。そこまで考えてムカデもわずかに頭痛を感じた。

「いたんだ……ずっと一緒にいた人が」

最初から聞いていたカナトは、まさかシドが言うその人は自分なのか?と思った。

自分の存在を覚えている人がいるのか?














首都、ヴォルテローノ邸宅。

邸宅内では暗い雰囲気が漂っていた。

原因はアレストである。水に転落して流された使用人が戻って来たが、ずっと昏睡状態で目を覚さない。

日数に比例してアレストの状態も目に見えて変わって来た。

明るく優しい主人はどんどん無口になり、笑うことすら少なくなった。そのため、周りは機嫌をうかがうようになり、昏睡した使用人についてのことは口に出さないように気をつけていた。

そんななか、使用人の控えめな視線を受けながらアレストは廊下を通っていく。

すでに夕闇が差し、廊下にほんの暗い影を落としていた。鍵で部屋を開けて見ると、ベッドには仰向けで黒髪の青年が寝ている。

アレストはなるべく優しく笑おうとした。だがうまくできない。こんなことは初めてである。

ベッドそばに来ると椅子に腰かけた。そのまま黙ってしばらく青年を見つめる。

「カナト……」

応える声がなく、とてつもない不安が襲いかかる。

静かな寝息は聞こえるのに、その目は覚めることがない。

アレストは布団の中に手を入れてカナトの手を取り出した。

「いつになったら目を覚ましてくれる?」

不思議と食事や水分を取らなくてもカナトは痩せ細ることはなかった。むしろたまにパンクズとしゃがれた声でつぶやいている。

入れ込み過ぎないように気をつけなければいけない。そのはずだ。なのに心の中はカナトの笑顔と姿に埋め尽くされて酷くかき乱される。

「兄さん」

急に聞こえてきた耳障りな声にアレストが振り返る。

「なぜ入って来た」

「その、夕食をあまり食べていなかったから。これカナトの好物だよね?」

そう言って偽ユシルは手に持った液体チョコレートを差し出す。

「これ飲んだら?カナトの好物なら少しは食欲が湧くかなって思ったんだけど」

断ろうとしたアレストは、カナトの好物と聞いて口まで出かかった言葉を飲み込んだ。手を伸ばしてチョコレートを入れたグラスを見つめる。

カナト……早く、早く目を覚ましてほしい。チョコレートでもアーモンド入りのクッキーでもなんでも望むものをあげる。

もはやアレストのなかで芽生え始めた何かは確実に形となり始めている。

このままではダメだと、そう思うのにもう想いを止めることはできなかった。まるで抜け殻のようになったカナトを前に、アレストは自分をごまかしきれなくなった。

空虚感のなかでアレストはゆっくりとグラスを傾けた。










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