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第四章
帰還1
しおりを挟む11日目。
カナトが現実の世界に戻ってからすでに10回同じ日を繰り返した。
同じ朝に目覚め、スマホを確認する。
10回も死んだが、一向に小説の世界へ戻れない。最悪なことに、心の拠り所を探すために兄や両親に会いにいくうちに、ますますこの世界から離れ難くなってしまった。
カナトはスマホを床に落として頭を抱えた。
「……どうすんだよ。本当に戻れないじゃねぇか」
もうこのまま一生同じ日を繰り返すのではないかと考えてしまう。
いつもと同じように卵かけご飯を食べ、昼前には来月の家賃代で高いレストランで昼食を取る。その後、時間を見計らってユウシロウに電話をし、“家族で久しぶりの食事”をする。
そして最終的にはタクシーであの橋の前に立つ。
「今回で11回目になるな」
兄のユウシロウには事前に何があってもついてくるなと釘を刺していた。しかしなぜか毎回現れる。
泣きながら、小さい頃もっと関心持てなくてごめん、と謝ってカナトを必死に抱きしめた。
今日はこのまま死ななくていいんじゃないか?一回くらい夜はちゃんと寝たいしな。
夜の風が静かにカナトの前髪を揺らした。
歩道に移動して川を静かに見下ろす。
もう本当に戻れないんじゃないか……?アレスト、俺どうすればいいんだよ。
そのまましばらく頭を垂らしていると誰かがカナトのそばまで来た。
「カナト、どうしたんだ?」
「……ユウシロウ」
「久しぶりに電話してきたかと思ったらもう仕送りはしなくていいと言うし、本当に何があったんだ」
カナトはしばらくユウシロウの顔を見つめているとふたたび頭を垂らした。
「言っても仕方ねぇよ」
「言わなければわからないだろ?」
「………小説」
「小説?」
「読んでいたBL小説がいつの間にか消えてて、いくら検索しても出てこなかった」
少し沈黙があったあと、ユウシロウはポケットからスマホを取り出して「題名は?」と訊く。
「題名忘れた。人物名でもいい?」
「それでかまわない」
「でも調べても無理だと思うぞ。俺いろいろ打ち込んだけどダメだったし」
「ものは試しだろ?」
「まあ、そうだけど……アレスト・ロイマン・ヴォルテローノ」
ユウシロウが驚いたようにカナトを振り向いた。
まさかこんな長い名前がカナトの口からよどみなく出てくるとは思わなかったのである。
見ないあいだに成長したなぁ。
感慨深くなりながらユウシロウは一発で覚えたその人物名を打ち込む。
「ん?出てきたけど」
「え?」
カナトがパッユウシロウの腕をつかんで引き寄せる。
見ると、小説の投稿サイトから検索したのではなく、一般のスペースから検索している。
「俺ずっと小説サイトで探してた……」
やっぱり成長してなかったか……。ユウシロウは思わず笑いそうになった。
検索結果から題名を知り、今度は題名を検索にかけた。気になったのを開くとユウシロウは目を通していく。
「……カナト、どうやらこの作品盗作されて、その後作者が関連作品を全て消したみたいだ」
「あ"?んだと?盗作?」
「そうらしい。つい数日前のことだな」
カナトが読み終わったのはそれよりも少し前になる。なのでこの騒動自体知らなかった。ユウシロウは目を通しながらカナトに説明した。
「盗作したのは作者の友達らしい。作者の説明文によると投稿前の作品を友達に見せて、その後先に別の小説サイトで投稿されたみたいだ。そして盗作の連載は毎回作者の投稿日時になるとコピーして貼り付けたのを連載していたらしい。説明文を出したあとにも作者への誹謗中傷がわずかながら続き、関連作品をふくめて全て消すことになった、ってあるな。問い合わせも全部最初から書かなかったことにしますって補足に書いてある」
「何が友達だ!!盗作するようなやつが友達なわけないだろ!あ、やばい!」
1回目の時俺も作者に問い合わせたが、まさか誹謗中傷だと思われたか?
「カナト?」
「え?あ、いやなんでもない。盗作したやつは地獄に落ちて業火に焼かれればいいのにって思っただけだ」
「そうだな。同じようなこと俺の恋人も言ってた」
「そうか?俺と本当に気が合いそうだな」
「そうだろ」
また風が吹き抜けた。
カナトはこのまま飛び降りたいがいかんせんユウシロウが隣にいるので無理だった。
「ユウシロウ、もう帰ってもいいぞ?」
「帰ってほしいのか?」
「そうじゃないけど……その、もう遅いし?」
「………わかった。1人で帰れるか?」
「もう子どもじゃねぇよ」
「はは!そうだな。じゃあな、カナト」
ユウシロウがいなくなったのを確認してカナトは思い切り飛び出した。
その瞬間ーー
「カナト!?」
ユウシロウが慌てて駆け出してきた。
「だからなんで帰らないんだよ!!」
12回目の朝。
カナトは目覚ましが鳴り出した途端にバンッと止めた。
日付を確認してため息を吐き出す。
その時。
「いてっ!」
何か硬いものが起きた際に立てたひざにめり込む。
カナトはひざを押さえ込んで敷布団の上で転がった。
「なんだよ、クソ」
持ち上げて見るとそれは石だった。
「あっ!」
その石はカツラギが帰る時に届けに行ったユシルの大切なものかもしれない石だった。
なんでこれが……今まで朝起きてこんな石なかったのに。
今までと違う出来事にカナトは心が踊り出したのを感じた。
「ユシル、ユシル?」
呼びかけて見るが返答などあるはずがなかった。
結局一日中その石を持ってみたが、何も起きなかった。12回目ともなるとカナトはもう橋に行くのをあきらめ、マンションに帰ると疲れてそのまま寝てしまった。
そして夢のなか、ずっと名前を呼ばれている気がした。
「カナト、カナト!!」
んあ?
「起きて!!」
ハッとしたように起きるとカナトは周りを見た。まだ真っ暗である。
あれ?
「カナト!私だよ!」
カナトが起きたのはまだ12日目の夜である。
「ユシル?ユシルなのか!どこにいるんだよ!ていうかこれ夢か?」
「夢じゃない!今石に宿っている意志で話しかけているよ!」
石?と繰り返してカナトが慌てて枕元に置いた石を持ち上げた。
「本当にユシルなのか?」
「本当に私だよ」
「ユシル!俺どうすれば、いっぱい死んだけど、でも……」
「カナト、落ち着いて。あのね、今私やイグナスがいる世界は少し大変なことになっているの」
「どういうことだ?」
「詳しく話す暇はないんだ。わずかな意志しか宿らせなかったから、もうすぐ消えると思う。今私の体は知らない人に、カナトと同じ世界の人に奪われてしまった」
「どういうことだ?カツラギなら……」
「カツラギは私が自分の意思でこっちの世界に招き入れたの。強引だったから招きと言うのは少し違うかな。とにかく領地巡りで事故に遭ったとき、誰かが私の体を奪おうとしたのを感じたんだ。すごく嫌な感じがして、とっさにカツラギを探し当てた。でもあれから目覚めなくて、何も対策ができなかった……。予想外なのはカナトも戻ってしまったことなの」
「それだよ!俺どうすればいい!同じ日ばかり繰り返して、いくら死んでもそっちには戻らないんだよ!」
「落ち着いて、大丈夫。カナトがこっちに戻るには同じ手順をたどればいい」
「同じ手順?」
「そうーーっちのせーーをーー」
急に石から声が途切れ始めた。
「ユシル?大丈夫か!」
「ーーいっ!ーーだして!」
「出して?何を?……ユシル?ユシル!」
石がただころんとしたままカナトの手に乗っていた。何も声は聞こえなくなってきた。
カナトはユシルが言っていた同じ手順という言葉をよく考えてからすぐにハッとする。
「もしかして、同じ時間帯に同じ事故方法で死なないといけないのか?」
◇————————————————————
帰るところまで書こうと思っていたのですが、少し間に合わなくなってしまいました…
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