68 / 241
第三章
打算
しおりを挟むこれくらいしたほうがいいだろう。カナトの反応を見ていたアレストはそう思った。
カナトはこの気持ちに触れると逃げたくなるなら、何かを隠れみのにすればいい。例えば愛に気づいたように“愛”を建前にして足枷や過剰な行動のイメージを軽減すれば衝撃が大きいほうへ行く。
ちょうどいい質問がきたことでアレストはそれを利用することにした。今回は足枷より告白のほうがカナトにとって衝撃的であったためかなり意識されるだろう。
もっとも、アレストがカナトへの気持ちは本人にもわからないのは確かであった。それでも自分の気持ちに迷ったことはない。気づいてしまったあの夜から、すでにカナトの全てを占領したいと思った。脳も体も心も全て手に入れたい。そこに罪悪感も倫理観もない。とっくにこれを愛として見ていた。
そして今回のことを通してカナトにもその気があるなら特別な関係に持ち込める大きな一歩となる。反感を覚えて離れようとすれば壊してしまえばいい。簡単なことだった。だから一度も自分の気持ち、もとい欲望に迷ったことはない。
これがアレスト・ロイマン・ヴォルテローノという悪役である。
抱き上げられて逃げ道のないカナトはずっと居心地悪そうにいている。しかし顔だけは真っ赤にして手に力を入れていた。
アレストは口をふさいでくる手をちろっとなめた。
「おい!」
案の定カナトが毛を逆立てた。アレストは自由になった口で笑う。
「カナトは僕のことがいやじゃないだろ?」
「そ、そうだけど……でも、俺そんな気、なくて……その」
「急に言われて驚いたんだな。すまなかった。でもきみの心が欲しい。心だけじゃない。きみの全てが欲しい」
真摯に見つめられて、足枷をはめた相手に対してカナトは思わず心がドキッとした。してからおかしいと気づく。
ドキ!?
心臓の位置を抑えて目を見開く。
なにでときめいたんだ今!!
「カナト?」
「ふぁい!!」
「………どうしたんだ?」
「ちが、その……お、俺のことが好きなのか?」
「大好きだ!」
「そんなうれしそうな顔で笑うな!クソ!」
真っ赤になったままカナトは口をもごもごとさせた。何か言いたげな様子にアレストは辛抱強く待つ。
「その……好きだって言うなら、キス、できるのか?」
ほんの一瞬沈黙が降りた。
何言ってんだ俺ッ!!?
「できるよ。言ったはずだ。きみとなら恋人や夫婦のあいだでする行動ができると。今試してみるか?」
「ッ!??」
アレストは片手でカナトを持ち上げ、空いた手でその後頭部にそえた。
「ちょ、まっ……」
だんだんとせまり来る顔にカナトの脳内はパニクり、体がわなわなと震え出す。
「……ぁ、ま………ああああ"あ"あ"ッ!!!」
唇が触れようとする寸前、ついに恥ずかしさに耐えきれなかったカナトは叫んでから必死に体をよじってベッドに落ちた。布団をかき集めて蛹のように自分をくるんでそのままシーンと動かなくなる。
アレストは親指で唇をなぞるとフッと笑みをもらした。
どうやら自分が考えるほど反感はないようである。まだ受け入れられないようだが、反応を見るに、抵抗感より恥ずかしさのほうが上回っているらしい。
予想外の収穫だな。
顔の笑みはさらに深まる。
「カナト、出ておいで」
「………」
「本当にその蛹みたいな状態で羽化するつもりか?」
「………」
「悪かった。今のはただの冗談だ。おやつは特別にクッキーを用意するよう厨房に言っておく」
「………本当か?」
「もちろん」
「でも今は出たくない!」
「わかった。また夕方近くになったら帰ってくる。それじゃあそろそろ行かないと。行ってきます」
「早く行け!」
軽く笑ってからアレストは部屋を出て行った。
布団の中でカナトはまだ顔の熱が収まらない気がした。真っ赤になったまま身体中に血液がすさまじい速さで駆け巡るのを感じた気がした。
カナトと別れてから邸宅を出たアレストはフェンデルのところに来ていた。
相変わらず暗い内装の廊下を通って接客室に来る。
すでにデオンが来ていた。
「よお、アレスト」
「そのニヤつく顔見せるな。目障りだ」
「おい!なんでそんなに刺々しいんだよ!計画失敗したの俺のせいじゃねぇだろ?むしろお前の使用人のために真っ先に医者呼んだの俺だぜ?」
「ああ、ありがとう」
アレストはソファでデオンと離れた端の位置に腰を下ろすと背中を預けた。
向かいで紅茶をカップに注いだフェンデルはソーサーごとアレストの前に押し出す。
「でもカナトさんのおかげで王家がヴォルテローノ家に警戒心を抱かずにすみましたね。むしろ第二王子の失態を防ぐことができましたし」
「本来の計画通りだと他の貴族にダメージ与える予定なのに、真っ先に王家に手を出すなんざ、庶民の考えていることはわかんねぇな」
「まあ、今回の失敗でデオンの愚策を取らずによかったとわかったわけですし」
「俺に対して何か言わないと気がすまないのか?」
デオンの計画では貴族として直々に反旗を掲げる民衆に呼びかけ、計画の成功性を高めるものだったが、アレストがそれだと万が一誰かが捕まってこちら側の名前を吐き出してしまえば終わりだと裏側から煽ることにした。
貴族の噂を流し、民衆の不満を高め、毒の入手経路をそれとなく提案する。すべては裏側から手を回すことで自分たちの顔と名前を出さず、かつ安全に高みの見物ができる予定だった。
「違いますよ。それにしても、まさかカナトさんに見られてしまうなんてね」
アレストが目線を上げた。
「御者の話によると怪しい人影を見たらしい」
「なるほど。隠密性が足りなかったようですね。やはり民衆だけでは難しいのでしょう。今度は誰かを送り込むことで引導するのもいいかもしれません」
アレストは肯定も否定もしなかった。
御者の言うことは嘘ではないはずだ。しかし何かが腑に落ちない。
御者は人影などなにも見なかったと言う。夜道を走ることもある御者は夜目が効くことが多い。たまたま見えなかった可能性もあるが、何かが引っかかる。
一度、カナトに確認してみるか。
10
お気に入りに追加
569
あなたにおすすめの小説
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)
ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに
ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子
天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。
可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている
天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。
水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。
イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする
好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた
自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い
そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語
目が覚めたらαのアイドルだった
アシタカ
BL
高校教師だった。
三十路も半ば、彼女はいなかったが平凡で良い人生を送っていた。
ある真夏の日、倒れてから俺の人生は平凡なんかじゃなくなった__
オメガバースの世界?!
俺がアイドル?!
しかもメンバーからめちゃくちゃ構われるんだけど、
俺ら全員αだよな?!
「大好きだよ♡」
「お前のコーディネートは、俺が一生してやるよ。」
「ずっと俺が守ってあげるよ。リーダーだもん。」
____
(※以下の内容は本編に関係あったりなかったり)
____
ドラマCD化もされた今話題のBL漫画!
『トップアイドル目指してます!』
主人公の成宮麟太郎(β)が所属するグループ"SCREAM(スクリーム)"。
そんな俺らの(社長が勝手に決めた)ライバルは、"2人組"のトップアイドルユニット"Opera(オペラ)"。
持ち前のポジティブで乗り切る麟太郎の前に、そんなトップアイドルの1人がレギュラーを務める番組に出させてもらい……?
「面白いね。本当にトップアイドルになれると思ってるの?」
憧れのトップアイドルからの厳しい言葉と現実……
だけどたまに優しくて?
「そんなに危なっかしくて…怪我でもしたらどうする。全く、ほっとけないな…」
先輩、その笑顔を俺に見せていいんですか?!
____
『続!トップアイドル目指してます!』
憧れの人との仲が深まり、最近仕事も増えてきた!
言葉にはしてないけど、俺たち恋人ってことなのかな?
なんて幸せ真っ只中!暗雲が立ち込める?!
「何で何で何で???何でお前らは笑ってられるの?あいつのこと忘れて?過去の話にして終わりってか?ふざけんじゃねぇぞ!!!こんなβなんかとつるんでるから!!」
誰?!え?先輩のグループの元メンバー?
いやいやいや変わり過ぎでしょ!!
ーーーーーーーーーー
亀更新中、頑張ります。
悪役令息、主人公に媚びを売る
枝豆
BL
前世の記憶からこの世界が小説の中だと知るウィリアム
しかも自分はこの世界の主人公をいじめて最終的に殺される悪役令息だった。前世の記憶が戻った時には既に手遅れ
このままでは殺されてしまう!こうしてウィリアムが閃いた策は主人公にひたすら媚びを売ることだった
n番煎じです。小説を書くのは初めてな故暖かな目で読んで貰えると嬉しいです
主人公がゲスい
最初の方は攻めはわんころ
主人公最近あんま媚び売ってません。
主人公のゲスさは健在です。
不定期更新
感想があると喜びます
誤字脱字とはおともだち
ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です
勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話
バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん< 山野 石郎 >改め【 イシ 】
世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中・・俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない< 覗く >という能力だけ。
これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。
無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。
不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる