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第ニ章
飲み物1
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イグナスの出現に騒いでいた男は一瞬黙ってしまった。
すぐに怒りに顔を染めると、そこへ見知った姿が走って来た。
デオン?
デオンは「兄貴!」と呼びかけながら男につかみかかった。驚いた男はつかんでくる手を振り解こうとするが、体格差であっさりと負けた。
「離せっ!」
「兄貴、落ち着け!またこんなに酒を飲みやがって!」
「誰のせいだと思っているんだ!俺が、俺が何も知らないと思うな!」
一瞬だけデオンの動きが鈍る。だがすぐに男の顔を手で包むと額を打ちつけた。その痛々しい音はカナトのところまで響いて来た。
「痛そうだな……カツラギ、って、あれ?何やってんだ?」
なぜかカツラギは目を覆っていた。
「そうだな」
間近で響いたその声にカナトの背筋が凍える。
ぎこちなく首を回すと真っ白な貴族服が目に入った。思わずカツラギと同じように目を覆いたくなる。
「ア、アレスト…あはは、来ていたんだな」
「ああ」
アレストはカナトの頭に手を置くとにっこり笑う。
「何か好きなものは買ったか?」
怒ってない?はは!ラッキー!
「何も買ってない!」
近くでカツラギが何か言いたげな顔で唇を噛んだ。
「何も買ってない……つまりずっとここでユシルと一緒にいたのか?」
笑っていたカナトの顔が固まる。
そういう意味で言ったのか!?
「いや、ちが、その……」
カナトは無意識に助けを求める視線をカツラギに投げた。それがまったくの逆効果だった。
イグナスは状況を見て「失礼」とそそくさとカツラギを連れて行き、残されたカナトは恐るおそるとアレストを見上げた。
笑っているが目が冷たい。
「そういえばカナト、最近お菓子食べ過ぎかもしれないな」
「そ、そうか?」
「少しのあいだ、禁止しようか」
たっぷり3秒固まってからカナトが驚いた表情をする。
「な、ななな、なんで!!」
「カナトの体調のためだ。食べすぎると体に悪いからな」
そう言って歩き出した。
「いやいやいや!待て待て!!本当にそう思って言ったのか!?」
カナトは慌ててアレストの前に周り、渡されていた黒い袋を両手で差し出した。どこかご機嫌をとる表情で上目に見る。
「ほら、お金も使わずに守っていたし?ユシルに話しかけたのも1人でいるの見て心配したんだよ。だから、な?」
事情を知っていれば誰が聞いても少し無理のある言い訳だった。
「厨房にもそのことを伝えておく」
「なっ!?おい!」
馬車につくまでのあいだカナトは考え得る限りの謝罪をしたがどれも功をなさなかった。
結局おでかけは何もできずに帰ってしまうこととなった。
帰りの馬車にフェンデルはいたが、デオンはいなかった。
フェンデルはアレストとカナトのあいだに漂う雰囲気に気づいたがあえて触れないことにした。
馬車から邸宅に着くまでカナトはアレストを見向きもせずに腕を組んでいる。それどころか目線すらあげなかった。
今回に限ってアレストもなかなか折らない。
メイドたちはハラハラし、厨房ではカナトの盗み食い対策により一層と力を入れていた。
もうすぐお城でのパーティーが開かれるため、アレストは友達の家に泊まったり帰って来たりを繰り返していた。そのあいだにもユシルへ勉強を教えることもこなしているため、どんどん忙しくなっていく。
カナトは連日のように厨房へ侵入しようとしては追い出されるのを繰り返していた。
昼下がりの時間帯、盗み食いが失敗したカナトはなんとか甘いものを口にできないかと邸宅をこっそり出ようとした。
なのに、なぜかアレストにバレた。
門前で説教を受けながらカナトはうつむいている。
「ここは領地じゃない。万が一何かあったらかばってあげられないんだ」
「……はい」
「本当にわかっているのか?」
「甘い何かが食べたい」
「はあ……わかった。これからフェンデルの家に泊まるから、ついて来るか?お菓子もあるらしい」
「マジで?」
「もう勝手に1人で外出しないと約束できるならな」
「約束する!」
仕方なさそうに笑ってアレストはカナトの頭を軽くなでた。結局最後で折れるのはアレストのほうである。
カナトは道中窓の外を眺めながらフェンデルの家で食べたお菓子を思い出していた。そのためか、すっかりのその家の内装のことを忘れてしまっている。
フェンデルの家につくと、シアンというメイドが出迎えたことでカナトは思い出した。この家はお化け屋敷とほぼ変わらない雰囲気があることを。
廊下の額縁に入れられた女の絵、ドアにくっつけられた変な悪魔のオブジェ、全ての窓にカーテンが引かれた屋敷。
入るにあたりカナトはずっとアレストの背後にくっついていた。
「な、なあ、本当にここで泊まるのか?」
「一緒の部屋で寝るか?」
「お前がどうしてもって言うなら……」
「きみと寝たいな」
「仕方ねぇな一緒に寝てやる!」
アレストは思わず笑った。
「可愛いなぁ」
「黙れっ!可愛いって言うな!」
騒いでいるあいだに2人はフェンデルのいる部屋へ案内された。二階の端にある部屋である。
「フェンデル様、アレスト様とカナトさんがご到着されました」
「開いているよ」
シアンがドアをうやうやしく開けるとアレストは入って行った。
部屋の中はまだ昼間なのにしっかりとカーテンが閉められていた。フェンデルはキャンパスの前で布をかけながら振り返った。
床に置かれた絵の具や筆一式を見るとどうやらついさっきまで描いていたらしい。
「いきなりだけどカナトも連れて来た」
「かまいませんよ。大歓迎です。シアン、何かおやつでも運んできてもらえるかな」
「はい」
ドアを閉めてシアンは離れていった。
「そこにある椅子たちのなかで好きなのにお座りください。カナトさんは初めてこの部屋に来ましたよね。ここは私が絵を描くための部屋です。私本人の趣味により色々と刺激的な絵があるので、くれぐれも見ないようにお願いしますね」
本人の趣味と聞いたところでカナトは思い切り興味が消えた。この屋敷の内装が本人の趣味だと教えられたことをまだ覚えている。
「見るかよ!」
アレストは椅子を2つ引いて並べた。
「カナト、座っていいよ」
ちょっと隙間があったのでカナトは恐怖心からズリッと椅子を引き寄せた。
イーゼルに立てかけられたキャンパスには真っ白なもの以外全部布が被せられている。その布が深い色のものばかりであった。
どんな絵たちなのか想像もしたくない。
「さて、お城でのパーティーについて話し合いましょう」
フェンデルはもともと細い目をさらに細めて笑った。
すぐに怒りに顔を染めると、そこへ見知った姿が走って来た。
デオン?
デオンは「兄貴!」と呼びかけながら男につかみかかった。驚いた男はつかんでくる手を振り解こうとするが、体格差であっさりと負けた。
「離せっ!」
「兄貴、落ち着け!またこんなに酒を飲みやがって!」
「誰のせいだと思っているんだ!俺が、俺が何も知らないと思うな!」
一瞬だけデオンの動きが鈍る。だがすぐに男の顔を手で包むと額を打ちつけた。その痛々しい音はカナトのところまで響いて来た。
「痛そうだな……カツラギ、って、あれ?何やってんだ?」
なぜかカツラギは目を覆っていた。
「そうだな」
間近で響いたその声にカナトの背筋が凍える。
ぎこちなく首を回すと真っ白な貴族服が目に入った。思わずカツラギと同じように目を覆いたくなる。
「ア、アレスト…あはは、来ていたんだな」
「ああ」
アレストはカナトの頭に手を置くとにっこり笑う。
「何か好きなものは買ったか?」
怒ってない?はは!ラッキー!
「何も買ってない!」
近くでカツラギが何か言いたげな顔で唇を噛んだ。
「何も買ってない……つまりずっとここでユシルと一緒にいたのか?」
笑っていたカナトの顔が固まる。
そういう意味で言ったのか!?
「いや、ちが、その……」
カナトは無意識に助けを求める視線をカツラギに投げた。それがまったくの逆効果だった。
イグナスは状況を見て「失礼」とそそくさとカツラギを連れて行き、残されたカナトは恐るおそるとアレストを見上げた。
笑っているが目が冷たい。
「そういえばカナト、最近お菓子食べ過ぎかもしれないな」
「そ、そうか?」
「少しのあいだ、禁止しようか」
たっぷり3秒固まってからカナトが驚いた表情をする。
「な、ななな、なんで!!」
「カナトの体調のためだ。食べすぎると体に悪いからな」
そう言って歩き出した。
「いやいやいや!待て待て!!本当にそう思って言ったのか!?」
カナトは慌ててアレストの前に周り、渡されていた黒い袋を両手で差し出した。どこかご機嫌をとる表情で上目に見る。
「ほら、お金も使わずに守っていたし?ユシルに話しかけたのも1人でいるの見て心配したんだよ。だから、な?」
事情を知っていれば誰が聞いても少し無理のある言い訳だった。
「厨房にもそのことを伝えておく」
「なっ!?おい!」
馬車につくまでのあいだカナトは考え得る限りの謝罪をしたがどれも功をなさなかった。
結局おでかけは何もできずに帰ってしまうこととなった。
帰りの馬車にフェンデルはいたが、デオンはいなかった。
フェンデルはアレストとカナトのあいだに漂う雰囲気に気づいたがあえて触れないことにした。
馬車から邸宅に着くまでカナトはアレストを見向きもせずに腕を組んでいる。それどころか目線すらあげなかった。
今回に限ってアレストもなかなか折らない。
メイドたちはハラハラし、厨房ではカナトの盗み食い対策により一層と力を入れていた。
もうすぐお城でのパーティーが開かれるため、アレストは友達の家に泊まったり帰って来たりを繰り返していた。そのあいだにもユシルへ勉強を教えることもこなしているため、どんどん忙しくなっていく。
カナトは連日のように厨房へ侵入しようとしては追い出されるのを繰り返していた。
昼下がりの時間帯、盗み食いが失敗したカナトはなんとか甘いものを口にできないかと邸宅をこっそり出ようとした。
なのに、なぜかアレストにバレた。
門前で説教を受けながらカナトはうつむいている。
「ここは領地じゃない。万が一何かあったらかばってあげられないんだ」
「……はい」
「本当にわかっているのか?」
「甘い何かが食べたい」
「はあ……わかった。これからフェンデルの家に泊まるから、ついて来るか?お菓子もあるらしい」
「マジで?」
「もう勝手に1人で外出しないと約束できるならな」
「約束する!」
仕方なさそうに笑ってアレストはカナトの頭を軽くなでた。結局最後で折れるのはアレストのほうである。
カナトは道中窓の外を眺めながらフェンデルの家で食べたお菓子を思い出していた。そのためか、すっかりのその家の内装のことを忘れてしまっている。
フェンデルの家につくと、シアンというメイドが出迎えたことでカナトは思い出した。この家はお化け屋敷とほぼ変わらない雰囲気があることを。
廊下の額縁に入れられた女の絵、ドアにくっつけられた変な悪魔のオブジェ、全ての窓にカーテンが引かれた屋敷。
入るにあたりカナトはずっとアレストの背後にくっついていた。
「な、なあ、本当にここで泊まるのか?」
「一緒の部屋で寝るか?」
「お前がどうしてもって言うなら……」
「きみと寝たいな」
「仕方ねぇな一緒に寝てやる!」
アレストは思わず笑った。
「可愛いなぁ」
「黙れっ!可愛いって言うな!」
騒いでいるあいだに2人はフェンデルのいる部屋へ案内された。二階の端にある部屋である。
「フェンデル様、アレスト様とカナトさんがご到着されました」
「開いているよ」
シアンがドアをうやうやしく開けるとアレストは入って行った。
部屋の中はまだ昼間なのにしっかりとカーテンが閉められていた。フェンデルはキャンパスの前で布をかけながら振り返った。
床に置かれた絵の具や筆一式を見るとどうやらついさっきまで描いていたらしい。
「いきなりだけどカナトも連れて来た」
「かまいませんよ。大歓迎です。シアン、何かおやつでも運んできてもらえるかな」
「はい」
ドアを閉めてシアンは離れていった。
「そこにある椅子たちのなかで好きなのにお座りください。カナトさんは初めてこの部屋に来ましたよね。ここは私が絵を描くための部屋です。私本人の趣味により色々と刺激的な絵があるので、くれぐれも見ないようにお願いしますね」
本人の趣味と聞いたところでカナトは思い切り興味が消えた。この屋敷の内装が本人の趣味だと教えられたことをまだ覚えている。
「見るかよ!」
アレストは椅子を2つ引いて並べた。
「カナト、座っていいよ」
ちょっと隙間があったのでカナトは恐怖心からズリッと椅子を引き寄せた。
イーゼルに立てかけられたキャンパスには真っ白なもの以外全部布が被せられている。その布が深い色のものばかりであった。
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