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第ニ章
もう1人の友達
しおりを挟む朝、カナトが目を覚ますと隣にアレストがいた。
昨日到着してから勝手に空き部屋を使ったはずだが、夜いざ寝ようとしたところへアレストが乱入し、布団ごとカナトを抱き上げると自分の部屋へ連れ去った。
この束縛の強い感じに慣れず、夜中にこっそり自分の部屋へ帰ろうとしても、まるで狙ったかのようにアレストは目を覚ます。
脱走をあきらめたカナトは大人しく一緒に寝ることにした。
そして今、頬をなでられながら見下ろされているせいですぐに我に返ることができなかった。
「なっ、何やってんだ!」
なでられた頬を押さえてカナトはズバッと距離を取る。
「寝顔が可愛かったからな。つい」
アレストはすでに着替えも済ませてベッドに腰掛けていた。
「ついじゃねぇだろ!距離近いんだよ!」
「嫌いか?」
青い瞳にわずかに陰が差す。
カナトはブルブルと頭を横に振った。
「よかった。できればカナトとこれからもこんな距離でいたいな」
ほぼカナトに拒否権はなかった。
カナトは発狂事件からアレストの行動がやや強引に感じた。
おかしいなぁ。なんでヤンデレなんかになってしまったんだ?どう見てもなった相手が俺なんだよな。
ベッドを降りたアレストを目で追いながら何かを持って近づいてくるのを見た。着替えである。
「……なんのつもりだ?」
伸びてこようとする手をシュパッと捕まえる。
「着替え手伝ってあげようと思って?」
「思って?じゃねぇよ!自分でやる!」
そう言って衣服を奪おうとしてもアレストは気にせず、着替えをベッドに置くとカナトの手首をつかんでくるっと背を向かせた。
手首をそのまま背中に固定して、前に回した手でカナトの寝巻きのボタンを一つずつ解いていく。
春とはいえ、王国の立地的に今の時期は朝だとだいぶ冷え込んでいる。
冷たい指先がはだけた胸をかすめて、その冷たさにカナトが思わず震えた。
「自分でやるから!手を離せ!」
「大丈夫、手伝うよ」
ボタンを解かれるたびに指先が肌をかすめて、触れられた部分がまるで熱を持ったかのように熱くなった。
手はどんどん下がっていき、その焦らすようにゆっくりとした所作にカナトの耳が真っ赤になる。下腹部に触れられ、ズボンのふちに手をかけられた時、ついに耐えきれなかったカナトは無理やり体をよじらせて脱出した。
布団を体に巻いて全身の毛を逆立てるようににらむ。
「出ていけ!!じゃないと今すぐ窓から飛び降りてやる!!」
カナトの身体能力を考えるに、おそらく窓から飛び降りたところでなんともないだろうが、それでもアレストは軽く笑って部屋を出て行った。
確かに出て行ったのを見ると、部屋の中に「はあああぁぁ~!!」と変な声が響いた。声の主は言わずもがなカナトである。
布団を頭まで被って恥ずかしさにもだえた。
なんで手つきがあんなにいやらしいんだ!!
着替えを済ませたカナトは廊下にアレストがいないのを確認すると、泥棒のように壁つたいに移動した。
廊下には今現在数人のメイドたちが行き来している。
カナトを見て怪訝そうにするが、屋敷でわりとその破天荒な行動に慣れて来たため、ひと眼見るだけで自分の仕事に集中した。
首都にある邸宅はヴォルテローノ領の屋敷と比べてだいぶ小さいが、それでも中は部屋数が多く広い。掃除だけでもかなり大変だった。
もちろん掃除という言葉と縁遠いカナトは今からムソクのところへ向かう。教育係としてまず教えなければいけないことがあった。
その一方でアレストは急な接客をしていた。
接客しているアレストは無表情で向かいにいる人物を見た。
「連絡するまで会いに来るなと言ったはずなんだがな」
「そう言うなよ?友達だろ?なんでフェンデルのところに行って、俺のところには行かねぇんだよ?」
「後日行くつもりだ。それなのにいきなり来て……」
「怒るなハハハ!!」
「要件は?」
「そうだった。まあ、あれだ。兄貴のことで感謝したくてな」
「感謝?はっ……そうか、それならいらない。むしろ僕の計画がきみのために役立ってよかったよ。どのみちこれからは協力関係だ。言葉より行動で示してくれ」
「つれねぇな?お前のおかげで頭のいい兄貴が女と賭け事に溺れてくれたんだ!怒った父が計画通りに爵位を俺に譲ることが決まった!最高だろ!!」
「そうか。おめでとう」
アレストはそう言って笑った。だが、と続けて表情をほんの少し翳らせた。
「言う場所はわきまえてくれ」
「わかっている。でも来るのは俺だとわかってどうせ人払いしたんだろ?」
「どうだろうな。予想外のこともある」
「ん?」
その時だった。突然窓が勢いよく開けられた。窓枠にホラー映画のように人の手がかけられ、続いて黒い頭がポンと現れた。
「アレスト!?ちょうどよかった!助けてくれ!厨房のやつらに追いかけられている!!」
そう言って窓から侵入し、慌てて窓を閉める。
アレストは慣れたように立ち上がってカナトのそばへ行くと横向きに抱き上げた。
「おい!」
「ムソクと一緒にいると思ったんだけどな」
「ん…まあ、最初はな?でも先輩として後輩に教えなきゃいけないことがあってな、お腹がすいた時は厨房であまり物をもらう方法を伝授しようとしたんだよ。来たばっかりだからみんな油断していると思ったんだけど、いきなりバレて……」
「ははは!みんな屋敷の時からきみの盗み食い癖は知っていたからな。そんなにたやすく警戒心なくしたりしないさ。でもまさか盗み食いを新人に教えようとしていたなんてな。それでムソクは?」
「そういえばこっちに来てから急にいなくなったな」
「……ああ、なるほど。わかった。いい機会だし、僕のもう1人の友達を紹介するよ」
友達?とカナトは部屋の中を見た。すると、ソファで呆けたような顔で見てくる男がいた。吊り目の一重まぶたでやけに歯が鋭く見える男である。
初見でいい人そうには見えないタイプの顔立ちだった。
なんでアレストの友人ってこうも特徴的な人ばかりなんだろうな。サメみたいな歯してんな。
「彼はデオン。ただの貴族だ」
「ただの貴族ってなんだよ。紹介雑だな」
「きみにとっては重要じゃないからだよ」
「そう、なのか?」
「うん。きみにとって重要なのは僕だけでいい」
「…………………………………………。そういえば用事思い出した!ムソク探してくる!」
そう言ってカナトはアレストのお姫抱っこから降りてそのまま部屋から逃げ出した。
アレストは笑顔を保持したままソファに座った。瞬間、笑っていた表情を無にした。
「お前のそれもう顔芸並みだな……いや、それより今の誰だ?お前が言っていたあのユシルか?」
ダンッーー
思い切りテーブルに叩きつけられた手にデオンがびっくりして背中を背もたれにくっつけた。
青い瞳が氷点下の温度でデオンをにらんだ。
「あの子はカナトだ。僕の専属使用人だ」
「あ、ああ!前に話していた人か!いや、使用人!?あれが?大事な人だって言うからてっきりもっと賢そうで、お前の意をくんでくれるような使用人だと思っていたけどな!」
「カナトにそんなスキルは必要ない。今後二度とカナトとユシルを間違えるな。不愉快だ」
デオンが顔をしかめた。
「しょうがねぇだろ。どっちとも面識ないからな。でもよ、これからは気をつけろ。あんまり関係ない人をーー」
「カナトはこちら側だ」
デオンが2、3秒ほど固まってから、ん?と耳をたたく。
「今の盗み食いしてバレるようなのが?」
「ああ」
「計画に支障はないのか?大丈夫か?」
「大丈夫だ。成功後、きみの欲しいものも手に入る」
心配そうにしていたデオンはすぐに不敵に笑い、腕を組んで片目をすがめた。
「俺の欲しいものはもうすぐ手に入る。もはや時間の問題だ。それよか、お前は?お前も爵位か?」
「爵位?」
アレストはデオンの目を見返して嗤った。
「そんなのいずれは僕のものだ。今もっとも欲しいのはもう……」
フッとアレストは笑った。その笑みにデオンは思わずあごを引いた。
こいつ、絶対多重人格だろ。顔コロコロ変わりすぎだ。
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