転生と未来の悪役

那原涼

文字の大きさ
上 下
43 / 241
第ニ章

ユシルの変化1

しおりを挟む








領地巡りの事故から1週間経ってもユシルは帰ってこなかった。

カナトはますます心配になって心ここにあらずな状態が続いた。

しかも心配から事務室に通い続けてもアレストとの会話はほとんどない。原因はぎこちないカナトの態度のせいにある。

今日も事務室にいたカナトは息抜きと言って抜け出してきた。

すうと息を吸い込んで溜めていたものを吐き出す。

もう庭にまで出てきていた。壁に手をつきながらつぶやく。

「ダメだ。やっぱり小説の内容自体思い出せない。そもそも紅茶店の売り上げが出てくる前にこんな事故あったか?」

紅茶店の利益でユシルの評判はさらに上がり、アレストの嫉妬も上がるはずである。しかし、原作にあったかどうかわからない事故内容にカナトは混乱していた。

さらにこんなにも早くアレストが心の内を話すとは思わず、もはや反応の仕方もわからなかった。

仮にユシルが帰ってきたとして、自分は今までのようにユシルに近づくなという意味だろうか?アレストの言葉を振り返りながらカナトはうなる。

「うぅ、ダメだ!スマホが欲しい!!内容確認したい!!」

ダダダッという足音に続いて、

「貴様今なんと言った!!」

「うおぁあっ!!」

驚きすぎてカナトが飛び上がった。

心臓を押さえて振り向くと、すごい形相したイグナスが立っていた。

「な、なんで……あんたが……」 

だがイグナスは大股に近づいてカナトのえり首をつかみかかった。

「今、なんと言った!」

「な、何が?」

「すまほだ!なぜその言葉を知っている!」

どういう意味だ?

カナトはまだ状況を整理できずに目をしばたたかせる。

「どこで知った!」

イグナスの力が強すぎて、カナトはシャツのえりが首に食い込んで締められるような感じがした。

「おっ、落ち着け!俺も何がなんだかーーおぉあ?」

息苦しさが急に和らいで、体を誰かに抱き込まれた。

「ケホッ!ケホッ!」

カナトが涙目で見上げると、アレストが自分を抱き寄せていた。

「辺境伯、何をしているのですか?」

アレストの顔に笑顔はなかった。

イグナスも少しばかり冷静になれたのか、肩で息をしていたが次第に呼吸が落ち着いてきた。

「ユシルが目覚めた」

カナトがパッと振り向く。

「マジか!よかったな!」

だが、イグナスの表情はなぜか晴れない。

「……よくわからない言葉ばかりをつぶやくんだ」

「どういうことだ?」

カナトはアレストの腕から抜け出してイグナスに向き合った。その苦しげな顔を見てただ事じゃないと気づく。

「目が覚めてから人が変わったようによくわからない言葉ばかり言う。俺のことも、周りのことも何一つ覚えてない」

カナトは自分でもいやな憶測を立てた。さっきイグナスが言ったなぜスマホを知っていると問う場面、そしてユシルの状態。二つを合わせて考えると背筋が凍る。

「ぐ、具体的に何を言ってたんだ?その、スマホ以外に」

「自分はユシルではない、ここはどこだ、かいしゃに遅刻するなどと繰り返していた。聞いたこともない言葉ばかり言う。だからこの言葉たちがなんなのか、何か手がかりはないかと今日伯爵に尋ねようと思ってな。そしたらたまたまお前が同じ言葉を言っていた」

かいしゃって、やっぱり会社だよな?

カナトは口を覆ってその場をぐるぐる回った。

どういうことだ?ユシルの体に誰かが入った?俺と同じような状況か?でもなんでだ?この事故でユシルに何かあった?いや、この物語にそんな部分は絶対ない。何かあったとしても誰かが体に入ったとか、そんな重要な内容を忘れるはずがない。

カナトは自分でも気づかないうちに眉間に深いシワを刻んでいた。アレストはぴとっと指をその眉間に置いた。自然と回るのも止まる。

「え?」

「カナト、考えすぎだ。そんなに考えなくていい」

スッとその目がイグナスを見る。

「カナトは確かに昔からよくわからない言葉をつぶやく子だったけど、きみのユシルとは関係がない。巻き込まないでくれ」

「お前……ッ」

イグナスの赤い目に怒りが湧き上がった。対してアレストはただ薄ら笑みを浮かべている。2人を見比べてカナトは慌ててその視線のあいだに体をはさみ込んだ。

「待て待て!そうだ!とりあえずユシルに会わせてくれないか?な!!」

「……それもそうだな」

イグナスはアレストを一瞥すると馬車に向かった。振り返り、

「早くついて来い」

「今から!?」

「当たり前だろ」

「わ、わかった!」

だが、ついていこうとするとぱしっと手首をつかまれた。

「な、なんだ」

「カナト」

思わずその呼びかけに少し前、事務室で言われたことを思い出す。カナトは困ったように眉を寄せて目線を泳がせた。

だがイグナスが将来アレストを殺すと知っているためか、ここでついていかないのは得策じゃない気がした。それにユシルの状態も正直気になる。

「ごめん、アレスト。やっぱり行かないと。大丈夫だ!離れないから!ちょっと見てくるだけだ!ほらそれに、ユシルにもいっぱい助けてもらったことあったし?困った時はお互い様?てやつ?」

「……わかった。僕もついて行く」

「え?」

アレストはにっこりと笑って続けた。

「カナトを1人にするのは不安だ。それにユシルも僕の大事な弟だし、確かに容態は気になるな」

帰ってきてから一度もユシルの容態を心配する言葉や素振りのない人がそう言うとどうにも違和感がある。

せめてカナトの前でそのような様子はない。

それゆえに、カナトは頬を引きつらせてうなずいた。

「わ、わかった……」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

美形でヤンデレなケモミミ男に求婚されて困ってる話

月夜の晩に
BL
ペットショップで買ったキツネが大人になったら美形ヤンデレケモミミ男になってしまい・・?

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

目が覚めたらαのアイドルだった

アシタカ
BL
高校教師だった。 三十路も半ば、彼女はいなかったが平凡で良い人生を送っていた。 ある真夏の日、倒れてから俺の人生は平凡なんかじゃなくなった__ オメガバースの世界?! 俺がアイドル?! しかもメンバーからめちゃくちゃ構われるんだけど、 俺ら全員αだよな?! 「大好きだよ♡」 「お前のコーディネートは、俺が一生してやるよ。」 「ずっと俺が守ってあげるよ。リーダーだもん。」 ____ (※以下の内容は本編に関係あったりなかったり) ____ ドラマCD化もされた今話題のBL漫画! 『トップアイドル目指してます!』 主人公の成宮麟太郎(β)が所属するグループ"SCREAM(スクリーム)"。 そんな俺らの(社長が勝手に決めた)ライバルは、"2人組"のトップアイドルユニット"Opera(オペラ)"。 持ち前のポジティブで乗り切る麟太郎の前に、そんなトップアイドルの1人がレギュラーを務める番組に出させてもらい……? 「面白いね。本当にトップアイドルになれると思ってるの?」 憧れのトップアイドルからの厳しい言葉と現実…… だけどたまに優しくて? 「そんなに危なっかしくて…怪我でもしたらどうする。全く、ほっとけないな…」 先輩、その笑顔を俺に見せていいんですか?! ____ 『続!トップアイドル目指してます!』 憧れの人との仲が深まり、最近仕事も増えてきた! 言葉にはしてないけど、俺たち恋人ってことなのかな? なんて幸せ真っ只中!暗雲が立ち込める?! 「何で何で何で???何でお前らは笑ってられるの?あいつのこと忘れて?過去の話にして終わりってか?ふざけんじゃねぇぞ!!!こんなβなんかとつるんでるから!!」 誰?!え?先輩のグループの元メンバー? いやいやいや変わり過ぎでしょ!! ーーーーーーーーーー 亀更新中、頑張ります。

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)

ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子 天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。 可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている 天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。 水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。 イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする 好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた 自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語

コパスな殺人鬼の兄に転生したのでどうにか生き延びたい

ベポ田
BL
高倉陽介 前世見ていた「降霊ゲーム」の世界に転生した(享年25歳)、元会社員。弟が作中の黒幕殺人鬼で日々胃痛に悩まされている。 高倉明希 「降霊ゲーム」の黒幕殺人鬼となる予定の男。頭脳明晰、容姿端麗、篤実温厚の三拍子揃った優等生と評価されるが、実態は共感性に欠けたサイコパス野郎。

え?なんでオレが犯されてるの!?

四季
BL
目が覚めたら、超絶イケメンに犯されてる。 なぜ? 俺なんかしたっけ? ってか、俺男ですけど?

処理中です...