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第一章
挑発
しおりを挟む翌朝、カナトたちは無事他の人たちと合流できた。
吹き飛ばされた2人が無事だとわかると業者は進むことを告げた。やがて作業場にくると業者たちが次々と雪を運んで大きな台車に乗せていく。
「雪って街につもっているやつじゃダメなのか?」
カナトが訊くとアレストはうなずいた。
「あの雪は誰が踏んでいるのかわからないからな。専用の小屋に貯めてものを冷やしたり夏に使うから、基本貴族は使わない」
「なるほどな」
やっぱり貴族はめんどくさいと思ってしまう。雪の作業は1日だけで終わらないらしい。ほぼ冬季中はずっと続くという。
貴族子息たちが見学するのは主に準備ができた作業の初日である。ただ、吹雪や雪崩れのように予測できないことがあるため、そのせいで作業が2、3日遅れることもある。
見ているだけじゃつまらないため、カナトが何か手伝おうと業者たちに近づこうとすると、突然怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい!ここに暖炉は無いのか!」
見ると、ニワノエを先頭に数人の貴族子息が騒いでいた。
「だから、ここはおうちじゃねーんだよ。暖炉なんかあるわけねぇだろ。火起こし場なら部屋にあるだろ」
「作業場にくればもっとマシかと思ったけど、まさかまたどこでもあんな後退した暖房具を使っていたなんて。あり得ないだろ!俺は前にも来たことあるが、あの時から何ひとつ変わってない!貴族をなめているのか!」
ニワノエが不満を言えばいうほど他の貴族子息たちは同意して声を上げる。まるでそうすると今すぐにでも対応してもらえるという態度だ。
対応している業者は舌打ちしそうな顔でイライラした声を出す。
「別に来いって言ってねぇよ。お前らが勝手に来ているだけだろ。それに暖炉なんてどこの家にもあるわけじゃねぇよ」
「なんだと!俺たちは将来爵位を受け継ぐ貴族だ!お前たちとは違う!ここへ来たのもこれから領地を統治するのに必要なことだ。お前たちだってこれから待遇がよくなるかもしれない。そう考えると俺たちに尽くすのが礼儀だろ?」
すると業者は鼻で嗤った。まるで夢ごとを言っているわからずやを見るような目で言う。
「一応言っておくけどな。お前たち貴族を支えているのが俺らだ。この雪の搬送だって俺らがやってる。言い換えれば俺たちさえいなければ貴族なんてなんもできねぇやつらばかりだ。雪を命がけで搬送するが、感謝の一言もねぇ。吹雪、雪崩れだけでどれほどの人が亡くなったと思う。礼儀を尽くすのがどっちなのかよく考えろ。たくっ、アレスト坊ちゃんとずいぶん違うな」
最後のつぶやきにニワノエがパッとアレストを見る。
その目に怒りが湧いた。
いつもだ!いつも何をやってもこいつには勝てない!こんなところに二度も来るやつなんていない。俺は来た。あいつもできたからだ!なのに、なんで結局みんなはアレストばかりをほめそやす!
理解できない!
カナトはニワノエの顔を見て、どうせアレストがうらやましいとか思ってんだろうな、と考えていると、ニワノエが貴族子息たちを引き連れて向かってきた。
慌ててそばにいるアレストの手を引いて歩き出す。
「カナト?」
「あっちに行こう!」
「おい待て!」
ニワノエ?と後ろを見るアレスト。カナトはその手をさらにきつく握って走り出した。
「どうしたんだ?」
なおも不思議そうにするアレストだが、後ろで追ってくるニワノエを見て何かを察した。必死に前を走っている背中を見て思わず笑いそうになった。
「カナト、大丈夫だ」
アレストは逆に引いてくる手を引っ張り返す。
「アレスト?いや、でも」
「ニワノエ程度なら対応できるはずだ」
ユシルが現れる前ならな!今のお前はそんな余裕なんてーー
「カナト、兄さん!何かあったの?」
ユシル!?
ギョッと声を振り向くと異変に気付いたユシルが向かってきた。その後ろになんとイグナスもついてきている。
やめてくれッ!!これ以上にない最悪な組み合わせだ!!
アレストが嫌うユシル、そしてアレストを殺すイグナス。闇落ちの補助キャラ、ニワノエ。この3人の中心にいるアレスト。
史上最悪な組み合わせでしかない。
はさみ撃ちのように迫ってくる双方を見てカナトはオロオロし出した。真冬なのに汗がドッとあふれる。
なぜ避けたいものに限って近づいてくるんだ!そんなにこいつを悪役として落としたいのかこの世界!
カナトの心の叫びに構わず重要人物の3人及びモブ貴族たちが集まってくる。
「はっ!弟も来たようだな!ちょうどいい、お前の弟に訊いてやろう!お前のことをどう思っているのか、時期当主となる弟がもしかしたら慈悲な心を持ってお前に小さい領地を与えるかもしれないなあ!」
カナトは握り返してくる手に力が加えられたのを感じた。
「テメェは黙れぇえ!!」
あまりの焦りからほぼ吠えに近い状態だった。そんな様子にニワノエが一瞬ひるむ。
ユシルがそんなことするわけないだろぉ!!いちいちアレストの痛いところ突くんじゃねぇ!そんなことをしようと考えるのはアグラウのジジイだ!
「兄さん!」
「ああ、ユシル。来たのか」
「うん……その、さっきの話、その赤い髪の男が言ったことは気にしないで!そんなこと一度も思ってない!爵位だって、そんな地位を狙っているわけじゃ……」
「わかっている。前々から補佐をしたいって言ってたな」
ユシルの顔が明るくなる。
「そう、補佐がしたい。兄さんと一緒に家をーー」
「ユシル」
アレストは笑顔だった。いつもの笑顔で仕方なさそうに眉を寄せる。
「もし僕ときみのどちらかが当主になるならどちらかが他の領地に行くことになる。ヴォルテローノ領は何も一つだけじゃないからな」
「そ、そうなんだ……」
ユシルが落ち込むように項垂れた。その姿はまるで他の場所へ行くのはアレストではなく自分だとでも言いたげである。
どう見てもアグラウの心は実の息子に偏っている。
ユシルの言動すべてがアレストの神経を逆なでした。
カナトは必死に出してしまいそうな声を我慢した。アレストの握る力が大きすぎて手がとてつもなく痛い。
絶対内心は表情みたい穏やかじゃないはずだ。
ここはやはり離れるべきだ。そう思ってカナトはアレストを見上げた。いつの間にかまた背が高くなったような気がする。
よし、言うぞ。
「アレスト、俺お腹すいた!」
場違いな言葉に一瞬沈黙が降りる。アレストの手からパッと力が抜いていく。今度は優しくさすりながら、
「じゃあ、食べに行こうか?」
「行く!」
2人が歩き出した。
「あ、じゃあなユシル!俺先にアレストと食べてくる!」
「え?あ、うん。わかった。気をつけて!」
抜け出せた!
あの苦境から抜け出せたことでカナトはよろこんでいた。
しかし、一方でアレストはいつもの笑顔でまったく違うことを考えていた。
ふつふつとした黒いものが胸に堆積していくのを感じる。
領地、爵位、ユシル……それらの言葉が頭の中でぐるぐる回る。青いはずの瞳がいつもより一段と色彩が暗くなる。
……………なぜだ。
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