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第一章
阻止!
しおりを挟むアレストが成人してから2年も経ったが、いまだにアグラウは当主の座を譲ると宣言しなかった。
それに対してアレストは少し不満がないといえば嘘になる。
そして、特別なパーティーを開くとアグラウは言った。もしかしたら、という思いが横切る。
家名を汚さぬようにアレストは今日まで生きてきたと言ってもいい。養子にしてくれたアグラウの期待に添えるようずっと努力してきた。それが実を結ぶのかもしれない。
アレストはあちこち走り回る猫を見て思わず笑みをこぼした。
「お前たちは本当に元気だな」
声かけられたことで呼ばれたと思ったのか、うちの1匹、唯一全身黒毛な猫、サブローが優雅にベッドそばの椅子から飛び降り、アレストがいる机の上に飛び乗った。
その黒毛におのずとカナトの黒髪を連想してしまう。
「なんでトラ模様のなかでお前だけ黒なんだ?おかしなやつ」
おかしいといえば子猫の名付けの際、カナトは4匹の子猫にイチロー、ジロー、サブロー、シローと名付けた。
数字を参考につけていると思われるような名前だが、なぜ3番目のサブローはサンローではなくサブローなのかわからない。名付けた本人に聞いてもわからないと首を振る。それがおかしくアレストは思い出し笑いをした。
猫の頭をなでていると、こんこんと窓がノックされた。
窓?とおかしなところに気づいて、まさか、と見やる。すると早く開けろと言わんばかりな表情のカナトが張り付いていた。
アレストは慌てて窓を開けてカナトを中に入れた。
窓を閉めて口に何かをくわえているカナトを見る。
「今度は何をしたんだ」
「いや、その……厨房で盗み食いしてたらシェフに怒られて」
「ハハハ!だとしても窓は危ないだろ?まったく、おなかが空いたなら言ってくれればいいのに」
「しょーがねぇだろ。お前あんまり休んでないってメイドたちが言うし」
カナトはもぐもぐとくわえていたパンを食べた。
「最近は確かに少し忙しいかもしれない。冬季を迎えるから領地内でなるべく食料を蓄えられるように準備しないといけないが、昨年からどこも不作が続いている」
「どうにかできねぇのか?」
「そうだな。国外から取り寄せるしかないが、その場合関税が問題だ。不作が続いたため交易も少なくなって収入も減ったんだ。市民から納付される税も減って、思うようにできない。冬季中に準備しなければいけないこともあるのに、ここで過多に支出を増やすとあとあと困る」
アレストは眉間をもんだ。カナトには何がなんだかわからなかったが、ニュアンスからお金が足りないということはわかった。
冬季前、お金……パーティー………………………ん?
急にカナトの中で何かかピンと弾き出された。ピンと何かを思い出したのだ。
3年ものあいだ平穏に暮らしてきたことで忘れそうになるが、主人公CPはもうとっくに出会っているはずだ。確かとあるパーティーに出席した主人公受けが主人公攻めの協力のもと、関税を少なくすることで冬季の飢餓を免れたという内容があったのではなかろうか?
明日に屋敷でパーティーがある。
まさか明日のパーティーがそうなのでは?そう思いいたってカナトはバッと頭を抱える。
押しの主人公CPに会える!?
生前のカナトは同性愛テーマの作品にハマっていた。おもに百合中心に読んでいたが、BLのほうが遥かに市場を占めており、お気に入りの設定が見れることで簡単に乗り換えた。
自由と言われながらも肩身の狭い思いをして関係を確かめていく過程が好きでカナトは現代物のジャンルを中心に読んでいた。しかし、初めてファンタジーに手を出したのがこの世界が舞台の小説である。それからはファンタジー作品にも手を出し、今ではわりとニッチな作品まで読むようになった。
この世界のファンタジー部分はおもに主人公受けにある。
そしてこの世界で一番好きなのが主人公CPである。
受けは優しくも芯の通った主人公だった。反対に攻めは傲慢で暴虐無人なところがあるが、受けに対しては非常に優しい。
攻めのギャップが好きなカナトはすぐさま虜になり、今、現実として会えるかと思うと頭がこんがらがってくる。まさかあのトキメキを目の前で見れるのかと思うと叫びそうになる。
だがしかし、なによりも今はアレストが問題だった。アレストは受けに出会ってから闇堕ちが進むので、どうにかそれを回避してほしいカナトである。
興奮と心配が入り混じってカナトの容量が小さい頭は爆発しそうになった。
「カナト?平気か?」
「うわっ!」
カナトをいわゆるお姫抱っこで持ち上げたアレストはベッドを我がもので占領している猫たちをはらった。
「今は降りてくれ」
そしてカナトをベッドに置いて、自分も乗り上げる。顔がだんだん近くなることでカナトが慌てるが、おでこがくっついて、大丈夫そうだな、というつぶやきと共にアレストが離れた。
「どこか具合が悪いのか?」
「いや……大、丈夫」
「頭を抱えていたから頭痛でもしているのかと心配したぞ」
「痛くないから心配するな!別に病気じゃねぇよ」
カナトはいそいそと起きた。枕を立てて背中を預ける。アレストはベッドに腰かけそんなカナトを見つめた。
「何かあったら言ってくれ」
「本当に大丈夫だって!それより、明日のパーティーってどんな人が来るんだ?」
「そんなことに興味があるなんて珍しいな」
「いや…ほら、この屋敷で開催されるのは珍しいだろ?」
「確かにそうだな。おもに父の友人たちが来るよ」
「お前の友人は?」
「父の友人のご子息が僕の友人だ」
「あー、なるほど」
3年も経ってしまったため、カナトは小説の内容についてうろ覚えになったところが多い。主人公たちが現れたことでアレストの当時の心境描写はどうだったのかあまり覚えていなかった。
小説の後半ではアレストが主人公受けと接してきた時間の中でどうこう思っていたことがたびたび出てきていた。そのいずれも酷い劣等感と嫌悪感にさいなまれていた。
長年努力してきた自分よりパッと出の実の息子を選んだアグラウに対しての恨み。そこからくる養子としての劣等感。
そして貧弱に見えても優秀な主人公受け。それを全力で支える主人公攻め。地位も家族も何もかも手に入れられる受けに対する嫌悪感。
それらにはさみ撃ちされてアレストのプライドは傷つけられた。受けの出現とともに自分の周りから人々が消えていくことに耐えられず、孤独を恐れたアレストは受けのそばにいるようにした。助け、助言し、時には愛のキューピッドになりながらよき兄、家族として接した。そうしないと自分の築き上げたすべてがなくなる気がした。だが、その爽やかな笑顔の下に隠されたのは醜い想いだった。
カナトはうつむきながらなぜ小説の内容をどこかに書かなかったのだと後悔した。
「カナト?」
「え?」
「難しい顔をしていたからな。何か悩みがあるなら相談しろ。ほら、一応僕のほうが年上だし、兄だと思ってなんでも言ってみろ」
「兄……」
実際、2人の接し方は主従というより親友や兄弟のようなものだった。
アレストもカナトには甘く、何かあれば相談もするようにしている。
色々思い出して、カナトは両手を握りしめた。
やっぱり闇堕ち阻止しないと!!
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