悪徳騎士と恋のダンス

那原涼

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第二章

解決と

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ギルデウスを鎮静化させたあと、顔に腫れを作ったウィオルが一階に降りた。

一階にはいつの間にか帰ってきた騎士たちが片付けをしている。そこに傭兵たちも加わっていた。

「おっ、ウィオルか。どうだ、ちゃんと寝たか?」

数人の騎士がウィオルの前に来る。

「はい、寝ています。レオンの話によるとギルデウスは立ったまま寝たそうですね」

「ああ、腕組んで窓辺に突っ立ったままだから起きてるかと思った」

「しかも目隠ししてるだろ?目ぇ開けてんのか閉じてんのかもわからん」

「俺たちも酒が入ってきたからギルデウスの存在を頭の後ろに追いやっちまったな」

「……これにこりてお酒はもうひかえてください」

「「無理」」

「……そうですか」

真顔で騎士たちはそそくさと逃げていく。

そこへカシアムが近づいてきた。

「ウィオルと呼んでいいか?」

「カシアムさん、かまいませんよ」

「あいつらから聞いたぞ」

カシアムが背後で片付けをする騎士たちを親指で指した。

「あの悪徳騎士の護衛で、奇病の相手をしているらしいな」

「はい。さっきのあれは一応本人に意識のない状態です。それより、ミジェールさんは大丈夫ですか?気絶したらしいですが」

「大丈夫だ。あっちにいる」

邪魔にならないよう部屋の隅で、長椅子をベッド代わりにミジェールが寝ていた。

「さっき一度目を覚ましたが、また寝てしまった。世話の焼ける雇い主だぜ」

「大丈夫そうでしたらよかったです。ちょうどいいので、この後目を覚ましたら弁償の件について話しましょう」

「お前意外と鬼畜だな」

「わ、私が鬼畜?それでしたら明日に」

「いや、あいつが来る来る言ってああなったんだ」

これ、と言ってカシアムは自分の右頬を指先でとんとんたたく。ギルデウスを止めようとした際に殴られた箇所であり、すでに変色している。

「しっかり痛い目に遭ってくれねぇと割に合わない」

「そうですか。それはよかったです。調査もちょうどまとまってきたので、今夜にでもうかがうつもりでした」

その前にまさかこんな騒ぎが起きるなんてウィオルは想像してなかった。

「早いな」

「ええ、ここは国境に近いですし、流れ込んでくる旅人や商人でいろんなことが聞けます。今回のことでもとても役に立つ情報網ですよ。なんせ外のことに関係するのですから」

「案外田舎も悪くないな」

「いいところです。ここは」

「ギルデウスがいても?」

カシアムは眉を上げてウィオルを見る。

「……私は……彼がいてくれたほうがうれしいです」

ん?何言ってるんだ俺。

「なるほど、片方持ちか」

「片方持ち?」

「俺も将来嫁さんをもらったらここに来るか」

「それはいい案ですね」

ふっとカシアムが笑い出す。

「前提としてこの顔でもらえるならな」

「顔?」

「この顔別に善人ヅラはしてねぇだろ?」

ん?とウィオルはカシアムを見た。前に回り込んで顔を覗き込むように見る。

「この顔と言いますが、なかなか男気があって好きだという女性方はいると思いますよ」

カシアムの顔立ちはどれほどカッコいいというわけではない。むしろ吊り上がった目で白目部分が目立つ三白眼なため、見る人によってはにらまれているようで近寄りがたい雰囲気がある。

しかし、健康的な小麦色の肌も漂う気質も、全体的に見て男らしく、案外話しやすい。そして傭兵たちには慕われているように見える。あの短気なウシュラムもカシアムの言葉にはよく従っている。

カシアムはまとめる立場の人間である。責任感があると考えてもいいだろう。責任感のない人についてくる下の者はいないし、慕われることもない。なのでウィオルは全体的に判断して結果を出した。

「カシアムさんはカッコいいと思います」

2人の後ろで片付けの振りをしながら聞き耳を立てていたレクターがその褒め言葉にバッと振り返った。雷に打たれたような顔で固まっている。

そしてカシアムも固まってしまった。

「あ……すみません。男に言われてもうれしくないですね。仕事に戻ります」

カシアムは片付けに参加するウィオルの背中を目で追った。その視線をさえぎるようにレクターはなにげに位置を移動する。











ミジェールが目を覚ましたのを機に、片付けはいったん終わりになった。

諸々の準備を整え、ウィオルはアルバートたちが調査したことをまとめ終えた紙を持って、机をはさんでミジェールの向かいに立った。

「では、今回の賠償の件について私が進めさせていただきます」

「ふんっ!早くせんか!」

ミジェールは腕を組んで椅子にふんぞり返る。

「ミジェールさん、まず、この村に来たのは節約のためと言いましたね?」

「ああ、そうだ」

「宿でうかがったお話だと、1か月ほど前に交易で失敗されてから資金が流れた、それで間違いありませんか?」

「なぜ言ったことをわざわざ繰り返す!意味はあるのかね!」

「あります。お互い冷静に進めたほうが早く終わりますので、我慢してください。続けます。そして今回の事件の発端となった品物」

全員の視線がテーブルの上に注がれる。そこには精巧な白い箱があった。ふたを開けられ、中に入っているガラス細工の品物が静かに横たわっている。

七彩蝶のガラス細工である。

「おもに商人と南からの旅人に聞いた話によると、この七彩蝶のガラス細工もつい1か月ほど前に貴族向けの飾り物として売り出されたそうです。時期的に交易で失敗した時期と被りますね」

「何が言いたいのかね?」

ミジェールの表情はどこか硬い。

「しかし、調査をしていると、ミジェールさんの噂も入ってきました。交易が失敗したのはどうやら1か月ほど前ではなく、もう少し前になるそうですね?」

「なっ!そんなのデタラメだ!」

「証言してくださった方たちの中には立って出てくださる方もいますが、呼びましょうか?」

「っ……!ええい、もういい!そうだとしてなんなんだ!」

「そのせいで大きな資金が流れたそうですね。このガラス細工は貴族向けなだけに、価格も大きい。おまけに光の当たり方で七彩に輝く加工は複雑で時間の要するものです。一般な貴族が手に入れるのも難しいとされるらしいです。つまり中級から上級貴族向けと言ってもいいでしょう」

ミジェールの顔色はさらに悪くなる。

「品物の販売時期より前に資金難となってしまったあなたが、どうやってこの品物を手に入れられたんですか?」

「わしが嘘を言っていると言いたいのか!!」

ミジェールが立ち上がって叫ぶと、ずっと我慢していたゴルワンも叫んだ。

「ふざけんな!あきらかにお前が嘘を言っているだろ!」

「この田舎の平民が!」

「薄汚い商人が!」

ウィオルは2人がにらみ合っているあいだに手を入れて、落ち着かせるようにそれぞれと目を合わせた。

ミジェールはどすんと座り、ゴルワンもふんっと顔をそらした。

「気を取り直して続けます。ミジェールさん、もし、どうしても納得されない場合は調査にもう少し時間をいただくことになります。ちゃんとすべて証拠付きでそろえてからでも間に合います」

証拠と聞いてミジェールが反応した。

「そんなに待っていられるか!わしは忙しいんだ!早く賠償すればお前たちを訴えない!」

「誰が誰を訴えるだって?」

アルバートがギロリとにらんだ。

「こ、こっちには傭兵がいるんだぞ!」

言ってから気づいたのか、ミジェールがニヤリと笑った。

「そうだ、わしには傭兵がいる!もし賠償に承諾しないとどうなるかーー」

「ちょっと待った」

ミジェールの肩にカシアムが手を置いた。

「気になったんだが、今金ねぇんだよな?」

「な、なんだい!」

「ここまで来て山賊や野獣などから守ってきてやって、重傷者も出てきたんだ。しっかりと約束した金は払ってもらえるよな」

「も、もちろんだ!こやつらが賠償さえすればーー」

「つまり、今は払えない?」

カシアムの手に力が加えられ、ミジェールの顔からどっと汗が吹き出す。

「いや……だから……」

「テメェ!しらばっくれるつもりか!」

ウシュラムが吠えると、傭兵たちも次々とミジェールを取り囲んだ。その顔はもう真っ青になっている。

「これ、もう解決でいいじゃねぇか?」

アルバートがこっそりとウィオルに耳打ちする。

「さあ、どうでしょう」

窓際で興味なさ気に見ていたレオンがおもむろにテーブルに近づいて、ガラス細工をつまみ出した。壊れているせいで、金縁にガラスがひっついているだけの姿だが、ミジェールが慌て出す。立ちあがろうとしたところ、肩に置かれた手に押し返された。

「何をしている!」

んー?と気だるげにレオンはガラス細工を上にかかげて首を傾げた。

「太陽が雲のあいだから出てきたからな」

「な、何を言ってーーハッ!やめないか!」

だがミジェールが身動きできないのを知って、レオンは急ぐでもなくゆっくりとした歩調でガラス細工を窓から差してくる光に照らした。

本来なら七彩に輝くガラスが、ただわずかな反射をするだけで言うほど美しいものではなかった。とても貴族が欲しがるような物には見えない。

偽物か。

ウィオルは今日なんとなく実物を見た時にそう思っていた。それをレオンが今実証した。

ウィオルにも七彩蝶のガラス細工が手もとにある。モレスにもらった物だが、ずっと捨てずにいた。どうしても賠償しなければならない場合はそれを持ち出す予定だったが、できればウィオルはそうしたくなかった。

モレスに繋がるようなヒントはなるべく残したい。そして可能であればあの男を法のもとで裁きたい。

「これ、偽物だろ」

レオンはそう言ってガラス細工を投げた。それがピンポイントで箱の中に落ちる。

ミジェールが「違う!」と言って腕を振ると、袖口から何かがテーブルに飛び出してきた。

ガラス瓶である。中に何か入っているのかコロコロとした音が響く。

ミジェールの顔を見てウィオルは素早くそれを拾い上げた。

「これは?」

「そ、それは……」

ウィオルは目を細めて、瓶の栓を抜くと中身を手に出した。

黒いつぶつぶのようなものが散りばめられた乳白色の薬である。

「これは……まさか!」

「違う!それはわしの持病の薬だ!」

「それは違法な薬だ!」

叫び声がした方向に顔を向けると、頬が痩せこけたダグラスがいた。

この場には村人も数人参考人としている。ダグラスがそのひとりだった。

だいぶ病弱な姿だが、医者に見せてから回復は順調である。ダグラスはウィオルに対してうやうやしい態度で歩み寄った。

「ウィオル様!この薬はモレスからもらったものと同じ外見です!間違いありません!絶対に違法な薬です!」

ちなみにダグラスはモレスとの対峙でウィオルを攻撃したことはまったく覚えていない。そしてウィオルもわざわざ教えるつもりはなく、モレスのせいで記憶が抜けていると教えただけだった。

「間違いないのか?」

「はい!何回も口にした物を忘れません!間違いないですよ!」

ウィオルはスッと視線を冷たくした。ミジェールを見て薬を前に出す。

「説明をしてもらえますか」

その口調はいたって冷たい。そして心の奥で密かに思う。ギルデウスがここにいなくてよかった、と。










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