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第十五話 ☆
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二人は京正の部屋へと移動した。灯りでぼんやりと照らされた部屋の中はさっぱりとしていて、過度な調度はない。一つきりの灯りに寄り添うように座ったので、自然二人の距離は近くなった。一応さらしを巻いていて良かった。
「目が冴えて眠れなくてな。少し寝酒をしようと拝借したんだ。」
袂に猪口を入れて来ていたようで、それに酒を注ぐ。
「ほら。」
酒を注いだ猪口を那緒に手渡した。ただそれしかなかったのか、自分はそのまま酒瓶から直接煽る。行儀が悪いが、何故かその姿には品があった。
「・・・・・。」
猪口を両手で持って少しばかり逡巡したが、那緒はぐいっと一気に口に入れた。
(~~~~っっ)
思わず口を真一文字に結んで眉間に皺を寄せる。口の中に酒独特の香りや苦味が広がるが、だからと言って京正が見ている前で吐き出す訳にもいかず、無理矢理飲み下した。
そんな那緒の一挙一動を見ていた京正は今度は堪えきれず、くつくつと笑い出した。
「何だ、酒はあまり飲まないのか。言えば甘い果実酒もあったが。」
・・・そっちをお願いすれば良かった。でもいかにも子どもっぽく見られているようで、つい虚勢を張ってしまう。
「いえ、大丈夫です。もう一杯頂きます。」
やれやれ、とでも言うような表情で、酒瓶から注いでくれる。
「ありがとうございます。・・・普段から、お酒は嗜まれるのですか?」
那緒は京正に聞いて、また猪口に口をつける。
「毎日ではないが。眠れない時は本を読みながら、こうやって多少飲む事もある。」
そうなのか。そんな習慣があったとは知らなかった。自分が子どもでなくなったように、彼もまた子どもではないのだ。当然だが、このように共に酒を飲む事によって改めてその事を認識した。
それに少し、とは言うが、どうやら酒には強いようだ。飲んでいる酒はなかなか酒精が強く、実は初めて酒を飲む那緒は既に身体がぽかぽかと温かくなってきていた。一方京正は全くもって涼しい表情をしている。
「周防は、」
また酒を注ぎながら京正は那緒に問い掛けた。
「確か十日程で戻ってくるという話だったな。・・・だが、この大風で多少足止めを食らうかもしれん。」
「そうですね、大事ないとよろしいのですが。」
「・・・・・。」
「・・・・・・・。」
すぐに二人の間には沈黙が横たわる。何か話さなければと心中那緒が焦っていると、先に京正が口を開いた。
「・・・この城の七不思議を知っているか。」
どこにでもこういう類の噂話はあるもので、那緒もまた耳にしたことはある。猪口の酒をちびちびと飲み進める。
「いくつかは存じております。灼眼の鎧武者や動く髑髏の掛軸、城に住み付いているという三つ目の大鼠・・・。それが何か?」
心なしか京正の声が低くなる。
「一つこういう話がある。昔この城ができて間もない頃、この地に今日のような大風が来て、城の者達はその対応に追われたそうだ。その中に一人の若い下女がいた。あらかた城の備えが終わると、その者は最後に一人庭の見廻りを頼まれた。どうやらその下女は周りから少し嫌がらせを受けていたようで、見廻りを一人で行う事になったのもその一環だったそうだ。」
京正は酒瓶を傾けて喉を潤す。
「・・・庭の池の側を通った時、不運にもその女は足を滑らせ、池に落ちてしまった。普段ならどうという事はない深さだが、強い雨のせいで水嵩は増していた。さらに不運な事にその下女は金槌だったので、池に落ちてすっかり混乱してしまい、水を吸った重い着物が脚や腕に絡み付き、もがけばもがくほど身体が沈んでいった。一人で見廻っていた下女が戻って来ないのを上司が気付いたが、同僚達は何も問題はなかったと勝手に伝えた。下女はその翌日、変わり果てた姿で発見された。」
外の雨風の音がやけに響いた。
「・・・それ以降、こういう大風の日にはその無念を抱いた下女の霊が、自分を貶めた同僚達を探して城をさ迷い歩くそうだ。」
那緒は知らず喉をごくりと鳴らし、手の内の猪口をぎゅっと握り締めた。
その時だった。那緒の斜め後方でがたーん!!と、大きな音がなった。
「きゃっ!!」
持っていた猪口を取り落とし、酒が溢れた。だがその事に頓着する余裕もない。
身体は震えて、心臓は痛いほど激しく脈打っている。それでも何とか縮こまっていた上体を起こして、京正を背中に庇うように後ろを振り返った。情けない事に、足腰は萎えてしまって立てそうになかった。
「い、今のは、何のお、音でしょう?」
部屋の隅には光が届かず、目を凝らしても何も見えない。
「・・・木の枝か何かが飛んで来たんだろう。安心しろ、噂話には尾鰭が付くものだ。・・・とは言え」
それを聞いて、ほっとして身体の強張りが解けた那緒を京正は酒瓶を持っていない方の手で後ろから引き寄せた。
「怖がらせ過ぎたな。すまん。」
そう言って腕の中にすっぽりと那緒を包み込み、頭を優しく撫でた。那緒の頭は痺れたようにうまく働かず、このとんでもない状況をぼんやりと受け入れていた。久しぶりに触れられた京正の手は、硬くて熱くて、記憶の中の感触と全然違い、何だか不思議な気分だった。けれどそれは不快なものではなく、ひどく那緒を安心させ、那緒は無意識に京正に身体を預けていた。挙げ句、今の状況に的外れな事を言ってしまった。
「・・・・・お酒を、溢してしまいました。」
「ああ。」
しばらくそうして寄りかかっていたが、京正が唐突に聞いてきた。
「・・・どうして、俺の背に隠れなかった?」
怖かったんだろう、と呟く。那緒はゆっくりと後ろを振り返った。
初めて酒を口にして、酔っているのかもしれない。那緒は素直に自分の気持ちを話していた。
「・・・京正様をお守りしたかったのです。」
那緒は京正の顔を見つめた。そして気づいた。目と目をしっかり合わせたのは、先日話すようになってからも初めてだということに。
「ずっとそう願っておりました。どうか京正様のお身体も、そしてお心も、健やかで、穏やかであってほしいと。この気持ちに決して嘘はございませんでした。でも、私の・・・私の、嘘のせいで・・・・」
声が、震える。京正は何も言わず那緒の目を見つめ返している。
「・・・京正様のお心を、長く乱れさせました。それをずっとずっと、謝りたくて・・・。嘘を吐いて・・・申し訳ありませんでした・・・。」
涙が溢れ落ちそうなのを必死で耐えた。泣いて許しを乞う事はしたくなかった。
「・・・俺も」
京正がぽつりと呟いた。
「俺も、悪かった・・・。那緒が、吐きたくて吐いた嘘ではなかったのに。少なくとも、きちんと話を聞くべきだった。・・・すまなかった。」
そう言ってまた、那緒の頭を優しく撫でてくれた。その心地好さに那緒はまた身体を預けようとした。
けれど。
「京正様。」
そこで那緒はぱっと顔を逸らし、京正の手からも離れた。今、言わなければ。
「・・・縁談のお話があると、伺いました。」
那緒の頭を撫でていた手はそのまま空に浮いている。和解出来た事は那緒にとって望外の喜びだ。だがそれと城を下がるべき理由はまた別で、むしろわだかまりがなくなったなら尚更、那緒は京正から離れるべきだ。
目を合わせないまま、那緒は話を続けた。顔を合わせたらきっと決心が鈍ってしまう。側にいたいと、すがってしまう。
今ならこの幸せを頼りに、生きていける。
一人で。
「東城寺家と家臣にとって、そしてこの地の領民にとって、この上なく喜ばしい事です。私も、京正様の末長い御幸せを心よりお祈り致します。・・・つきましては、」
那緒は姿勢を正し、両手をついた。
「城を下がらせていただきたく存じます。」
京正は何も言わない。
「理由は家臣の方々から聞き及んでおられるかと思います。・・・それに私も、・・・家を離れる準備を、しなければなりません。」
「離れる・・・?」
「はい、すぐにとは参りませんが・・・」
那緒は城を下がったあと、どうするかを決めていた。一鷹と話をしてから何となく考えてはいたが・・・・。
ーがしゃんっー
すぐ側で破砕音がして、那緒は驚いて顔を上げる。
京正の手からは血がぽたぽたと滴っていて、その下には割れた酒瓶が転がっていた。
「血が・・・!!」
那緒が咄嗟に手を伸ばすと、その手を突然強い力で掴まれた。痛みを感じるほど強い力で、その手は血に染まっていた。
「けい」
「許さぬ。」
小さく低く、ともすれば外の雨風の音にかき消されてしまいそうな声だったが、背すじがぞくりとするようなそんな声音だった。
この空気には覚えがあった。四年前の、あの日。畳に押し倒されながら、思った。ああ、自分はまた、
間違えてしまった。
部屋の中には雨風の音の他には那緒の荒い息遣いだけが響いた。寝巻きとゆるく巻いたさらしもはだけられ、白いふくらみも腿も露になっている。手首は頭上に一つにまとめられていて、痺れて感覚がない。部屋の中は酒と血の匂いが充満している。
熱い手と舌で絶え間なく身体に与えられる甘い疼きに、気を抜けば声を発してしまいそうだった。しかし那緒は、胸の頂を吸われた時にも、濡らした指で秘処を触れられた時も唇を噛んで堪えた。京正もずっと無言だった。
抵抗はしなかった。これが罰なら、受け入れたかった。
那緒の秘処はきついながらも京正の指を受け入れ、水音を立て始めた。それでも必死で声を堪える。
しかし片足を京正の肩に抱えあげられ、ある一点を舐め上げられた時、那緒の身体は大きく震え、
「あっ・・・」
と、かすかに甘い声が漏れた。それに京正も気づいたようで、今度はその場所を優しく撫でる。
「んっ、はぁ・・・。」
そこは昔、蛇に咬まれた足首の傷痕だった。あれ以降、その傷痕を触るのが癖になっていた。京正に毒を吸われた時の感触を忘れてしまっても、その癖は治らなかった。
一度声が漏れてしまえば、抑える事は難しい。京正も執拗にそこを責め、気づけば両手は解放され、その手でも身体中を撫で上げられた。最後に秘処に指を埋められながら、女の一番敏感な所と傷痕を同時に責められると、腰が勝手にがくがくと震え、快感の大波が那緒を襲った。
「あ、ふぁっ、あーーーー・・・」
細く高い声を上げながら、秘処は京正の指をきゅうきゅうと食い絞めた。
残ったのは荒い息と弛緩した身体。那緒は自分の身体に起こった事が何なのか正確には把握していなかったが、これで終わりでない事は何となく分かっていた。
息が整い始めると、京正は那緒の脚を大きく広げさせ、その間に自分の身体を入れた。寝巻きを少しくつろげたかと思うと、そのまま那緒の身体にぐっと自身を押し付けた。
「い゛ぁあっっ!!」
あまりの痛みに、那緒は初めて大きな声を上げた。
京正もその声にはっとして、動きを止めた。しばらくそのままだったが、血が上っていた頭が冷えたのか、ゆっくりと那緒から離れようとした。
しかし、那緒はそれを引き止めた。
京正の腕を震える手でそっと自分に引き寄せ、脚を少しだけ閉じて京正の腰に触れた。
「・・・・。」
「・・・・・・。」
どのくらいそうしていたのか。きっと、さほどの時間は経っていない。ふと京正の手が頬を撫でたかと思うと、そのまま口に親指がするりと入ってきた。
「んっ・・・。」
「・・・痛かったら、噛め。」
返事の代わりに添えられた掌に頬を擦り付けた。
あとの事は意外と覚えていない。多分、痛みに耐える事に必死だったのだと思う。時折気遣うように頭や頬を撫でられた感触はこの上なく優しかった。
明け方京正が目を覚ますと、隣に那緒の姿はなかった。城からも、そして家からも、文字通りその姿を消した。
「目が冴えて眠れなくてな。少し寝酒をしようと拝借したんだ。」
袂に猪口を入れて来ていたようで、それに酒を注ぐ。
「ほら。」
酒を注いだ猪口を那緒に手渡した。ただそれしかなかったのか、自分はそのまま酒瓶から直接煽る。行儀が悪いが、何故かその姿には品があった。
「・・・・・。」
猪口を両手で持って少しばかり逡巡したが、那緒はぐいっと一気に口に入れた。
(~~~~っっ)
思わず口を真一文字に結んで眉間に皺を寄せる。口の中に酒独特の香りや苦味が広がるが、だからと言って京正が見ている前で吐き出す訳にもいかず、無理矢理飲み下した。
そんな那緒の一挙一動を見ていた京正は今度は堪えきれず、くつくつと笑い出した。
「何だ、酒はあまり飲まないのか。言えば甘い果実酒もあったが。」
・・・そっちをお願いすれば良かった。でもいかにも子どもっぽく見られているようで、つい虚勢を張ってしまう。
「いえ、大丈夫です。もう一杯頂きます。」
やれやれ、とでも言うような表情で、酒瓶から注いでくれる。
「ありがとうございます。・・・普段から、お酒は嗜まれるのですか?」
那緒は京正に聞いて、また猪口に口をつける。
「毎日ではないが。眠れない時は本を読みながら、こうやって多少飲む事もある。」
そうなのか。そんな習慣があったとは知らなかった。自分が子どもでなくなったように、彼もまた子どもではないのだ。当然だが、このように共に酒を飲む事によって改めてその事を認識した。
それに少し、とは言うが、どうやら酒には強いようだ。飲んでいる酒はなかなか酒精が強く、実は初めて酒を飲む那緒は既に身体がぽかぽかと温かくなってきていた。一方京正は全くもって涼しい表情をしている。
「周防は、」
また酒を注ぎながら京正は那緒に問い掛けた。
「確か十日程で戻ってくるという話だったな。・・・だが、この大風で多少足止めを食らうかもしれん。」
「そうですね、大事ないとよろしいのですが。」
「・・・・・。」
「・・・・・・・。」
すぐに二人の間には沈黙が横たわる。何か話さなければと心中那緒が焦っていると、先に京正が口を開いた。
「・・・この城の七不思議を知っているか。」
どこにでもこういう類の噂話はあるもので、那緒もまた耳にしたことはある。猪口の酒をちびちびと飲み進める。
「いくつかは存じております。灼眼の鎧武者や動く髑髏の掛軸、城に住み付いているという三つ目の大鼠・・・。それが何か?」
心なしか京正の声が低くなる。
「一つこういう話がある。昔この城ができて間もない頃、この地に今日のような大風が来て、城の者達はその対応に追われたそうだ。その中に一人の若い下女がいた。あらかた城の備えが終わると、その者は最後に一人庭の見廻りを頼まれた。どうやらその下女は周りから少し嫌がらせを受けていたようで、見廻りを一人で行う事になったのもその一環だったそうだ。」
京正は酒瓶を傾けて喉を潤す。
「・・・庭の池の側を通った時、不運にもその女は足を滑らせ、池に落ちてしまった。普段ならどうという事はない深さだが、強い雨のせいで水嵩は増していた。さらに不運な事にその下女は金槌だったので、池に落ちてすっかり混乱してしまい、水を吸った重い着物が脚や腕に絡み付き、もがけばもがくほど身体が沈んでいった。一人で見廻っていた下女が戻って来ないのを上司が気付いたが、同僚達は何も問題はなかったと勝手に伝えた。下女はその翌日、変わり果てた姿で発見された。」
外の雨風の音がやけに響いた。
「・・・それ以降、こういう大風の日にはその無念を抱いた下女の霊が、自分を貶めた同僚達を探して城をさ迷い歩くそうだ。」
那緒は知らず喉をごくりと鳴らし、手の内の猪口をぎゅっと握り締めた。
その時だった。那緒の斜め後方でがたーん!!と、大きな音がなった。
「きゃっ!!」
持っていた猪口を取り落とし、酒が溢れた。だがその事に頓着する余裕もない。
身体は震えて、心臓は痛いほど激しく脈打っている。それでも何とか縮こまっていた上体を起こして、京正を背中に庇うように後ろを振り返った。情けない事に、足腰は萎えてしまって立てそうになかった。
「い、今のは、何のお、音でしょう?」
部屋の隅には光が届かず、目を凝らしても何も見えない。
「・・・木の枝か何かが飛んで来たんだろう。安心しろ、噂話には尾鰭が付くものだ。・・・とは言え」
それを聞いて、ほっとして身体の強張りが解けた那緒を京正は酒瓶を持っていない方の手で後ろから引き寄せた。
「怖がらせ過ぎたな。すまん。」
そう言って腕の中にすっぽりと那緒を包み込み、頭を優しく撫でた。那緒の頭は痺れたようにうまく働かず、このとんでもない状況をぼんやりと受け入れていた。久しぶりに触れられた京正の手は、硬くて熱くて、記憶の中の感触と全然違い、何だか不思議な気分だった。けれどそれは不快なものではなく、ひどく那緒を安心させ、那緒は無意識に京正に身体を預けていた。挙げ句、今の状況に的外れな事を言ってしまった。
「・・・・・お酒を、溢してしまいました。」
「ああ。」
しばらくそうして寄りかかっていたが、京正が唐突に聞いてきた。
「・・・どうして、俺の背に隠れなかった?」
怖かったんだろう、と呟く。那緒はゆっくりと後ろを振り返った。
初めて酒を口にして、酔っているのかもしれない。那緒は素直に自分の気持ちを話していた。
「・・・京正様をお守りしたかったのです。」
那緒は京正の顔を見つめた。そして気づいた。目と目をしっかり合わせたのは、先日話すようになってからも初めてだということに。
「ずっとそう願っておりました。どうか京正様のお身体も、そしてお心も、健やかで、穏やかであってほしいと。この気持ちに決して嘘はございませんでした。でも、私の・・・私の、嘘のせいで・・・・」
声が、震える。京正は何も言わず那緒の目を見つめ返している。
「・・・京正様のお心を、長く乱れさせました。それをずっとずっと、謝りたくて・・・。嘘を吐いて・・・申し訳ありませんでした・・・。」
涙が溢れ落ちそうなのを必死で耐えた。泣いて許しを乞う事はしたくなかった。
「・・・俺も」
京正がぽつりと呟いた。
「俺も、悪かった・・・。那緒が、吐きたくて吐いた嘘ではなかったのに。少なくとも、きちんと話を聞くべきだった。・・・すまなかった。」
そう言ってまた、那緒の頭を優しく撫でてくれた。その心地好さに那緒はまた身体を預けようとした。
けれど。
「京正様。」
そこで那緒はぱっと顔を逸らし、京正の手からも離れた。今、言わなければ。
「・・・縁談のお話があると、伺いました。」
那緒の頭を撫でていた手はそのまま空に浮いている。和解出来た事は那緒にとって望外の喜びだ。だがそれと城を下がるべき理由はまた別で、むしろわだかまりがなくなったなら尚更、那緒は京正から離れるべきだ。
目を合わせないまま、那緒は話を続けた。顔を合わせたらきっと決心が鈍ってしまう。側にいたいと、すがってしまう。
今ならこの幸せを頼りに、生きていける。
一人で。
「東城寺家と家臣にとって、そしてこの地の領民にとって、この上なく喜ばしい事です。私も、京正様の末長い御幸せを心よりお祈り致します。・・・つきましては、」
那緒は姿勢を正し、両手をついた。
「城を下がらせていただきたく存じます。」
京正は何も言わない。
「理由は家臣の方々から聞き及んでおられるかと思います。・・・それに私も、・・・家を離れる準備を、しなければなりません。」
「離れる・・・?」
「はい、すぐにとは参りませんが・・・」
那緒は城を下がったあと、どうするかを決めていた。一鷹と話をしてから何となく考えてはいたが・・・・。
ーがしゃんっー
すぐ側で破砕音がして、那緒は驚いて顔を上げる。
京正の手からは血がぽたぽたと滴っていて、その下には割れた酒瓶が転がっていた。
「血が・・・!!」
那緒が咄嗟に手を伸ばすと、その手を突然強い力で掴まれた。痛みを感じるほど強い力で、その手は血に染まっていた。
「けい」
「許さぬ。」
小さく低く、ともすれば外の雨風の音にかき消されてしまいそうな声だったが、背すじがぞくりとするようなそんな声音だった。
この空気には覚えがあった。四年前の、あの日。畳に押し倒されながら、思った。ああ、自分はまた、
間違えてしまった。
部屋の中には雨風の音の他には那緒の荒い息遣いだけが響いた。寝巻きとゆるく巻いたさらしもはだけられ、白いふくらみも腿も露になっている。手首は頭上に一つにまとめられていて、痺れて感覚がない。部屋の中は酒と血の匂いが充満している。
熱い手と舌で絶え間なく身体に与えられる甘い疼きに、気を抜けば声を発してしまいそうだった。しかし那緒は、胸の頂を吸われた時にも、濡らした指で秘処を触れられた時も唇を噛んで堪えた。京正もずっと無言だった。
抵抗はしなかった。これが罰なら、受け入れたかった。
那緒の秘処はきついながらも京正の指を受け入れ、水音を立て始めた。それでも必死で声を堪える。
しかし片足を京正の肩に抱えあげられ、ある一点を舐め上げられた時、那緒の身体は大きく震え、
「あっ・・・」
と、かすかに甘い声が漏れた。それに京正も気づいたようで、今度はその場所を優しく撫でる。
「んっ、はぁ・・・。」
そこは昔、蛇に咬まれた足首の傷痕だった。あれ以降、その傷痕を触るのが癖になっていた。京正に毒を吸われた時の感触を忘れてしまっても、その癖は治らなかった。
一度声が漏れてしまえば、抑える事は難しい。京正も執拗にそこを責め、気づけば両手は解放され、その手でも身体中を撫で上げられた。最後に秘処に指を埋められながら、女の一番敏感な所と傷痕を同時に責められると、腰が勝手にがくがくと震え、快感の大波が那緒を襲った。
「あ、ふぁっ、あーーーー・・・」
細く高い声を上げながら、秘処は京正の指をきゅうきゅうと食い絞めた。
残ったのは荒い息と弛緩した身体。那緒は自分の身体に起こった事が何なのか正確には把握していなかったが、これで終わりでない事は何となく分かっていた。
息が整い始めると、京正は那緒の脚を大きく広げさせ、その間に自分の身体を入れた。寝巻きを少しくつろげたかと思うと、そのまま那緒の身体にぐっと自身を押し付けた。
「い゛ぁあっっ!!」
あまりの痛みに、那緒は初めて大きな声を上げた。
京正もその声にはっとして、動きを止めた。しばらくそのままだったが、血が上っていた頭が冷えたのか、ゆっくりと那緒から離れようとした。
しかし、那緒はそれを引き止めた。
京正の腕を震える手でそっと自分に引き寄せ、脚を少しだけ閉じて京正の腰に触れた。
「・・・・。」
「・・・・・・。」
どのくらいそうしていたのか。きっと、さほどの時間は経っていない。ふと京正の手が頬を撫でたかと思うと、そのまま口に親指がするりと入ってきた。
「んっ・・・。」
「・・・痛かったら、噛め。」
返事の代わりに添えられた掌に頬を擦り付けた。
あとの事は意外と覚えていない。多分、痛みに耐える事に必死だったのだと思う。時折気遣うように頭や頬を撫でられた感触はこの上なく優しかった。
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世の中の怪談・奇談から噂話等々、色んな話が掲載されている「耳嚢」にも、けっこう下ネタがあったりします。
その中で特に目を引くのが「巨根」モノ・・・根岸鎮衛さんの趣味なのか。
巨根の男性が妻となってくれる人を探して遊女屋を訪れ、自分を受け入れてくれる女性と巡り合い、晴れて夫婦となる・・・というストーリーは、ほぼ同内容のものが数話見られます。
鎮衛さんも30年も書き続けて、前に書いたネタを忘れてしまったのかもしれませんが・・・。
また、本作の原話「大陰の人因の事」などは、けっこう長い話で、「名奉行」の根岸鎮衛さんがノリノリで書いていたと思うと、ちょっと微笑ましい気がします。
起承転結もしっかりしていて読み応えがあり、まさに「奇談」という言葉がふさわしいお話だと思いました。
二部構成、計六千字程度の気軽に読める短編です。
肥後の春を待ち望む
尾方佐羽
歴史・時代
秀吉の天下統一が目前になった天正の頃、肥後(熊本)の国主になった佐々成政に対して国人たちが次から次へと反旗を翻した。それを先導した国人の筆頭格が隈部親永(くまべちかなが)である。彼はなぜ、島津も退くほどの強大な敵に立ち向かったのか。国人たちはどのように戦ったのか。そして、九州人ながら秀吉に従い国人衆とあいまみえることになった若き立花統虎(宗茂)の胸中は……。
扶蘇
うなぎ太郎
歴史・時代
仁愛の心と才能を持ち、秦の始皇帝から後継者に指名されていた皇太子・扶蘇。だが、彼は奸臣趙高の手で葬られてしまった。しかし、そんな悲劇のプリンス扶蘇が、もし帝位を継いでいたら?歴史は過去の積み重ねである。一つの出来事が変われば、歴史は全く違うものになっていただろう。
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