東西恋かなた

ノプリー

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第二話 前編

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 このところ朝晩は冷え込むようになり、少しずつ秋の気配を感じるようになってきた。那緒は秋が一番好きだ。夏のじりじりとした太陽は熱くて痛いくらいだし、あの身体中をまとわりつくような湿気も好きになれない。夏の終わりは、それが少しずつ爽やかな空気になっていく開放感を味わうのだ。
 何より、秋は美味しい食べ物がたくさんある。庭のあけびもあと少しで食べ頃だし、ほくほくとした蒸したての里芋を甘い味噌で食べるのもいい。秋が深まるのが待ち遠しかった。
 

 ある日の昼食中、周防がこんなことを言った。
 「今度皆で、出掛けませんか。」
 他の三人が周防に注目する。
 「川か山か・・・。城下へお忍びでというのもいいかな。」
「でも、少し前に川へ泳ぎに行っただろう。」
 鷹丸が昼食の箸を止めて、言った。
「だけど、この間は那緒はいなかったじゃないですか。今度は四人で行きましょうよ。なぁ、那緒も行きたいよな?」
 急に話を振られて驚いたが、那緒も、
 「行きたいです。」
 と、答えた。夏に近くの川辺に行く計画を立てたのだが、私は折り悪く夏風邪を引いてしまい、行けなかったのだ。
 「よし行くか。」
 京様が茶に手を伸ばしつつ言った。今日もまだ残暑が厳しく、冷たいお茶は手放せない。
 「気にはなっていたんだ。せっかく計画したのに那緒がいなかったから。冬になれば出掛けるのは大変になるし、行くなら今のうちだろう。それに・・・、今回は俺達四人だけで行かないか?」
 京様は不適に笑った。
 「前回は護衛やら世話係が何人もいて、落ち着かなかった。城を抜け出すってのも一度やってみたかったんだ。」
 「そんな京様・・・。いくらなんでも私達四人だけでは。父君からもお叱りを受けてしまいます。」
 東城寺家の若様が供の者を付けずに外出など、許されるはずがなかった。鷹丸がさらに言い募る。
 「それにどうやって、誰にも知られず、城を抜け出すのです?門には一日番が常駐しております。」
 「心配するな。抜け道がある。」
 京がけろりと言ってのける。周防が興奮を抑えるかのように小さな声で聞き返す。すっかり箸が止まっていた。
 「抜け道とは・・・東城寺家秘密の、ということですか?」
 鷹丸は不安感を拭いきれていないが、さすがに十四の少年らしく、興味をそそられている。京様が声を小さくしたので、私も前のめりになって話の続きを聞く。
 「そうだ。今の時代ほとんど使われることなどないが、非常時のための隠れ通路がある。知っている者はごくわずかだから、俺達がいないことがばれても、しばらくは時間を稼げる。」
 「城の方々はご心配されますね・・・。」
 那緒が言うと、鷹丸も頷いた。
 「置き手紙はして行きましょう。日が暮れる前に戻ればいい。怒られるだろうけど、四人でだったら怖くない、・・・でしょう?」
 周防は期待を込めた眼差しで言った。
 「しかし・・・。」
 「忍びで城を出たことはあるが、供もなく出掛けたことは一度もない。当主になればいよいよ難しい。・・・今回だけだ。」
 京様の言葉に、難色を示していた鷹丸も態度を和らげた。次期当主が気軽に城の外に出るなど、できるはずもない。
 「行きましょう。私は行きたいです。秘密の冒険なんて、・・・何だかわくわくしませんか?」
 私は言った。
 ー秘密の冒険ー
 年頃の少年達が行動を起こすのに、これ以上の言葉はない。京様が笑みを深めた。
 「決まりだな。」
 決行は三日後。暑くなってからは、朝涼しいうちに鍛練を一部行っていた。剣術指南の先生は、自分の道場の稽古もあるので朝はいない。抜け出すには絶好の機会だった。家人には馬の遠乗りに行くのだと言って、握り飯や水を用意してもらうことにした。そういったことは前にもあったから、不信がられずに済んだ。


 ー当日ー
 出来るだけいつも通りにしたつもりだったけれど、やはりそわそわとした気分が両親にはわかったらしい。
 「那緒はそんなに遠乗りが好きだったのか?」
 食事中、父が那緒に声をかけた。那緒はどきりとした。
 「えっと、はい。今日は天気も良いから、気持ち良さそうですし。それに、京様もいきいきとされますから。」
 うまくごまかせただろうか。
 「・・・お立場上、生活の中に制限も多くあらせられる。そのような不自由を理解し、お慰めするのもお役目のうちだ。畏れ多いことだが、極正様からも、同年の学友ができてから、京様が楽しげにされることが増えたと仰っていただいた。」
 父は最後に一言だけ、こう言った。
 「・・・だが、危ないことはできる限り控えなさい。」
 心配そうな様子を見せた父とは逆に、母は嬉しげな声を上げた。
 「少し元気過ぎるくらいが、男の子はちょうどいいわ。ねぇ那緒。」
 「は、はい・・・。」
  父は何か言いたげだったが、結局それ以上は何も言わず、食事を続けた。那緒も気まずさや罪悪感をごまかすため、味噌汁をこくこくと飲み込んだ。

 
 城に着くと、すでに皆そろっていた。周防が那緒より早く来たことなどないのに。遅いぞ、と周防が言うと、
「那緒はいつも通りだよ。周防が早すぎるんだ。」
 鷹丸が周防に言った。
 「まぁとりあえず、全員そろった。道場に行こう。怪しまれたらこの後行動できない。」
 京様がなだめ、それぞれ胴着に着替えて、風呂敷に握り飯や水の入った竹筒などを忍ばせた。朝に感じた罪悪感よりも、今は誰にも知られずに冒険に出る高揚感でいっぱいだ。
 「・・・そろそろ行くぞ。この時間、俺達が通る廊下はまだ清掃の時間ではないし、城の者も会議や面会者の対応で忙しくしているはずだ。」
 京様を先頭に、あらかじめ予定していた通路を何食わぬ顔で歩いた。幸い誰にも会わずに、あまり人が近寄らない城の一画に来た。特段何の変哲もない部屋だ。床の間と押し入れがあり、山河が描かれた掛け軸が飾られている。
 「こちらでございますか・・・?」
 「そうだ。ちょっと、手伝ってくれ。」
 そういって押し入れを開けると、中には大きな行李が入っていた。それを押し入れの空いている所へ移すが、特に何もない。・・・と、思っていたら、京様が床板の小さなくぼみに指を入れて持ち上げた。驚いて中を覗き込むと、なんと縄ばしごが下がっている。底は暗くて見えない。三人は息を飲んだ。
 「これがごく一部の人間だけが知る抜け道だ。俺も初めて教えられた時に通ったが、出口は城の北に位置してる。そっちは山野が広がっているから、隠れ潜むにはちょうど良かったんだろう・・・。俺が先に行くぞ。下に着いたら灯りをつけておくから、順番に来い。皆、落ちないように気を付けろ。」
 そう言って縄梯子に足をかけ、ギシギシと音を立てて穴の中を降りていった。何も見えないので、一体どれほどの深さなのだろうと思っていたが、間もなく音がしなくなり、次いでほんのりと柔らかなろうそくの明かりが灯った。那緒の想像よりも、穴はそう深くはないようだった。
 まず周防が行くことになった。ひょいひょいと危なげなく梯子を降り、最後は飛び降りた。すごいすごい、と興奮しきりだ。鷹丸は最後に入り口を閉めることになったので、次は那緒が行く番だ。正直少し怖かったが、抜け出したのがばれる前に城を出なくてはならない。身体が震えそうになるのを耐え、梯子を降りて行った。下に着いてほっと息を吐くと、京様がくすりと笑って、
 「手助けは必要なかったな。落ちたら受け止めてやろうと思っていたが。」
 と言った。
京様に抱きとめられる所を想像し、私は顔が赤くなるのを感じた。ここが暗くて助かった。
 「・・・ろうそくと火種箱はこのために持って来たのですね。」
 「そうだ。でないと前どころか、自分の手元も覚束無いからな。」
 上で入り口を閉める音がして、鷹丸が降りて来た。四人揃ったところで、ゆっくりと慎重に歩を進める。あくまでも非常時のための通路ゆえ、道は良くない。ゆるい下り坂になっていて、時々足下の段差に躓きながら、十五分ほど歩いた。あとどれくらいか聞こうとした時、先頭の京様がふいに立ち止まった。
 「ここだ。」
 足下に気がいっていて気付かなかったが、確かに目の前は行き止まりだった。石が積んであり、所々ほんの少しだけ光が漏れている。一つ一つ石をどかして人一人が通れるくらいの空間を作り、外に出て周りを見渡すと、林の中のなだらかな斜面から出てきたことがわかった。草木が穴をうまく隠していて、なるほど、これは敵にも見つかりにくいだろう。城は小高い丘の上にあり、通路を下るうちに丘の麓まで来ていたようだった。
 目的地は、歩いて二時間ほどだという山の小さな滝壺だ。鷹丸殿が何度か行ったことがあるということで、道案内をしてくれた。城下町に出ることも考えたが、身分の高そうな子ども四人が、供も付けずにうろうろしていては目立って仕方ない。城からの探索もまずそこからだろうと候補から外され、まだ日中は暑いからと、涼みに行くことにしたのだ。
 「さぁ、呆けてる暇はないぞ。そろそろ俺達がいないことがばれていてもおかしくない。」
 私達は急いでその場を離れた。
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