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2巻

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   お正月


 今年の十一月の終わり、俺、高校二年生の佐野さの翔平しょうへいはいきなり祖父の佐野源三郎げんざぶろうに神社へ連れていかれ、そこであめのみなかのぬしのみこと八意やごころ思兼おもいかねのみこと大国主おおくにぬしのみことという三柱の神に会った。その結果、佐野家が一代おきに継ぐ神様の使いを任され、火之迦具土ひのかぐつち木花咲耶姫このはなさくやひめ、咲耶姫の姉の石長比売いわながひめに今の人の社会のことなどを教え始めて約ひと月半。
 最初は神社内で教えるはずだったのに、神様は今や我が家に入りびたり状態だ。それを喜んでいるのが、俺の前に神様の使いをしていた祖父。そして、神様に動じず一緒に食事やらを楽しんでいる祖母の佐野琴子ことこ
 そんな頼りがいのある祖父母が呑気のんきに構えている一方、俺は勉強不足だったり慣れない先生役にあたふたしたりしている。それでも神様のおり的な存在としてなんとかやっているうちに、冬休みが半分つぶれてしまった。
 ちなみに、俺の家族は祖父母の他にもいる。最初の生徒である迦具土もそうだ。迦具土は火の神様なのに火が怖く、それを克服こくふくさせるために俺が現代の火についてなどを教えていた。そして、ひょんなことから一緒に住むようになり、今では迦具土は祖母と一緒に家事をこなしている。小姑こじゅうとのように口うるさいものの、基本的に素直な性格。
 そんなこんなで楽しい生活を送っていたのだが、問題は山積み!
 大国主命こと大国さんと、八意思兼命こと八意さんの二人が神様の力を使って、佐野家に住み始めた迦具土を俺の兄弟と周りの人々に信じ込ませたのだ。そこに俺の実兄、純平じゅんぺいが久しぶりに帰ってくることになった。万が一、離れて暮らしている兄に神様の力が及んでいなければ、迦具土のことをどうにか誤魔化さないとならない。
 それに、頑固がんこだった石長比売こと石長さんが、祖母と仲よくなって定期的に野菜などを送ってきてくれることもどう説明したらいいのか……
 そんなふうに解決しなきゃならないことも多いし、これからも神様のおりをすると思うと、やはり、俺の青春を返せ! と言いたくなることもしばしば。
 今は新たに生徒となる神様もいないし、年末で神様も忙しいのか大国さん達から連絡はない。あとは新年早々、何事も起きませんようにと願うばかり。
 本当に、お正月はのんびりできるとよいのだが……
 そんなことを考えつつ掃除をしていると、「おい、窓拭き終わったのかよ」と迦具土が拭きたての窓のチェック。

「ちゃんと拭いたって。迦具土こそ庭の掃除終わったのかよ」

 もちろんだとばかりに胸を張っているところを見ると、きっちり終わらせたのだろう。

「あなた達、何してるの? 頼んだ掃除が終わったなら、お爺さんの道場のお掃除を手伝ってきてちょうだいな」

 祖母に言われ道場に行くと、「こちらももう終わる。神棚の掃除だけしてくれ」と頼まれたので、丁寧に拭いて供え物を置き手を合わせた。


   ******


 大みそかの夜までかかった大掃除も終わったので、祖父母には休んでもらう。夕飯の片付けをしながら、そういえば八意さんから次の授業について何も言われなかったと迦具土に言うと、「正月は忙しいからな」とだけ返ってきた。
「それよりも明日、お前の兄が帰ってくるんだろ? あと、爺さん達を連れて初詣はつもうでに行くのか?」と聞かれたが、祖父が少しだけ入院していたこともあったので、首を横に振る。

「兄貴は行くなって言うと思う。爺ちゃんのことを電話で話しているし、初詣はつもうでって混んでて疲れちゃうから止めるんじゃないかな」

 そう言うと、「兄とはどんなやつだ?」と質問されたので、ちょっと考える。

「うーん、性格はのんびりしてる方かな。俺とは年が十歳違うんだ。迦具土は俺と兄貴の間くらいの年齢に見えるし……ゲッ! 俺、末っ子じゃん!」

 一応、俺と迦具土は双子という設定ではあるけれど……

「元からだろう?」

 そう茶々を入れてニヤッと笑う迦具土。最近、意地悪なことを言うようになった。
 手を拭いてから祖父母がいる炬燵こたつの部屋に行き、手と足を温める。そこでしみじみと呟いた。

「水仕事をしてからだと、炬燵こたつがすごく幸せな場所に思えるよ」
「まったくだ。それより、お前。神のことを少しは覚えたのか? 兄が帰ってきたら、表立っては俺も教えられんぞ?」

「あぁ、なんか種類? とかあるんだっけ?」とあくびをしながら答えると、祖父母が迦具土をじっと見る。迦具土は、また俺かよ! と言いつつも教えてくれた。

「まず、俺達みたいな神産みで生まれた神がいるだろ?」
「神産み?」
「本持ってこい、本!」

 神様の使いの役目を引き受けた時に貰った百科事典みたいな本を持っていくと、迦具土がパラパラッとめくって説明してくれる。

伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみが子を作りまくって、神が生まれた。で、その神達が結婚をして、また神を産んだんだ。産んで産んで産みまくった結果、この系図のように神武じんむ天皇に辿り着く。神としてまつられているのは、人神ひとがみ道祖神どうそしんとか色々あるんだが、他にも神話に出てくる……って、寝るなー!」

 ついウトウトとしてしまい、迦具土の声でハッとして起きる。

「ごめん……」
「爺さん、こいつ今日は駄目だ。もう寝た方がいい」

 そう言われたので、お風呂も明日でいいやと言って、二階に上がろうとしたら、玄関でガタガタと音がした。普通の客ならチャイムを鳴らすはずなのに、おかしい。近くにあった傘を持ち、「誰⁉」と大きな声を出す。
 その声を聞いて、竹刀しないを持った祖父と迦具土も奥から出てきた。祖父が口に人差し指を当て、声を出すなと合図をしたのでそれに従う。
 玄関は昔ながらのりガラスで引き戸。
 数年前に一度割れてしまったため、今は木とガラスが交互にはめ込んである。
 祖父がそっと近づき、鍵とともに一気に戸を開けて、外の人物に殴りかかろうとしたけれど、途中で手を止める。

「――純平?」

 そこに立っていたのは、兄の純平だった。
「おっす! 鍵がどこに行ったかわかんなくて。それに、玄関のチャイムが壊れてるから、ゆすれば開くかなーって」と呑気のんきに笑っている。

「お前は馬鹿か! 前に戸を変えた時に鍵を渡してないから、そもそも持っていないんだ。それに、裏の勝手口に回ればいいだろうに」
「あ、そっか!」

 祖父に怒られて頭をポリポリときながら、兄が大きなスーツケースを玄関に運び入れ、二階に運んでくれと渡してくる。
 荷物を運び終えた俺はまた炬燵こたつの部屋に戻り、迦具土のことが兄にどうり込まれているのかと様子をうかがう。

「来るの、明日じゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけど、道がいてたし、腹も減ったから来た!」
「兄貴ってしっかりしてるようで単純だよなぁ」
「そうか? それより、迦具土も久しぶり。元気だったか?」
「ま、まあな」

 その後の兄と迦具土の会話には、特に違和感はなかった。ただ、やはり自分が三男坊となっていてがっくりする。
 兄は祖母が持ってきたお茶漬けを食べて満足したのか、「よし、寝よう!」と俺の部屋に行ってしまった。どうやら俺の部屋で寝るつもりらしい。

「人騒がせなんだから! で、やっぱり迦具土が俺の双子の兄貴ってことになってるの?」
「だろうな。多分、近所の連中にもそうり込まれていると思うぞ?」
「不本意だ!」
「俺もだ!」
「まぁまぁ。それより、迦具土君。純平には気づかれないのよねぇ?」

 祖母の心配はもっともだ。迦具土も兄弟という設定で大国さんが術をかけてくれてはいるのだが、本当にかかっているのか不安なところはある。

「純平とやらが、翔平に似た性質なら大丈夫だと思うんだが……」

 そう呟く迦具土に、「それどういう意味だよ。俺が単純ってこと?」と聞くと、「単純と言うより鈍い?」と言われてしまう。
 ため息をつきながらみんなにおやすみと声をかけて部屋に戻ると、兄はイビキをかいて寝ていた。俺がなんとか寝付けたのはかなり遅くなってからだった。


「あけましておめでとう」

 翌日、眠い目をこすり一階に下りると、すでに朝ご飯を食べている兄と迦具土。
 自分もいただきますとお茶碗を持って食べ始めたが、迦具土と兄は、昨晩と何か感じが違う。妙にぎこちない気がする。

「あけましておめでとう、翔平。お婆ちゃんとお爺さん、純平に初売りへ連れていってもらうことにしたの。あなたはどうする?」

 祖母がそんな質問をしてきた。そういえば前に兄と電話で話した時、婆ちゃん達を買い物に連れていくとか言っていたなと思い出し、迦具土と留守番しているとだけ答え、ご飯を食べ終えてから迦具土を連れて部屋に戻る。

「なんだ?」
「なんだ、じゃないよ。俺が起きるまでの間に、迦具土、兄貴と何か話した? 思い過ごしならいいんだけど、術が解けてるかも……だとしたら、大国さんに話さないと。もし、兄貴の術が解けてたら、どうしたらいいのか聞いておかないといけないし。そこのとこは神様にお任せだろ? ちゃんとしてもらわないと。これ以上、兄貴に心配かけたくないんだ」

 一気に話すと、「わかった。俺もついてく」と迦具土が言ってくれたので、兄と祖父母が初売りに出かけてから、家を出る。
 神社に着いて、いつも通りにお参りしながら進み、椅子に座って温かいコーヒーを飲みつつ、大国さんが出てきてくれるのを待つ。

「こうやって訪ねると出てこないんだよなぁ。元旦がんたんだから忙しいのかもしれないけど」

 お昼前まで待っても姿を見せないから、帰ろうかなと思ったところで、手を振っている大国さんを見つけた。ついていくと、いつもの茅葺かやぶき屋根の家に連れていかれる。

「大国さん!」

 俺が名前を呼ぶと、小学生くらいの男の子の姿をした大国さんが苦笑した。

「そう騒ぐな。お前の兄のことも朝のことも把握しておる」
「俺の思い過ごしだと思いたいんだけど……」

「残念ながらお前の兄は術にかかりにくいたちのようだな」と、しれっと言ってくれる大国さん。
 朝ご飯はいつも話しながら食べる兄が、迦具土を見ようともせず、黙々と食べていたのが気になっていたのだが、予感的中! こんな勘は当たってほしくなかった。

「俺に頼ってくるのはいい。代替わりさせたのも俺だし、できる範囲でなんとかしてやりたいとも思う。だが、術にかかる、かからないに関してはなぁ。お前の兄は術がかかりにくく、かつ抜けやすいようだ。かといって、そう何度もかけていいものでもない」
「じゃあ、どうしろと?」
「迦具土が弟じゃないことはわかっている様子で、でも何も言ってはこないんだろう?」

 そうだと、迦具土と頷く。

「お前の兄は、多分源三郎に性質が近いんだ。まぁ、言ってもよいと思うから言うが、毎月あの者はこの神社へ来る」
「兄貴が?」
「願いはいつも同じだ。お前と祖父母の健康のみ。そういったところも源三郎によく似ておる。放っておる気もな」

 それを聞いた迦具土が、兄の様子を見つつ、特に害がなければ放っておいてもいいのではないかという意見を出した。大国さんが頷く。

「俺もそれでいいと思うが、もし不都合があれば迦具土に俺を呼び出させろ。すぐに対処する。それと、正月が終わったら次の神の授業を頼むぞ?」
「やっぱり?」
「当たり前だ。迦具土、それまでにちゃんと色々と教えておけよ」

 じゃあな、と言って大国さんが消えてしまったので、自分達も家から出て境内けいだいへ戻る。
 財布の中身を確認し、和菓子店に入って最中もなかを五つ買い、たまには散歩しようと、遠回りをしつつ自宅までのんびり歩いた。


「ただいま」

 玄関を開けてそう言うと、先に帰っていた兄が出てきた。
「おかえり。お前、どこに行ってたんだよ」と何故か心配をされてしまう。
 こう言ってはなんだが、俺は今まで門限を破ったこともなければ、夜遊びもしたこともない。友達と出かけるにしても、どこに誰と行くかちゃんと伝えてから行くので、心配されたことなんてなかった。やはり兄は何かわかっているのかと疑ってしまう。
「えーと、最中もなかを買いに……」とちょっと誤魔化すと、ホッとした顔の兄が「まったく、心配させるな。ばーちゃーん、翔平が帰ってきたー!」と祖母を呼びながら炬燵こたつの部屋へ向かおうとする。

「兄貴、声でかい。婆ちゃんはまだ耳が聞こえてるから!」
「お? そうか?」

 最中もなかを渡して、洗面所に行き、手を洗う。
最中もなかなくなるぞー」との兄の言葉に、「一人一つだから!」と返して早足で戻る。

「なぁなぁ、お前、小遣いいくら?」

 いきなり兄に聞かれたので、素直に答えておく。

「五千円だよ? たまにお手伝いすると別に貰えるけど」
「少なっ!」
「だって、学校とかでたまにジュース買うだけで、そんなに使わないよ?」
「購買のパン戦争に参加しないのか?」

 兄も俺と同じ高校に通っていたので、色々と詳しい。俺も聞いたことはある。奇跡のパン争奪戦の話は。
 なんでも卵とコロッケ、そして焼きそばが挟まれていて三百円という、とても安くて大きなパンがあるそうだ。奇跡のパンと呼ばれているが、いまだにお目にかかれていない。

「俺は食ったぞ?」
「本当に大きいの?」
「おう、結構な食べごたえだぞ? お前もチャレンジしろよ」

 十年前にもあったんだーと話していると、祖母が「翔平、お小遣い足りないの?」と聞いてくる。
 今、足りてるって説明してたんだけどな……
 実は、お小遣いの残りはこっそりと、お茶っ葉が入っていた筒缶に貯金している。そんなに貯まってはいないが、いつか祖父母に何か贈れたらいいなと思っていた。
 大丈夫だと答えたところ、祖母は納得してくれた様子だ。その後、祖父へ神社に行ったことを告げる。
 すると「会ってきたのか?」と聞かれた。兄は祖母と話が弾んでいるから聞いていないだろうしいいかと、神社でのことを簡単に説明する。

「そうか……。私も気づくべきだったな」
「大国さんはしばらく様子を見ようって」
「そうだなぁ。ま、なんとかなるだろう」

 迦具土は風呂に行き、祖母は夕飯の支度したくのため台所に。
 しばらく正月番組を見ながらのんびりしていると、「あ、朝のうちにしめ縄を取り付けようと思っていたんだった。純平、しておいてくれ」と祖父が袋ごとしめ縄を兄に渡す。

「俺? 翔平にやらせろよ。迦具土でもいいし」
「たまに帰ってきた時くらい手伝わんか!」
「わかったよ! 今から取り付けてくる」

 兄が取り付けに行くのと入れ替わりに、迦具土がお風呂から出てきて、「石鹸せっけんがもうなくなりそうだった」と言った。

「出しておくよ。この前出したばっかりだと思ったんだけど。迦具土、まさか石鹸せっけんで全身洗ってる?」
「いや? 顔は洗うが……他はちゃんと別のものを使ってる。『しゃんなんとか』が頭だろ。『ぼてー』が体。『とりめん』は頭を洗ったあとに塗って、頭からお湯を被ればいいんだよな?」

 雑な説明の上、微妙に名前を覚えきれていないことが伝わってくる。
 そして面倒くさいのが丸わかりな風呂の入り方。

「まぁ、合ってるけど……教えた通りに洗ってる?」
「ガシガシとだろ?」

 違う! ゴシゴシだ!
 石鹸せっけんを出してから自分もお風呂に入り、デパートで買ったであろうおせちと、祖母の作った煮物とお味噌汁みそしるで夕飯を済ませた。


 夕食後、自室で過ごしていたところ、トントントンと階段をのぼってくる音が聞こえた。兄は今日もここで寝るんだろうと観念して布団を敷き、扉が開いた瞬間に枕を投げる。

「へへ、あったりー!」

 だが、そこにいたのは兄ではなく迦具土……

「ごめん、兄貴かと思って」
「意外と痛いんだな、この枕……なんの嫌がらせだ?」

 もう一度謝ってなんとか機嫌を直してもらい、何か用だったのかと聞く。

「八意様と、誰かさんからだ。道場の方の神棚に置いてあった」

 そう言った迦具土が二通の手紙を差し出す。中を見ると、年明け最初の学校が終わったら、神社の家へ十五時に来てほしいと書いてあった。
 もう一通は石長比売からで、新年の挨拶あいさつと、明日時間ができたので我が家に来ることが書かれている。
 石長さんは、迦具土の後に会った神様だ。その時は石長さんと、その妹の木花咲耶姫とを仲よくさせてくれという話だったのだが、頑固がんこで意地っ張りな石長さんと、我儘わがままなお姫様の咲耶を結局仲よくさせることはできなかった。それなのに、石長さんは何故か祖母と仲よくなってしまい、今では神棚を通じてよく手紙を送ってくれるくらい気さくな関係だ。
 でも……
「明日って、兄貴いるじゃん!」と、つい大きな声を出してしまう。

「だから先にお前に見せたんだ。実質、当主はお前だからな」
「で、どうすんの?」
「それは今、お前が考えることだが?」
「あ、そっか。何時に来るのかなぁ? 迦具土も大国さんがしたみたいに、石長さんを近所の人って思い込ませる術は使えないの?」

 はぁーっと盛大にため息をついた迦具土が、「できないことはない」と一言。
 だが、その後が続かない。

「何か問題があるの?」
「まあ、問題が出たら話す。……そうだ、大国主様にも教えるように言われているし、今からお前に人間達が仕分けした神の種類も教えておく。まだ教えてなかったよな?」
「え、うん。聞いてもわかんないと思うけど……そうだ、図にしてよ! 俺、そういうのなら覚えるの得意だから」

 近くの本で頭を叩かれ、椅子に座らされて本を見せられる。

「いいか? まずこれを覚えておいてくれ」

 そう言った迦具土が、系譜のようなものをノートに書いてくれた。
 ん? あれ? この並びだと……

「えええぇぇ! 迦具土ってむちゃくちゃ神様として最初の方の人じゃん!」

 書いてあるのは、迦具土の体から生まれた八の神と、血から生まれた八の神の名前で、その上に迦具土の名前もちゃんと書いてある。

「今更か! 俺の父母は伊邪那岐命と伊邪那美命だ!」

 そうだった!
 ひと月近く一緒に暮らしているのでつい忘れてしまっていたが、迦具土はれっきとした神様……なんだよなぁ。

「で、この後にこう続いて、石長と咲耶が出てくる。そして、咲耶から神武天皇につながる。まずはここまでを一括ひとくくりと思って覚えてくれ。明日はその次のくくりを教えるから」
「わかった。なんとか覚える。で、石長さんのことはどうしよっか」
「多分、純平の気を感じたら、自分でどうにかすると思う。大国様も言っていたが、何重にも術をかけるのはよくないから様子を見よう。もし石長が失敗したら、俺がなんとかする」

 その後、俺の部屋にやってきた兄が「疲れた」と布団にダイブし、三人でしばらく話をしているうちに寝てしまったので、詳しくはまた明日の朝に決めようと、寝ることにした。


 翌日、迦具土と話し合おうにも兄の前では話すことができず、祖父母だけにこっそりと石長比売が来ると話しておいた。そんな中……
 ピンポーン――
 ヤバい、石長さんかも。
 玄関に行こうとしたら、兄が「俺が出る」と先に行ってしまったので、後から迦具土とついていく。

「はい」

 兄がガラッと玄関を開けると、うつむいた石長さんがいた。

「こ、こんにちは……んん?」
「まずいな、石長は純平の気に気づいていなかったのかもしれん」

 迦具土がぼそっと言う。どうしようと思っていたら、ひょこっと顔を出した祖母が、「あら、いらっしゃい」と兄を押しのけて、石長さんを招き入れた。

「そ、その。これを……」

 石長さんの差し出した大きなビニール袋には、少し土のついたレンコンやごぼう、大根に里芋などが大量に入っている。

「あらあら、こんなに? よろしいの?」
「は、はい。な、中に……木の実も入っていて、かなりアクが強くて……」
「純平、台所に持っていってちょうだい。石長さん、中へどうぞ」
「お邪魔します」

 そう言ってちゃんと靴を揃えて入ってきた石長さんからコートを預かり、こっそりと「術は?」と聞く。
「顔を見た瞬間にかけたはずなのじゃが……何者だ?」と聞き返された。

「あれは俺の兄です。詳しいことは後で」
「そ、そうか。ちょっと、木の実の食し方を祖母殿に伝えたいので、台所に……」
「あ、はい。どうぞ」

 前にも来たことがあるし、台所の位置はわかっているはずなので行ってもらう。
 その間に兄貴の様子を見るため炬燵こたつの部屋に行こうとしたが、何故か迦具土に洗面所へ連れていかれた。


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