下宿屋 東風荘 7

浅井 ことは

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南へ__

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渡されたのは長さ五cm程の木の札。
表には上から右回りに北・東・南・秋と書いてあり、真ん中に複雑な形の赤い印が押してある。

「これは?」

「境界を抜ける時や、身元の証明になります。向こうを出る時に、冬弥様に渡されました。私の分もあります」

「なんて書いてあるのかな?」

「印が大切なのです。裏に名前が書いてあり、身元の保証人が冬弥様となっていますので、今の服装でもいいのですが、やはり南にちなんだ服装か、着物に変えられますか?」

「このままでいいかな?隠れたくないんだ。誰かに人間だとか言われると思うけど……」

「分かりました。ですが、夜には半纏くらい羽織ってください。今は膝の上で構いませんが」

「うん。夜は冷えるもんね」

道なりに進み、少し陰りが出てきたので宿をとも思ったが、茶屋があるだけでまだ建物という建物は見えて来ない。

野宿かな?と思っていると、ちらほらとあかりが見えだしたので町に付いたんだと少しほっとし、重次と宿を探す。

日が暮れてしまう前にと見つけたのは、小ぢんまりとした木造の二階建ての宿で、上に二部屋一階の奥に食堂と一部屋と言う小さい宿だった。

声を掛けると、一階の奥が空いているというので、その部屋にしてもらい、客も正月でいないからと食事も部屋まで持ってきてくれるという。

「中は綺麗だね」

「はい。外は崩れそうに古い建物でしたが」

「失礼します。ようこそおいでくださいました」

それなりに綺麗な着物を着ている女将が挨拶に来て、お茶を入れてくれる。
歳は50を回ったところだろうか。
そのくらいの年齢に見えるのに、とても綺麗で落ち着いていて、穏やかな人なんだろうと良い第一印象を持つ。

「すいません。車椅子も中に入れさせてもらっちゃって」

「構いませんよ。前に一度見たことがあります。足の悪い方が乗る乗り物だと聞いておりますし、必要であれば、車輪を拭いて中で使っていただいても構いません。とは言っても狭い宿なのですが」

「置かせてもらえるだけでいいです。あの、ここから町まではまだかかるんですか?」

「ここが町の外れになるんです。なので、明日の朝お立ちになられたら、お昼には町の中心には行けます。その先に大きな街があるのですが、お客様は海側に行かれるんですか?」

「いえ、我々は山よりを進みたいと思っております」

「山よりですか?一部崩落して通れない道があると聞いてますが。ほら、前の雨で……」

「がけ崩れですか……」

「そんな事あったの?」

「ええ。だとすると、決めていた道を変更した方がいいかもしれません。もう通れると思っていたのですが……」

「何でも、祭り優先だとか。ここは中心街まで遠いので私共は行きませんが、山側から祭りに来る方は迂回なさったと話だけは聞いておりますよ」

「そうでしたか……」

「お風呂はもう炊けております。お食事はどうされますか?」

「風呂のあとでお願いします」

重次が取り敢えずと決めてくれたので、荷物番に紫狐を置いてふろ場まで手すりを使って移動する。
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