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第三章 柳澤の章

第48話 勝孝と十郎太1

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 十郎太は父が柳澤孝平の家臣であったことから、孝平の息子である繁孝と勝孝の世話係として幼少のころから仕えていた。
 初めて城に登ったのは、繁孝七歳、勝孝六歳、十郎太五歳の時だったため、ほぼ若様たちに遊んでもらっているようなものではあったが、それも孝平の教育方針によるものだった。
 孝平は子供たちに「自分より弱い者、小さい者を守らねばならぬ」と教えてきた。そのため、世話係と言っても彼らより年下の幼子を付けたのだ。
 十郎太はその当時から二人の性格の違いを見ながら一緒に育って来た。
 長男繁孝は柳澤を背負って行く身。生まれ落ちた瞬間からそれが決まっていた。二言目には「柳澤の跡継ぎ」と言われることを今ひとつ喜ばしく感じていないようで、荷が重すぎたのか、自由でありたいとよくこぼしていた。
 一方の勝孝は野心家で、自由になりたい兄に変わって自分が柳澤を守っていきたいと考えるようになった。
 今思い返せば、六つや七つの子供がそんなことを本気で考えていたのだから末恐ろしいものは感じるが、それでも当時の二人は本気だった。
 しかしそれを兄弟で話してお互いが納得しても父がそれを良しとするわけがなく、鼻で笑って相手にしてはくれなかった。子供の戯言ざれごとくらいにしか思っていなかったのだろう。全く聞く耳を持たない父に不満を持つ二人は、しかしここでも意見が食い違う。
 兄は「そういうふうに決まっているのなら仕方ない」と諦めてしまうが、弟は「兄が諦めるなら自分は実力で柳澤の家督を継ぐ」と考える。
 それからの勝孝の努力は凄まじく、幼い十郎太さえも鬼気迫るものを感じた。
 繁孝が十歳、勝孝が九歳になるころには、もう繁孝は武道で勝孝に勝てるものは何一つなかった。剣も弓も馬術も、全て勝孝の方が上だった。もともとの素質もあったのだろう、それにしても勝孝の努力が実を結んだのは間違いなかった。
 その努力を最も近いところで見ていた十郎太は、勝孝という人間の凄さに惚れた。やると決めたら徹底的に努力できる勝孝は、手放しで尊敬できる対象だった。
 十郎太はこの時に決めたのだ。勝孝について行こうと。
 一方繁孝は、武道は最低限の護身術程度しか身に付けていなかった。馬術よりは馬の世話をする方が好きで、城に出没する山鳥や、庭に来る小鳥たちと戯れていることが多かった。
 勉学はできるが武芸はさっぱりで、良く言えば優しい、悪く言えば腰抜けと評される若君だった。
 それでも孝平の「弱い者を守れ」という教えはしっかりと繁孝に根付いていた。
 繁孝はまた、農業にも興味を持っていた。木槿山の人々の生活にも関心があり、よく町に下りては彼らと交流を持った。彼らとの会話を円滑にするため、城の中で畑を耕して野菜を作ったり、鶏を育てて卵を取ったりということもしていた。
 一時期は養蚕ようさんにも手を出そうとしていたが、さすがに桑を城の中に植えるわけにはいかないと説得されて諦めたようだった。
 父、孝平はそんな兄弟を見ながらも特に意見はしなかった。ある意味、孝平の思い通りに育っていたからかもしれない。
 兄は町に降りて民と触れあい、柳澤を継ぐ者として人々の心を掴んでいる。弟はそんな兄を助けるべく、武道と勉学に励む。本人たちの想いとは裏腹に、父にとっては実に理想的な兄弟に見えていた。
 二人が成長し、繁孝が十六、勝孝が十五になった年、父から二人に課題が出された。それは『柳澤として公共事業を立案せよ』というものだった。
 これが二人の今後を決める最初の大きな仕事となる、心して考えるようにとのことだった。
 勝孝はこの課題を千載一遇の好機と見た。これを逃す手はない。今こそ自分の能力を父に見せつけ、柳澤を継ぐべき者が弟の方なのだとわからせるのだ。
 そしてここでも兄弟の出した案にははっきりと性格の差が現れた。
 兄は町の人々との交流の中で、仕事がしたくてもできずにいる人々が大勢いることを知っていた。
 多少物覚えが悪かったり読み書き算術ができなくても、体さえ丈夫であれば店でも農家でも仕事はいくらでもある。だがその逆で、体が弱く力仕事ができない人や、頭や手が健在であっても足が不自由な人は、町では使い物にならないのだ。その点、城の中では町に比べて頭脳労働が多い。
 繁孝はそういう人を積極的に城で雇い、お店の勘定方などの働き口を紹介する機関を作ることにした。働きたい人に仕事が行き渡るようにと考えたのである。すべての人に生きがいを持たせ、町が活気づくようにという配慮から来るものだった。
 如何にも、民の中に溶け込み民の生活をよく知る繁孝らしい案だった。
 一方、弟はもっと直接的で幅広い視野を持った案を出してきた。木槿山と他の町との運輸手段の確立である。
 ここ木槿山は、柿の木川のかなり上流、つまり山の方にある町だ。少し下流に漆谷という小さな町があるが、この町はそれよりもさらに下流の町との間に水上輸送を使った運輸手段を確立しているため、物流がとどこおることがない。
 だが下流の街とやり取りしようと思う事はあっても、わざわざ上流の町とやりとりしようとは普通は思わない。
 漆谷も例に漏れず、下流とはつながっているものの、上流に当たる木槿山とは積極的に運輸を開通しようとはしていなかったのだ。
 そのため木槿山の人々が下流側に用事がある時は、小さいとはいえ一山超える必要があり、物流面では苦労が絶えなかった。
 勝孝はここに目を付けたのだ。
 漆谷には大船屋という廻船問屋があり、水上運輸の全てを取り仕切っていた。
 荷の積み下ろしを担う人足、舟の手入れ、船頭の管理、積み荷の点検と帳簿合わせをする事務方など人員の手配にとどまらず、船頭や人足たちの休憩どころとなる船宿も大船屋が切り盛りしていたため、この辺りの運輸関連の仕事はほぼ独占している状態だった。
 勝孝はこの大船屋と取引することにしたのだ。
 わずか十五歳の少年がこれを考えたというだけでも末恐ろしいものを感じるが、彼は一つ年下の当時十四歳であった十郎太ただ一人を従えて大船屋を訪ね、柳澤の代表として話をまとめてしまったのだ。
 大船屋の主人は勝孝の有能さに舌を巻き、木槿山との間の水路を確保すると約束してくれた。
 あとは細かい調整である。そもそもこの調整を任せるために、最も信頼を置いていた十郎太を大船屋に同行させたのだ、当然彼の仕事となる。
 勝孝は大船屋を十郎太に任せたことで、木槿山側の態勢を整える作業に集中できた。
 この頃の二人は十五そこらの少年でありながら、大人顔負けの働きによって城内での信望は厚かった。秘かに「次の城主は勝孝さまになるのでは」という声もチラホラと出始めていた。
 十郎太は自分の主人が評価されて行くのが嬉しかった。勝孝の並々ならぬ努力を誰よりも知っていた彼は、ひょっとすると勝孝本人よりも喜んでいるかもしれなかった。
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