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第二章 木槿山の章

第44話 協力者5

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 結局その後、ああでもないこうでもないと四人でガヤガヤとやっていたが、あまりにも情報が少なく推理のネタも底を尽いた。
 なにしろ家系図をさかのぼればまるで知らない人ばかりになってしまう。かと言って、ここには血縁しか書かれていないので、出身や実家の家業まではわからないのだ。
 知っている範囲でも繁孝と勝孝の父、孝平たかひらくらいが限界だ。
「勝孝さま、代々続いた『孝』の字を息子に受け継がなかったのね」
「ああ、そうだねぇ。さすが大店のお嬢さんは目の付け所が違うねぇ。繁孝、孝平、忠孝、孝明……確かにずっと『孝』がついてるよ」
「でも勝孝で終わり。『勝』を継いで勝宜にしちゃった」
「どういうことだろうねぇ」
「多分だけど」
 躊躇いがちにお八重は視線を泳がせた。
「お家を継ぎたくなかったのではないかしら。お家でなくてもいいわ、柳澤の血をここで断ち切ろうとしていたのかもしれないわ」
「ですが、柳澤の家督相続のために若様と姫様の命を狙っておいでだったのでございますよ」
 慌ててお小夜が割り込むが「そうじゃないの」とお八重は首を横に振った。
「だからこそそうなるの。勝孝さまは次男坊だから相続することはないでしょう? 長男の繁孝さまには若様がいらっしゃるから、繁孝さまがご逝去あそばされても絶対に自分には回ってこないのよ。だからこそ息子には『柳澤』ではなく『勝孝』の血を継いだ者としての名前を与えたのではないかしら。私たちのような大きなおたなの家でも男の子が二人いるとよくあるの」
「お八重んとこは?」
「うちは兄とわたしだけでしょ。わたしは嫁に出るから……ああっもう! あの案山子かかしみたいな木偶の坊となんか絶対夫婦になんかならないんだから!」
 どうやら大船屋の漣太郎のことを言っているようである。酷い言われようだが、思い出しただけでも腹が立つらしい。
「あ、そういえば。漣太郎さん、近々柳澤さまと大きな取引があるから一生食うに困らないと仰っていたわ。それを口説き文句にするってどういうことよって感じだったけれど」
「一生食うに困らない大きな取引? なんでそんな取引ができるんだよ。大船屋は柳澤とどこかで繋がってんのか?」
 お小夜は「さあ、わたしはそういう事にはとんと疎くて」と小さくなっているが、お八重が「はぁ?」と大袈裟に手を開いた。
「何言ってんのよあんたたち。柳澤の水運事業を一手に引き受けてるのが大船屋さんの浪太郎さんじゃないのよ……ああっ!」
「おい、この家系図のお初とお末の兄、浪太郎って」
「大船屋の御主人ですね」
「じゃあ、漣太郎さんってもしかして姫様と若様の従兄弟?」
「お初の方さまとお末の方さまは大船屋さんの先代の娘さんってことかい」
「そういうことになりますね」
 しかしそうなるとまた新たな疑問が出てくる。
「じゃあさ、どうして柳澤の繁孝・勝孝兄弟は大船屋の姉妹と繋がったんだ? 大船屋は廻船問屋だろ? 柳澤の事務方の人間と大船屋の主人は会うだろうけど、娘なんか商売に関係無いだろ。松原屋みたいなところなら呉服も扱ってるからわかるけどさ、廻船問屋じゃん」
「しかも大船屋さんは木槿山の人じゃなくて川下の漆谷うるしだにの人よ」
「政略結婚かねぇ?」
「大船屋さんには利があるけれど、柳澤さまには全くないわ」
 お鈴はここから一体何を読み取れと言いたかったのだろうか。
 しばらくしてお小夜がハッと戸口の方を振り返り、「月守さまが戻られたようです。呼んでまいります」と席を立った。相変わらずこの娘は人の気配に敏感だ。間者だったというのも伊達ではないようだ。
 お小夜はすぐに月守を連れて戻って来た。
「お八重殿もお揃いか。すぐそこで雪之進殿に会った。お八重殿の言う通り美男子だった」
「でしょ! そのうえ、とってもお優しいの。でも月守さまの方が素敵ですわ」
 随分とハッキリものを言うなぁ、と聞いている与平の方が恥ずかしくなってくる。
「おなごが集まって楽しそうだが、何の相談をしているのだ」
 お八重は、雪之進に会いに行ったが出かけていて会えなかったこと、代わりにお鈴という姫付きの女中が対応したこと、そのお鈴には狐杜が姫ではないことがバレていること、家系図を渡されたことをかいつまんで月守に説明した。
 最後に「雪之進さまが月守さまとお会いになっていたなんて、なんと尊い絵面!」と、頬を染めながらよくわからない個人的な感想まで付け加えていた。
「その家系図がこちらです」
 お小夜に手渡された巻物に目を通した月守は、みるみる表情が変わって行った。
「これは……なんという!」
「月守、何かわかったのかよ」
 月守は問いには答えず「勝孝殿に会いにゆかねばならん」と独り言のように言った。
「橘ではなく、月守として狐杜殿を返してもらう」
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