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第二章 木槿山の章

第22話 襲撃1

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 夕刻になり、お袖、与平、狐杜、月守の四人は、一緒に夕餉の食卓を囲んでいた。彼らはすっかり家族になっており、これが毎日の風景のようになっている。
「狐杜ちゃんが無事でよかったよ」
「おっ母、おいらはいいのかよ」
「そりゃあいいわけないさね。でも狐杜ちゃんを守ったあんたは偉いよ!」
 お袖と与平のやり取りを黙って聞いていた月守が、不意に口を開いた。
「相手の狙いは狐杜殿だったと申すのだな、与平殿」
「ああ、間違いねえよ。おいらにそこをどけって言いやがった。おいらには用はねえって感じだったぜ」
 月守はしばらく考えて言葉を継いだ。
「他に何か言っていなかったか」
「あー、そういえば『姫』がどうとかこうとか言ってたな」
「姫?」
「ああ。素直に姫を寄越せばいいのに、みたいなことを言われたんだけどさ、おいら、姫様と知り合いじゃないし、何言ってんだコイツって思ったらいきなり斬りつけて来やがった。めちゃくちゃだぜ」
 よく冷静に聞いていたものだと月守は感心する。
「最初は与平に『お前は見逃してやる』って言ってたから、目的はあたしだよね」
「狐杜殿が狙われたのは間違いなさそうだ。今後は一人で行動しない方が良かろう」
「じゃあ月守さまといつも一緒にいるよ」
 すかさず言うのを与平が苦々しい顔で眺めている。月守はいつものように見て見ぬ振りを決め込む。
「私よりも与平殿と一緒の方が良かろう」
「えー、でも月守さまの方が強そうだし」
「敵を油断させた方が良いやもしれぬ」
「なんだよ、油断って」
「だって与平じゃあたしの身辺警護にはちょっと頼りないでしょ」
「そうではない。与平殿は怪我をされておるゆえ、相手も油断するのではないかということだ」
 三人のちょっとズレた必死の攻防をお袖はやれやれと見ている。この子たちは危険が目の前にぶら下がっているのを、わかっているのかいないのか。
「で、そのお侍さんてのは会ったことがあるのかい、あんたたち」
「いや、知らねえな」
「あたしも」
「狐杜ちゃんが柳澤のお姫様に似てるってことはないのかい? 少し前に柳澤のお殿様がお亡くなりになって、若様がまだ幼いってんで姫様が家督を相続したらしいじゃないかい。だけどお殿様には弟君がいて、ゴネたって話だよ」
 お袖は脚が不自由な割に情報通だ。お市が反物を持ってきたり、お米が野菜を持って来てくれたりするときに、井戸もないのに井戸端会議をしているらしい。与平や狐杜よりよほどいろいろな街の話を知っている。
「まさか姫様を亡き者にする気じゃねえだろうな、その弟。普通に考えて姪っ子だよな?」
「あり得るよ、与平! それであたしを殺しに来たんだよ」
「待てよ、殺されるのは姫君であって、狐杜じゃねえだろ」
「あたし姫君みたいに可愛いから!」
「お前それよく真顔で言えるな」
「あんたいつも一言余計だよ」
 盛り上がる二人を放置して月守と話をした方が早そうだと、お袖は判断した。
「月守さまどう思う?」
「柳澤というのはわからぬが、そういう流れであれば暗殺もない話ではない。だが、狐杜殿との関連が全く掴めぬ。何か裏があるのやもしれぬ。姫様と若様はおいくつなのだ」
「えーっと、若様が五つで、姫様は与平の二つ下だから十二だね」
 月守は盛り上がる二人に気づかれないよう声を潜めた。
「狐杜殿はいくつだったか」
「あれでも十六さ。十二にしか見えないけどね」
「姫様と似ておるのか」
「さあ? 姫様なんかお目にかかれないからねぇ。それにしたってこんなみすぼらしい恰好をした姫様なんか、国中どこ探したっていやしないさ」
 ――確かに。とは思ってみたものの、月守は自分の見解を封じておいた。余計なことを言うとろくなことにならない。
「いずれにしろ少し様子を見た方が良さそうだな」
「あたしもいろいろ聞いてみるさね。月守さま、狐杜ちゃんを頼んだよ」
「心得た」
 子供二人は、まだわいわいやっていた。
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