3 / 64
第一章 序
第3話 序3
しおりを挟む
「それで、橘はどうされたのじゃ」
目を真っ赤にしながらも、小夜は気丈に自分の職務を全うした。
「敵は四人おりました。三人は橘さまがあっという間に倒されましたが、最後の一人が鎖鎌遣いでございました。橘さまは敵の太刀と短刀を奪って応戦されましたが、脇腹を斬られ、傷を負われました」
あの橘がどうやら怪我をしたらしい。だがその後の足取りが全くわからないのである。
「そのあと橘はどうされた」
「私が着ていた姫様の羽織を持って行かれました。敵を山の方に引き付けるゆえ、その間に闇に紛れて城へ戻るようにと仰せになりましたゆえ」
――緋色の羽織は敵の気を引くための囮だったというわけか。橘め、無茶をしおる。
「どちらへ行かれた」
「川上の方へと」
予定通り、山の方へと賊を誘い込んだようだ。
怪我をしているのならそれ以上の無理はせず、追っ手を撒いてからここに戻って来るだろう、家老がそう言うと、小夜は安堵したのかやっと少し落ち着いたようだった。
そしてふと、何かを思い出したように小声で追加した。
「橘さまが……『俺』と仰せになったのです」
「それでおめおめと引き下がって来おったか、この役立たずめが」
「申し訳ござりませぬ。一人が目を潰され、一人が脚を切られ、一人が死に、某は肩を外され申した。橘は、あれはただの教育係ではござらぬ」
勝孝は苛立ったように扇子をパチンと閉じた。
「つまらぬ言い訳をするでない、戯けが! その後の橘はどうした」
男は頭を地べたに擦り付けて平伏すると、震えて上ずったような声を出した。
「わ、我々は追える状態ではなかったゆえ他の者に追わせたところ、山に向かう彼奴めを見かけたと。追っ手に気付いた橘は、姫を抱いて橋から川に飛び込んだとのことで」
「本当に姫が一緒だったのだな?」
「橘と一緒にいた姫は確かに赤い羽織を」
「もう良い、下がれ」
――昨夜の雨で川は増水しておる。そこに飛び込んだとあらば、手負いの橘はもう生きてはおるまい。姫も橘と共に沈んだであろう。萩姫、悪く思うな。柳澤の家は我が息子勝宜が立派に継いで見せようぞ。そなたと桔梗丸の出番は永遠に参らぬ。
勝孝は扇子を開いてフンと鼻を鳴らすと、再び音を立てて閉じた。
目を真っ赤にしながらも、小夜は気丈に自分の職務を全うした。
「敵は四人おりました。三人は橘さまがあっという間に倒されましたが、最後の一人が鎖鎌遣いでございました。橘さまは敵の太刀と短刀を奪って応戦されましたが、脇腹を斬られ、傷を負われました」
あの橘がどうやら怪我をしたらしい。だがその後の足取りが全くわからないのである。
「そのあと橘はどうされた」
「私が着ていた姫様の羽織を持って行かれました。敵を山の方に引き付けるゆえ、その間に闇に紛れて城へ戻るようにと仰せになりましたゆえ」
――緋色の羽織は敵の気を引くための囮だったというわけか。橘め、無茶をしおる。
「どちらへ行かれた」
「川上の方へと」
予定通り、山の方へと賊を誘い込んだようだ。
怪我をしているのならそれ以上の無理はせず、追っ手を撒いてからここに戻って来るだろう、家老がそう言うと、小夜は安堵したのかやっと少し落ち着いたようだった。
そしてふと、何かを思い出したように小声で追加した。
「橘さまが……『俺』と仰せになったのです」
「それでおめおめと引き下がって来おったか、この役立たずめが」
「申し訳ござりませぬ。一人が目を潰され、一人が脚を切られ、一人が死に、某は肩を外され申した。橘は、あれはただの教育係ではござらぬ」
勝孝は苛立ったように扇子をパチンと閉じた。
「つまらぬ言い訳をするでない、戯けが! その後の橘はどうした」
男は頭を地べたに擦り付けて平伏すると、震えて上ずったような声を出した。
「わ、我々は追える状態ではなかったゆえ他の者に追わせたところ、山に向かう彼奴めを見かけたと。追っ手に気付いた橘は、姫を抱いて橋から川に飛び込んだとのことで」
「本当に姫が一緒だったのだな?」
「橘と一緒にいた姫は確かに赤い羽織を」
「もう良い、下がれ」
――昨夜の雨で川は増水しておる。そこに飛び込んだとあらば、手負いの橘はもう生きてはおるまい。姫も橘と共に沈んだであろう。萩姫、悪く思うな。柳澤の家は我が息子勝宜が立派に継いで見せようぞ。そなたと桔梗丸の出番は永遠に参らぬ。
勝孝は扇子を開いてフンと鼻を鳴らすと、再び音を立てて閉じた。
2
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
戦国ニート~さくは弥三郎の天下一統の志を信じるか~
ちんぽまんこのお年頃
歴史・時代
戦国時代にもニートがいた!駄目人間・甲斐性無しの若殿・弥三郎の教育係に抜擢されたさく。ところが弥三郎は性的な欲求をさくにぶつけ・・・・。叱咤激励しながら弥三郎を鍛え上げるさく。廃嫡の話が持ち上がる中、迎える初陣。敵はこちらの2倍の大軍勢。絶体絶命の危機をさくと弥三郎は如何に乗り越えるのか。実在した戦国ニートのサクセスストーリー開幕。
【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
近衛文麿奇譚
高鉢 健太
歴史・時代
日本史上最悪の宰相といわれる近衛文麿。
日本憲政史上ただ一人、関白という令外官によって大権を手にした異色の人物にはミステリアスな話が多い。
彼は果たして未来からの転生者であったのだろうか?
※なろうにも掲載
【架空戦記】炎立つ真珠湾
糸冬
歴史・時代
一九四一年十二月八日。
日本海軍による真珠湾攻撃は成功裡に終わった。
さらなる戦果を求めて第二次攻撃を求める声に対し、南雲忠一司令は、歴史を覆す決断を下す。
「吉と出れば天啓、凶と出れば悪魔のささやき」と内心で呟きつつ……。
雲隠れ-独眼竜淡恋奇譚-
紺坂紫乃
歴史・時代
戦国の雄――伊達政宗。彼の研究を進めていく祖父が発見した『村咲(むらさき)』という忍びの名を発見する。祖父の手伝いをしていた綾希は、祖父亡き後に研究を進めていく第一部。
第二部――時は群雄割拠の戦国時代、後の政宗となる梵天丸はある日異人と見紛うユエという女忍びに命を救われた。哀しい運命を背負うユエに惹かれる政宗とその想いに決して答えられないユエこと『村咲』の切ない恋の物語。
女奉行 伊吹千寿
大澤伝兵衛
歴史・時代
八代将軍徳川吉宗の治世において、女奉行所が設置される事になった。
享保の改革の一環として吉宗が大奥の人員を削減しようとした際、それに協力する代わりとして大奥を去る美女を中心として結成されたのだ。
どうせ何も出来ないだろうとたかをくくられていたのだが、逆に大した議論がされずに奉行が設置されることになった結果、女性の保護の任務に関しては他の奉行を圧倒する凄まじい権限が与えられる事になった。
そして奉行を務める美女、伊吹千寿の下には、〝熊殺しの女傑〟江沢せん、〝今板額〟城之内美湖、〝うらなり軍学者〟赤尾陣内等の一癖も二癖もある配下が集う。
権限こそあれど予算も人も乏しい彼女らであったが、江戸の町で女たちの生活を守るため、南北町奉行と時には反目、時には協力しながら事件に挑んでいくのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる