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第一章 序
第2話 序2
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山を背に街を見下ろす形で丘の上に建てられた柳澤の城は、後ろに向かえば山ばかり。
この刻限ならば、宵に紛れて敵を欺くことは容易かろう。
小夜の手を引きながら、彼女の足元と呼吸に気を配る。まだ余力がありそうだ。姫の演技も抜かりない。
そう思ったのも束の間、二人の前に数人の男が立ちはだかった。
「橘殿ですな」
「無礼者。名を名乗れ」
橘は姫に扮した小夜を背後に庇い、ちらりと周りに視線を流す。三人、いや四人か。
「そなたに恨みはないが、仕事なのでな。橘殿には死んでいただく」
相手が刀を抜いた。帯を掴む小さな手に力が入るのを、橘は背中に感じる。
「姫のために命を差し出すのなら本望だ」
彼の言葉を合図にするように正面から刀の切っ先が襲う。橘の手が懐から出ると同時に甲高い音が響く。
手にするは一尺に足りないほどの短刀。薙ぎ払った相手の小太刀が、回転しながら宙を舞う。
同時に左から来た男の顎に、一瞥すらくれずに掌底を打ち込む。立てた指が正確に目玉を突き、男は目を押さえたまま外れた顎で何ごとかを喚く。
右の大男が野太い声で威嚇しながら太刀を振り下ろす。先程の小太刀を宙で掴みざま、大男の脚を薙ぐ。
ぎゃあ、と鷺のような悲鳴と共に脚を押さえてうずくまる大男の背後から、小柄な男がずいと前に出て来た。
その瞬間、橘の耳に空を切る嫌な音が飛び込んできた。
――鎖鎌か。
鎖鎌を持つ男以外は下がってしまった。一人は顎を外したまま、一人は脚を押さえたまま、もう一人は半分腰が抜けている。
手元に小太刀と短刀がある限り、橘が鎖鎌を防ぎきることはできるだろう。だが、背後には小夜がいる。
先程から悲鳴の一つもあげずにしっかりと自分の背について来る気丈な娘を、なんとしても無傷のまま城に帰さなければならない。
腕を取られたら終わりだ。ここは小太刀を犠牲にするか。
そのとき、長い鎖を綾文字に振りながらじわじわと距離を縮めてくる小男がボソリと呟いた。
「橘不動。貴様、ただの教育係ではないな」
小男の腕が海老のようにしなる。風を切る音とともに飛んで来る分銅を、咄嗟に小太刀で防御する。
鎖に巻き上げられた小太刀が宙を舞い、その隙を突いて小男が一歩で詰め寄って来た。背後で小さな悲鳴が上がる。
だが橘は彼を敢えて懐に入れ、その首筋に冷たく光る自分の短刀をピタリと当てた。
「動くな。俺は無駄な殺生はせぬ。だが貴様が自分で動いたら責任は取れぬ」
だが、小男はクックッと笑いだした。
「何がおかしい」
「橘よ、お主が鎖鎌で戦うなら、一本だけで戦うか?」
――何?
咄嗟に身を引くが、時既に遅し。脇腹に血染みが広がり、激痛に顔が歪む。反射的に小男の首筋にあてた短刀を滑らせると辺りに血が飛び散った。
――殿、お赦しを。無駄な殺生をしてしまいました。
ぎりりと奥歯を噛みしめると口の中に血の味が広がった。
橘は小男を突き放し、背後で固まっている小夜の手を取った。
「急ごう」
この刻限ならば、宵に紛れて敵を欺くことは容易かろう。
小夜の手を引きながら、彼女の足元と呼吸に気を配る。まだ余力がありそうだ。姫の演技も抜かりない。
そう思ったのも束の間、二人の前に数人の男が立ちはだかった。
「橘殿ですな」
「無礼者。名を名乗れ」
橘は姫に扮した小夜を背後に庇い、ちらりと周りに視線を流す。三人、いや四人か。
「そなたに恨みはないが、仕事なのでな。橘殿には死んでいただく」
相手が刀を抜いた。帯を掴む小さな手に力が入るのを、橘は背中に感じる。
「姫のために命を差し出すのなら本望だ」
彼の言葉を合図にするように正面から刀の切っ先が襲う。橘の手が懐から出ると同時に甲高い音が響く。
手にするは一尺に足りないほどの短刀。薙ぎ払った相手の小太刀が、回転しながら宙を舞う。
同時に左から来た男の顎に、一瞥すらくれずに掌底を打ち込む。立てた指が正確に目玉を突き、男は目を押さえたまま外れた顎で何ごとかを喚く。
右の大男が野太い声で威嚇しながら太刀を振り下ろす。先程の小太刀を宙で掴みざま、大男の脚を薙ぐ。
ぎゃあ、と鷺のような悲鳴と共に脚を押さえてうずくまる大男の背後から、小柄な男がずいと前に出て来た。
その瞬間、橘の耳に空を切る嫌な音が飛び込んできた。
――鎖鎌か。
鎖鎌を持つ男以外は下がってしまった。一人は顎を外したまま、一人は脚を押さえたまま、もう一人は半分腰が抜けている。
手元に小太刀と短刀がある限り、橘が鎖鎌を防ぎきることはできるだろう。だが、背後には小夜がいる。
先程から悲鳴の一つもあげずにしっかりと自分の背について来る気丈な娘を、なんとしても無傷のまま城に帰さなければならない。
腕を取られたら終わりだ。ここは小太刀を犠牲にするか。
そのとき、長い鎖を綾文字に振りながらじわじわと距離を縮めてくる小男がボソリと呟いた。
「橘不動。貴様、ただの教育係ではないな」
小男の腕が海老のようにしなる。風を切る音とともに飛んで来る分銅を、咄嗟に小太刀で防御する。
鎖に巻き上げられた小太刀が宙を舞い、その隙を突いて小男が一歩で詰め寄って来た。背後で小さな悲鳴が上がる。
だが橘は彼を敢えて懐に入れ、その首筋に冷たく光る自分の短刀をピタリと当てた。
「動くな。俺は無駄な殺生はせぬ。だが貴様が自分で動いたら責任は取れぬ」
だが、小男はクックッと笑いだした。
「何がおかしい」
「橘よ、お主が鎖鎌で戦うなら、一本だけで戦うか?」
――何?
咄嗟に身を引くが、時既に遅し。脇腹に血染みが広がり、激痛に顔が歪む。反射的に小男の首筋にあてた短刀を滑らせると辺りに血が飛び散った。
――殿、お赦しを。無駄な殺生をしてしまいました。
ぎりりと奥歯を噛みしめると口の中に血の味が広がった。
橘は小男を突き放し、背後で固まっている小夜の手を取った。
「急ごう」
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